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5、求婚されました
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かつての母ネヴィアと共に執筆活動を続けていると、月日が経つのは早かった。
『王女の婚姻』から時間を置かずに発表された二作目は発売前から話題を攫い、発売日には国中の書店を賑わせた。
三年が経つ頃には、リタ・グレイシアの名はルクレーヌにおいて知らない者はいないと言われるほどだ。
その名は国外にも広まり、翻訳本の発売も予定されている。それも全てはセレナの努力と、母の情熱があってこそだろう。
その日も城での打ち合わせを終えたセレナは、寝不足と戦いながら自宅へ戻るための馬車へ向かう途中だった。
ぎりぎり淑女としての体裁は保っているが、徹夜続きで疲労困憊、気を抜けば立ったまま夢の世界に旅立てそうな鬼気迫る表情に、みなさりげなく道を譲ってくれている。
新刊は契約結婚をテーマに選んでみたが、予定より執筆が難航し、入稿が遅れてしまった。『王女の婚姻』翻訳版のチェックと時期が重なってしまったことも痛手だろう。自ら翻訳を手掛けることにしたセレナは多忙だった。
(あ~、早く帰って寝たい。というか絶対馬車の中で寝る。馬車に乗れば寝られる~)
ところが重い足を引きずるセレナを引き止める者が現れた。
「待ってくれ、セレナ・レスタータ!」
馬車に乗り込む寸前、背後から聞こえた呼び声に、原稿に不備があったのかと身構える。
しかし振り返ったところで目についたのは白髪の青年だ。決して親しくはないが、有名人の登場に驚かされる。
(ラシェル・ロットグレイ?)
寡黙ながらも美しいと評判の冷血公爵様である。若くして公爵となり、ルクレーヌの王子からの信頼も厚い人物だ。
しかしその美しい顔に感情が乗ることはない。真面目で堅物、容赦のない冷酷さを持ち合わせ、彼の怒りを買った貴族は社会的に消されたといわれている。
冷血公爵というのは、常に整った顔立を崩さず無情な判断を下すことから、流れる血まで冷たいのではと囁かれたせいだ。噂の通り、迫り来る眼差しは鋭く冷たい。
そんな人物がよほど急いでいるのか、髪を乱して駆けてくる。それでも完璧な美しさが損なわれる事はないのだから羨ましい限りだ。
(まあ私も昔は――って、何を張り合おうとしているのよ)
立ち上がるだけで美しいと称賛された前世を引き合いに出しかけて止める。それよりもこの場を切り抜けて寝ることが最優先だ。
とらいえセレナにはラシェルに呼び止められる覚えがない。前ロットグレイ公爵夫人は現国王の姉にあたり、セレスティーナだった頃は親戚として交流もあったけれど、この人生では初対面だ。
(今すぐ無視して帰りたいけど相手は公爵、断れないぃっ!)
悲しいことに伯爵令嬢が公爵を無視するわけにはいかない。
ようやく追いついたラシェルは引き止めるようにセレナの手を取ると、簡潔に用件を告げてきた。
「俺と結婚してほしい」
「は?」
さすがに目が覚めた。
台詞とシーンを切り取れば物語にも書ける情熱的な求婚シーンだ。
しかし現実は、真顔の求婚者に追い詰められている。多分、普通の令嬢なら怯えていると思う。
とはいえここにいるのは徹夜明けで、前世は王女として生きてきた女である。冷静に、ちっともときめかないという感想を抱いてから、意味が分からないと寝ぼけた頭で言葉を探した。
(今、何が起きてる?)
しかし悠長に構えている暇はない。ラシェルが大声で求婚してくれたおかげで注目を浴びまくっている。
「と、とにかく乗ってください!」
好奇の眼差しから逃れるため、彼を馬車へと連れ込んだ。それから大慌てで「とにかく出して!」「ここから離れて!」と御者に命じたが、あとで冷静になってみると立派な公爵拉致事件だ。訴えないでほしい。
「それで、どういうことか説明していただけますか?」
向かいに座るラシェルは何食わぬ顔でセレナと対峙する。本来なら心地のよい揺れに身を任せているはずだったのに居心地が悪い。
そうして問い詰めたところ、ラシェルから語られたのは愛の言葉ではなく、いかに自分との結婚が有益であるかという契約結婚の誘いだった。
三食寝床つき。引きこもり上等。良き公爵夫人を演じるだけで妻としての役割は求めない。
前公爵夫妻は領地住まいなので同居の心配はなし。仕事は続けて構わない。王都住まい可……
もろもろの条件は秒でセレナを陥落させた。
「世継ぎについてはどのように考えているのでしょうか」
「いくらでも手はある」
自身も養子であることから、血の繋がりに対する抵抗はないだろう。彼には妹もいるので、公爵家の血が途絶えることはないという判断かもしれない。つまり本当にただのお飾り妻でいいということだ。
(うそ、契約結婚て、こんなに魅力的なの!?)
執筆しておきながら理解が足りていなかったと衝撃を受けることしばらく。
セレナにも弟がいる。弟のためにも十八で未婚の姉がいつまでも家に居座っていては体裁が悪いと思い始めていたことも決め手の一つだ。
「私、貴方と結婚します!」
あまりの好条件に、逃がすまいと即答していた。
「お嬢様! 着きましたよー」
滅茶苦茶な指示からもレスタータ家を目指していた御者が到着を知らせてくれる。
ラシェルの手を借りて馬車から降りたセレナは、迎えに現れた家族にさっそく彼を紹介することにした。
「こちら、たった今将来を誓い合ったラシェル・ロットグレイ公爵様です」
母は歓喜。父と弟は卒倒。侍女は困惑。噂は瞬く間に広まり、レスタータ家はメイドから庭師に至るまでの大騒ぎとなった。
『王女の婚姻』から時間を置かずに発表された二作目は発売前から話題を攫い、発売日には国中の書店を賑わせた。
三年が経つ頃には、リタ・グレイシアの名はルクレーヌにおいて知らない者はいないと言われるほどだ。
その名は国外にも広まり、翻訳本の発売も予定されている。それも全てはセレナの努力と、母の情熱があってこそだろう。
その日も城での打ち合わせを終えたセレナは、寝不足と戦いながら自宅へ戻るための馬車へ向かう途中だった。
ぎりぎり淑女としての体裁は保っているが、徹夜続きで疲労困憊、気を抜けば立ったまま夢の世界に旅立てそうな鬼気迫る表情に、みなさりげなく道を譲ってくれている。
新刊は契約結婚をテーマに選んでみたが、予定より執筆が難航し、入稿が遅れてしまった。『王女の婚姻』翻訳版のチェックと時期が重なってしまったことも痛手だろう。自ら翻訳を手掛けることにしたセレナは多忙だった。
(あ~、早く帰って寝たい。というか絶対馬車の中で寝る。馬車に乗れば寝られる~)
ところが重い足を引きずるセレナを引き止める者が現れた。
「待ってくれ、セレナ・レスタータ!」
馬車に乗り込む寸前、背後から聞こえた呼び声に、原稿に不備があったのかと身構える。
しかし振り返ったところで目についたのは白髪の青年だ。決して親しくはないが、有名人の登場に驚かされる。
(ラシェル・ロットグレイ?)
寡黙ながらも美しいと評判の冷血公爵様である。若くして公爵となり、ルクレーヌの王子からの信頼も厚い人物だ。
しかしその美しい顔に感情が乗ることはない。真面目で堅物、容赦のない冷酷さを持ち合わせ、彼の怒りを買った貴族は社会的に消されたといわれている。
冷血公爵というのは、常に整った顔立を崩さず無情な判断を下すことから、流れる血まで冷たいのではと囁かれたせいだ。噂の通り、迫り来る眼差しは鋭く冷たい。
そんな人物がよほど急いでいるのか、髪を乱して駆けてくる。それでも完璧な美しさが損なわれる事はないのだから羨ましい限りだ。
(まあ私も昔は――って、何を張り合おうとしているのよ)
立ち上がるだけで美しいと称賛された前世を引き合いに出しかけて止める。それよりもこの場を切り抜けて寝ることが最優先だ。
とらいえセレナにはラシェルに呼び止められる覚えがない。前ロットグレイ公爵夫人は現国王の姉にあたり、セレスティーナだった頃は親戚として交流もあったけれど、この人生では初対面だ。
(今すぐ無視して帰りたいけど相手は公爵、断れないぃっ!)
悲しいことに伯爵令嬢が公爵を無視するわけにはいかない。
ようやく追いついたラシェルは引き止めるようにセレナの手を取ると、簡潔に用件を告げてきた。
「俺と結婚してほしい」
「は?」
さすがに目が覚めた。
台詞とシーンを切り取れば物語にも書ける情熱的な求婚シーンだ。
しかし現実は、真顔の求婚者に追い詰められている。多分、普通の令嬢なら怯えていると思う。
とはいえここにいるのは徹夜明けで、前世は王女として生きてきた女である。冷静に、ちっともときめかないという感想を抱いてから、意味が分からないと寝ぼけた頭で言葉を探した。
(今、何が起きてる?)
しかし悠長に構えている暇はない。ラシェルが大声で求婚してくれたおかげで注目を浴びまくっている。
「と、とにかく乗ってください!」
好奇の眼差しから逃れるため、彼を馬車へと連れ込んだ。それから大慌てで「とにかく出して!」「ここから離れて!」と御者に命じたが、あとで冷静になってみると立派な公爵拉致事件だ。訴えないでほしい。
「それで、どういうことか説明していただけますか?」
向かいに座るラシェルは何食わぬ顔でセレナと対峙する。本来なら心地のよい揺れに身を任せているはずだったのに居心地が悪い。
そうして問い詰めたところ、ラシェルから語られたのは愛の言葉ではなく、いかに自分との結婚が有益であるかという契約結婚の誘いだった。
三食寝床つき。引きこもり上等。良き公爵夫人を演じるだけで妻としての役割は求めない。
前公爵夫妻は領地住まいなので同居の心配はなし。仕事は続けて構わない。王都住まい可……
もろもろの条件は秒でセレナを陥落させた。
「世継ぎについてはどのように考えているのでしょうか」
「いくらでも手はある」
自身も養子であることから、血の繋がりに対する抵抗はないだろう。彼には妹もいるので、公爵家の血が途絶えることはないという判断かもしれない。つまり本当にただのお飾り妻でいいということだ。
(うそ、契約結婚て、こんなに魅力的なの!?)
執筆しておきながら理解が足りていなかったと衝撃を受けることしばらく。
セレナにも弟がいる。弟のためにも十八で未婚の姉がいつまでも家に居座っていては体裁が悪いと思い始めていたことも決め手の一つだ。
「私、貴方と結婚します!」
あまりの好条件に、逃がすまいと即答していた。
「お嬢様! 着きましたよー」
滅茶苦茶な指示からもレスタータ家を目指していた御者が到着を知らせてくれる。
ラシェルの手を借りて馬車から降りたセレナは、迎えに現れた家族にさっそく彼を紹介することにした。
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