妖狐の寵愛~影無し少女の嫁入り~

奏白いずも

文字の大きさ
18 / 29

十八、襲撃後

しおりを挟む
「椿、すまないが握ってくれないか」

 痛みのない右を動かし、いつものように刀を握る。鏡のように透明な輝きを放っていた刃は、瞬く間に黒い闇色へと変貌した。それを皮切りに部屋の前で様子を窺っていたあやかしたちも口を挟む。

「私も見たことあるわ」

「確かに。椿様の稽古姿は何度か目にしているが、刃は黒かった」

 そんな野次馬たちをかきわけ、飛び込んできたのは野菊だ。

「椿様はこんなことをなさる方ではありません!」

 野菊が叫んだ。あの淑やかでお手本のような存在としていた野菊が……

「初めは私も戸惑っていました。朧様に刃を向けてばかり、怖ろしい方だと。でもそれは朧様にだけ、容赦がないのは朧様にだけです! 絶対に私たちに手を上げるようなことはありませんでした。本当はお優しい方なのです。こんな、怖ろしいことをなさる方ではありません」

 ありがとう、野菊。そう思う反面、あやかしに庇われて複雑だ。

「朧、ひづきというのは誰?」

 瞬時に辺りがざわつく。よほど有名なのか、その名を口にしたとたん視線を集めた。特に朧からの視線が痛く、彼にとって良く知る相手なのかもしれない。

「なるほど。これで椿の無実は証明されたな。まだその名は教えていない。あいつの手先か……。藤代、もういい連れて行け」

 最後に朧は低く殺すなと命じる。けれどその表情、視線だけで今にも相手を殺せそうだと、何度も(一方的に)戦った私には感じ取れた。

「承知いたしましたので、その目はお止めください。みなが怯えてしまいます」

 命令の意味がなくなってしまいそうだと窘める藤代に、私も心中では深く同意していた。


 騒ぎを聴きつけて集まっていたあやかしたちには厳重に口止めを施し、会場の手伝いへと戻らせる。こうしている間にも宴は続いているのだ。むしろこれからが本番だと言う。それなのに朧は私の傍から動こうとしなかった。

「朧?」

 じきに野菊が手当の道具を持ってきてくれる。だから早く宴へ戻るべきだと促しているのに、朧は聞いているのかいないのかわからない反応ばかり。

「痛むか?」

「少し切れただけ。心配されることはない」

「嘘をつくな。血が出ているだろう」

「じきに治る。でも……」

 普通の人間よりは治癒能力は高い方だと思う。そうでなければ毎夜狩りには出られない。それよりも気になったのは視界を霞める着物の成れの果てだ。

「どうした?」

「着物に血が。汚れてしまった」

「そんな物より君の方が大切だ」

「でも私のせい。私が未熟だったから、迂闊に誘い出されてしまった。まだ宴の途中でしょう。こんなところにいていいの?」

 朧の返答は変わらないずこの場に居座るつもりのようだ。いずれしびれを切らした藤代辺りが呼びに来るのではないかと思う。

「でも、藤代は困ると思う」

「勝手に困らせておけばいい」

 ここに本人がいなくて良かったと安堵しているのは私だけ。朧は「それよりも――」と宴のことなんて頭にない様子で話し続ける。

「椿。ああいう時は抵抗しろ」

 ああいうときとは、生命の危機を指すのだろう。何故刀も抜いていないのかと問い詰められた。愛刀がすぐ傍にありながら鞘に収まったままではもっともな疑問だ。

「でも、それは……」

「なんだ、ちゃんと言え」

 朧にしては強い物言いで、追求してまで私に言葉を求めるのは珍しかった。

「屋敷の者に危害は加えないと、誓った」

「そんなことのために命を危険に晒したのか?」

「そんなことじゃない。私にとっては重要なことだった!」

 でなければ今、こうして面と向かって朧と顔を合わせていられない。それくらい私にとっては意味のある行為だ。

「何?」

「もう約束を、朧との約束を破りたくなかった」

「君は……俺のために?」

「え?」

「ん? 違うのか?」

「ち、違う! 私は、ただ、もう誰かとの誓いを破るのが嫌で! お前がどうとか関係ない!」

「なるほど……」

「何!?」

「いや。今回は俺の落ち度だ。追及は止そう。謝罪の印に一太刀くらいは受けて構わないが?」

 いつでも良いぞと言われたのに私は動けない。こんな機会、二度とないかもしれないのに。潔く権利を行使して首を跳ねてしまうのが正しい行動のはず。

「お前が何かしたわけじゃない。気にしていない」

 気にしなくていい? あやかし相手に自らの発言を疑う。

「いいのか、絶好の機会だぞ」

「こんなことで機会をもらえても嬉しくない」

 私は殺るなら自分の実力でなければ納得できないだけ。朧は騙し打ちのような形で幕を引いていい相手ではない。

「命を狙われたんだ。こんなことで済ませていいのか?」

「別に、日常だったから。それに死ぬことは――」

「怖くないと、本当にそう言い切れるのか?」

 朧が私の手を取る。何がしたいのかと不思議に思い視線を向ければ唖然とするしかない。

「私……」

 自らの手が震えていることに初めて気付く。

「強がる必要はない」

 お前に強がらずして強がりとは誰に見せつければ良いものか、そう思った。だからそんな風に優しいことを言わないで。
 初めてあやかしと対峙した時、怖ろしいと感じた。こんな怖ろしい生き物がいるのかと身がすくんだ。けれど感情を麻痺させて対峙する。怖いと呟いたところで意味はないから、だから蓋をしてきたのに……朧がこじ開けようとする。

「うるさい。余計なことを、言うな」

「おや、言葉を封じられてしまったか。ではこうするとしよう」

 抱きしめられると優しい香りに包まれる。あの怖ろしい女の顔が薄れていく。恐怖から守るように囲いこまれ戸惑う。これは私を甘やかし、私を駄目にする優しい腕だ。

「朧、痛い」

 誤魔化すように言い訳を口にする。だが、全く嘘というわけでもない。すまないと小さな謝罪が聞こえれば腕の力が弱まった。
 この温もりは生きている証、そして朧がそばにいる証。
 こわかったか? 怖かったに決まってる。恐怖を感じた時、誰かが傍にいてくれることの安らぎはなんて心が落ち着くのだろう。

「朧、血が移るから」

 とっさに理由を見つけて離れようとしたけれど、朧の腕から逃れることは出来なかった。もう少しだけという朧にしては頼りない囁きに反論する意思を奪われてしまう。

「動くと傷が痛いから、このままでいる」

 そう、動くと傷が痛むから……。
 結局野菊が戻ってくるまで私たちは抱き合っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...