妖狐の寵愛~影無し少女の嫁入り~

奏白いずも

文字の大きさ
22 / 29

二十二、あやかしへの誘い

しおりを挟む
「いつも付き合わせて悪いな」

「その顔は説得力に欠ける」

 整った顔立ちに嬉しそうな笑顔を浮かべられては口先だけにもほどがある。

「そうかい? なにせ手元には美味い酒が、天には極上の月が、そして隣には君が居る。満たされていれば表情も緩むさ」

 私には理解が難しい理屈だった。

「しかし君は退屈か?」

「退屈とは違うけど」

 月を見るという行為自体は嫌いではない。影のない私を見ていてくれたのは夜空の月だけ、親近感も湧くというものだ。
 いつだったか、朧は私が凛としていると言ってくれた。しかも月のようだとも。あの時は『緋月』の話で有耶無耶になってしまったけれど、朧の目は節穴だ。凛としている? 月のよう? そんなわけがない。

 本当に、あの月のように在れたなら……こんな感情に戸惑うこともなく、迷うこともなく、ただ凛としていられたら良かったのに。

 そして今、私の隣には月の名を持つ美しいあやかしがいる。
 退屈している暇なんてない。気を抜くことは許されない。酌をしながらも、いつになったら朧が酔いつぶれるのか機会を窺っているのだから。

「だが、口寂しくはあるだろう? ああ、月見といえば団子でも用意させるか」

「団子……」

「甘味は口にしたことがないか?」

 放っておけば山盛りの菓子を用意しそうな朧を止めるためも首を横に振った。

「団子はわかる。野菊がくれたから」

「ほう」

 ありふれた、というか間の抜けた会話だ。命を狙っている相手に団子の話をしているなんて滑稽。

「三色の団子で、人気の店だと言っていた。私のために買ってきてくれたと、いつかその店に案内してくれるとも……」

「そうか」

 深い意味なんてない。ただなんとなく話したいと、そう思った。

「野菊の言う通りだった。とても美味しかった」

「君は団子が好物か?」

「好物も何も、食べたことがないから。だから美味しくて驚いたの」

「そうか」

 まるで自分のことのように朧は嬉しそうに微笑む。

 一つ零れれば、次いで私の口からその日の出来事がぽつぽつと零れていく。
 野菊が買ってきてくれた団子、一緒に飲んだ濃い目の茶が美味しかったこと。
 藤代が褒めてくれたこと。
 庭に咲く、今日習った花のこと。
 遮っても構わないのに、楽しい話でもないのに、黙って耳を傾けてくれる。それどころか楽しげに口元を緩めていた。

 両の手では足りないほどに共有してしまった時間。
 ひとしきり話し終え、私はまた空になった分だけ酒を注ぐ。

「なあ、椿」

 私なんか見ても面白いことはないと、何度反論したかわからないのでその点に関しては触れなかった。

「君はあやかしをどう思う?」

「狩るべきもの。私の敵」

「相も変わらず、ぶれないことだ」

「変えていい、ことじゃない」

 何を期待していたのか知らないし訊くつもりもない。訊いたところで呆れるか取り乱すのは恐らく私だから。

「変えられないではなく?」

「あ……」

 この屋敷にきてから以前とは比べ物にならないほど話すようにはなったけれど、相変わらず言葉というものは難しい。私は言葉を選び間違えたのだ。変えられないと強く否定するべきだった。これではまるで変えたくないと言っているように聞こえてしまう。

「これは違っ――」

「椿、あやかしにならないか」

 心でも読めるのか、なんて時に囁きかけるのだろう。朧の言葉は私の胸の深いところにまで届いてしまった。
 風が髪を揺らし、草木は音を奏でているはずなのに、私の周りだけ時が止まっている。取り残された私だけが……惑わされている。

「あやかし、に?」

 ようやく紡げた言葉は酷くかすれていた。

「馬鹿を、言わないで。私は人間、そんなことできるはずない」

「それは人があやかしになれるはずがないという意味か、それとも君が人でいることを望むという意味か?」

「もちろん、両方で……」

「では君の憂いを払おう。人があやかしに転じた前例がないわけではない」

「嘘!」

「特に君は半分こちら側、望むは君次第ということだ」

「違う」

「半分あやかしだからこそ見えるし、斬れもする」

「それは!」

 あやかしを斬れる理由なんて考えたこともなかった。この目に映るのも、あまりに馴染みすぎて当然だと思っていた。

「心こそ、その者の在り方だ。君は人、そう思っているからいけない」

「いけなく、ない。お前はまるで私が望むと言いたげ。でも私は望まない!」

「俺の妻になるには都合がいいぞ」

「得な要素が見当たらない。その自信はどこからくる? 急にこんな……。こんな話を持ち出すなんて変。まるで――急いでる?」

 指摘すれば心当たりがあるのか朧がわずかに息を呑む。

「……そう、だな。ははっ、君の言う通りか」

「朧?」

「すまない。指摘されて気付いたが、俺は焦っていたようだ」

 屈託なく笑う朧に今度は私が困惑する。

「明日、緋月の元へ出向く」

 朧が緋月のことを話すのはこれが二度目。滅多に聞くことのないその名に不安を覚えた。

「わざわざ宣言する必要はないこと。お前はいつも勝手に行動しているのに……」

「俺たち二人のことだ。君にも知っていてほしい」

「え?」

「妻に手を出されて黙っていられるものか」

「は?」

「先日の件に関して抗議の文ならとっくに送っているが謝罪の一つもない。本来なら即日屋敷に乗り込み火を放っていてもおかしくないのだが、君を一人にするのが心配で今日まで耐えていたが。さて、俺の妻に手を出したこと後悔させてやろう」

「何を言っているの? 私を心配する必要はないし、私は子が親に会うことを止めたりしない。でも、何をしに行くつもり!?」

「俺の妻は椿ただ一人。余計な手出しはやめろと伝えてくる」

 朧は簡潔にまとめてやったがどうだとでも言いたげだ。ああ、緋月という顔も知らないあやかしの気持ちが少しだけ理解できてしまった。

「緋月というひとが心配するのも分かる」

「なに?」

「朧は恵まれている。地位があって、大切にされて、愛されて」

 悔しいから声には出さないけれど、朧は優しい。美しく強さも併せ持つ、そんな彼の隣を望むあやかしはたくさんいるだろう。

「お前はたくさんのあやかしに慕われている。選び放題のくせに、それが急に、こんな人間の女を囲いだせば焦るに決まってる。どうかしてる……」

「心外だ。俺が軽薄のような言い方は納得できんな」

「出会い頭に求婚された。どう判断しても軽薄」

「俺は愛情深い男だぞ」

「そんなこととっくに――……」

 知っている。傍にいて気付かないはずがない。朧が多くのあやかしに慕われているのは愛情深い証。同じだけのものを彼らも朧に返している。

「性質が悪い! お前はこんな人間を選んでいいはずがない!」

「それがどうした」

「それがとうした!?」

 頭に血が上ったのがわかる。どうして朧は諦めないのか、理解してくれないのか。

「抗議なんて必要ない。緋月が認める相手を見つければいい!」

 わかっているくせに。私でもわかるのだから朧にわからないはずがない。

「……ああそうだ。だからこそ俺は急いていた。君があやかしであれば、君を否定する理由が減るからな」

「私は……」

 このところ直ぐに言葉を返せないでいる。そんな自分に歯がゆい思いをしてばかりだ。

「さて、即答されなかっただけ進歩かな?」

「ふざけないで」

 違う、違う! 否定する前に朧が打ち消しただけ。勢いに呑まれただけ!

「……もう空。戻る!」

 私の役目は終わったのだ。空いた器を急いでまとめ勢い任せに走り去る。優雅の欠片もない仕草は藤代が見ていたら怒っただろう。

 朧からの誘い。それが私にとってどんな意味を持っていたのか、部屋へ戻っても答えは出なかった。

「私が、あやかしに?」

 思った以上に朧の誘いは私の心を揺さぶっている。

「違う! そんなことないあり得ない!」

 早く忘れてしまえ、聞き流してしまえ!

 この身体を浸食するそれは毒?
 わからない。わからないけれど……それは確かに私を蝕んでいる。

 翌朝、朧と顔を合わせることはなかった。
 朝早くから緋月の元へ向かったらしく、藤代からは聞いていないのかと不思議がられた。
 まさかこんなに早く立つとは思っていなかった。もし私があの場に留まっていたら、朧は出立の時間も話してくれたのだろうか。
 もしもを考えても仕方ない。最後まで聞かずに逃げたのは、愚かなのは私だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...