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怪青年くるや大僧正が来た
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朱矢村と黒露城下を結ぶ村道に異様な集団が現れた。
くるや大僧正と、その配下の法力僧、約百人である。
しゃんしゃんと輝くような大量の鈴の音に合わせ、琵琶と笙の音が野に響き渡り、小鳥の声が唱和した。
先頭を歩くのは、くるや大僧正。女性にみまごうばかりの美しく若い有髪の僧で、狩衣を着て、小袖を両手で頭の上に掛け、しゃなりしゃなりと歩く。
一幅の絵のような華麗な光景に、野良仕事の百姓どもが自然に心打たれてひざまづいて土下座する。
後に続くは稚児を上がったばかりのような青年僧の一団である。
坊主頭を青々とそり上げた見目麗しく目元が涼しい若僧たちが百人、楽器を弾きながら悠々と歩く。
よくもこんなにも美貌のお坊主さまを集めたものだと、近隣の百姓は拝みながらありがたがる。
吉四六の家にくるや大僧正が現れたのは、僧団が村へ入った翌日の事だった。垣根越しに初めて見たくるや大僧正の姿に、なんか凄いの来たー。と吉四六は思ったものである。
「あの、何かご用ですかい?」
ぺこぺことお辞儀をしながら言う吉四六をくるや大僧正は潤んだ目でじっと見つめる。
「あ、うん、僕はね、うふふ、お話しを聞きににきたんだよ、あんまり緊張しないでネッ」
ふわふわと肉体感の無い動きをしながら大僧正が言うと、お付きの目の鋭い坊様が、
「くるや大僧正は野槌の情報収集の為にこの家を訪れなされた、頭が高い、控えろ下郎!」
と、詳しく翻訳してくれた。
「あ、でも、この家、女の人いるね、ううん、困ったなぁ」
「くるや大僧正は清浄の身であれば、女性の不浄を大いに嫌う、女子が居るなら他家へ追い払えっ!」
庭に居て、梅を干していたかえは、二回細かく頷いて神社の方へ上がって行った。かえは時々境内の掃除もしている。
「ああよかったぁ。……。あれえ、ここのお山、面白いね」
そう言って、くるや僧正は神社のあるお山をしげしげと見始めた。
「まあ、今回は関係ないかぁ、じゃあ、お侍の人とお話しようかなあ。君、お名前はぁ」
「下郎、名を名乗れっ」
「吉四六でさあ、お坊様」
なんだか自然にくるやは吉四六の腕に手を絡ませて身を寄せている。花のような美しさとはこういうことをいうのだなと、吉四六は思った。赤い紅をさしたような肉感的な唇がにんまりと笑う。
「へえ、変わってる名前ぇ。おもしろいねぇ。吉四六って呼んでも良いよねぇ。だめ?」
「くるや大僧正はッ……」
「良真、君うるさい、家の外で待ってて」
はっと答えて、良真と呼ばれた美僧は素直に大類家から出て行った。
「吉四六もちょっと変わってるねぇ。うふふっ、この村は……。そっか、野槌が凶暴化してるのも、そうなのかもしれないねぇ。おもしろいねぇ」
「な、なんの事でしょうかね」
「なんでもないなんでもない、いこいこっ」
陸道は末兄と共に、野槌が原の絵図を前に研究を重ねている所だった。
しゃなりと、花のような匂いと共にくるやが薄暗い部屋に入ると、あたりがぱあっと明るくなったような気がする。
「はじめましてぇ」
「む、あなたは?」
「僕はぁ、金剛教の大僧正とかやってるぅ、くるやって言います」
陸道は布団から離れ、居住まいを正した。
「黒露藩……。いや、今はもう……。陸道宗一郎と申します」
頭を下げる陸道の前に、くるやはちょこんと座った。
「わあ、陸道先生、あ、陸道先生って呼んでいい? 僕はくるやくんでいいよぅ」
「は、はあ、くるや、くん、ですか?」
「うんうん、今は流行らないけど、未来に流行る呼び方なんだ。僕、未来を見たときにちょっと聞いて、気に入っちゃったんだよ」
なんか、くるやくんは色々浮き世離れした人だなあ、と吉四六は思う。
くるやくんは末兄と陸道が検討していた絵図面に興味をしめした。この花のような顔(かんばせ)の男は何か喋るときに、相手に体をくっつける癖があるようだ。末兄の頬がだんだん赤くなる。
くるやくんと陸道の話は、退魔の専門用語が多くて、吉四六には半分も解らないが、要約すると、だいたいこんな事らしい。
曰く、朱矢の地の野槌は他の地域に発生する野槌とは別格である、と。一般の野槌はあくまで単体で現れ、複数でも、他の個体の危機などは救わない。だが、朱矢の野槌は、群れ全体が統一された意思によって操られるように動く、群体と化しているように思える。
群体化のきっかけは不明であるが、人を食べるごとに、群体としての能力が上がっているようにも思える。なにせ初めての件なので、たかが野槌とあなどるのは大変危険である。群れ全体を全く新しい、凶悪な魔物と捉えるのが良いと思う。
岡本の祖父の尻を食い、およねを食い、惣田の兄二人を食い、武士団を四十食った。これでどんな変化が野槌にあるのか、見当も付かない。
と、陸道はボツボツと木訥に語った。くるやくんは陸道の膝をなでてみたり、末兄の肩にあごを乗せたりで、とってつもなく自由な行動をしながら聞いていた。一回は吉四六の膝に乗ってきたので、大変良い匂いでしなやかな柔らかさの体で、とても困った。
吉四六は黒露城下で陰間の人を見たことがあるのだが、そういう性的な嫌らしさはくるやくんの場合はあまり感じない。子供が大人にぺたぺたするような、無邪気な感じがする。といって邪魔で無いかというととても邪魔なのだが、大僧正なので叱ることもできない、とっても面倒なくるやくんであった。
「くるやくんは大丈夫なのか、退魔行として法術は詠唱がある分小回りがきかぬが」
「んふふ、見くびっちゃだめだよぅ。僕は大僧正だよ、見ててー」
そう言うと、くるやくんはひらひらと手を動かし、複雑な印を結んで、短い呪を唱えた。
押し出すように手を突き出すと、なんと、手のひらから輝く光の柱が生まれ、恐ろしい勢いで庭の柿の木の幹をへし折り、森の中の木々をなぎ払いながら消えた。
「せっかく実がなるようになったのに……」
と、吉四六が涙目で庭の柿の木を惜しむと、くるやくんは大慌てで、
「わあ、ごめんごめん、吉四六。弁償、教団で弁償するから、泣かないで、ごめんねぇ」
と、言ったものである。
くるや大僧正と、その配下の法力僧、約百人である。
しゃんしゃんと輝くような大量の鈴の音に合わせ、琵琶と笙の音が野に響き渡り、小鳥の声が唱和した。
先頭を歩くのは、くるや大僧正。女性にみまごうばかりの美しく若い有髪の僧で、狩衣を着て、小袖を両手で頭の上に掛け、しゃなりしゃなりと歩く。
一幅の絵のような華麗な光景に、野良仕事の百姓どもが自然に心打たれてひざまづいて土下座する。
後に続くは稚児を上がったばかりのような青年僧の一団である。
坊主頭を青々とそり上げた見目麗しく目元が涼しい若僧たちが百人、楽器を弾きながら悠々と歩く。
よくもこんなにも美貌のお坊主さまを集めたものだと、近隣の百姓は拝みながらありがたがる。
吉四六の家にくるや大僧正が現れたのは、僧団が村へ入った翌日の事だった。垣根越しに初めて見たくるや大僧正の姿に、なんか凄いの来たー。と吉四六は思ったものである。
「あの、何かご用ですかい?」
ぺこぺことお辞儀をしながら言う吉四六をくるや大僧正は潤んだ目でじっと見つめる。
「あ、うん、僕はね、うふふ、お話しを聞きににきたんだよ、あんまり緊張しないでネッ」
ふわふわと肉体感の無い動きをしながら大僧正が言うと、お付きの目の鋭い坊様が、
「くるや大僧正は野槌の情報収集の為にこの家を訪れなされた、頭が高い、控えろ下郎!」
と、詳しく翻訳してくれた。
「あ、でも、この家、女の人いるね、ううん、困ったなぁ」
「くるや大僧正は清浄の身であれば、女性の不浄を大いに嫌う、女子が居るなら他家へ追い払えっ!」
庭に居て、梅を干していたかえは、二回細かく頷いて神社の方へ上がって行った。かえは時々境内の掃除もしている。
「ああよかったぁ。……。あれえ、ここのお山、面白いね」
そう言って、くるや僧正は神社のあるお山をしげしげと見始めた。
「まあ、今回は関係ないかぁ、じゃあ、お侍の人とお話しようかなあ。君、お名前はぁ」
「下郎、名を名乗れっ」
「吉四六でさあ、お坊様」
なんだか自然にくるやは吉四六の腕に手を絡ませて身を寄せている。花のような美しさとはこういうことをいうのだなと、吉四六は思った。赤い紅をさしたような肉感的な唇がにんまりと笑う。
「へえ、変わってる名前ぇ。おもしろいねぇ。吉四六って呼んでも良いよねぇ。だめ?」
「くるや大僧正はッ……」
「良真、君うるさい、家の外で待ってて」
はっと答えて、良真と呼ばれた美僧は素直に大類家から出て行った。
「吉四六もちょっと変わってるねぇ。うふふっ、この村は……。そっか、野槌が凶暴化してるのも、そうなのかもしれないねぇ。おもしろいねぇ」
「な、なんの事でしょうかね」
「なんでもないなんでもない、いこいこっ」
陸道は末兄と共に、野槌が原の絵図を前に研究を重ねている所だった。
しゃなりと、花のような匂いと共にくるやが薄暗い部屋に入ると、あたりがぱあっと明るくなったような気がする。
「はじめましてぇ」
「む、あなたは?」
「僕はぁ、金剛教の大僧正とかやってるぅ、くるやって言います」
陸道は布団から離れ、居住まいを正した。
「黒露藩……。いや、今はもう……。陸道宗一郎と申します」
頭を下げる陸道の前に、くるやはちょこんと座った。
「わあ、陸道先生、あ、陸道先生って呼んでいい? 僕はくるやくんでいいよぅ」
「は、はあ、くるや、くん、ですか?」
「うんうん、今は流行らないけど、未来に流行る呼び方なんだ。僕、未来を見たときにちょっと聞いて、気に入っちゃったんだよ」
なんか、くるやくんは色々浮き世離れした人だなあ、と吉四六は思う。
くるやくんは末兄と陸道が検討していた絵図面に興味をしめした。この花のような顔(かんばせ)の男は何か喋るときに、相手に体をくっつける癖があるようだ。末兄の頬がだんだん赤くなる。
くるやくんと陸道の話は、退魔の専門用語が多くて、吉四六には半分も解らないが、要約すると、だいたいこんな事らしい。
曰く、朱矢の地の野槌は他の地域に発生する野槌とは別格である、と。一般の野槌はあくまで単体で現れ、複数でも、他の個体の危機などは救わない。だが、朱矢の野槌は、群れ全体が統一された意思によって操られるように動く、群体と化しているように思える。
群体化のきっかけは不明であるが、人を食べるごとに、群体としての能力が上がっているようにも思える。なにせ初めての件なので、たかが野槌とあなどるのは大変危険である。群れ全体を全く新しい、凶悪な魔物と捉えるのが良いと思う。
岡本の祖父の尻を食い、およねを食い、惣田の兄二人を食い、武士団を四十食った。これでどんな変化が野槌にあるのか、見当も付かない。
と、陸道はボツボツと木訥に語った。くるやくんは陸道の膝をなでてみたり、末兄の肩にあごを乗せたりで、とってつもなく自由な行動をしながら聞いていた。一回は吉四六の膝に乗ってきたので、大変良い匂いでしなやかな柔らかさの体で、とても困った。
吉四六は黒露城下で陰間の人を見たことがあるのだが、そういう性的な嫌らしさはくるやくんの場合はあまり感じない。子供が大人にぺたぺたするような、無邪気な感じがする。といって邪魔で無いかというととても邪魔なのだが、大僧正なので叱ることもできない、とっても面倒なくるやくんであった。
「くるやくんは大丈夫なのか、退魔行として法術は詠唱がある分小回りがきかぬが」
「んふふ、見くびっちゃだめだよぅ。僕は大僧正だよ、見ててー」
そう言うと、くるやくんはひらひらと手を動かし、複雑な印を結んで、短い呪を唱えた。
押し出すように手を突き出すと、なんと、手のひらから輝く光の柱が生まれ、恐ろしい勢いで庭の柿の木の幹をへし折り、森の中の木々をなぎ払いながら消えた。
「せっかく実がなるようになったのに……」
と、吉四六が涙目で庭の柿の木を惜しむと、くるやくんは大慌てで、
「わあ、ごめんごめん、吉四六。弁償、教団で弁償するから、泣かないで、ごめんねぇ」
と、言ったものである。
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