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幕間: ざまぁ③
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「ファース閣下、ビオランテ様から武具の請求書が回って参りましたのですが」
「うむ、魔導騎士にとって武具は誇りだ、払ってやれ」
「それが、いささか額が大きゅうございます。先月は軍馬を買い付けいたしましたし」
「金庫に金は唸るほどあるのだろう、ケチケチするでない」
執事のセバスチャンの表情は曇ったままだ。
大学を卒業して三年、マレンツが努力して生み出したデズモンド領の財産は、ビオランテがみるみるうちに減らしているのだった。
「貴族にとって大事なのは金を惜しまない誇り高さだ。愚かな息子のように民草に混ざってあくせく働いてどうすると言うのだ。気にするな、これまでは何とかなってきた、これからも何とかなる物だ」
セバスチャンは沈黙した。
「恐れながら、マレンツお坊ちゃまに帰還を願うべきかと」
「やかましいっ、お前達は揃いも揃ってマレンツマレンツと! あいつは口だけのイカサマ師だ、そうに違いないっ」
「領民はみな豊かになった領を喜んでおりますぞ」
「うるさいっ!! 下がれっ!!」
セバスチャンはお辞儀をして部屋を退出していった。
入れ替わるようにビオランテが執務室に入ってきた。
「家令の顔色が悪いですな、どうしましたか、養父上」
「なに、奴の心配性は昔からだ。それよりも武具を買ったそうだな、どこで買ったのだ」
「領都の武器街があの有様でありましょう。王都まで足を運びました。ただ、少し値段が張りまして……」
「よいよい、貴族にとって消費は美徳よ、マレンツも、奴の母もそれが解っておらんのだ。金が足りなくなれば民を絞れば良いのだ」
「タバサ様ですな、賢夫人と高名でした」
「何が賢夫人か、内政をがっちり握ってけちくさい事ばかり抜かしてな。死んでせいせいしたわいっ」
デズモンド伯爵は吐き捨てるように言った。
彼は賢くて口が回るタバサ夫人に何時もやり込められていて鬱憤が溜まっていたのである。
そして、タバサ夫人の知性を強く受け継いだマレンツも大嫌いであった。
「金は天下の回り物だ、なに、デズモンド家はそうやって百年の命脈を継いで来たのだ、問題はない」
「そうですな、羽振りが良くないと我らの子飼いの貴族にも示しがつきませぬゆえ」
セバスチャンが足早に戻って来た。
「大変です、ファース閣下! 反乱です、北部郡にて農民が蜂起いたしました」
「なんだとっ!」
「これは、マレンツめが動いておりますな。伯爵家に呼び戻されようとシンパに工作したのでしょう」
「恐れながら、マレンツ坊ちゃまはそんな事はなされませぬ」
「黙れ、セバスチャン! お前の判断なぞ聞いておらぬっ!」
「どうしますか、養父上」
「知れたこと、軍を率いて踏み潰すのみ!」
「そうでなくてはっ」
「お、お考え直しくださいませっ、いきなり軍を動かすなぞ、まとまる話もまとまらなくなりますぞっ」
「黙れっ!! 農民に舐められては貴族の名折れだ! 村を一つ二つ焼けば大人しくなるだろうて」
「おやめ下さい、おやめ下さい、取り返しが付かなくなります、どうか、どうか」
「黙れと言うのだ!」
激高したデズモンド伯爵はセバスチャンを蹴り倒した。
「身分をわきまえろ、セバス! お前の考えなど聞いておらんっ!!」
「養父上、私は軍舎へ命令を下しに行って参ります」
「よしっ、頼んだぞビオランテ」
「閣下、お考え直しを……」
セバスチャンは床に倒れながら、なおも忠言をデズモンド伯に伝えるが、彼は聞き入れる気は無いようだ。
メイドのステイシーが入って来て、セバスチャンを助け起こした。
「す、すまない、ステイシー」
「いいえ、でも、この領はどうなってしまうのでしょうか」
「農村を軍で踏み潰したりすれば、天下の醜聞になってしまう。マレンツさまのお帰りになる場所が無くなってしまう……」
「マレンツさまがいらっしゃれば……」
家令とメイドはがっくりと肩を落とし、絶望の中に浸りきった。
デズモンド軍は軍舎からフル装備で出発した。
農民が蜂起した北部までは領を縦に貫く、馬首往還を三日進んだ距離にある。
さて、北部へとデズモンド軍が到着したのだが、村々は存外に静かであった。
「農民が蜂起したのでは無いのか?」
「やけに静かですね」
デズモンド軍の前に白塗りの優美な馬車が止まり、中から美青年が降りてきた。
「デズモンド伯、何かねその出で立ちは」
デズモンド伯は驚愕した。
それは王都に居るはずのパリス王子だったからだ。
「お、王子、な、何用で我が領にいらっしゃいましたか?」
「親友のマレンツに頼まれていたんだ、デズモンド伯が軍を動かしたら介入してくれって」
「え、我が……、愚息をご存じで?」
デズモンド伯爵にとっては晴天の霹靂とも言うべき、想定外の事態であった。
「彼とは大学で友達になったんだよ。しかしまあ、軍を動かすのは一年後ぐらいとか言ってたけど、思いの他早く動いたね」
デズモンド領の北部は領都よりも王都に近い。
パリス王子は反乱の一報を聞いて急行してきたのであった。
後ろには小規模であるが王軍も居た。
「マレンツは伯が無茶をしないようにたしなめてくれ、と、そう頼んできたんだよ」
「マ、マレンツが、パリス王子の友人……。そのような事は一言も……」
「私の友人なだけではないよ、リネットとも仲が良いし、父上、母上にも気に入られている。良かったね伯、これでデズモンド領も安泰だよ」
パリス王子は悪戯っぽそうな表情を浮かべて笑って言った。
「馬鹿な、馬鹿な……」
デズモンド伯爵とビオランテは脂汗をだらだら流しながら立ちすくんだ。
まるで世界がひっくり返ったような気分であった。
デズモンド軍は王家の登場に気圧されて肩を落として領都へと帰っていった。
蜂起した郡は、マレンツさまが王家に頼んでまでの気配りを知って、感激し、武器を置いて日常生活に戻った。
ここに、デズモンド領の最悪の事態は回避されたのである。
「だが、マレンツ、ここは君が継がない限り丸く収まらない土地になった。まったく有能過ぎるのもトラブルの元だね」
パリス王子は馬上、豊かな田園風景を見ながら、そうつぶやいた。
「うむ、魔導騎士にとって武具は誇りだ、払ってやれ」
「それが、いささか額が大きゅうございます。先月は軍馬を買い付けいたしましたし」
「金庫に金は唸るほどあるのだろう、ケチケチするでない」
執事のセバスチャンの表情は曇ったままだ。
大学を卒業して三年、マレンツが努力して生み出したデズモンド領の財産は、ビオランテがみるみるうちに減らしているのだった。
「貴族にとって大事なのは金を惜しまない誇り高さだ。愚かな息子のように民草に混ざってあくせく働いてどうすると言うのだ。気にするな、これまでは何とかなってきた、これからも何とかなる物だ」
セバスチャンは沈黙した。
「恐れながら、マレンツお坊ちゃまに帰還を願うべきかと」
「やかましいっ、お前達は揃いも揃ってマレンツマレンツと! あいつは口だけのイカサマ師だ、そうに違いないっ」
「領民はみな豊かになった領を喜んでおりますぞ」
「うるさいっ!! 下がれっ!!」
セバスチャンはお辞儀をして部屋を退出していった。
入れ替わるようにビオランテが執務室に入ってきた。
「家令の顔色が悪いですな、どうしましたか、養父上」
「なに、奴の心配性は昔からだ。それよりも武具を買ったそうだな、どこで買ったのだ」
「領都の武器街があの有様でありましょう。王都まで足を運びました。ただ、少し値段が張りまして……」
「よいよい、貴族にとって消費は美徳よ、マレンツも、奴の母もそれが解っておらんのだ。金が足りなくなれば民を絞れば良いのだ」
「タバサ様ですな、賢夫人と高名でした」
「何が賢夫人か、内政をがっちり握ってけちくさい事ばかり抜かしてな。死んでせいせいしたわいっ」
デズモンド伯爵は吐き捨てるように言った。
彼は賢くて口が回るタバサ夫人に何時もやり込められていて鬱憤が溜まっていたのである。
そして、タバサ夫人の知性を強く受け継いだマレンツも大嫌いであった。
「金は天下の回り物だ、なに、デズモンド家はそうやって百年の命脈を継いで来たのだ、問題はない」
「そうですな、羽振りが良くないと我らの子飼いの貴族にも示しがつきませぬゆえ」
セバスチャンが足早に戻って来た。
「大変です、ファース閣下! 反乱です、北部郡にて農民が蜂起いたしました」
「なんだとっ!」
「これは、マレンツめが動いておりますな。伯爵家に呼び戻されようとシンパに工作したのでしょう」
「恐れながら、マレンツ坊ちゃまはそんな事はなされませぬ」
「黙れ、セバスチャン! お前の判断なぞ聞いておらぬっ!」
「どうしますか、養父上」
「知れたこと、軍を率いて踏み潰すのみ!」
「そうでなくてはっ」
「お、お考え直しくださいませっ、いきなり軍を動かすなぞ、まとまる話もまとまらなくなりますぞっ」
「黙れっ!! 農民に舐められては貴族の名折れだ! 村を一つ二つ焼けば大人しくなるだろうて」
「おやめ下さい、おやめ下さい、取り返しが付かなくなります、どうか、どうか」
「黙れと言うのだ!」
激高したデズモンド伯爵はセバスチャンを蹴り倒した。
「身分をわきまえろ、セバス! お前の考えなど聞いておらんっ!!」
「養父上、私は軍舎へ命令を下しに行って参ります」
「よしっ、頼んだぞビオランテ」
「閣下、お考え直しを……」
セバスチャンは床に倒れながら、なおも忠言をデズモンド伯に伝えるが、彼は聞き入れる気は無いようだ。
メイドのステイシーが入って来て、セバスチャンを助け起こした。
「す、すまない、ステイシー」
「いいえ、でも、この領はどうなってしまうのでしょうか」
「農村を軍で踏み潰したりすれば、天下の醜聞になってしまう。マレンツさまのお帰りになる場所が無くなってしまう……」
「マレンツさまがいらっしゃれば……」
家令とメイドはがっくりと肩を落とし、絶望の中に浸りきった。
デズモンド軍は軍舎からフル装備で出発した。
農民が蜂起した北部までは領を縦に貫く、馬首往還を三日進んだ距離にある。
さて、北部へとデズモンド軍が到着したのだが、村々は存外に静かであった。
「農民が蜂起したのでは無いのか?」
「やけに静かですね」
デズモンド軍の前に白塗りの優美な馬車が止まり、中から美青年が降りてきた。
「デズモンド伯、何かねその出で立ちは」
デズモンド伯は驚愕した。
それは王都に居るはずのパリス王子だったからだ。
「お、王子、な、何用で我が領にいらっしゃいましたか?」
「親友のマレンツに頼まれていたんだ、デズモンド伯が軍を動かしたら介入してくれって」
「え、我が……、愚息をご存じで?」
デズモンド伯爵にとっては晴天の霹靂とも言うべき、想定外の事態であった。
「彼とは大学で友達になったんだよ。しかしまあ、軍を動かすのは一年後ぐらいとか言ってたけど、思いの他早く動いたね」
デズモンド領の北部は領都よりも王都に近い。
パリス王子は反乱の一報を聞いて急行してきたのであった。
後ろには小規模であるが王軍も居た。
「マレンツは伯が無茶をしないようにたしなめてくれ、と、そう頼んできたんだよ」
「マ、マレンツが、パリス王子の友人……。そのような事は一言も……」
「私の友人なだけではないよ、リネットとも仲が良いし、父上、母上にも気に入られている。良かったね伯、これでデズモンド領も安泰だよ」
パリス王子は悪戯っぽそうな表情を浮かべて笑って言った。
「馬鹿な、馬鹿な……」
デズモンド伯爵とビオランテは脂汗をだらだら流しながら立ちすくんだ。
まるで世界がひっくり返ったような気分であった。
デズモンド軍は王家の登場に気圧されて肩を落として領都へと帰っていった。
蜂起した郡は、マレンツさまが王家に頼んでまでの気配りを知って、感激し、武器を置いて日常生活に戻った。
ここに、デズモンド領の最悪の事態は回避されたのである。
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