あの夏の日の残照

早瀬黒絵

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TAKE集5

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(NG11シーン TAKE1)



 廊下へ顔を向ければ少しして冬木と新見がリビングに入って来た。



「おかえりなさい」



 のんびり声をかける紗枝の後ろで松田と藤堂の二人は「お疲れさんです」と頭を下げる。

 それに「また出る」と短く返事をした冬木はジッと見つめてくる紗枝に気が付き、動きを止め、無遠慮な視線にあえて全身を晒すように立った。

 画集をローテーブルに置いてソファーから離れ、紗枝は冬木の目の前に立つ。

 右目を閉じて左目だけで頭の天辺から爪先まで見ると唐突に口を開いた。



「脱いでください」



 欠片も色気のない淡々とした声に従って冬木はスーツを脱ぐ。

 ベストとワイシャツを新見へ渡して上半身が露わになると、そこで紗枝はストップを入れた。

 しばし魅入るようにその刺青が彫られた背中を眺めてうっとりと呟いた。



「……綺麗……」

「お、そうだろそうだろ」



 機嫌を良くした冬木が振り返って紗枝に腕の刺青も見せる。

 腕から胸板を割るようにして彫られているそれを指で辿りながら、ジッと刺青の絵柄を検分する紗枝の腰を冬木が抱く。

 それでも紗枝が集中しているので思わずクツクツと冬木が笑った。

 そこでようやく至近距離に気付いた紗枝が悲鳴を上げた。



「ぎゃっ、近い近い!」

「女子高生の熱い視線ってのもなかなか乙だなあ?」

「ひぃっ、ヘルプ、新見さんヘルプミー!」



 助けを求めた紗枝に無情にも新見は微笑んだ。



「自業自得です」



 それから五分ほど、紗枝は冬木にからかわれた。

 冬木がしばらくご機嫌だったのは言うまでもない。






(NG13シーン TAKE1)



 食後の飲み物も終えて余韻を楽しんだ三人は席を立ち、地下駐車場へ下りると、来た時と同様に新見が運転する漆黒のジャガーに乗って冬木のマンションへ向かった。

 店を出て気が緩んだのか昼食を食べただけなのにドッと体が重くなる。

 レストランという言葉に一瞬、昨夜の義兄の姿が頭を過ぎった。

 父も義母も義兄も特別な日はレストランに行くけれども、きっと行ったとしても今日紗枝が呼ばれたほどの高級な店ではないことは確かである。

 ドレスコードの店であったとしてもあの父のことだからこんな風にドレスを買ってくれるなんて夢のまた夢、一人だけ制服で行かされるのがオチだ。

 それを考えると僅かだが溜飲の下がる思いだった。

 いきなりのこととは言えど、連れて来てくれたことに感謝すべきだ。



「冬木さん新見さん、今日は招いてくださって本当にありがとうございました」



 車の窓ガラスに映るお嬢様然とした自分の姿を見つめ、ガラス越しに冬木と視線を合わせた紗枝は少しだけ照れ臭そうに微笑んだ。

 それを見た冬木は一度動きを止めると、唐突に身を乗り出す。

 振り向いた紗枝の顎を掴んで引き上げた冬木はその頬にキスを落とした。



「な、な、な……!」



 驚きに頬を押さえる紗枝に「無防備」と冬木が言う。



「台本通りにしてください!」

「可愛いのが悪い」

「かわ…っ?!」

「林檎みてえ、真っ赤だぞ」

「誰のせいですか! 誰の!」



 あー、もう。と手で風を送って顔の熱を冷まそうとする紗枝。

 それをニヤニヤしながら冬木はガラス越しに眺めていた。






(NG14シーン TAKE1)



 冬木のマンションへ戻ると紗枝は私服に着替えてホッと胸を撫で下ろした。

 汚れがないことを確認してワンピース一式を新見へ渡せば、クリーニングに出した後、このマンションの空いている部屋のクローゼットに仕舞うので好きに着て良いとのことだった。

 それに曖昧に頷きながらも、そんな機会はそうそうないだろうと紗枝は思う。

 白いTシャツにサスペンダー付きのショートパンツという格好でソファーへ雪崩れ込んだ紗枝の様子に新見が苦笑しつつ、ネクタイを外した冬木と共に出掛けて行った。

 こうして一人残されることは時々ある。

 でもすぐに松田や藤堂がやって来るんだろう。

 それまで一休憩しようと目を閉じた紗枝はすぐに規則正しい寝息を立て始めた。

 しばらく間を置いて入って来た松田と藤堂は顔を見合わせた。



「ありゃりゃ、寝ちゃってるう」

「周りが大人ばかりで疲れたんだろうな」

「寝顔可愛い~」



 松田は取り出した携帯でパチリと紗枝の寝顔を撮った。

 それが冬木の手に渡っていることを紗枝は知らずにいる。




 
 
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