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電車
しおりを挟む重い空気の中に冷たい風がそよぐ、夏真っ盛りという感じだった。
終わりかけのはずの季節は最後の一仕事と言わんばかりの猛暑を記録し、新井のスーツにシミを作る。
メガネを整え軽く汗を拭う。肌に張り付いた液体はヌメリが強く、自己嫌悪に陥りながらも座る人に落とすまいとハンカチを動かす。
小腹が空いていたと気づいたのは数分前からだった。目の前の少年が、携帯食料を手にしている。
見せびらかすように箱から取り出すと、日光を反射したアルミを丁寧に剥がしていく。
カロリーの塊が姿を現し、一切の躊躇なく少年は棒を口へと押し込んだ。一口で食すものだから、頰はパンパンに膨れ上がっている。
左手に持った麦茶を二、三口荒々しく飲むと、少年は次に携帯端末を取り出した。
またお決まりのパターンかと嘆かわしい新井だったが、少年はあろうことか端末を折りたたみ始めた。
2回3回と折り曲げると、それは立方体のパズルとなり6色の虹がかかっている。
片手で回しながら色を揃えていく少年の手さばきを、新井はじっくりと観察していた。
全ての面が同じ色で統一された時、間抜けなラッパの音が鳴った。車内の注目は一気に少年に集中するが、当人は毛ほども気にしていない。
少年はパズルの中央のボタンをカチッと押すと、その中からまた携帯食料が出てきた。
手品かと疑ったが、タネも仕掛けも分からなかった。また、腹のなる音がした。
駅員の放送が響き、もうすぐ到着する事を伝えていた。少年もそれに気づき、逆再生するように箱を端末に戻していく。
駅に着かなくてもいい、仕事に行かなくてもいいから、新井はもっとこの余興を眺めていたかった。
再構築は終わり、少年はまたポケットから新たな携帯食料を取り出し、美味そうに食らう。
夏の暑い日の話だ。
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