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愚かな女
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全く、愚かな女がいたものである。
高校入学初日、たまたま隣の席になった男子に一目惚れをするなど滑稽極まりない。
ましてや、その男に一目惚れした原因が男子が少ない学科に進学した故に、そこそこのカッコよさの男をイケメンなどと認識してしまったのならばなおさらだろう。
一目惚れで芽生えた恋愛感情はすぐに冷めると言われているが、女は違った。
高校卒業を間近に控えるまでのおよそ三年間、決して一寸も冷めることなく、男に対する恋心を抱き続けたのだ。
女が所属するクラスは専門科であるため、クラス替えがなかった。故に、好意がクラス中にバレて、からかわれるのが嫌だった女は、積極的にアプローチをすることはしなかった。
年度初めである四月から中間テストが終わり、席替えがある六月までの三ヶ月間。それを三年分。その期間のペアワークが女が男と会話をした全てだった。
女は席が隣でなくなっても、自然と男のことを目で追っていた。
故に、三年間で起きた変化は記憶として残っていた。
一年生のときはどこかあどけなさが残っていた男は卒業を間近に控え、若干のあどけなさは残っているものの、大人びていると差し支えがない男性へと成長していた。
そして女の気持ちにも変化があった。
男に抱いた恋心、それはいつしか愛へと変わっていたのだ。
女は、私は、彼のことが好きだ。
だが、彼と恋人になりたいといった気持ちはとうに消え去っている。
ただ、私が彼を想い続けたということだけは、彼に知っていてほしかった。
私は進学で県外へ、彼は市内に就職し、もう会うこともないのだから、それくらいは許されるだろう。
だから今日、私は彼に告白しよう。
そんなことを考えているうちに、卒業式と最後のホームルームは終わっていた。
私は友人のアルバムに寄せ書きをし、記念写真を撮り終えると、友人がクラスから出て行くのを見送った。
周りを見渡すと、教室内には私以外誰も残っていなかった。
教室を出てフロアを見渡すと、人はいなかった。彼を除いて。
彼はチラチラとスマホを見ていたので、私はそれを親の迎えを待っているんだろうと判断した。
そして、私は彼に近づいて話しかけた。
「ねえ、加賀美くん、今時間いいかな?」
私の問いに彼は一瞬驚きの色が滲む表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「いいよ。今ね、親に迎えを頼んだんだけどさ、断られちゃったから時間が有り余っているんだ」
「あー、加賀美くん遠くから通ってるって言ってたしね」
「そうなんだよ。バスの時間まであと四時間もあるんだよ」
加賀美くんはヤレヤレといった感じで肩をすくめた。
「それで、どうしたの?」
「えーとね……」
私は加賀美くんの問いに言葉を詰まらしてしまった。当然だ。告白の言葉を考えていなかったのだ。
今から考えることもできるが、彼を待たしてしまうのは少し罪悪感を感じる。
故に、私は正直な気持ちを話すことにした。上手く言葉にできなくてもいい、話す内容がまとまっていなくてもいい。ただ私が感じたことを伝えようと思った。
「三年間、あなたのことがずっと好きでした。おかげで高校に通った三年間を楽しく過ごすことができました。本当にありがとうございました!」
自分の正直な気持ちを伝えるのに、不思議と緊張はしなかった。言葉もスラスラと出てきた。
そのことを私が内心嬉しく思っていると、彼は「そうなんだ」と呟いた。
私は「返事はいらない。ただ気持ちの整理と感謝を伝えたかったから告白した」との旨を伝えた。
加賀美くんは私の言葉を聞くと、少し悲しそうな顔をした。
なんでそんな顔をするんだろう。
私はそれが疑問だった。
しばらくの間、辺りは静寂に包まれた。
お互い黙り込んだまま、十秒、二十秒と時間だけが過ぎていく。
先に口を開いたのは加賀美くんの方だった。
「ねえ、永遠さん。……僕はね、遠距離でもやっていけると思ってるんだ。どうかな?」
私はしばらく、その言葉の意味が理解できなかった。
遠距離とはなんのことか。好意的に解釈していいのだろうか。彼は私のことが好きなんだろうか。
疑問は湧き水のように次々と思い浮かんできた。
私が混乱していると、彼は言葉を続けた。
「好きでいた期間は君よりも短いけど、僕も永遠さんと同じだ。好きです、付き合ってください」
私はその言葉を聞いて嬉しいと思った。悲しいとは一切感じていない。そもそも、恋人になるなんてことはとうの昔に諦めていた。だから、涙を流す要素なんて存在し得ないはずなのだ。
だが、私の頬を何か温かい液体を伝った。
彼はそれを見ると、ポケットから綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出すと、私に手渡そうとしてきた。
私はそれを受け取り、涙を拭うと彼に向き直った。
「愛してるよ。これからよろしくお願いします!」
全く、愚かな女がいたものである。
たった一人だけを愛する人生なんてものは創作物でしかあり得ないことだと散々信じておきながら、初めて好きになった、初めて愛した、初めて付き合った恋人と結婚しようとしているなんて、滑稽極まりない。
客観的に自分のことを見ると、我ながら羞恥心で死にたくなる。だが、もちろんそんなことはしない。
私の最愛の人が隣に立っていてくれるから。
故に、私は愛し続けよう。どれだけ時が経とうとも、それこそ永遠に。
名前の通り、君を愛そう。
高校入学初日、たまたま隣の席になった男子に一目惚れをするなど滑稽極まりない。
ましてや、その男に一目惚れした原因が男子が少ない学科に進学した故に、そこそこのカッコよさの男をイケメンなどと認識してしまったのならばなおさらだろう。
一目惚れで芽生えた恋愛感情はすぐに冷めると言われているが、女は違った。
高校卒業を間近に控えるまでのおよそ三年間、決して一寸も冷めることなく、男に対する恋心を抱き続けたのだ。
女が所属するクラスは専門科であるため、クラス替えがなかった。故に、好意がクラス中にバレて、からかわれるのが嫌だった女は、積極的にアプローチをすることはしなかった。
年度初めである四月から中間テストが終わり、席替えがある六月までの三ヶ月間。それを三年分。その期間のペアワークが女が男と会話をした全てだった。
女は席が隣でなくなっても、自然と男のことを目で追っていた。
故に、三年間で起きた変化は記憶として残っていた。
一年生のときはどこかあどけなさが残っていた男は卒業を間近に控え、若干のあどけなさは残っているものの、大人びていると差し支えがない男性へと成長していた。
そして女の気持ちにも変化があった。
男に抱いた恋心、それはいつしか愛へと変わっていたのだ。
女は、私は、彼のことが好きだ。
だが、彼と恋人になりたいといった気持ちはとうに消え去っている。
ただ、私が彼を想い続けたということだけは、彼に知っていてほしかった。
私は進学で県外へ、彼は市内に就職し、もう会うこともないのだから、それくらいは許されるだろう。
だから今日、私は彼に告白しよう。
そんなことを考えているうちに、卒業式と最後のホームルームは終わっていた。
私は友人のアルバムに寄せ書きをし、記念写真を撮り終えると、友人がクラスから出て行くのを見送った。
周りを見渡すと、教室内には私以外誰も残っていなかった。
教室を出てフロアを見渡すと、人はいなかった。彼を除いて。
彼はチラチラとスマホを見ていたので、私はそれを親の迎えを待っているんだろうと判断した。
そして、私は彼に近づいて話しかけた。
「ねえ、加賀美くん、今時間いいかな?」
私の問いに彼は一瞬驚きの色が滲む表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「いいよ。今ね、親に迎えを頼んだんだけどさ、断られちゃったから時間が有り余っているんだ」
「あー、加賀美くん遠くから通ってるって言ってたしね」
「そうなんだよ。バスの時間まであと四時間もあるんだよ」
加賀美くんはヤレヤレといった感じで肩をすくめた。
「それで、どうしたの?」
「えーとね……」
私は加賀美くんの問いに言葉を詰まらしてしまった。当然だ。告白の言葉を考えていなかったのだ。
今から考えることもできるが、彼を待たしてしまうのは少し罪悪感を感じる。
故に、私は正直な気持ちを話すことにした。上手く言葉にできなくてもいい、話す内容がまとまっていなくてもいい。ただ私が感じたことを伝えようと思った。
「三年間、あなたのことがずっと好きでした。おかげで高校に通った三年間を楽しく過ごすことができました。本当にありがとうございました!」
自分の正直な気持ちを伝えるのに、不思議と緊張はしなかった。言葉もスラスラと出てきた。
そのことを私が内心嬉しく思っていると、彼は「そうなんだ」と呟いた。
私は「返事はいらない。ただ気持ちの整理と感謝を伝えたかったから告白した」との旨を伝えた。
加賀美くんは私の言葉を聞くと、少し悲しそうな顔をした。
なんでそんな顔をするんだろう。
私はそれが疑問だった。
しばらくの間、辺りは静寂に包まれた。
お互い黙り込んだまま、十秒、二十秒と時間だけが過ぎていく。
先に口を開いたのは加賀美くんの方だった。
「ねえ、永遠さん。……僕はね、遠距離でもやっていけると思ってるんだ。どうかな?」
私はしばらく、その言葉の意味が理解できなかった。
遠距離とはなんのことか。好意的に解釈していいのだろうか。彼は私のことが好きなんだろうか。
疑問は湧き水のように次々と思い浮かんできた。
私が混乱していると、彼は言葉を続けた。
「好きでいた期間は君よりも短いけど、僕も永遠さんと同じだ。好きです、付き合ってください」
私はその言葉を聞いて嬉しいと思った。悲しいとは一切感じていない。そもそも、恋人になるなんてことはとうの昔に諦めていた。だから、涙を流す要素なんて存在し得ないはずなのだ。
だが、私の頬を何か温かい液体を伝った。
彼はそれを見ると、ポケットから綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出すと、私に手渡そうとしてきた。
私はそれを受け取り、涙を拭うと彼に向き直った。
「愛してるよ。これからよろしくお願いします!」
全く、愚かな女がいたものである。
たった一人だけを愛する人生なんてものは創作物でしかあり得ないことだと散々信じておきながら、初めて好きになった、初めて愛した、初めて付き合った恋人と結婚しようとしているなんて、滑稽極まりない。
客観的に自分のことを見ると、我ながら羞恥心で死にたくなる。だが、もちろんそんなことはしない。
私の最愛の人が隣に立っていてくれるから。
故に、私は愛し続けよう。どれだけ時が経とうとも、それこそ永遠に。
名前の通り、君を愛そう。
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