公爵夫人は命がけ!

保谷なのめ

文字の大きさ
15 / 156
【第1章】婚約・結婚式編

15話 交易場と特別な花

しおりを挟む
 街に来るのは初めてだと言うリディアに、キースは困惑していた。
 ローゼンブルク家にやってきてからまだ1ヶ月ほど、そして2度の襲撃事件で警備態勢がキツくなっていることなどを考えればそれは不自然なことではなかったが、あれだけ自信満々に手を引いて裏道を歩いていたので、キースはリディアがここに来たことがないとは微塵も思っていなかった。
 スザンヌに教えてもらった道順と、馬車で通ったことのある街の記憶だけでやってきたと言う。

「だから、スザンヌの店以外には何があるかもよく知らないわ」

 キースはきっとよく知ってるでしょ? とリディアは首を傾げる。

「……領地のことはおよそ把握している」
「やっぱりそうよね!」

 リディアは無邪気な笑顔を浮かべて、キースと腕を組んだ。ちょうどエスコートをするような姿勢になる。

「私に街を案内して!」

 ***

 キースが最後に領地の街へ、こうして特に目的もなく来たのはいつのことだったか。何かを買いに、とか、整備や領地経営のために来るのとは見える景色がまったく異なっていた。

「あそこのパン屋はクロワッサンが美味い」

 キラキラと目を輝かせるリディアに、キースはひとつひとつ説明をする。
 彼も幼い頃はよく、エドとこっそり家を抜け出して遊びにやってきていた。というより、今日のように連れ出されていた。目立たない格好をして、色々な場所で買い物をしたり、目的もなく歩いたりした。示した先にある、クロワッサンのあるパン屋は珍しく夜まで開いていて、ふたりが来るたびに食べる定番の店だった。

「あっちは何?」
「あぁ、あれは——」

 リディアが指した先には、テントが軒を連ねていた。大通りを歩く人のほとんどはそっちに向かっている。

「交易場だ」

 国境近くのこの街は、紛争に巻き込まれる危険があるのと同時に、交易も盛んな場所である。国内と国外からあらゆるものが集まって文化が混ざり合った、異国情緒漂う市場は、ローゼンブルク領の代表的なスポットだ。キースとエドの遊び場も、もっぱらここだった。

「あそこが……」

 一度来てみたかったとリディアが呟く。キースは彼女も聞いたことがあったのだろうと軽く流したが、実のところ、そこは物語の中でキースとアリシアにとっての重要なシーンが行われる舞台だった。

 百年祭でキースと出会ったアリシアは、ある日祭りの露店を見ながらキースに交易場のことを話す。いつか行ってみたいのだと語るアリシアに、領主であるということを隠したままキースは彼女をそこに連れて行き、そこで彼女に珍しい花を買ってやる。それは彼がかつて、氷で模して彼女に贈ったものだった。

 このシーンは読者の少ない里奈の小説の中ではかなり好評で、作者である彼女自身も気に入っている場面のひとつだった。リディアはその舞台である交易場にいる、ということにかなり浮足立っている。

「行きましょう!」

 グイグイと勢いよく進むリディアに半ば引きずられるようにしながら、2人は人混みに紛れて大通りを進んだ。

 ***

「わぁ、これ、とっても綺麗よ!」

 リディアは貴族の令嬢として生まれてからの人生で、高い宝石なんかは山ほど見た。それでも、遠いところから来た変わった色合いの陶芸品や、手で縫ったとは信じられない刺繍のようなものには馴染みがなく、新鮮に心をワクワクとさせた。
 彼女はあちこちで足を止めながら、それらを手に取って見ている。

「何か買うか?」

 今日は特に人入りが多く、近くにいてもかなり声を張り上げないと聞こえない。声を張り上げて聞くキースに、リディアは首を振った。絶対に何か買ってくれと言われると思っていたので、キースはそれを少し意外に感じた。
 それから彼女が足を止めたのは仮面の店、アクセサリーの店、そして世界各地から調味料やスパイスを集めた店。リディアは特にこの店をまじまじと見つめて、時折葛藤するような表情を見せた。東方の国の調味料だという小瓶に特に興味があるらしかった。

「……あ!」

 不意に、リディアが何かを見つけて声をあげたかと思うとするりと腕が離れる。キースは慌てて捕まえようとしたが、間に合わなかった。人ごみの中で見失いそうで、彼は必死にそれをかき分けて追いかける。

「どうしたんだ、急に——リ……ッ」

 どうにか人ごみを抜けた先には、露店の前にしゃがみこむリディアがいた。変装がバレて、また誰かが狙ってきて怪我でもしたのかと、キースは名前を呼びかけて慌てて口を閉じた。こんなところで大声で名前を呼べば、それこそバレかねない。駆け寄ろうとしたら、それに気が付いたリディアが彼の方を振り返る。

「あら」

 いけない、とリディアはようやく自らがキースを置いて先に進んだことに気が付いたようだった。ごめんなさいね、と苦笑いをして立ち上がる。

「お嬢ちゃん、デートかい」

 デートに花はピッタリだよ、と2人が連れ合いであると気がついた店主がリディアに声をかけた。彼女は「ええまあ、そんなところよ」と言葉を濁す。2人が今いるのは花屋だった。
 ここが果たして実際あのシーンの場所であるかどうかは定かではなかったが、この店には、あのシーンでキースがアリシアに贈った、咲く場所と時間によって色が変わる花も置いているようだった。

「珍しい花がたくさんあるのね」
「あぁ……そうだな」

 キースはおもむろに店頭にささっていた、ほかと比べると少し地味にも見える青い花を1本抜いた。

「この花は、ローゼンブルク領でしか咲かないんだ」
「おっ、お兄さん、詳しいねえ!」

 カスミソウのような、小さな花の集まりであるそれはこのローゼンブルク領では馴染み深い花だが、咲くために必要な気候や土壌の条件が厳しく、国内ではここ以外に咲くことは無いという。

「これをひとつもらえるか」

 キースは店主にそう告げて、目立たないように作り出したごく小さな氷のナイフで茎をちょうどいい長さに切り、リディアの髪に飾った。よく知らない土地に越してきた途端命を狙われ続けている彼女に、少しでも何かをしてあげたいような気がした。外出もままならないのだ。この街のことを嫌いになったって不思議じゃない。

「……君のことを危ない目にあわせてしまったが、この街は悪いところじゃないんだ」

 これでお詫びになるとは思っていない、と語るキースは真剣な面持ちで、リディアは彼が本当に自分の領民と領地が好きなんだろうと思った。
 
「お代はこれで」

 キースは懐から取り出した金貨を数枚店主に渡す。 

「お兄さん、これじゃあもらいすぎだよ!」
「いいんだ、とっておいてくれ」

 キースとリディアはそうして交易場を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...