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【第1章】婚約・結婚式編
27話 報告と出発
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「よっ。今大丈夫か?」
開きっぱなしになっていた扉から体を滑り込ませてきたエドに、キースは「ノックくらいしろ」と呆れた目線を向けた。悪い、と心にもない謝罪を口にしながら、エドはキースの座る机の向かいにやってくる。
「で、どうした」
「あー、それなんだけど、俺ちょっとしばらくここ離れるわ」
「……」
エドが今日ここにやってきたのは、ジークに「留守にするのはいいですが、一つだけ条件があります」と言われたからだった。ジークから出された条件、それは〝キースにきちんと話すこと〟。いつも代わりに説明する方の身にもなれ、という主張だ。確かにいつもそういうことは全部任せきりだった。手紙の件に関する説明はまったく足りていないだろうし、この家、そして主人であるキースを守る責務を負っている以上、いくら幼馴染とはいえそういうことは許可を取るべきだ。そう思って報告したのだが、それを聞いたキースはどう答えればいいのか反応に困っている。理由を聞いてもいいのかどうか悩んでいるのだろう。
「……手紙の件か」
「そうそう。あれさ、呪いっちゃ呪いなんだけどちょっと特殊っつーか……とにかく、手紙の差出人を調べる必要があるだろ?」
本来、それは団長自らやるような仕事ではない。だからこそ、自分で調査すると言ったエドに、キースは何か理由があるのだろうと察したようだった。
「まだ全然手がかりもない状態だから、どんくらいかかるかわかんねーんだけど……」
手がかりと言えば、昨日アンドレアから聞いた情報程度。あとは直接差出人の周りを嗅ぎまわるしかないだろう。幸か不幸か、エド自身があまり気に入っていない〝人の心を読む〟能力は、こういう調査に向いている。一つずつ手繰っていけば、いつかは大元に辿り着けるだろう。
「結局、あの手紙は何だったんだ」
「それをこれから調べに行くんだよ。お前らに変な虫が近寄ってこないようにな」
結婚式までには戻ってくるから、とエドは付け足す。警備自体はジークもアンドレアもいるから平気だろうが、さすがに幼馴染の結婚式に出ないわけにはいかない。それまでにいくらか成果を上げて戻ってきたいところだ。
「……わかった。気を付けて行ってこい」
「ありがとな。なんかあったらジークに言ってくれ」
「ああ」
エドが踵を返し、部屋から出ていこうとすると「待て」と引き留められた。キースは難しい顔をしてしばらく言葉を濁し、エドは口下手な幼馴染がきちんと言葉を見つけられるのを待つ。
「……あの時、何が起こった? 彼女——リディアのメイドは、一体……」
あの時。手紙の呪いをミラが解いた時のことだ。気になって当然だろう。魔法と違い、呪いを目にする機会は少ない。しかも、呪い自体も普通とは少し違っているが、ミラの解呪の方法も他の呪術師とは根本的に異なっている。これまでキースが呪いや解呪を目にしたことがあったとしたら、そこに違和感を抱いても何ら不思議ではない。エドはそれをすべて知っていてミラを呼び、彼女の力を利用したのだ。それが彼の持つ目と、これまでの経験の力だった。
「あー……言ってもいいけど、ほんとに知りたい?」
ミラに内緒にしろと言われたのは、正確にはリディアに対してだけである。エドにはなぜ彼女がリディアに内緒にしようとするのかがわからなかったが、ミラの意思を汲むとしても、キースに話すのは別にそれに反することではない。ただし、それとキースが知りたいと思うかどうかは別の問題だ。
父親を亡くしてから今まで、領地と家のことで頭がいっぱいだった堅物のキースは、今ようやくリディアという、それ以外のことに興味を持ったようだ。ミラのことを知ったら、キースはそれをリディアに黙っていないといけない。エドは良い夫婦関係について詳しいわけではないが、相手に隠し事があるというのが良いことではないということはわかる。「ほんとに知りたいか」という問いには、そういう意味が含まれていた。
キースはエドの問いの意図に気が付いているのだろう。ミラの素性を知りたがるのは家の主としては当然のことだが、同時に身元を保障しているリディアのことを信用していないという意味にもなりかねない。二つの選択肢の間で大いに揺れ動いたキースは、数秒黙ったあとやっと口を開き
「……やっぱりいい」
と首を振った。エドはあれだけ人付き合いが苦手だったキースが彼なりに良い夫婦関係を築こうとしていることに少し驚きつつ「別に悪い子じゃないぜ。むしろかなり信用していい」とフォローを入れておいた。
「じゃ、俺がいない間もお嬢さんと仲良くやれよ~!」
これまでそういうことに縁がなかったコイツが。キースはなんだか揶揄ってやりたい気分で、冗談めかしてそう言った。キースはリディアの前世や、これから彼女が死ぬ運命にあって、それに必死で抗っていることなんて知らない。エドが願うのはただ親友の幸せだけ。その幸せの中にリディアがいるのであれば、その死の運命とやらに立ち向かう手助けをしてやるのが、エドにできる唯一のことだ。
エドがそんなことを考えているなんて少しも知らず、キースは照れ隠しのしかめっ面でひらひら手を振る彼の後ろ姿を見送るのだった。
開きっぱなしになっていた扉から体を滑り込ませてきたエドに、キースは「ノックくらいしろ」と呆れた目線を向けた。悪い、と心にもない謝罪を口にしながら、エドはキースの座る机の向かいにやってくる。
「で、どうした」
「あー、それなんだけど、俺ちょっとしばらくここ離れるわ」
「……」
エドが今日ここにやってきたのは、ジークに「留守にするのはいいですが、一つだけ条件があります」と言われたからだった。ジークから出された条件、それは〝キースにきちんと話すこと〟。いつも代わりに説明する方の身にもなれ、という主張だ。確かにいつもそういうことは全部任せきりだった。手紙の件に関する説明はまったく足りていないだろうし、この家、そして主人であるキースを守る責務を負っている以上、いくら幼馴染とはいえそういうことは許可を取るべきだ。そう思って報告したのだが、それを聞いたキースはどう答えればいいのか反応に困っている。理由を聞いてもいいのかどうか悩んでいるのだろう。
「……手紙の件か」
「そうそう。あれさ、呪いっちゃ呪いなんだけどちょっと特殊っつーか……とにかく、手紙の差出人を調べる必要があるだろ?」
本来、それは団長自らやるような仕事ではない。だからこそ、自分で調査すると言ったエドに、キースは何か理由があるのだろうと察したようだった。
「まだ全然手がかりもない状態だから、どんくらいかかるかわかんねーんだけど……」
手がかりと言えば、昨日アンドレアから聞いた情報程度。あとは直接差出人の周りを嗅ぎまわるしかないだろう。幸か不幸か、エド自身があまり気に入っていない〝人の心を読む〟能力は、こういう調査に向いている。一つずつ手繰っていけば、いつかは大元に辿り着けるだろう。
「結局、あの手紙は何だったんだ」
「それをこれから調べに行くんだよ。お前らに変な虫が近寄ってこないようにな」
結婚式までには戻ってくるから、とエドは付け足す。警備自体はジークもアンドレアもいるから平気だろうが、さすがに幼馴染の結婚式に出ないわけにはいかない。それまでにいくらか成果を上げて戻ってきたいところだ。
「……わかった。気を付けて行ってこい」
「ありがとな。なんかあったらジークに言ってくれ」
「ああ」
エドが踵を返し、部屋から出ていこうとすると「待て」と引き留められた。キースは難しい顔をしてしばらく言葉を濁し、エドは口下手な幼馴染がきちんと言葉を見つけられるのを待つ。
「……あの時、何が起こった? 彼女——リディアのメイドは、一体……」
あの時。手紙の呪いをミラが解いた時のことだ。気になって当然だろう。魔法と違い、呪いを目にする機会は少ない。しかも、呪い自体も普通とは少し違っているが、ミラの解呪の方法も他の呪術師とは根本的に異なっている。これまでキースが呪いや解呪を目にしたことがあったとしたら、そこに違和感を抱いても何ら不思議ではない。エドはそれをすべて知っていてミラを呼び、彼女の力を利用したのだ。それが彼の持つ目と、これまでの経験の力だった。
「あー……言ってもいいけど、ほんとに知りたい?」
ミラに内緒にしろと言われたのは、正確にはリディアに対してだけである。エドにはなぜ彼女がリディアに内緒にしようとするのかがわからなかったが、ミラの意思を汲むとしても、キースに話すのは別にそれに反することではない。ただし、それとキースが知りたいと思うかどうかは別の問題だ。
父親を亡くしてから今まで、領地と家のことで頭がいっぱいだった堅物のキースは、今ようやくリディアという、それ以外のことに興味を持ったようだ。ミラのことを知ったら、キースはそれをリディアに黙っていないといけない。エドは良い夫婦関係について詳しいわけではないが、相手に隠し事があるというのが良いことではないということはわかる。「ほんとに知りたいか」という問いには、そういう意味が含まれていた。
キースはエドの問いの意図に気が付いているのだろう。ミラの素性を知りたがるのは家の主としては当然のことだが、同時に身元を保障しているリディアのことを信用していないという意味にもなりかねない。二つの選択肢の間で大いに揺れ動いたキースは、数秒黙ったあとやっと口を開き
「……やっぱりいい」
と首を振った。エドはあれだけ人付き合いが苦手だったキースが彼なりに良い夫婦関係を築こうとしていることに少し驚きつつ「別に悪い子じゃないぜ。むしろかなり信用していい」とフォローを入れておいた。
「じゃ、俺がいない間もお嬢さんと仲良くやれよ~!」
これまでそういうことに縁がなかったコイツが。キースはなんだか揶揄ってやりたい気分で、冗談めかしてそう言った。キースはリディアの前世や、これから彼女が死ぬ運命にあって、それに必死で抗っていることなんて知らない。エドが願うのはただ親友の幸せだけ。その幸せの中にリディアがいるのであれば、その死の運命とやらに立ち向かう手助けをしてやるのが、エドにできる唯一のことだ。
エドがそんなことを考えているなんて少しも知らず、キースは照れ隠しのしかめっ面でひらひら手を振る彼の後ろ姿を見送るのだった。
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