公爵夫人は命がけ!

保谷なのめ

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【第1章】婚約・結婚式編

45話 カミリアの日記

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 結婚式が間近まで迫っている。
 色々あったものの準備は概ね順調に進み、そんな中で、リディアは夜のパーティでするスピーチの内容にイマイチ納得しきれずにいた。そもそも、結婚式でのスピーチではどんなことを話すのが適切なのか。前世でも結婚の経験のないリディアにはイマイチわからない。
 そこで、修正するにあたって何かヒントがないかとやってきたのが、屋敷に数ある書庫のうちの一つだった。

「うーん……」

 リディアがこれまで訪れていたのは、魔法に関する書物が置かれている書庫。それに対して、今来ているのはもっとカジュアルな、いわば図書室のような場所だ。地下の薄暗い倉庫ではなく部屋の一室で、大きな窓から取り込まれる日差しで明るく照らされている。紙が傷まないだろうかと疑問に思ったが、触れてみるとどうやら保護のための魔法がかかっているようだった。便利な世界だな、とリディアは感心する。

「何かいい本は……」

 そこにあったのは、この領地の歴史について書かれた本や代々伝わっているらしいレシピ本、花の図鑑といった、書庫にはなかったジャンルの本たち。リディアは特に、領地やこの家の歴史が書かれた本にヒントがあるのではないかと思い、それらが置かれた本棚を探してみることにした。

「うわっ、かなり長い歴史があるのね……」

 この家について書かれた本は分厚く、それも一冊だけではない。今もどこかで記録している人がいるのだろうか? そんなことを考えながら本の背をなぞっていたリディアの手が、ふと一冊のあるところで止まる。それは本というより、ノートに近いものだった。

「なんだろう、これ……」

 リディアが手を止めたのには、特に理由があったわけではない。ただ本当になんとなく、それが気になったから。それだけだった。
 分厚めのノートは、中に多くの書き込みがされているようで、本棚から引き出すとインクで反れた紙が広がった。表紙に書いてあるのは〝カミリアの日記〟の文字。

——カミリア……キースのお母様ね。

 そう、それは、キースの母の日記だった。

 なぜ日記が書庫に? という疑問はあった。そして、他人の日記を勝手に読んでいいのかという躊躇いも。しかし何かに導かれるように、手が自然と動く。開いたそこには、温かみのある丁寧な文字が書き込まれていた。

「972年……今日が初めての——」

 どうやら日記は、カミリアがローゼンブルク家に嫁いできたところから始まるようだ。今のリディアと似た状況。結婚式の準備と、公爵夫人としての仕事の引継ぎに追われる日々。キースの両親は仲が良かったということがよく表れた甘い日々の描写。見てはいけないものを見ている気分になって、リディアはあまりじっくり読まないようにパラパラとページをめくる。

——結婚式……スピーチしてるところとか、ないかなあ。

 何か参考にできれば、と文字を辿っていく。日々の暮らし、植物や花のこと。街のこと。何気ない日々の中に、たまに魔法の研究に関する記述が現れる。カミリアは植物魔法を使う魔法使いだった。日記に書かれている術式や図式はおそらく、それらに関係するものだろう。勉強熱心な人だったらしい。

「あ、あった」

 結婚式の準備中。カミリアもどうやら、リディアと同じようにスピーチに困っていたらしい。まだ若い彼女が〝スピーチなんてどう書いたらいいのか全然わからない! そもそもなんで私がスピーチをしなきゃいけないの?〟と赤裸々に綴っている様子を見て、リディアは思わずクスリと笑いをこぼした。

——で、肝心のスピーチの内容は……。

 リディアが一番知りたいのはそこだった。何も丸ごと拝借しようだなんて思っているわけではないが、こういうのにはお手本が欲しくなるものだ。叶うならインターネットを使って、検索エンジンに〝結婚式 スピーチ 例〟と打ち込みたい。それは到底無理な話なのだけど。

「結婚式まで、あと……」

 しかしリディアの願いも虚しく、カミリアがスピーチの内容を書き記す様子はない。毎日〝スピーチはどうしよう〟と書いてはいるのだが、一向に思いつかないようだった。そうこうしているうちに、日記は結婚式当日へ突入。まさかアドリブで乗り切るつもりなのかとヒヤヒヤしていたら、本当にそうしたようだった。

『結果は大成功! 意外とアドリブでもいけるものね。途中から自分が何を言っていたのかほとんど覚えていないけれど、レオに褒めてもらえたからきっと良かったのよね』

 レオ、というのは恐らくキースの父、レオポルドのことだろう。リディアはカミリアのことを、聞いた話や写真などから穏やかな人物であると思っていたが、案外大胆で遊び心のある一面もあるらしい。本来の目的である結婚式のスピーチに関しては参考にならなかったが、大切な人の家族の、新たな一面について知れたのはなんだかよかったな、なんて考えながらページをめくっていく。
 式が終わると、結婚生活がスタート。また日々のささやかな暮らし、美味しかったもの、綺麗だったもの。街の人々との交流や、他の貴族たちとの交流。エドの母親らしき人物についても記載があった。間に登場する魔法の術式や図式はさらに複雑さを増していく。どうやらカミリアには、なんらかの魔法を完成させる目的があったようだ。

「……あれ?」

 その魔法について書かれたページの一部で、何かが一瞬揺らいだような気がして、リディアは目を擦った。インクが滲んでいるのかと思ったが、違うようだ。そのページには魔法の他に、〝セレナ〟という人物についての記載がある。

『最近知り合ったセレナは、すごく変わった魔法を使うの。なんだかあちこちを組み替えて、何かを編むみたいな……とにかく見たことない魔法。それで、この未完成の魔法を見せたら画期的な解決策を教えてくれた! 今度また試してみようと思う。セレナともまたお茶できたらいいな』

 セレナ。少なくともリディアが聞いたことのある名前ではない。その後のページをパラパラと捲ると、それから頻繁に登場しているので、カミリアはこれ以降も彼女と交流を持っていたのだろう。特にエドの母親が浮気されて沈んでいたとき、カミリアとセレナは二人で力になったようだ。カミリアにとって、彼女は親友のような存在だったのだろう。

「親友かあ……」

 いいなあ、とリディアは素直に思った。リディアの仲のいい人物といえば今はミラくらいのものだ。実家にいたときはそれなりに交流もあったが、かといって親友と呼べるほどの人物がいるわけでもない。結婚式で新しい交友関係を持てたら、そういう相手もできるだろうか。そんなことを考えながら、さっきのページの違和感を確かめるため、ふたたびセレナの初登場の場面に戻る。

「あれ?」

 そこにはもう、揺らいでいる部分はなかった。一体何だったのだろう。また何か、魔力の残滓のようなものだったのだろうか? リディアは不思議に思いながらも、これ以上読んでもスピーチのヒントを見つけられる気がしなかったので、その日記を閉じた。

 閉じたページに描かれていた図式の一部が書き換えられていることに気付かずに。
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