公爵夫人は命がけ!

保谷なのめ

文字の大きさ
51 / 156
【第1章】婚約・結婚式編

51話 祝福を引き裂くもの

しおりを挟む
 結婚を記念するパーティでは、前世と同じくお世話になっている人物からのスピーチの他に、新郎新婦自身のスピーチが行われる。ここでは来てくれたゲストへの感謝と共に、これからどういうあり方を目指すのか、というのを語るのが一般的だ。

「皆さま、本日はお集まりいただき本当にありがとうございます」

 先にスピーチをするのは、今後も社交の場を仕切ることになる公爵夫人。リディアはお決まりの挨拶と共に口火を切る。

「こうしてローゼンブルク家の公爵夫人として、彼——キース・ローゼンブルク公爵の隣で皆さまをお迎えできることを嬉しく思います」

 一斉に注目を浴びている。いくら社交界に出ていたと言っても、たかだか侯爵令嬢にここまでの注目が集まることはない。キースに偉そうなことを言っておいて、自分の方が緊張で声が震えそうだ。ギュッと握られたリディアの拳を解き、キースが手を繋ぐ。リディアはそれにハッとして一度言葉を止め、深呼吸した。暴れ出しそうな心臓を落ち着かせる。

「さて——」

 リディアのスピーチは滑らかに進んだ。何日か前、カミリアの日記にはアドリブで対処したとあったが、リディアもまた、完全なアドリブではないものの出来る限り飾らず、素直な気持ちを話すことにした。

「——ここに来たばかりの頃私はまだ、ただ言われた通りのことをするだけの未熟な子どもでした。しかし、ここへ来てたくさんの素晴らしい人々と——そして何より、キースと共に過ごすことで、私は大きく成長いたしました」

 リディア・アークェットは、サブキャラクターにもなれない、運命を受け入れるしかない少女だった。でも今の彼女は違う。運命を変えて、自分の人生を歩むのだ。

「まだ未熟な若輩者ではございますが、こうして彼の隣で……そして皆様と共に、ローゼンブルク家の……この帝国の繁栄の一助となれることを、誇りに思います」

 リディアは決意と共に、まっすぐ前を見据えた。締めの挨拶と同時に自然と拍手が湧き上がり、リディアたちを包む。それを聞いて、リディアはホッと胸を撫でおろした。次はキースの番だ。彼が一歩前へ出て、口を開く。

「——彼女の素晴らしいスピーチのあとで、俺が多くを語る必要はないだろう。リディアが妻としてローゼンブルク家に加わり、隣に立ってくれることを誇りに思う。俺は妻を——そしてこの帝国を力の限り守ると誓う」

 〝妻〟。その響きに、リディアの胸が熱くなった。自分はキースの妻なのか、とこれまで実感のなかったことがじわじわと質量を持って広がっていく。ただスピーチの中のさりげない一言でしかないのに、顔が熱くなるのを止められなかった。

「今日、皆が集まってくれたことに感謝する」
 キースはゲストへの感謝を述べて、堂々とスピーチを締める。社交は苦手でも、多くの人の前でああやって話す姿からは、大きな家の主として長くやってきたキースの威厳が感じられた。

「それでは続いて、公爵ご夫妻によるダンスです」

 間を開けず音楽が始まり、キースは一歩下がって、踊るために手を差し出す。リディアはそこに自らの手を重ねた。

「……すごく良いスピーチだった」
「……あなたも」

 スタンダードなワルツ。招待客たちの視線が集中する中で、リディアとキースは踊り出す。何度も練習したからステップは完全に頭に入っていて、おかげでいくらリディアが集中できていなくてもダンスが失敗することはなかった。

「リディア」
「——え?」
「もう少しこっちへ」

 グッと腰を引き寄せられ、ふたりの距離が近付く。不思議と心臓は落ち着いていた。長いまつ毛に縁どられた美しいブルーの瞳は、リディアのことだけを捉えている。いくつものクリスタルのついた煌びやかなシャンデリアよりずっと綺麗な瞳。大勢に見られているはずなのに、すべてのものがぼやけて、まるで世界に二人だけのような気がした。

「美しい……」
「本当、お似合いの二人ね」

 そう漏らす周囲の感嘆の声も、リディアたちには聞こえない。
 音楽は続く。甘く美しい三拍子は、曲目のリストを考えるとき、キースが唯一挙げた曲だった。リディアのために仕立てられた、フィオネラで染まったブルーのドレスは深く複雑に光り、やわらかく広がる。揃いの青地で仕立てられたキースの礼服とまるで溶けあうように光を反射して、美しく輝いた。すべてのものがこの結婚を祝福している。ここにいる誰もがそう思った。
 曲は中盤に差し掛かり、ここからはゲストも参加して皆で踊る。それでもなお、二人の視線がお互いから逸れることはなかった。

「……今日はフローラに怒られなくて済みそうね」
「……ああ、そうだな」

 ふ、とキースがわずかにその綺麗な顔に微笑みを浮かべ、リディアの胸が高鳴る。大勢の靴音、広がる色とりどりのドレス、ざわめき。すべてが遠い。まるで時が止まったように隔絶された世界のなかで、二人はこの時間を永遠のように感じていた。

「……リディア」
「……どうしたの?」

 キースの真剣な瞳は、まっすぐリディアのことを捉えて逃がさない。シャンデリアの光を反射して、まるで宝石のように輝いている。キースは少し黙ってから、何かを言おうと口を開いた——その時。

「え、なに?」
「どうしたの?」

 照明が不安定にチカチカと点滅し、ざわめきが広がった。外から、そして中からも、騎士たちが警戒し、場を治めようとする声が聞こえる。キースはダンスをやめ、リディアのことを庇うように近くに引き寄せた。

「何が起こって——」
「きゃあ!」

 不安定に瞬いていた照明が消え、会場が暗闇に包まれた。リディアを引き寄せているキースの手に力がこもる。音楽が止まり、会場は半ばパニック状態だった。

「リディア、無事か」
「ええ……大丈夫。どうしたのかしら……」

 明かりを確保するため、キースが炎の魔法を使った瞬間。

「きゃっ!」

 大きく炎が燃え上がり、リディアは思わず後ずさる。一瞬で炎は消えてしまい、この暗闇では右も左もわからない。最悪なことに、今はミラもエドも近くにいない。下手に動かない方が良いだろうと、リディアは警戒の体勢を崩さないままジッとしていた。そんなリディアのもとに手が伸びてくる。

「……キース?」

 指先が触れた。リディアの脳裏に違和感が走る。

——違う、キースじゃない!

 リディアはドレスを翻し、その手を避けた。人波を抜けて走る。逃げた方がいい、本能がそう告げていた。リディアはさっき、バルコニーで騎士に手を振ったことを思い出した。あそこまで行けば、確実に誰かがいる。彼女は必死に月明かりに照らされた窓を目指した。

「リディア! リディア、どこだ!」
「キース! こっちよ!」

 キースの声が聞こえている。リディアもまたキースの名前を呼んだ。

——バルコニーで、防御魔法で迎え撃つ!

 リディアは窓までたどり着き、くるりと振り返って防御魔法を唱えた。しかし。

「——え!?」

 一向に魔法が展開されない。暗闇から伸びてきた手が迫る。ああ、こんなところで。リディアが手首を掴まれ、一瞬にして姿を消す寸前、最後に彼女が見たのはどこからかやってきた淡い光に照らされたキースが焦った顔でリディアの方に必死で手を伸ばしている姿だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...