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【第2章】迷宮と少女編
24話(81話) 陰謀と標的
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リディア不在の昼下がりのローゼンブルク家は、いつもより静かな気がする。彼女が来るまでは長い間ずっと今のような状況だったというのに、この数か月ですっかり家中が変化した。慣れていたはずの一人の食卓もなんだか寂しく感じる。そんなことを考えながら、一人残された屋敷でキースはあくまでいつも通りの仕事をこなしていた。
「……さっさと入ってきたらどうだ」
「あら、バレてた?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて部屋に入ってきたのは団長のエド。彼は遠慮のない態度でキースの机の前までやってくると、まるで自分の部屋であるかのごとく堂々と椅子に座り、適当に手にとったペンをくるくると弄ぶ。
「なー、どうよ」
「……何がだ」
「そりゃあお嬢さんの件に決まってんじゃん」
キースが書類から視線を上げると、揶揄うような表情を浮かべているエドと目が合った。呆れてため息を吐くキースに、エドは「なんだよ! せっかく親友が落ち込んでるキース君を励ましてやろうと思ったってのに」と文句を言う。
「別に落ち込んでなんていない」
「またまたぁ。ほんとは寂しいクセに」
小さい頃からの悪友であるエドは、公爵であるキースに対しても遠慮がない。キースも無愛想な態度を取っているが、実際はエドのそういうところを気に入っている。エドはキースの冷たい表情なんて気にも留めずに続けた。
「なんかさあ、お嬢さんがいるとこう……パッと明るくなるような感じがするんだよな」
エドは身振り手振りを交えてキースに「お前もそう思うだろ?」と同意を求めてくる。キースとしてもその意見には賛成だったので、素直に「そうだな」と頷いた。その反応に、エドはより一層ニヤニヤと笑う。
「まさかお前があんなイイ子と結婚するとはなあ」
「……今さらだな」
エドはあまり他人を信用しない。それ故、人並み以上に女性にモテるが誰か特定の相手を作ることはこれまで無かった。キースに関しても、婚約者を定めないまま母が死に、父は彼に誰も寄せ着けようとしなかったために、正直まともな縁談がまとまるとは誰も考えていなかったのだ。同年代の貴族の女性のほとんどには既に相手がいる。さらにキース自身も不器用で、社交界には大きく脚色された悪評がたっていた。そんな中で彼と結婚してくれる人間なんて、ワケがある可能性の方が高いだろう。当初のキースは、とにかく家さえ存続させられるのであれば、どんな相手であってもよかった。それが今は、こうして離れて旅をしている妻のことを考えるまでになったのだ。
「ホントは一緒に行きたかっただろ」
「……それはそうだろう」
リディアはもう、キースにとっては大切な相手だ。そんな相手が命の危機にさらされるかもしれない危険な場所に行くんだから、当然ついていって自分の手で守りたい。自分の知らないところで、もし——なんていうのは、考えただけでゾっとする。
「まあでも今はまだ……渡した指輪を使った気配もないし、問題ないんだろう」
「ふうん」
キースの渡した三つの指輪。それぞれに一回分の火、風、氷の魔法が込められたそれは、使うと魔力の持ち主であるキースにはそれを使ったことが感覚的にわかる。それが使われることがあったら周囲の反対を押し切ってでもリディアの様子を見に行くことにしようとキースは決めていた。
「……で、何の用で来たんだ。まさかこれだけ聞きに来たんじゃないだろう」
「ん? ああ」
キースは改めてエドに視線を向ける。まさかエドが本当に親友を揶揄いにきただけのはずはない。これは長年の付き合いからの勘だった。それは見事的中し、エドは「そうそう」とニヤニヤしていた表情をパッと真剣なものに変えた。空気にピリっと緊張が走る。
「例の呪物の件。また色々情報が集まってきてさ。またちょこちょこ調査に出ようと思ってんだ」
「そうか。今わかっていることは?」
「あー、とにかく流通ルートは国内。広まっている地域が限定的だから、流しているやつらの本拠地がそこから逆算で推定できるはずだ」
エドが懐から取り出した地図に印をつけた。キースの視線は自然と、リディアたちのいる魔物の棲み処の方へと向くが、エドが呪物の流通しているルートとして睨んでいる地域はそこからは少し離れているようだった。キースは少しホッとする。
「国外からの流入ルートについては、今俺の方でももう一度洗いなおしているが……可能性としては低そうだ」
「ああ……そっちは多分ないな。それより……今警戒するべきなのはこの辺の領地を治めてる貴族たちだぜ」
「……そうか」
大臣と皇女から話を聞いた時、その理由を考えたキースにはなんとなく察しはついていた。彼らは帝国の内部で紛争やクーデターが起きることを危惧しているのだろう。そしてどの手始めに狙われたのが、国内でも大きな力を持つローゼンブルク家ということか。
「それなら、領地や屋敷の警備はもっと固めて……」
「いや、それより」
エドは身をかがめてキースを呼び、声をひそめて「気付いてるか?」と囁いた。
「お嬢さんが旅に出てから……この家は、一度も襲撃を受けていない」
「——ッ」
——それはつまり。
顔を強張らせたキースは、掠れる声で恐る恐る呟いた。
「——狙いはこの家ではなく、リディアの命だけ……」
あらためて口にしたその言葉は、シンと静まり返った部屋の沈黙を貫き、キースの心臓を冷たく突き刺した。
「……さっさと入ってきたらどうだ」
「あら、バレてた?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて部屋に入ってきたのは団長のエド。彼は遠慮のない態度でキースの机の前までやってくると、まるで自分の部屋であるかのごとく堂々と椅子に座り、適当に手にとったペンをくるくると弄ぶ。
「なー、どうよ」
「……何がだ」
「そりゃあお嬢さんの件に決まってんじゃん」
キースが書類から視線を上げると、揶揄うような表情を浮かべているエドと目が合った。呆れてため息を吐くキースに、エドは「なんだよ! せっかく親友が落ち込んでるキース君を励ましてやろうと思ったってのに」と文句を言う。
「別に落ち込んでなんていない」
「またまたぁ。ほんとは寂しいクセに」
小さい頃からの悪友であるエドは、公爵であるキースに対しても遠慮がない。キースも無愛想な態度を取っているが、実際はエドのそういうところを気に入っている。エドはキースの冷たい表情なんて気にも留めずに続けた。
「なんかさあ、お嬢さんがいるとこう……パッと明るくなるような感じがするんだよな」
エドは身振り手振りを交えてキースに「お前もそう思うだろ?」と同意を求めてくる。キースとしてもその意見には賛成だったので、素直に「そうだな」と頷いた。その反応に、エドはより一層ニヤニヤと笑う。
「まさかお前があんなイイ子と結婚するとはなあ」
「……今さらだな」
エドはあまり他人を信用しない。それ故、人並み以上に女性にモテるが誰か特定の相手を作ることはこれまで無かった。キースに関しても、婚約者を定めないまま母が死に、父は彼に誰も寄せ着けようとしなかったために、正直まともな縁談がまとまるとは誰も考えていなかったのだ。同年代の貴族の女性のほとんどには既に相手がいる。さらにキース自身も不器用で、社交界には大きく脚色された悪評がたっていた。そんな中で彼と結婚してくれる人間なんて、ワケがある可能性の方が高いだろう。当初のキースは、とにかく家さえ存続させられるのであれば、どんな相手であってもよかった。それが今は、こうして離れて旅をしている妻のことを考えるまでになったのだ。
「ホントは一緒に行きたかっただろ」
「……それはそうだろう」
リディアはもう、キースにとっては大切な相手だ。そんな相手が命の危機にさらされるかもしれない危険な場所に行くんだから、当然ついていって自分の手で守りたい。自分の知らないところで、もし——なんていうのは、考えただけでゾっとする。
「まあでも今はまだ……渡した指輪を使った気配もないし、問題ないんだろう」
「ふうん」
キースの渡した三つの指輪。それぞれに一回分の火、風、氷の魔法が込められたそれは、使うと魔力の持ち主であるキースにはそれを使ったことが感覚的にわかる。それが使われることがあったら周囲の反対を押し切ってでもリディアの様子を見に行くことにしようとキースは決めていた。
「……で、何の用で来たんだ。まさかこれだけ聞きに来たんじゃないだろう」
「ん? ああ」
キースは改めてエドに視線を向ける。まさかエドが本当に親友を揶揄いにきただけのはずはない。これは長年の付き合いからの勘だった。それは見事的中し、エドは「そうそう」とニヤニヤしていた表情をパッと真剣なものに変えた。空気にピリっと緊張が走る。
「例の呪物の件。また色々情報が集まってきてさ。またちょこちょこ調査に出ようと思ってんだ」
「そうか。今わかっていることは?」
「あー、とにかく流通ルートは国内。広まっている地域が限定的だから、流しているやつらの本拠地がそこから逆算で推定できるはずだ」
エドが懐から取り出した地図に印をつけた。キースの視線は自然と、リディアたちのいる魔物の棲み処の方へと向くが、エドが呪物の流通しているルートとして睨んでいる地域はそこからは少し離れているようだった。キースは少しホッとする。
「国外からの流入ルートについては、今俺の方でももう一度洗いなおしているが……可能性としては低そうだ」
「ああ……そっちは多分ないな。それより……今警戒するべきなのはこの辺の領地を治めてる貴族たちだぜ」
「……そうか」
大臣と皇女から話を聞いた時、その理由を考えたキースにはなんとなく察しはついていた。彼らは帝国の内部で紛争やクーデターが起きることを危惧しているのだろう。そしてどの手始めに狙われたのが、国内でも大きな力を持つローゼンブルク家ということか。
「それなら、領地や屋敷の警備はもっと固めて……」
「いや、それより」
エドは身をかがめてキースを呼び、声をひそめて「気付いてるか?」と囁いた。
「お嬢さんが旅に出てから……この家は、一度も襲撃を受けていない」
「——ッ」
——それはつまり。
顔を強張らせたキースは、掠れる声で恐る恐る呟いた。
「——狙いはこの家ではなく、リディアの命だけ……」
あらためて口にしたその言葉は、シンと静まり返った部屋の沈黙を貫き、キースの心臓を冷たく突き刺した。
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