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本編 第1章
④
あの一件から数日後。
アルバニアはいつものように私室で読書をしていた。
しかし、なぜか集中できない。本を閉じて、部屋の隅にある騎士服に視線を向ける。
それはあの日、男がアルバニアの肩にかけてくれたものだ。
「……お返ししたいのだけど」
騎士服はきちんと洗濯し、ハンガーにかけて保管している。彼に再会することができたら、返すためだ。
彼は捨てていいと言っていたが、どうしても捨てることができなかった。
「再会できる保証もないし、おうちに行くこともできないし」
騎士服の裏地には『ジェレド・メイベリー』と刺繍で綴られていた。
これは彼の名前だろう。社交界でこの名前を持つ者は、一人だけいる。
そして、あの日助けてくれた男の特徴は該当者と一致していた。
「どうして気づかなかったのかしら。有名な方だったのに」
と言っても、余裕がなかったのだから仕方がないと思う部分もある。
アルバニアは騎士服をそっと撫でた。彼のことを思いだすと、どうしてか胸がむずむずする。
「あんなふうに優しくしてもらったの、はじめて」
社交界に出てからずっと、悪女の振る舞いをしてきた。
だから、優しく気遣ってもらったこと自体はじめてだったのだ。
叶いもしないのに、「もう一度会いたい――」と思うほどには。
一人でぼうっとしていると、部屋の扉が慌ただしくノックされた。アルバニアが返事をするよりも早く、扉が開く。
「アルバニアお嬢さま! 旦那さまがお呼びでございます!」
現れたメイドは相当焦っているのか、早口でまくし立てた。
アルバニアは小首をかしげる。
「早く向かってください! いいですね!?」
メイドは念押しをして、大きな音を立てて扉を閉める。
対するアルバニアは、ぽかんとしつつ彼女の言葉を思い返した。
(お父さまが私を呼ぶなんて、何年ぶりかしら?)
以前はたびたび呼ばれていたが、今ではすっかり交流が途絶えていた。
アルバニアの父であるルーミス伯爵は、オリアーナを溺愛している。だが、反面アルバニアのことはいない者扱いだ。
それもこれも、オリアーナがアルバニアに嫌がらせを受けていると、虚偽の訴えをしたためである。
父がアルバニアを無視するにつれ、使用人たちも徐々にアルバニアから遠ざかるようになった。仲の良かった者はいつの間にかクビにされており、気づくとアルバニアは屋敷でも一人ぼっちとなった。
オリアーナとその母がこの屋敷に来てから、アルバニアの人生は不幸の道をたどり続けている。
「もしかして、結婚のお話とか?」
アルバニアは今年二十一歳を迎える。そろそろ婚姻を――と考えてもおかしいことじゃない。
だが、父がアルバニアにいい嫁ぎ先をあてがうとは思えない。よくて老人貴族の後妻。最悪の場合特殊性癖を持つ男の妻。どちらにせよ、アルバニアが幸せになる可能性はかなり低い。
「まぁ、私は悪女で通っているものね。こんな女に好き好んで求婚する男の人なんて、いないわ」
自分で言っていて、むなしくなった。
どうして自分はこんな人生を送っているのだろうか。せめて、母が元気に生きていたら――。
「どれだけ願っても、お母さまは戻ってこないのに」
自嘲を込めた笑みを浮かべて、上着を羽織る。
屋敷内で身にまとうものは、すべてオリアーナのお古だ。社交の場ではそれなりのドレスを身にまとっているが、あれもすべてオリアーナの命令で作らせたもの。アルバニアに『ふしだらな女』というレッテルを貼るためだけに作ったドレスだった。
「けど、ほかの人には真実なんてわからないわ。私が訴えたところで、無駄だしね」
もう全部あきらめた――はずだ。
なのに、どうしてだろうか。最近ではずっとあの日助けてくれた男のことを思いだす。
彼の心配は心地よくて――なつかしささえ感じた。
「どうか、私にとって悪いお話ではありませんように」
小さくつぶやいて、アルバニアは私室を出ていった。
アルバニアはいつものように私室で読書をしていた。
しかし、なぜか集中できない。本を閉じて、部屋の隅にある騎士服に視線を向ける。
それはあの日、男がアルバニアの肩にかけてくれたものだ。
「……お返ししたいのだけど」
騎士服はきちんと洗濯し、ハンガーにかけて保管している。彼に再会することができたら、返すためだ。
彼は捨てていいと言っていたが、どうしても捨てることができなかった。
「再会できる保証もないし、おうちに行くこともできないし」
騎士服の裏地には『ジェレド・メイベリー』と刺繍で綴られていた。
これは彼の名前だろう。社交界でこの名前を持つ者は、一人だけいる。
そして、あの日助けてくれた男の特徴は該当者と一致していた。
「どうして気づかなかったのかしら。有名な方だったのに」
と言っても、余裕がなかったのだから仕方がないと思う部分もある。
アルバニアは騎士服をそっと撫でた。彼のことを思いだすと、どうしてか胸がむずむずする。
「あんなふうに優しくしてもらったの、はじめて」
社交界に出てからずっと、悪女の振る舞いをしてきた。
だから、優しく気遣ってもらったこと自体はじめてだったのだ。
叶いもしないのに、「もう一度会いたい――」と思うほどには。
一人でぼうっとしていると、部屋の扉が慌ただしくノックされた。アルバニアが返事をするよりも早く、扉が開く。
「アルバニアお嬢さま! 旦那さまがお呼びでございます!」
現れたメイドは相当焦っているのか、早口でまくし立てた。
アルバニアは小首をかしげる。
「早く向かってください! いいですね!?」
メイドは念押しをして、大きな音を立てて扉を閉める。
対するアルバニアは、ぽかんとしつつ彼女の言葉を思い返した。
(お父さまが私を呼ぶなんて、何年ぶりかしら?)
以前はたびたび呼ばれていたが、今ではすっかり交流が途絶えていた。
アルバニアの父であるルーミス伯爵は、オリアーナを溺愛している。だが、反面アルバニアのことはいない者扱いだ。
それもこれも、オリアーナがアルバニアに嫌がらせを受けていると、虚偽の訴えをしたためである。
父がアルバニアを無視するにつれ、使用人たちも徐々にアルバニアから遠ざかるようになった。仲の良かった者はいつの間にかクビにされており、気づくとアルバニアは屋敷でも一人ぼっちとなった。
オリアーナとその母がこの屋敷に来てから、アルバニアの人生は不幸の道をたどり続けている。
「もしかして、結婚のお話とか?」
アルバニアは今年二十一歳を迎える。そろそろ婚姻を――と考えてもおかしいことじゃない。
だが、父がアルバニアにいい嫁ぎ先をあてがうとは思えない。よくて老人貴族の後妻。最悪の場合特殊性癖を持つ男の妻。どちらにせよ、アルバニアが幸せになる可能性はかなり低い。
「まぁ、私は悪女で通っているものね。こんな女に好き好んで求婚する男の人なんて、いないわ」
自分で言っていて、むなしくなった。
どうして自分はこんな人生を送っているのだろうか。せめて、母が元気に生きていたら――。
「どれだけ願っても、お母さまは戻ってこないのに」
自嘲を込めた笑みを浮かべて、上着を羽織る。
屋敷内で身にまとうものは、すべてオリアーナのお古だ。社交の場ではそれなりのドレスを身にまとっているが、あれもすべてオリアーナの命令で作らせたもの。アルバニアに『ふしだらな女』というレッテルを貼るためだけに作ったドレスだった。
「けど、ほかの人には真実なんてわからないわ。私が訴えたところで、無駄だしね」
もう全部あきらめた――はずだ。
なのに、どうしてだろうか。最近ではずっとあの日助けてくれた男のことを思いだす。
彼の心配は心地よくて――なつかしささえ感じた。
「どうか、私にとって悪いお話ではありませんように」
小さくつぶやいて、アルバニアは私室を出ていった。
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