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第1章
①
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ルーが立ち去ってから数時間後。
空が橙色に染まりつつある頃、店の奥から店主が顔を覗かせた。
「ユーグくん。今日は多分もうお客さんは来ないだろうから、閉店準備をしようか」
店主はにこやかな笑みを浮かべ、俺に声をかけてくる。人懐っこい彼の笑みは、心を穏やかにする効果があると俺は思っていた。
「わかりました。じゃあ――って、ダメじゃないですか! そんなに動いたりしたら!」
「いいんだよ。少しくらい身体を動かさないと、鈍ってしまうよ」
「それは完全に治ってから言ってください。はい、奥で座っててくださいね」
片づけを手伝おうとする店主を奥にある椅子に腰かけるように促して、俺は閉店準備に移った。
やることは具体的に店外に出している商品の回収。店の看板をクローズにして、鍵を閉める。その後は店内で売り上げのチェック、お金関連の確認など。計算通りにお金があることが確認できると、終業となる。
「本当にユーグくんがいてくれて助かるよ。僕一人だったら、こんなときなにも出来ないからね」
店主のナイムさんが売り上げのチェックをしつつ、俺の働きを褒める。ナイムさんの動きには迷いがない。長い間花屋を切り盛りしてきた証拠だろう。
(役に立てていたら、いいんだけど)
閉店準備の手を止めることはなく、俺はつぶやいた。
俺が働いているのは、ヴィヨン王国の王都にある花屋『ポエミ』。
ここは元々ナイムさん夫妻が切り盛りしていたものの、五年ほど前にナイムさんの奥さんが他界した。以来一人で切り盛りしていたナイムさんだけど、年には勝てずにアルバイトを雇うことを決めたそうだ。
俺が求人をたまたま見つけ、縁がつながった。あれから四年半。俺はここで働かせてもらっている。
「それにしてもあのお客さん、ユーグくんのことを気に入っていらっしゃるんだろうねぇ」
ナイムさんにとって、この話題は世間話の一環だったはずだ。
(あのお客さんはルーのことだろうなぁ)
理解して、苦笑を浮かべた。むしろ、あのお客さんという単語はルーのためにあるようなものだ。
(ナイムさんは俺とルーの関係を知らないからなぁ)
まさかセフレですなんて、口が裂けても言えるわけがない。ナイムさんのことだ。卒倒する。
「花が好きなだけみたいですよ」
ありきたりな理由をでっちあげた。まさか、セックスしたいからアイツはここにきている――なんて、悟られてはいけない。
「悪い人ではないみたいだし、いいんだけれどね」
「そうですよね」
見えない部分に冷や汗を垂らしつつ、ナイムさんとの会話を続ける。
絶対に悟られないようにしなくては。
(たとえ親兄弟に見放されていたとしても、ナイムさんにだけは見放されたくない)
ナイムさんは俺の事情を知りつつも雇ってくれている。特別扱いとか、同情的でもない。本当に貴重な人。
彼には幻滅されたくない。見放されたくない。
俺がすっかり忘れていた感情を思い出させてくれた人でもあった。
「じゃあ鍵、閉めますね」
看板をクローズにして、店の入り口を施錠する。さて、あとはナイムさんの作業の手伝いなんだけど――。
「ユーグくん。あとは僕がやっておくから、今日は終業でいいよ」
ナイムさんはお金を数えつつ、こちらを見ることもなく言葉を発する。
「いや、でも」
「いつも世話になっているからね。僕に出来ることは、僕がやるよ」
こちらを振り向いたナイムさんの表情は、申し訳なさそうだった。
(見放されたくない――)
胸の中に芽生え、むくむくと膨れ上がっていく感情。ここはどう答えるのが正解なのだろうか?
迷って俯いた俺を見て、ナイムさんが俺に近づき肩をぽんっとたたいた。
「キミに無理をさせたくないんだ。たまには甘えてくれ」
「ナイムさん」
「キミは働き者だ。だから、たまには休むことを覚えなさい。また明日ね」
ニコッと笑ったナイムさんは、帳簿つけに移った。
脳内でナイムさんの「また明日」という言葉がループする。
――また明日。
言葉がループするたびに、俺の心が落ち着いていく。
この言葉があると俺は安心できる。
見捨てられていない。これで最後というわけじゃない。
女々しいとわかっているのに、俺はこの考えが捨てることが出来なかった。
空が橙色に染まりつつある頃、店の奥から店主が顔を覗かせた。
「ユーグくん。今日は多分もうお客さんは来ないだろうから、閉店準備をしようか」
店主はにこやかな笑みを浮かべ、俺に声をかけてくる。人懐っこい彼の笑みは、心を穏やかにする効果があると俺は思っていた。
「わかりました。じゃあ――って、ダメじゃないですか! そんなに動いたりしたら!」
「いいんだよ。少しくらい身体を動かさないと、鈍ってしまうよ」
「それは完全に治ってから言ってください。はい、奥で座っててくださいね」
片づけを手伝おうとする店主を奥にある椅子に腰かけるように促して、俺は閉店準備に移った。
やることは具体的に店外に出している商品の回収。店の看板をクローズにして、鍵を閉める。その後は店内で売り上げのチェック、お金関連の確認など。計算通りにお金があることが確認できると、終業となる。
「本当にユーグくんがいてくれて助かるよ。僕一人だったら、こんなときなにも出来ないからね」
店主のナイムさんが売り上げのチェックをしつつ、俺の働きを褒める。ナイムさんの動きには迷いがない。長い間花屋を切り盛りしてきた証拠だろう。
(役に立てていたら、いいんだけど)
閉店準備の手を止めることはなく、俺はつぶやいた。
俺が働いているのは、ヴィヨン王国の王都にある花屋『ポエミ』。
ここは元々ナイムさん夫妻が切り盛りしていたものの、五年ほど前にナイムさんの奥さんが他界した。以来一人で切り盛りしていたナイムさんだけど、年には勝てずにアルバイトを雇うことを決めたそうだ。
俺が求人をたまたま見つけ、縁がつながった。あれから四年半。俺はここで働かせてもらっている。
「それにしてもあのお客さん、ユーグくんのことを気に入っていらっしゃるんだろうねぇ」
ナイムさんにとって、この話題は世間話の一環だったはずだ。
(あのお客さんはルーのことだろうなぁ)
理解して、苦笑を浮かべた。むしろ、あのお客さんという単語はルーのためにあるようなものだ。
(ナイムさんは俺とルーの関係を知らないからなぁ)
まさかセフレですなんて、口が裂けても言えるわけがない。ナイムさんのことだ。卒倒する。
「花が好きなだけみたいですよ」
ありきたりな理由をでっちあげた。まさか、セックスしたいからアイツはここにきている――なんて、悟られてはいけない。
「悪い人ではないみたいだし、いいんだけれどね」
「そうですよね」
見えない部分に冷や汗を垂らしつつ、ナイムさんとの会話を続ける。
絶対に悟られないようにしなくては。
(たとえ親兄弟に見放されていたとしても、ナイムさんにだけは見放されたくない)
ナイムさんは俺の事情を知りつつも雇ってくれている。特別扱いとか、同情的でもない。本当に貴重な人。
彼には幻滅されたくない。見放されたくない。
俺がすっかり忘れていた感情を思い出させてくれた人でもあった。
「じゃあ鍵、閉めますね」
看板をクローズにして、店の入り口を施錠する。さて、あとはナイムさんの作業の手伝いなんだけど――。
「ユーグくん。あとは僕がやっておくから、今日は終業でいいよ」
ナイムさんはお金を数えつつ、こちらを見ることもなく言葉を発する。
「いや、でも」
「いつも世話になっているからね。僕に出来ることは、僕がやるよ」
こちらを振り向いたナイムさんの表情は、申し訳なさそうだった。
(見放されたくない――)
胸の中に芽生え、むくむくと膨れ上がっていく感情。ここはどう答えるのが正解なのだろうか?
迷って俯いた俺を見て、ナイムさんが俺に近づき肩をぽんっとたたいた。
「キミに無理をさせたくないんだ。たまには甘えてくれ」
「ナイムさん」
「キミは働き者だ。だから、たまには休むことを覚えなさい。また明日ね」
ニコッと笑ったナイムさんは、帳簿つけに移った。
脳内でナイムさんの「また明日」という言葉がループする。
――また明日。
言葉がループするたびに、俺の心が落ち着いていく。
この言葉があると俺は安心できる。
見捨てられていない。これで最後というわけじゃない。
女々しいとわかっているのに、俺はこの考えが捨てることが出来なかった。
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