あなたの隣

ひろの

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「どの部屋がいい?」
「ここは?」
「おっけー」

正直なところ、部屋などどうでもいい。彼と過ごせる時間と場所があるならばそれでいい。

「今日は泊まり?」
「いいや、帰るよ」
「泊まろうよ」
「嫌だ」

彼が泊まりを嫌うことを知りつつ、毎回同じことを聞いてしまう。

「私、洗面所見て来るね」
「おう」
そう言って、上着を脱ぐ彼を横目に私は洗面所の確認をした。が、特に洗面所に興味があるわけでもないのだが。

「このホテル、お風呂もトイレも綺麗だった・・・よ」
「由佳」

部屋に戻るやいなや、彼、私を抱きしめた。それに応えるように彼の背中に手を回す。
お互い、やはり、好きとは言わない。

「由佳、キス」
「えっ?」

エスカレーターでは軽くできたものが、この場所になって尻込みしてしまうのが私の癖である。と、いうのも、彼の声が明らかに外でいる時とは違うことが分かるから。

ほんの少し唇を合わせると、彼が私の唇をなぞり、口を開けるように促した。

「駄目駄目、慧、お風呂入るんでしょ?」
「いいじゃん」
「まだ駄目だって」

少し不満げな顔をした彼は、私の体からそっと離れた。

いつか、彼があの声で「好き」と囁きながら彼女を抱く日はくる。「彼女」になれなかったことよりも、彼がどんなふうに愛する人を抱くのか、そのことが時折頭を巡る。

今は静かに彼の愛が私に向くことを願うしかない。
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