黒薔薇の刻印 ~死ぬほど愛される、重すぎる愛の逆ハーレム~【ダークファンタジー】

ALMA

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第2部:黒薔薇の刻印

第14話:惨劇のパレード

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 澄み渡る青空の下、婚礼のパレードが始まった。
 王都の大通りは、新国王と王妃を一目見ようとする民衆で埋め尽くされている。

 天蓋を開け放った豪奢な馬車。
 その右側に座る新国王アルカディアスは、威風堂々たる佇まいだった。白い軍礼服に、陽光を弾く銀髪と冷徹な黄金の瞳。隣に座る私でさえ、息を呑むほどの神々しさだ。

 一方の私は、クラシカルな白い総レースのドレスに身を包んでいる。レディッシュゴールドの髪は高く結い上げ、白薔薇が飾られていた。

「ローゼンハイム王国万歳! 国王陛下万歳!」
「ああ、なんとご立派なお姿だ……!」
「陛下ーッ! こっちを向いてくだされー!」
「ロゼノア様! お美しい……!」

 耳をつんざくような大歓声と、称賛の嵐。
 窓からは色とりどりの紙吹雪と共に、薔薇の花びらが無数に撒かれ、視界を赤やピンクに染め上げる。王都は甘い花の香りと、人々の熱気で満ちていた。

 私の側には、愛馬に跨ったユリウスと数名の近衛騎士。
 アルカディアスの側には、宮廷魔術師団長のシルヴィアたちが、厳重に脇を固めている。

(……空が眩しいわね)

 舞い散る花びらを眺めながら、私はふと昨夜の熱を思い出し、頬を熱くした。
 まさかあんな風に、身も心も彼に開いてしまうなんて。

 隣のアルカディアスを見る。
 彼は民衆に冷ややかな視線を向けていたが、ふと私と目が合うと、微かな笑みを浮かべた。

 ――その、瞬間だった。

 護衛にあたっていたシルヴィアが、周囲に張り巡らせた魔法陣に、明確な殺気を感じ取った。

「――敵襲だ! 陛下をお守りしろ!!」

 ヒュンッ――。

 歓声と花びらを切り裂く、異質な風切り音。
 魔術師シルヴィアが、防御の呪文を唱える。

「――エア・シールド。
 天を巡る大気の精霊よ、我が前に障壁を成し、邪を退けよ」

 刹那、馬車全体を覆うように、半透明の風のドームが展開された。
 完璧なタイミングだ。放たれた数本の矢は、不可視の壁に阻まれて弾け飛ぶ――はずだった。

 パリンッ!

 硬質なガラスが割れるような音が響いた。

「なっ……!? 馬鹿な、魔法障壁が!?」
 シルヴィアが、驚愕に目を見開く。

 風の結界に突き刺さったのは、禍々しい紫色のオーラを纏った黒い矢だった。
 その切っ先には、通常の魔術ではありえない、強力な呪詛が込められている。

「くそッ、撃ち返せ! 三階の窓だ!」
 近衛兵たちが応戦する。
 だが、その騒ぎは陽動だった。

 最初の矢でシルヴィアの魔法を無効化し、近衛の注意を王側に引きつけた、その一瞬の隙。

「――ロゼノア様ッ!」

 結界が割れると同時に、ユリウスが動いていた。
 走る馬の背を蹴り、軽業師のような身のこなしで馬車へと飛び移る。

 反対側では、別の騎士がアルカディアスの元へ飛び乗り、王の盾となった。

 ガギッ、キンッ!

 ユリウスが剣を一閃させ、私に迫っていた矢を二本、叩き落とす。

「ユリウス!」
「伏せてください――!」

 ヒュン、ヒュンヒュッ――!!

 無数の矢が風を切る音。
 先ほどとは比べ物にならない数の矢が、薔薇の花びらに紛れて放たれた。

(……あ)
 迫りくる死の雨が、スローモーションのように見えた。
 ユリウスが剣を捨て、私に覆いかぶさる。
 その広い背中が、私の視界を全て塞いだ。

 ドスッ、ドスッ、ドスッ……!
 嫌な音が、連続して鼓膜を打つ。
 私を抱きしめるユリウスの腕に、ギチ、と凄まじい力が込められた。

「が……っ、ぐ……ぅ……!」
「ユリウス……!?」
 硬い鎖帷子をいとも容易く貫通し、肉を深々と抉る音。
 まるで羽根が生えたかのように、無数の矢が彼を串刺しにしていた。

 その瞬間、私の隣から白い影が飛び出した。
 アルカディアスだ。

 彼は馬車から踊り出ると、腰の剣を抜き放ち、左側の建物の陰に潜んでいた暗殺者たちへ向かって一閃した。

「――身の程を知れ」

 氷のような声と共に放たれた剣圧が、衝撃波となって敵を襲う。
 断末魔すら上げる間もなく、暗殺者たちは切り伏せられ、血の海に沈んだ。
 圧倒的な武力。
 王の力。

 ――けれど、遅かった。

「……ロゼ……ノア……さ……ま……」

 ユリウスの口端から、ツーと黒い血が流れ落ちる。
 その血の色を見て、私は戦慄した。
 ただの傷ではない。
 紫色の紋様が、傷口から肉体を急速に蝕んでいる。

「いや……ユリウス、しっかりして……!」

 最強の騎士と呼ばれた男の腕から、ふらりと力が抜けた。
 彼は私の純白のレースを、呪われた黒い血で汚しながら、ゆっくりと崩れ落ちる。

「ユリウス!」

 私は彼を抱きとめ、必死に癒やしの魔力を練り上げた。
 聖女の光。どんな傷も癒やすはずの、金色の輝き。

「お願い……治って……! 聖なる光よ、ユリウスを助けて……!」

 光が、彼を包み込む。
 けれど――傷は塞がらない。
 呪いの浸食が早すぎる。
 ……いや、もう心臓が止まっている……?

「嘘……なんで……?」

 光は虚しく霧散していく。
 私の腕の中で、ユリウスは二度と動かなかった。




 パレードは中止となり、王都は直ちに厳戒態勢に入った。
 アルカディアスは私を王宮に送り届けると、静かに命じた。

「ロゼノア。お前は部屋に戻っていろ」
「陛下、あなたは……」
「……私のパレードを汚し、君を危険に晒した愚か者どもには、死よりも深い絶望を味合わせてやる」

「捕らえた実行犯から、一匹残らず背後関係を吐かせる。……行くぞ、シルヴィア」

 その黄金の瞳は、凍てつくような殺気を放っていた。
 彼は血に飢えた獣のような足取りで、地下牢へと向かっていく。

 私は一人、遺体安置室へと向かった。
 薄暗い地下の一室。
 そこに、ユリウスの亡骸が安置されている。

 私は寝台の脇にひざまずき、冷たくなった彼の顔に手を当て、その唇にそっと口づけをした。
 涙が、とめどなく溢れ出してくる。

「……ユリウス」
 呼びかけても、返事はない。

 嘘よ。
 私を守って死ぬなんて。
 そんな忠義、私は望んでいなかった。

 悔しさが込み上げる。
 どうしてあなたが死ななきゃいけないの。
 私にはまだ、あなたに伝えていないことが、たくさんあるのに。

(死ぬなんて……許さない、ユリウス!)

 ドクン――!!

 不意に、左腕が熱く疼いた。
 『黒薔薇の刻印』が、心臓のように脈打っている。

(……返して)

 私の魂が、叫んでいる。

(ユリウスを返して……代償なら、なんだって払う)

 私は無意識のうちに、左手を彼の胸――矢に貫かれ、動かなくなった心臓の上――に当てていた。

 ブワッ――!!

 左手から、禍々まがまがしくも美しい赤黒い光が噴き出す。
 つる薔薇のように光が彼の身体へ絡みつき、死の冷たさを、無理やり熱で上書きしていく。

 そして――。
 ドクン。

 掌の下で、止まっていたはずの心臓が、再び動き始めた。

「……あ……」
 光が収束していく。
 蒼白だった頬に、赤みが差す。

 そして、ゆっくりと――
 その瞼が、持ち上がった。

「……ロゼ……ノア……様……?」

 虚ろだった黒の瞳に、私の姿が映る。
 死の淵から、彼は戻ってきたのだ。
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