夜行性の暴君

恩陀ドラック

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魔術の章

調伏1

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「昢覧、後ろ」

「ひぇっ、何この変態」


 狼しか眼中になくなっていた昢覧は壱重の一声で辛うじて福田の包丁を躱した。全裸に靴下という格好に顔をしかめる。新鮮で外傷がないため分かりづらいが福田もゾンビだ。口からは涎を垂らし、ぎょろりと動く目はどこを見ているのかわからない。頻繁な出入りのお陰で桜花の間とロビーに居た人間は最後に死んだ。福田はレクリエーション中だったため変態スタイルでの死に戻りとなってしまったのだった。


「先生、あれは彼岸の写しではないですか?」

「ああ、ああ、そうだ。確かにそうだ!  ははっ、吸血鬼め、他愛もない嘘を吐きおって!  我らが守護神よ、悪鬼を調伏せしめたまえ!!」


 彼岸の写しとは降霊術だ。客と従業員合わせて三十一人という異例の大人数を消費して影導が御出座し願い奉ったのは異世井縷奇神ことよのいるくしそのものであった。異界の者は己の一部をさらに分散させて虚ろな肉体に宿らせた。そうしなければ器が耐えられずに壊れてしまうからだ。ゾンビが倒されると残ったゾンビに中身が移る。吸血鬼が去ってからは自分たちで殺し合い、異界の力を凝縮していった。バトルロイヤルを勝ち抜いた福田の動きはキレが違う。吸血鬼と遜色ないスピードだ。包丁が昢覧を掠めた。


「わっ、気持ち悪っ」


 見たいか見たくないかに関係なく、視界の中に揺れる物があるとつい目で追ってしまう。


「ヤマ、マトゥトナムカゼン。シルシスカ!」

「ゾンビが喋った!?」


 唸り声を上げるばかりだったゾンビが口を利いたことに皆は驚いた。


「オーロフィルラー!  ちっ、シラヴオキト」

「昢覧、さっさとゾンビを始末しろ。俺は人間共をやる」

「急になんで?  狼も?」

「黙れ。言われた通りにしろ」

「明日紀、どういうことなのかちゃんと説明して」


 壱重も不服だ。まだ夜は始まったばかり。これからゆっくり楽しもうと思っているのに、何を急いでいるのか。


「あいつと悪魔は同じ世界からきた。違う部族にいて敵対していて、俺を殺すと言っている」

「言葉が解るの?」

「ああ解る。あいつは魔術を使おうとして使えなかった。生贄が必要だ」


 壱重と昢覧は胡乱な目つきで明日紀を見た。しかし影導は明日紀の言葉を信じた。影導にとって異世井縷奇神は漠然とした概念に近いものだった。人に乗り移った神が人と同じように話し感情を表すなど考えもしなかった。今まで神託は感じ取る以外になかった。生まれて初めて耳で聞いた神の言葉は呪文と非常によく似た響きだった。長年謎だった呪文の意味が詳らかになる千載一遇の好機が巡ってきた。場合によっては今この瞬間が魔術史の転換点だ。攻撃を再開した福田に応戦する昢覧の後ろで捲し立てる。


「掛巻くも畏き異世井縷奇神ことよのいるくしのかみ様、魔術の御祖みおやよ!  どうか御鎮まり下さい!  何卒私の言葉を……くっ、伝わらないか。頼む!  あの御方と話がしたい!  あの御方のお話しされる言葉を理解できれば魔術が大いに発展することは間違いないなんとかできないだろうか!?」

「せ、先生、吸血鬼に頭を下げるなんて……」

「君には事の重要性がわからんのか!」

「わかった!」

「はあ!?」


 驚く弟子をよそに意気投合する影導と昢覧。そして進み出た明日紀は福田の片脚を蹴り飛ばし、倒れたところで頭部を踏み抜いた。福田はただの屍となった。


「ああー!  御神体がぁっ!!」

「ちょっと明日紀、話聞いてた!?」

「聞いてなかった」


 頼みの綱のバイリンガルに協力の意思はなかった。当然だろう。悪鬼を倒せと叫んだ舌の根の乾かぬ内に、今度は人間の武器である魔術の発展に貢献しろと言われても聞き届けてやる道理がこれっぽっちもない。


「キャヒィイン!」

「ギャンッ」

「ま……待ーっ、 壱重ちゃん待ああ゙ぁっ!!」


 壱重は狼を四頭から二頭に減らしたところで止められてしまった。死の間際に人狼は人間に戻っており全裸男性の亡骸が二体。股間と内臓がぽろりしている。


「ああ~、さっきまでかわいかったのに……なんでこんなことするの!?」


 なんでと言われても、ダンピール問題の犯人グループと判明してから井塚の関係者は全員始末する予定だった。生かしておいても邪魔なだけな人狼がちょうど目の前に居て、そこから手を着けたに過ぎない。


「まだいる。まだ残機があるのか……?」


 福田を始末した後もなくならない魔神の気配を探っていた明日紀は、丘の上の人影に気が付いた。







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