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episode4 特産品を売り込め!

63. それぞれの目的

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「それはちょうど一年ほど前のことだった。──私はいつものように朝起きて鍛錬をして、朝食を食べていた……すると、こんなある知らせが届いたんだ」

 彼女の話をまとめるとこんな感じだ。

 その日、国王は貴族たちの軍勢、東邦やオルティスからの援軍、そして王宮騎士団の半数を伴って、北の大国──ノーザンアイランド連合と一戦交えに行っていたそうだ。といってもお互い全力ではなく、様子見の小競り合い程度。七天であるクラリッサは王宮で留守を任され、ユリアーヌスが国王に同行していた。

 そこに舞い込んだのが、国王らと共に遠征に行っていたユリアーヌスの急病の知らせ。そして間もなく彼の死が伝えられた。当然クラリッサは不審に思った。元気に遠征に行っていたユリアーヌスは、特に持病があるわけでもなく。治癒魔法も使えるため急死するとは考えにくい。

 しかし、遺体を確認したいと言っても取り合ってもらえず、冒険者ギルドに問い合わせても要領を得ない返答しか貰えなかったので、なにか都合の悪い事実を隠しているのだと踏んだらしい。

「彼は何者かに殺害されたのではないだろうか……と私は睨んでいるのだが」
「それなら話は早いです。私が気になるのはその犯人についてです」
「……」

 クラリッサは眉をしかめて口を閉ざした。

(あれ? なにかまずいこと言ったかな?)


「私の忠告はそのことについてだティナ」
「……?」
「あまり深入りするな。この件にはティナが思っている以上に複雑な事情と思惑が絡んでいる。──恐らくこの国をひっくり返すようなことが」
「ということは、誰かが謀反を企てているということです──むぐぐっ!?」

 私の口はクラリッサの手によって塞がれた。図星なのだろう。
 彼女の身体が密着してきて、なんとも言えないいい匂いがする。そして、図らずも私はクラリッサが七天の中ではシーハンと並ぶ豊満な身体の持ち主であることを思い出した。──身長が高い分彼女の方が目立たないのだが。

(……はぁ)

 私はパニックに陥るというよりも、ただひたすらげんなりしてしまった。

「声が大きい……! ここは王宮の中だぞ? どこで誰が聞いているか……!」
「クラリッサさんはどうする気なんですか!」
「……なんのことだ?」

 クラリッサの腕を押し退けると、その髪色と同色の蒼い瞳を覗き込みながら、私は尋ねた。

「クラリッサさんは王宮騎士団です。ということは王宮を守るのが仕事。──謀反の気配を察していて、それを放っておくつもりですか?」
「それは……!」

 ギリリッとクラリッサは奥歯を噛み締めた。

「もはやことは私一人の手に負えることではないのだ……」
「……私が協力します。私たちが!」
「ティナの手にだって負えない。私たち七天がバラバラのままではいつまで経ってもこの世界は良くはならない……」
「クラリッサさん……」

 私はやっと彼女が真に望んでいることがわかった。彼女はまた昔のように、七天で仲良くしたいのだ。あの、魔法学校での楽しかった一時のように。もっとも、私は懐かしくはあっても苦い思い出も多いので、あの頃に戻りたいとは露ほども思わないが。


「魔法学校をティナが去った後、ユリアーヌスとライムントの関係が悪化して、それが原因で私たち全員がギクシャクしていてな……それで卒業するや否や程なくしてシーハンとサヤが消えるし、ユリアーヌスは殺されるし……あの予言は……」

 物憂げな表情で独りごちるクラリッサ。彼女の言う『予言』とはもちろん、『七天』について記されていた予言のこと。七人の優れた魔導士がセイファート王国を勝利に導き、世界を救うという予言だった。
 だが、今の現状はその予言とはかけ離れた状況にある。七天はバラバラになり、『予言』のような絶大な力はなく、いまだに国同士の争いは続いている。

 貴族出身で、一際予言を信じ込んでいたクラリッサにとって、その現実は我慢ならないのだろう。

「ティナ。私はこれ以上七天同士殺し合うなんてことはあってはならないと思っている。──もちろんライムントともやり合うつもりはない。私は、私たちの力で──七天の力で、この国を必ず豊かにする。……そうしたいと思っている」

 クラリッサは私の肩を掴み、顔を覗き込みながら強い口調で訴えた。どうやら彼女はライムントがユリアーヌスを殺したことを見当つけているらしい。その上で、彼とやり合うことを拒んでいる。自分も、ライムントもこの国にとってなくてはならない存在だと信じ込んでいる。
 いや、そうあってほしいと願っているだけかもしれない。
 彼女は、もしライムントに脅威と判断され襲われたとしても、最後の最後まで彼を説得しようとするだろう。

 とにかく、私には彼女の思いが痛いほど伝わってきたし、ここまで固い決意があるのだったら私としては何も言うことはなかった。

「そうですか……どうやら私の見当違いだったようですね。クラリッサさんなら、もっと大局を見て物事を判断していると思ってましたけど」
「すまんな。私も自分がやろうとしていることが正しいとは思っていない。ただ──私は予言を信じたいのだ。人が信じられないのなら尚更……」
「……私のことも、信じられないんですね? だから私の協力も拒んだんですね?」

「そうかもしれない。とにかく、私とティナは目指す場所が違うのだろう。私は予言通りの未来が訪れることを信じているし、それを実現するために生きていると思っている。──ティナが目指しているものはなんだ?」

(私が目指しているもの……確かにクラリッサに比べたら私が目指しているものなんて大したことないものなのかもしれない。私は彼女と違って自分たちの──ヘルマー領のことを第一に考えているのだから。……でも、冒険者としてはそれが普通だよね?)

「私は──」

 私が考えながらゆっくりと口にすると、クラリッサは可愛らしく首を傾げた。終始男っぽい仕草が目立っていた彼女が突然そんな仕草をすると、少しキュンとしてしまう。ギャップ萌えというやつだろうか。

「私は、世界で一番料理が上手い冒険者になります! そして料理の力で世界を救います! 予言も、魔導士も世界を救えないんだったら、私が! 料理で! 救います!」

 勢いに任せて言ってしまったが、我ながら訳のわからないことを口走ってしまったと思う。実際、クラリッサもポカンとしていたし、口にした私自身も「ん?」と首を傾げざるを得なかった。

「……」
「……」

 しばしの沈黙。何も言われないのもそれはそれで恥ずかしい。私は顔が真っ赤に火照ってくるのを感じた。

「……そうか」

 クラリッサが小さく呟いたそれを私は聴き逃しそうになった。

「えっ?」
「ティナらしいな」
「そうですか?」
「あぁ、そこは昔から変わっていない。ティナは皆が思いつかないことを思いつく。一見馬鹿らしいことをな」

 くすくすと笑ったクラリッサは、やがて「もう帰れ、門まで送ってやる」と口にした。そして、私を警護しながら門まで送ってくれた。

「久しぶりにティナに会えてよかった」
「私もです。あっ、クラリッサさん。サヤさんの居場所、分かったりしますか?」
「いやすまない。詳しくは知らないが、どうやら南側のオルティス公国にほど近い山地のどこかにこもっているらしいぞ」
「そこまで分かれば大助かりです! ありがとうございます!」

 私が手を振ってクラリッサに別れを告げると、彼女も手を振り返す。
 クラリッサも本当は七天である私と志を共にしたかったに違いない。でも今の私にはユリウスがいる。ヘルマー領のみんながいる。あの、くたびれているけれどどこか優しいあの領地が
 夕日に照らされたその顔はどこか物寂しそうで、私は何となく彼女と話すのがこれで最後になるような、そんな嫌な予感をうっすらと感じてしまったのだった。
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