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第25話 私はしばらく死ぬ予定はないのでご安心を

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 ☆


 馬車の中で私はリサちゃんに刺された足を押さえて呻いていた。リサちゃんのことだから綺麗に刺したのだと思うし、傷はすぐに治ると思うけれど、グサッと刺されたことには変わりないので、めちゃくちゃ痛い。
 このパーティー、戦闘力はものすごく高いのだけれど、回復役がいないのは問題だと思う。

「大丈夫なのその足……」
「大丈夫なわけないでしょ?」

 私のことを心配してくれているらしいローラは恐る恐るという感じで尋ねてきたのだが、そんな彼女に私は思わずツッコミを入れた。

「まあこれくらいなら明日には治っているはずですわ」
「あんたも他人事ね?」

 私の隣に座っているコルネリアの発言に呆れてしまう。こいつには本当に人情というものが存在しているのだろうか? 心までも死神に売ってしまったんじゃないだろうな?
 そんなことを考えているうちに、私たちを乗せた馬車はようやく目的地であるヴラディ領へと到着した。

 ヴラディ領はローラの父親であるヴラディ公爵が治める土地だ。ヴラディ公爵家、大陸でも有数の大富豪であり、その領地はこの国の産業を担う重要な役割を担っている。
 そんな、国内随一の力を持つ貴族の街が私たちの目の前に現れ、私たちを出迎えた。
 街の中はまるで別世界のような光景が広がっていた。広い道の両脇には多くの屋台が立ち並び、様々な種類の料理や装飾品を売っている。
 そして大通りの中央には噴水が設置されていて、そこには、美しい女神が象られていた。

「ここがヴラディ領……なんて活気に溢れた街なの……」

 ローラは初めて見る自分の領地に目を輝かせている。それはシュナイダー伯爵やアベルくんも同じだった。きっと、二人も王都の外でこんなに大きな街を見たことがないのだろう。かくいう私も、この光景を見ると胸が高まってくる。

 街の中心地には大きな屋敷があった。ヴラディ公爵の屋敷だ。ここにローラたちを送り届ければ私たちの任務はひとまず完了だ。

 ローラと、そしてシュナイダー伯爵やアベルくんとはお別れということになる。
 私たちを乗せた馬車はまっすぐにヴラディ邸を目指した。ローラたちは、私たちとの別れが近いことを察しているのか、一転して無口になっていた。

 私たちは門の前に馬車を止めて、馬車を降りると、そこでローラたちと別れた。ローラやアベルくんは寂しそうな表情をしていたが、シュナイダー伯爵だけはどこか吹っ切れたような表情をしていた。

「護衛ご苦労だったわ。……生きていたらまた会えるわよね? わたくしより先に死ぬんじゃないわよアニータ」
「私はしばらく死ぬ予定はないのでご安心を」

 ローラは私の手に数枚の金貨を握らせると、小さく笑みを浮かべながら言った。どうやら、彼女なりの感謝の表現ということだろう。彼女はすぐに私の隣に立っていたコルネリアに視線を向ける。

「コルネリア。結局あなたとは仲直りできなかったけれど、今となってはそれがよかったのかもしれないと思っているの。わたくしはもう間違えたりはしない。わたくしはわたくしが正しいと思った道を進む。わたくしはあなたのことが嫌いだけど、あなたがわたくしを本気で守ろうとしてくれたことには感謝しているわ」
「なにを上から目線で、おめでたいお嬢様ですわね」
「なんですって!?」

 憎まれ口を叩いたコルネリアに食ってかかるローラ。

「あのお二方、仲が良いんですか悪いんですか?」
「さあ? どっちかっていうと悪い部類に入ると思うけど……」
「でもお二人の瞳からはお互いに相手を憎んでいるとは思えないんです」
「親友だったらしいからね。今もどこかで通じあってるんじゃないかな?」

 私とリサちゃんは少し離れたところから、口論する二人を見つめながら会話を交わす。二人が喧嘩するのはなんだか微笑ましい気がした。

 やがて、3人が手を振りながら去っていくと、私とリサちゃん、コルネリアは馬車に戻った。すぐに王都に戻ってヘレナに報告しなければならない。
 王都に戻る途中にたくさんの武装した王国軍に遭遇した。きっとこれからヴラディ領へ向かうのだろう。私はあの綺麗な街並みが戦火に飲み込まれるところを想像して胸が苦しくなった。

「……やっぱり、戦争になるのかなぁ」

 私がぽつりと呟くと、隣に座っているリサちゃんの身体がビクッ! と跳ねた。私は、しまったと思ってすぐにフォローの言葉を探す。しかし、こういう時に限って言葉が出てこなくて困る。

「えーっと、ほら、あれだよ。みんな無事に帰れるといいねー、みたいな?」
「……」

 ダメだ。リサちゃんの笑顔が凍りついていた。なんとかこの場を取り繕おうとしているけれど全く思いつかない。ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう……。

「アニータさん……」
「な、なに?」
「任務が終わったら、そのことはもう忘れた方がいいですよ。あの人たちが戦争で死ぬんじゃないかとか、街が壊されるんじゃないかとか、考えたって仕方のないことです」
「うん……」

 私だってそんなこと分かってはいるのだ。ただ、私の中にある感情はそんなに簡単に整理がつくものではなかった。ローラたちはもう、一緒に冒険した仲間だったのだから。

「リサたちにはこれ以上、ローラさんたちにしてあげられることはありません。……もう、無事を祈ることくらいしか」

 リサちゃんのその声は震えていて、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。私はつい彼女の頭を撫でてしまう。リサちゃんのピンク色の髪はさらさらで、とても触り心地が良かった。

「……ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。なんか暗い雰囲気にしちゃったみたいだよね……」
「いいんですよ。アニータさんのそういう優しいところ、好きですし」
「えっ、す、好きぃ!?」
「……? なにかおかしなこと言いました?」

 きょとんとした表情を浮かべているリサちゃんを見て、私はほっと胸をなで下ろす。よかった、冗談だったのか。いや別に残念ではないんだけど。
 私たちを乗せた馬車はヴラディ邸の前を通り過ぎ、そのまま街を出ていった。私たちは再び馬車に揺られながら帰路についた。
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