26 / 40
第26話 はぁ……勝手にやってれば?
しおりを挟む
☆
王都に戻ると、私たちはまっすぐ【エスポワール】へと向かった。店は相変わらず賑わっており、ヘレナが一人で忙しそうに客を捌いていたが、私たちが帰ってくるや否や店を閉めて、私たち3人をバックヤードへ呼んだ。
「どうやら上手くやってくれたみたいね」
「わたくしがいればこんな任務朝飯前ですわよ」
自信満々な様子で言うコルネリア。ヘレナは満足そうに頷くと、私たち3人の頭を代わる代わる撫で回していった。
「うんうん、それでこそあたしの可愛い娘たちよ」
「いや、あんたの娘になった覚えはないんだけど……ていうか子ども扱いするな!」
私は思わず反論してしまう。すると、ヘレナは一瞬キョトンとした後に、私の頬を思いっきりつねってきた。痛っ!? ちょっ、なんで!?
「悪い子にはおしおきが必要よね?」
ヘレナは不敵に笑いながらさらに私の両頬を引っ張ってくる。やばい、この人めっちゃ怖い。私は抵抗するが、ヘレナは意外と力が強くて逃げられない。助けて、誰かヘルプミー!
私が必死に助けを求めると、見かねたコルネリアが口を開いた。
「ヘレナ、その辺にしておいた方がよろしいのでは?」
「あら? なにか勘違いしていないかしらコルネリア。この子たちがあたしのことをおかあさんと呼んでくれるまではやめないわよ?」
「勘弁して下さいまし……」
ヘレナはきっと多忙で頭がおかしくなったのだ。きっとそうに違いない。
コルネリアがヤバいやつだから見逃しがちだったけれど、彼女は普段から少しおかしいというか、前からだいぶアレな性格だったような気がしてきた。
「お母さん、あなたたちをそんな子に育てた覚えはありませんよ!」
「おねえちゃんたちケンカしちゃダメだよぉ」
腕を組んでなんかほざき始めたヘレナに、なんとリサちゃんまでノリノリで参加し始めた。私とコルネリアの肩に手を置きながら言う彼女は、末っ子を演じているらしい。
私とコルネリアは顔を見合わせるとため息をついた。なんだこれ。
「はぁ……勝手にやってれば?」
「ノリが悪いわねぇあなたたちは……少しはリサを見習いなさい」
「さすがのわたくしもあのテンションにはついていけませんわ……」
「今回ばかりはあんたに同意するわ」
結局ヘレナとリサちゃんはその後、しばらく母親と娘ごっこを続けたのだった。
☆
家に帰った私は、病気のお母さんと久しぶりに話をした。お母さんはまだ寝たきりだけど、それでもちゃんと私を認識できるみたいで、私のことを覚えていたようだ。それが嬉しくて、私もつい長話をしてしまった。
お母さんとの会話を終えた後、ふと思い出したことがあった。リサちゃんのことだ。
彼女は幼い頃に村を魔物に襲われて家族を殺されたのだという。そんな彼女にとって、育ててくれたヘレナのことを母親同然に思うのは無理もない。だからあんなにも献身的に、そして盲目的なまでに彼女のことを慕っているのだろう。
「うーん……」
でもそれは私も同じかもしれない。どんなに辛い時でもお母さんは私の味方だったし、それは今も変わらない。だから私はお母さんのために稼ごうと決めたのだ。
そう考えたら、何故か無性にリサちゃんに会いたくなってきた。私はお母さんが寝たことを確認すると、こっそり家を出て【エスポワール】へと向かった。
営業を終えた店の明かりは消えていたが、入口の鍵はかかっていなかった。中に入ってみると、真っ暗だった。でも人の気配がするし、なにやらヒッ、ヒッという鳴き声のようなものもする。
「──【ルーモア】」
私は魔法で手のひらに明かりを灯し、店の中を見回した。すると、カウンター席に完全に酔っ払って真っ赤になったリサちゃんが大きなワインのボトルを抱えながら座っていた。
「なにやってんのあんた……」
「あ、あー? アニータしゃん……リサ、リサはねぇ! アニータしゃんの……」
「ちょっ、ストップ! なに? どうしたの?」
私は慌てて彼女を制止したが遅かった。
「……アニータしゃん?」
彼女は酔いで赤く染まった顔をこちらに向けてきた。目が据わっていてかなり怖い。なんかちょっと怒ってるっぽいし……。
ていうか、なんだろうこの状況。なんかやたらといい匂いがするというか、なんならめちゃくちゃエロいんですけど。いつもよりも彼女の魅力が引き立てられているというか、とにかく目のやり場に困ってしまう。私は思わず視線を逸らしてしまう。
酔っ払っているせいで、リサちゃんに足りない大人の魅力的なものがプラスされて、それはもう破壊的なまでの可愛さだった。私が男だったら間違いなく襲っているだろう。
「なんれすか~?」
「いや、なんでもないです……」
私は小さく咳払いをして誤魔化すことにした。すると、彼女は再びグラスに口をつけて一口だけ飲み込んだ。もう止めてあげた方がいいんじゃないだろうか。
「アニータしゃんはひどいれす! リサの気持ちを知らないで、コルネリアしゃんばっかり……」
「……ん?」
コルネリアの名前が出てきたのが気になりつつも黙っていると、彼女は急に立ち上がって、またグラスを傾けた。
「リサだってがんばりましゅよ!? それなのにコルネリアしゃんときたら『そんなんだから貴女には色気が出ないのですわ』とか言いますし、なんれすか!? そういうの求めてないんれすよ!」
「あ、あの……?」
なんだ、なんなんだこれは。どういう状況なんだこれ。なんか、やけ酒みたいな雰囲気になっているけれど!
「リサだってやれましゅから! アニータしゃんをゆーわくすることくらい!」
リサちゃんは手に持っていたワインの瓶を持ち上げると一気に中身を飲み干して、「ふんっ」と荒々しく息を吐いた。そして私の方をじっと見つめてくる。えっと、その目付きはまずいかなって思うんですけど。
私はごくりと生唾を飲む。
「ねえ、アニータしゃん」
「は、はい……」
彼女はゆらり、と近づいてくる。
なんか変な雰囲気になってきた。ヤバいなにされるかわかんないし。でも、なぜか身体が動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のような気分だった。彼女は私の目の前までやって来ると、私の胸元に頭を擦り寄せてきた。その瞬間、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。なんだこれ、頭がクラクラしてきたんだけど。
「わぁ、いいにおい……ねぇ、しよ?」
「は……?」
彼女が上目遣いで見上げてきて、私は呆気にとられる。彼女は頬を紅潮させ、熱に浮かされたような表情を浮かべていた。そして潤んだ瞳で私を見つめながら囁く。
「ね、しましょう?」
──ぷつん。
何かが切れた音がした。それは私の理性の糸だったのかもしれない。気付いた時には私は彼女を床に押し倒していた。
私は自分の中の獣が目を覚ましたことを感じた。今、私は彼女に襲いかかろうとしている。この感情を何と呼ぶのかはわからない。でも一つ言えることは、こんな衝動は初めてだった。
私はゆっくりと顔を近づける。その時だ。
リサちゃんの目元にキラリと光るものが見えた。リサちゃんは涙を流していた。彼女の泣き顔を見た途端、私の中に残っていたわずかな理性が呼び起こされ我に返った。
「あ、ごめ……」
「……やめて」
慌てて離れようとすると、彼女は弱々しい声で言った。私は動きを止める。
そして、彼女は私の服を掴んで引っ張ってきた。予想外の行動に、私はそのまま彼女の上に覆い被さるように倒れ込んでしまう。
「わっ、ちょ、なに!?」
私は驚いて彼女から離れようとしたが、今度は背中に腕が回されていて抜け出せなくなっていた。そういえば森には、甘い香りで虫を誘い、花に虫が止まった瞬間にそれを食べてしまう植物が存在するという。そんな知識を頭の中で反駁しながら私は彼女を見下ろす。
「離さないで……」
リサちゃんは涙をぽろぽろと流しながら懇願するようにそう言う。その姿はあまりに痛ましく、可憐で、美しくて、愛おしくて、私の胸は締め付けられるように苦しくなった。ああもうダメ。限界。もう我慢出来ない!
って感じで、このままなし崩し的に最後までいくところまでいったらどんなに良かっただろうか。でも、私はそこまでお馬鹿さんじゃなかった。残念なことに。
結局、酔いのせいもあってリサちゃんはすぐに眠ってしまったのだ。その後、私がバックヤードのベッドに運んであげたわけだけど、当然のごとく添い寝コースだった。しかも、抱き枕のようにギュッと抱きしめられたままで、もう、どうしようもなかった。
うーん……しかもリサちゃん、酔ってる時の痴態を覚えているタイプなんだよなぁ……これは明日の朝は大騒ぎになりそうだ。でも、とりあえず、今はこの状況を楽しむしかないよね! こうして私は幸せを感じつつ眠りについたのだった。
王都に戻ると、私たちはまっすぐ【エスポワール】へと向かった。店は相変わらず賑わっており、ヘレナが一人で忙しそうに客を捌いていたが、私たちが帰ってくるや否や店を閉めて、私たち3人をバックヤードへ呼んだ。
「どうやら上手くやってくれたみたいね」
「わたくしがいればこんな任務朝飯前ですわよ」
自信満々な様子で言うコルネリア。ヘレナは満足そうに頷くと、私たち3人の頭を代わる代わる撫で回していった。
「うんうん、それでこそあたしの可愛い娘たちよ」
「いや、あんたの娘になった覚えはないんだけど……ていうか子ども扱いするな!」
私は思わず反論してしまう。すると、ヘレナは一瞬キョトンとした後に、私の頬を思いっきりつねってきた。痛っ!? ちょっ、なんで!?
「悪い子にはおしおきが必要よね?」
ヘレナは不敵に笑いながらさらに私の両頬を引っ張ってくる。やばい、この人めっちゃ怖い。私は抵抗するが、ヘレナは意外と力が強くて逃げられない。助けて、誰かヘルプミー!
私が必死に助けを求めると、見かねたコルネリアが口を開いた。
「ヘレナ、その辺にしておいた方がよろしいのでは?」
「あら? なにか勘違いしていないかしらコルネリア。この子たちがあたしのことをおかあさんと呼んでくれるまではやめないわよ?」
「勘弁して下さいまし……」
ヘレナはきっと多忙で頭がおかしくなったのだ。きっとそうに違いない。
コルネリアがヤバいやつだから見逃しがちだったけれど、彼女は普段から少しおかしいというか、前からだいぶアレな性格だったような気がしてきた。
「お母さん、あなたたちをそんな子に育てた覚えはありませんよ!」
「おねえちゃんたちケンカしちゃダメだよぉ」
腕を組んでなんかほざき始めたヘレナに、なんとリサちゃんまでノリノリで参加し始めた。私とコルネリアの肩に手を置きながら言う彼女は、末っ子を演じているらしい。
私とコルネリアは顔を見合わせるとため息をついた。なんだこれ。
「はぁ……勝手にやってれば?」
「ノリが悪いわねぇあなたたちは……少しはリサを見習いなさい」
「さすがのわたくしもあのテンションにはついていけませんわ……」
「今回ばかりはあんたに同意するわ」
結局ヘレナとリサちゃんはその後、しばらく母親と娘ごっこを続けたのだった。
☆
家に帰った私は、病気のお母さんと久しぶりに話をした。お母さんはまだ寝たきりだけど、それでもちゃんと私を認識できるみたいで、私のことを覚えていたようだ。それが嬉しくて、私もつい長話をしてしまった。
お母さんとの会話を終えた後、ふと思い出したことがあった。リサちゃんのことだ。
彼女は幼い頃に村を魔物に襲われて家族を殺されたのだという。そんな彼女にとって、育ててくれたヘレナのことを母親同然に思うのは無理もない。だからあんなにも献身的に、そして盲目的なまでに彼女のことを慕っているのだろう。
「うーん……」
でもそれは私も同じかもしれない。どんなに辛い時でもお母さんは私の味方だったし、それは今も変わらない。だから私はお母さんのために稼ごうと決めたのだ。
そう考えたら、何故か無性にリサちゃんに会いたくなってきた。私はお母さんが寝たことを確認すると、こっそり家を出て【エスポワール】へと向かった。
営業を終えた店の明かりは消えていたが、入口の鍵はかかっていなかった。中に入ってみると、真っ暗だった。でも人の気配がするし、なにやらヒッ、ヒッという鳴き声のようなものもする。
「──【ルーモア】」
私は魔法で手のひらに明かりを灯し、店の中を見回した。すると、カウンター席に完全に酔っ払って真っ赤になったリサちゃんが大きなワインのボトルを抱えながら座っていた。
「なにやってんのあんた……」
「あ、あー? アニータしゃん……リサ、リサはねぇ! アニータしゃんの……」
「ちょっ、ストップ! なに? どうしたの?」
私は慌てて彼女を制止したが遅かった。
「……アニータしゃん?」
彼女は酔いで赤く染まった顔をこちらに向けてきた。目が据わっていてかなり怖い。なんかちょっと怒ってるっぽいし……。
ていうか、なんだろうこの状況。なんかやたらといい匂いがするというか、なんならめちゃくちゃエロいんですけど。いつもよりも彼女の魅力が引き立てられているというか、とにかく目のやり場に困ってしまう。私は思わず視線を逸らしてしまう。
酔っ払っているせいで、リサちゃんに足りない大人の魅力的なものがプラスされて、それはもう破壊的なまでの可愛さだった。私が男だったら間違いなく襲っているだろう。
「なんれすか~?」
「いや、なんでもないです……」
私は小さく咳払いをして誤魔化すことにした。すると、彼女は再びグラスに口をつけて一口だけ飲み込んだ。もう止めてあげた方がいいんじゃないだろうか。
「アニータしゃんはひどいれす! リサの気持ちを知らないで、コルネリアしゃんばっかり……」
「……ん?」
コルネリアの名前が出てきたのが気になりつつも黙っていると、彼女は急に立ち上がって、またグラスを傾けた。
「リサだってがんばりましゅよ!? それなのにコルネリアしゃんときたら『そんなんだから貴女には色気が出ないのですわ』とか言いますし、なんれすか!? そういうの求めてないんれすよ!」
「あ、あの……?」
なんだ、なんなんだこれは。どういう状況なんだこれ。なんか、やけ酒みたいな雰囲気になっているけれど!
「リサだってやれましゅから! アニータしゃんをゆーわくすることくらい!」
リサちゃんは手に持っていたワインの瓶を持ち上げると一気に中身を飲み干して、「ふんっ」と荒々しく息を吐いた。そして私の方をじっと見つめてくる。えっと、その目付きはまずいかなって思うんですけど。
私はごくりと生唾を飲む。
「ねえ、アニータしゃん」
「は、はい……」
彼女はゆらり、と近づいてくる。
なんか変な雰囲気になってきた。ヤバいなにされるかわかんないし。でも、なぜか身体が動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のような気分だった。彼女は私の目の前までやって来ると、私の胸元に頭を擦り寄せてきた。その瞬間、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。なんだこれ、頭がクラクラしてきたんだけど。
「わぁ、いいにおい……ねぇ、しよ?」
「は……?」
彼女が上目遣いで見上げてきて、私は呆気にとられる。彼女は頬を紅潮させ、熱に浮かされたような表情を浮かべていた。そして潤んだ瞳で私を見つめながら囁く。
「ね、しましょう?」
──ぷつん。
何かが切れた音がした。それは私の理性の糸だったのかもしれない。気付いた時には私は彼女を床に押し倒していた。
私は自分の中の獣が目を覚ましたことを感じた。今、私は彼女に襲いかかろうとしている。この感情を何と呼ぶのかはわからない。でも一つ言えることは、こんな衝動は初めてだった。
私はゆっくりと顔を近づける。その時だ。
リサちゃんの目元にキラリと光るものが見えた。リサちゃんは涙を流していた。彼女の泣き顔を見た途端、私の中に残っていたわずかな理性が呼び起こされ我に返った。
「あ、ごめ……」
「……やめて」
慌てて離れようとすると、彼女は弱々しい声で言った。私は動きを止める。
そして、彼女は私の服を掴んで引っ張ってきた。予想外の行動に、私はそのまま彼女の上に覆い被さるように倒れ込んでしまう。
「わっ、ちょ、なに!?」
私は驚いて彼女から離れようとしたが、今度は背中に腕が回されていて抜け出せなくなっていた。そういえば森には、甘い香りで虫を誘い、花に虫が止まった瞬間にそれを食べてしまう植物が存在するという。そんな知識を頭の中で反駁しながら私は彼女を見下ろす。
「離さないで……」
リサちゃんは涙をぽろぽろと流しながら懇願するようにそう言う。その姿はあまりに痛ましく、可憐で、美しくて、愛おしくて、私の胸は締め付けられるように苦しくなった。ああもうダメ。限界。もう我慢出来ない!
って感じで、このままなし崩し的に最後までいくところまでいったらどんなに良かっただろうか。でも、私はそこまでお馬鹿さんじゃなかった。残念なことに。
結局、酔いのせいもあってリサちゃんはすぐに眠ってしまったのだ。その後、私がバックヤードのベッドに運んであげたわけだけど、当然のごとく添い寝コースだった。しかも、抱き枕のようにギュッと抱きしめられたままで、もう、どうしようもなかった。
うーん……しかもリサちゃん、酔ってる時の痴態を覚えているタイプなんだよなぁ……これは明日の朝は大騒ぎになりそうだ。でも、とりあえず、今はこの状況を楽しむしかないよね! こうして私は幸せを感じつつ眠りについたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
57
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる