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第28話 わかればよろしい
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☆
夢を見た。
男の人が私の頭を撫でている。
『いいかアニータ、お前は〓〓の末裔、血を引く者だ』
「うん」
『この力は特別なものだ。だから使い方を覚えておきなさい』
彼は優しい笑顔を向けてくれた。それが嬉しくて、私は笑顔で彼の手を握った。
幼い頃の記憶だ。
私は今より幼くて小さな手をしていて、まだ言葉を話すことすらままならない時期だったけれど、その事だけは鮮明に覚えている。私が誰の末裔なのか、肝心なところはよく聞き取れなかったのだけど。
『お前は常人よりも優れた魔法の才に恵まれている。──だからこそ』
そこで夢は途切れた。そして私は目を覚ましたのだった。……今のは昔の夢だろうか? それとも……あの時出会った男の夢? よくわからないけど。
ただ、懐かしさと同時に切なさを感じるのだった。
☆
夜になって、野営の準備を始めたリサちゃんに、ようやく気になっていたことを尋ねることができた。
「ねえリサちゃん」
「はい?」
「リサちゃんの家族の話を聞きたくなってね」
「……」
彼女は無言で焚き火を見つめていたが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
「村が魔物に襲われて、リサがうんと小さい頃に死んでしまったので、あまり覚えていないんですよ」
「そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃったね」
リサちゃんは首を振って微笑んだ。
「気にしないでください。アニータさんは本当はもっと別のことを聞きたかったんですよね? ……私の強さの秘密とか」
図星を突かれて思わず固まる。
「あまり褒められたことではないので言いたくないのですが。……どうしても知りたいですか?」
「教えてくれるならもちろん」
リサちゃんは大きくため息をつくと「秘密ですよ」と小声で言って、語り始めた。
「身寄りのないリサをヘレナさんが拾ってくれたというのは半分嘘なんです。リサを拾ったのは暗殺者のギルドでした。そこで色々なスキルを叩き込まれて、リサはしばらく人殺しをしていました」
淡々と語る彼女の口調からは感情を感じ取ることはできなかった。まるで自分の人生を物語のように語っているだけという感じ。
でもそれは彼女にとっては本当の話なのだと思う。
彼女の生い立ちを知った今、その気持ちが痛いほどわかったから。私もかつてそうだったから。
「リサは相対した相手の技を瞬時に真似て自分のものにするのが得意でした。暗殺者ギルドの人殺しの道具として働く中で、いつしかリサはそのボスよりもずっと強くなっていたんです。……そして」
「そして……?」
リサちゃんはそこで言葉を切ると深呼吸をした。
「リサは暗殺者ギルドのボスを殺してギルドを壊滅させました。いい加減道具として使われるのは嫌になっていたんです。──それからヘレナさん達に拾われて冒険者になったわけです」
「……じゃあリサちゃんって」
「はい、リサの技は全て人を殺すためのあまりよくない技なんです。……黙っててごめんなさい」
そう言うと彼女は申し訳なさそうに俯いた。
私は彼女になんて声をかけたらいいか分からなくて押し黙るしかなかった。そんな私を見てリサちゃんが呟くように言った。
「リサの本当の姿を知っても、アニータさんはいつものように優しくしてくれますか?」
彼女の問いかけに私は迷わず答えた。
「当然じゃない。たとえどんなリサちゃんだろうと私の大事なパートナーであることに変わりはないわ」
私が真剣に答えると、彼女は安心したような顔で小さく笑みを浮かべた。
「アニータさんならそう答えてくれると思ってました」
「もちろん。それに、技っていうのはどんな技かが重要なんじゃなくて、どう使うかが重要なんだって魔法学校でも習ったわ。人殺しの技でも人を救うために使えばそれはもう人を救う技なんだよ」
「……そうですね」
「だから私にはリサちゃんがこれまで培ってきたものを否定してしまうことはできない。リサちゃんは私にたくさんの幸せをくれたし、今もこうして一緒にいてくれてる。私はあなたに出会えて本当によかったと思っているのよ」
そこまで言い切ってハッとした。
勢いに任せてとんでもない事を口走ってしまった……。私は顔を赤くして慌てて取り繕うことにした。
「いや、その! つまり、何ていうか、えっと……。とにかく今のは深い意味は全然ないから、勘違いしないように!」
「はい」
「わかればよろしい」
「アニータさんからそんなこと言ってくれるなんて思ってませんでしたよ」
「だから違うんだってばー」
恥ずかしさを誤魔化すために大げさに手をバタつかせる私。
リサちゃんはそんな私を見てクスリと笑ってくれた。
やっぱり、昨日の件があってから私ちょっと変だ。普段は言わないことまで言っちゃったりして。
「リサからも一つ聞いていいですか?」
私が赤くなった顔を冷ましていると、リサちゃんがふと尋ねてきた。
「うん、なに?」
「どうしてアニータさんが魔導師を目指したのか、教えてもらえませんか? なんだかすっごく気になって……」
「ああ、それね」
私はリサちゃんに自分がなぜ魔法学校に入学したのかを話した。といっても別に面白い話ではない。むしろ辛い思い出の方が多い。それでも、私は彼女に自分のことを全て知って欲しかった。それが少しでも彼女の心の傷を癒すことに繋がるのなら……。
「私には魔法しかなかったのよ。体が強いわけでもなければ頭がいいわけでもないし、かといって水商売は嫌だし、家は貧乏だし……ほぼ必然的ね」
「そっかぁ」
リサちゃんは少し悲しげな目で私の話を聞いていた。
私も子供の頃は同じようなことを考えて悩んだりしたものだった。
「だけど、魔法学校に行けば自分を変えられるかもしれないって、そう思ったの。私にとって唯一の武器は魔法だけだったから。もちろん、周りは貴族ばかりだったから色んなこと言われたけれど、全員実力で黙らせてやったわ」
「すごい」
「……ありがと。でも、私なんかまだまだ。結局は古臭い王宮魔導師に馴染めなくて、辞めちゃったんだから」
自嘲気味に笑うと、彼女は首を横に振った。
「それは違います。アニータさんはとても立派です」
「そんなことないわ」
「アニータさんは自分のことがよく分かってないだけで、とても素敵な人ですよ」
リサちゃんは真剣な眼差しで私を見つめるとそう言った。
そしてしばらく無言のまま見つめ合った後、急に我に返ったみたいに目を伏せた。
「あ、ごめんなさい」
「い、いや、私もごめんなさい」
どうしよう気まずい。お互い昨日のことを引きずっているせいか会話も続かない。
なんとか話題を変えたい。でも一体何を話せば……。
そうやって悩んでいるとリサちゃんがポツリと言った。
「アニータさんはリサのこと、どう思っているんですか? ……その、アニータさんがどう感じているのかを知りたいんです」
夢を見た。
男の人が私の頭を撫でている。
『いいかアニータ、お前は〓〓の末裔、血を引く者だ』
「うん」
『この力は特別なものだ。だから使い方を覚えておきなさい』
彼は優しい笑顔を向けてくれた。それが嬉しくて、私は笑顔で彼の手を握った。
幼い頃の記憶だ。
私は今より幼くて小さな手をしていて、まだ言葉を話すことすらままならない時期だったけれど、その事だけは鮮明に覚えている。私が誰の末裔なのか、肝心なところはよく聞き取れなかったのだけど。
『お前は常人よりも優れた魔法の才に恵まれている。──だからこそ』
そこで夢は途切れた。そして私は目を覚ましたのだった。……今のは昔の夢だろうか? それとも……あの時出会った男の夢? よくわからないけど。
ただ、懐かしさと同時に切なさを感じるのだった。
☆
夜になって、野営の準備を始めたリサちゃんに、ようやく気になっていたことを尋ねることができた。
「ねえリサちゃん」
「はい?」
「リサちゃんの家族の話を聞きたくなってね」
「……」
彼女は無言で焚き火を見つめていたが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
「村が魔物に襲われて、リサがうんと小さい頃に死んでしまったので、あまり覚えていないんですよ」
「そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃったね」
リサちゃんは首を振って微笑んだ。
「気にしないでください。アニータさんは本当はもっと別のことを聞きたかったんですよね? ……私の強さの秘密とか」
図星を突かれて思わず固まる。
「あまり褒められたことではないので言いたくないのですが。……どうしても知りたいですか?」
「教えてくれるならもちろん」
リサちゃんは大きくため息をつくと「秘密ですよ」と小声で言って、語り始めた。
「身寄りのないリサをヘレナさんが拾ってくれたというのは半分嘘なんです。リサを拾ったのは暗殺者のギルドでした。そこで色々なスキルを叩き込まれて、リサはしばらく人殺しをしていました」
淡々と語る彼女の口調からは感情を感じ取ることはできなかった。まるで自分の人生を物語のように語っているだけという感じ。
でもそれは彼女にとっては本当の話なのだと思う。
彼女の生い立ちを知った今、その気持ちが痛いほどわかったから。私もかつてそうだったから。
「リサは相対した相手の技を瞬時に真似て自分のものにするのが得意でした。暗殺者ギルドの人殺しの道具として働く中で、いつしかリサはそのボスよりもずっと強くなっていたんです。……そして」
「そして……?」
リサちゃんはそこで言葉を切ると深呼吸をした。
「リサは暗殺者ギルドのボスを殺してギルドを壊滅させました。いい加減道具として使われるのは嫌になっていたんです。──それからヘレナさん達に拾われて冒険者になったわけです」
「……じゃあリサちゃんって」
「はい、リサの技は全て人を殺すためのあまりよくない技なんです。……黙っててごめんなさい」
そう言うと彼女は申し訳なさそうに俯いた。
私は彼女になんて声をかけたらいいか分からなくて押し黙るしかなかった。そんな私を見てリサちゃんが呟くように言った。
「リサの本当の姿を知っても、アニータさんはいつものように優しくしてくれますか?」
彼女の問いかけに私は迷わず答えた。
「当然じゃない。たとえどんなリサちゃんだろうと私の大事なパートナーであることに変わりはないわ」
私が真剣に答えると、彼女は安心したような顔で小さく笑みを浮かべた。
「アニータさんならそう答えてくれると思ってました」
「もちろん。それに、技っていうのはどんな技かが重要なんじゃなくて、どう使うかが重要なんだって魔法学校でも習ったわ。人殺しの技でも人を救うために使えばそれはもう人を救う技なんだよ」
「……そうですね」
「だから私にはリサちゃんがこれまで培ってきたものを否定してしまうことはできない。リサちゃんは私にたくさんの幸せをくれたし、今もこうして一緒にいてくれてる。私はあなたに出会えて本当によかったと思っているのよ」
そこまで言い切ってハッとした。
勢いに任せてとんでもない事を口走ってしまった……。私は顔を赤くして慌てて取り繕うことにした。
「いや、その! つまり、何ていうか、えっと……。とにかく今のは深い意味は全然ないから、勘違いしないように!」
「はい」
「わかればよろしい」
「アニータさんからそんなこと言ってくれるなんて思ってませんでしたよ」
「だから違うんだってばー」
恥ずかしさを誤魔化すために大げさに手をバタつかせる私。
リサちゃんはそんな私を見てクスリと笑ってくれた。
やっぱり、昨日の件があってから私ちょっと変だ。普段は言わないことまで言っちゃったりして。
「リサからも一つ聞いていいですか?」
私が赤くなった顔を冷ましていると、リサちゃんがふと尋ねてきた。
「うん、なに?」
「どうしてアニータさんが魔導師を目指したのか、教えてもらえませんか? なんだかすっごく気になって……」
「ああ、それね」
私はリサちゃんに自分がなぜ魔法学校に入学したのかを話した。といっても別に面白い話ではない。むしろ辛い思い出の方が多い。それでも、私は彼女に自分のことを全て知って欲しかった。それが少しでも彼女の心の傷を癒すことに繋がるのなら……。
「私には魔法しかなかったのよ。体が強いわけでもなければ頭がいいわけでもないし、かといって水商売は嫌だし、家は貧乏だし……ほぼ必然的ね」
「そっかぁ」
リサちゃんは少し悲しげな目で私の話を聞いていた。
私も子供の頃は同じようなことを考えて悩んだりしたものだった。
「だけど、魔法学校に行けば自分を変えられるかもしれないって、そう思ったの。私にとって唯一の武器は魔法だけだったから。もちろん、周りは貴族ばかりだったから色んなこと言われたけれど、全員実力で黙らせてやったわ」
「すごい」
「……ありがと。でも、私なんかまだまだ。結局は古臭い王宮魔導師に馴染めなくて、辞めちゃったんだから」
自嘲気味に笑うと、彼女は首を横に振った。
「それは違います。アニータさんはとても立派です」
「そんなことないわ」
「アニータさんは自分のことがよく分かってないだけで、とても素敵な人ですよ」
リサちゃんは真剣な眼差しで私を見つめるとそう言った。
そしてしばらく無言のまま見つめ合った後、急に我に返ったみたいに目を伏せた。
「あ、ごめんなさい」
「い、いや、私もごめんなさい」
どうしよう気まずい。お互い昨日のことを引きずっているせいか会話も続かない。
なんとか話題を変えたい。でも一体何を話せば……。
そうやって悩んでいるとリサちゃんがポツリと言った。
「アニータさんはリサのこと、どう思っているんですか? ……その、アニータさんがどう感じているのかを知りたいんです」
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