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第2章 姉妹契約

Act.18 衝突(アンナ)

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 ❀.*・゜


 翌日、休み時間の間に真莉と話をつけたという瑞希からの連絡があり、放課後に早速神田班と大黒班の顔合わせが行われた。アンナとかなでの二人も気が進まないながら渋々参加したのだが、待ち合わせ場所のカフェテリアに到着したアンナに、青髪のパッツンロングの少女が飛びついてきた。いつぞやアンナに姉妹契約を申し込んできた宮園莉々亜だ。

「お姉様ー! お会いしたかったです!」
「なんであなたがここに……」
「それは、私が真莉さんの班の一員だからです! これからよろしくお願いしますねお姉様!」
「……わたくしは帰りますわ」

 莉々亜を振り払って寮に戻ろうとしたアンナの腕を、瑞希が掴んで引き止めた。

「まあまあ落ち着いて……」
「わたくし、姉妹は募集していないと何度も説明しましたでしょう? もういい加減疲れましたわよ」
「莉々亜ちゃんはもうアンナを諦めてるよ。……ねぇ莉々亜ちゃん?」

 瑞希が尋ねると、莉々亜は首を横に振った。

「いいえ、私はまだお姉様をお姉様とすることを諦めてはいません! 是非とも私と姉妹を組んでくださいお願いしますっ!」
「お断りしますわ!」
「あーもう、なんで話をややこしくするかなぁ……」


 瑞希の必死の説得により、ひとまず落ち着いた二人はいくつかのテーブルをくっつけた席の左右にそれぞれ3年生と1年生の五人ずつに分かれて座る。アンナは席につくと反対側に座っている1年生の五人をそれぞれ眺めた。
 一際大柄でプラチナブロンドの長髪の少女が恐らく班長の大黒真莉だろう。その隣には興奮冷めやらぬ様子の莉々亜。真ん中にはその隣には赤髪ロングツインテールの小柄な少女がニコニコと微笑んでいる、さらにその隣には同じく小柄な紫髪ツーサイドアップの少女が少し緊張した様子で座っていた。──そして

「……あなたは」

 端に座ってつまらなそうな顔をしていたのは、この前アンナが破壊されてしまった集落で出会ったウルフカットの少女だった。
 アンナの視線を感じたその子は、すぐに目を逸らしてしまう。まるで、あまり関わりたくないといった様子だった。

(……わたくし、なにかこの子に嫌われるようなことをしましたかしら……?)


 アンナが不思議に思っていると、瑞希が口を開いた。

「えっと、じゃあまず自己紹介でもしようかな。わたし、3年医療科の神田瑞希です。よろしくね」
「同じく3年医療科の陳玲果だよ。よっろしく~」
「3年工廠科の玉城みやこ。よろしくなのです」
「かなは3年強襲科Aクラスの朝木かなで。よろしくっ」
「3年強襲科Aクラスのアンナ=カトリーン・フェルトマイアーですわ。よろしくお願いします」

 瑞希に続いて神田班の面々が挨拶をすると、アンナが挨拶をした時に莉々亜が「お姉様ぁ~!」と声を上げてアンナと真莉から睨まれた。そして、今度は真莉がぺこりと頭を下げてから自己紹介を始める。

「1年生の大黒真莉ですわ」
「同じく、宮園莉々亜です! よろしくお願いしますっ!」

 莉々亜が元気いっぱいに挨拶をする。

「炎火煉です。よろしくお願いしますねお姉様方」
「さかまきはさかまきです。下の名前は紫陽花です。よろよろです」
「……井川佐紀だ」

 他の3人も順番に挨拶をした。赤髪の子は火煉、紫髪の子は紫陽花、ウルフカットの子は佐紀というらしい。すると、玲香が身を乗り出した。

「佐紀ちゃんとはこの前廊下でお話したよね? ……どう? 気が変わってあたしと組んでくれる気になったりしてない?」
「いや……」
「そっかぁ残念」

 玲香は佐紀のこの答えは想定済みだったようで、言葉とは裏腹に落ち込む様子はなかった。アンナは玲果の方を一瞥いちべつしながら苦言を呈した。

「この場では姉妹契約の話はナシにしませんこと? 趣旨からズレてますわ」
「そうだね。わたしたちは新人戦の指導役だもの」

 瑞希も同意して1年生の5人を見回した。誰が『問題児』なのか推測しているのかもしれない。


「とりあえず何をするにしても君たちの実力を確かめないといけないかな。この後グラウンドで軽く模擬戦でもしよっか」
「おぉ、やったぁ! お姉様方にわたしたちの魔法を見てもらえるんですね!」
「嬉しいです!」

 火煉と莉々亜が顔を見合せて笑いあったが、佐紀は気乗りしない様子だった。

「悪いがオレはパス。そもそもお前らに教えてもらわなくても、自分で訓練できる」
「ちょっと佐紀さん? せっかく指導してくれると仰っているお姉様方に対してその言い方はないんじゃありませんの?」
「オレはイマイチその『お姉様方』の強さってのを信用してねぇんだよ」
「神田班は3年生の中でも1、2位を争う優秀な班だと聞いておりますわ」
「そうです! これ以上失礼なことを言ったら許しませんよ!」

 不満げな佐紀を真莉がたしなめ、莉々亜が腰を浮かせて抗議する。正直、3年生の5人としても佐紀の言い方は愉快なものではなかった。

「へぇ、3年生の中でも1、2位を争うねぇ……」

 佐紀はフッと嘲笑しながらアンナに挑発的な視線を送る。その瞬間、アンナの堪忍袋の緒が切れた。彼女は立ち上がって目の前の佐紀に掴みかかった。それを隣にいたかなでが腰にしがみつくようにして慌てて止める。

「あなた、黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるじゃあありませんの! 寛大なわたくしもさすがにカチンときましてよ!」
「やんのか? ──お前、昨日校舎裏で1年生にボコボコにされてただろ?」
「……見てましたのね?」

 佐紀の言葉にアンナの表情が変わる。そればかりか、その場の誰もがそれぞれの反応を見せた。そしてその多くが驚きだった。

「待ってアンナ。そんなことがあったのになんで話してくれなかったの?」
「そうだよ。あたし、全然知らなかった……知ってたら力になれたかもなのに」
「わたしは知ってたけど、アンナの頼みで秘密にしてたんだ。かなでもみやこも、アンナの気持ちを分かってあげてよ」
「瑞希は知ってたんだ?」
「ま、まあね……」
「そっかぁ」

 心配そうなかなでとみやこ、そして瑞希の間に気まずい空気が流れるが、佐紀はお構いなくアンナを糾弾きゅうだんした。


「どうしてあの時やり返さなかった? 相手は5人とはいえ1年生、エリートの3年生なら相手にならないだろ? ──それともビビって身体が動かなかったか?」
「……あなたは理解できないでしょうから説明はしませんが、深い理由があるんですのよ」
「あぁ? なんだって? 理由があるなら言ってみろよ。あんなクソみたいな因縁つけられて、黙って土下座して好き勝手いたぶられたい『理由』ってのがあんのならな!」
「わたくしだってドMではありませんので好きでああいう仕打ちを受けていたわけではありません。でも、あの時はああするしかなかったのですわ」
「だからその理由を言えって言ってんだよ。オレはそうは思わねぇ」

 アンナと佐紀は一触即発になってしまった。すると今度は横から莉々亜が口を挟む。

「佐紀さん、もしかしてあなた、アンナお姉様が1年生のクズどもに虐められているのを黙って見ていたんですか?」
「あぁ、こいつがどうやってクズどもをボコボコにするか見てみたかった。ちっとは興味あったからな。でも、実際にボコボコにされたのはこいつだった。正直残念、期待はずれだったぜ。……だからもうどうでもいいんだ」

 佐紀が肩をすくめると、莉々亜は席を立って佐紀に詰め寄った。

「あなたのやっていることはいじめっ子と大差ないですよ!」
「かもな。だからどうした? 力があるのにそれを使わずにいいようにされるのはオレには我慢ならねぇ。そんなヘタレを助ける義理もねぇ」
「佐紀さん、やっぱりあなたとは仲良くなれそうにありませんね。今ここであなたを叩きのめして私とアンナお姉様に土下座させることにします」
「オレはそもそも誰とも仲良くするつもりはねぇよ。──上等だぜ。返り討ちにしててめえら2人まとめて土下座させてやる。かかってこいよモヤシ!」
「あの、わたくしを巻き込まないでくださる?」
「だって、これはアンナお姉様の問題なんですよ!?」
「余計なことしないでくださいまし、これはわたくしと佐紀さんの問題ですから、あなたが首を突っ込む必要はありませんわ。端的に言うと『失せろ』と言っております」
「なんでっ……!」


「あのぅ……みんな仲良くしましょ? ね?」

 火煉が控えめな声でそう呟くが、もちろんヒートアップした当事者たちの耳には入っていない。アンナと佐紀と莉々亜は三つ巴の争いを展開しており、これでは、いつ誰かがカフェテリアで魔法をぶっぱなすか分かったものではなかった。
 だが、先程から仲裁が上手くいっていない瑞希は両手を上げて降参ポーズをとっており、みやことかなではポカンとしながら喧嘩の行く末を見守っている。玲果に至っては何故か少し楽しそうだった。

 頼みの綱の真莉がため息をつきながら仲裁に入ろうとした時、その場にいた誰もが身の毛もよだつような強力な魔力を感じて動きを止めた。

「うるさい……!」

 見ると、紫陽花と名乗った紫髪の少女の背中から太くどす黒い触手のようなものが伸びて、アンナと佐紀と莉々亜の3人の身体を拘束していた。

「なんなんですのこれは!?」
「クソッ! 離せボケナス!」
「魔法が使えない! どうして……っ!」

「うるさいなぁ!」

 身動きの取れなくなった3人に対して、紫陽花は繰り返した。

「うるさいよ、うるさい。黙れ」

 突然のことに、アンナ以外の3年生は呆然としていた。まさか、1年生が3年生のエース格であるアンナを含めて3人の魔導士を一瞬にして無力化するとは思っていなかったのだ。

「このっ……!」

 アンナの身体からバチバチと青白い火花が散る。しかし、紫陽花の触手はそれを容易く抑えこんだ。「あんまり無理して魔法を使うと身体壊しますよ先輩」と淡々と告げた紫陽花は、誰にともなく話す。

「やろうよ模擬戦。気に入らないことがあるならそれで決めればいいじゃない」
「そ、そうですわ。強い者の意見に従うというのがわたくしたちの班のルールでしたわね。……お姉様方もそれでよろしいでしょうか?」

 すぐさま真莉が同意し、瑞希に意見を求めると瑞希は頷いた。

「まあこのままじゃあ収まりがつきそうにないしね……模擬戦で決着つけて恨みっこなしにしようか」

「では、アンナ様と佐紀さんが模擬戦をして、負けた方が勝った方に謝る。アンナ様が勝ったらわたくしたちの班の指導は神田班のお姉様方にお願いしますが、佐紀さんが勝てばそれはナシになるということでよろしいですか?」
「わ、私は……」
「莉々亜さん、あなたは少し自重なさい。いつもの冷静沈着なあなたらしくもなく興奮して……はしたないですわよ」
「……はい、ごめんなさい」

 1年生らしからぬ落ち着き払った真莉の鶴の一声で、まずはアンナと佐紀の模擬戦が決定したのだった。
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