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第2話 起死回生の秘策
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☆
オージェ伯爵ことランベールには、前の妻との間にできた一人の娘がいた。名前をフレデリカという。ランベールとは似つかないほど美しい銀髪と、端麗な容姿で、きっと母親に似たのだろう。
彼女が、さほど年齢が変わらないセシリアお嬢様の元を初めて訪れたのは、ランベールが所用で城を空けた時だった。
トントントンと扉を叩く音がして、銀髪の少女が顔を覗かせた時、お嬢様はいつものように、男爵家から持ってきたお気に入りの書物を読まれているところだった。
「どちら様でしょうか?」
私がそう尋ねると銀髪の少女──フレデリカ嬢はいたずらっぽい笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「新しいお義母さまに会いに来たの。入ってもいいかしら?」
そう言って、まるで自分の部屋に入るかのような気安さで部屋に入ってきた彼女は、興味深げに部屋の中を見回していた。
突然の来訪者に驚いて何も言えずにいるとセシリアお嬢様の方から口を開いた。
「あなたが、ランベール様のご息女のフレデリカ様ですね? 私はランベール様の妻ということになっていますから……なるほど、それでお義母さまですか」
そう呟いたお嬢様はとても複雑そうな表情をしていた。
「ええ」
「でも、私とフレデリカ様は確か年齢は一つ違いだったはずですが……そんなフレデリカ様に『お義母さま』と呼ばれるのは少し変な感じがしますね」
「では何とお呼びすれば?」
「セシリアで構いませんよ」
そう言って、微笑まれた瞬間、何故か彼女の顔を見たフレデリカ嬢の顔が赤く染まったような気がした。
その後すぐにお嬢様とフレデリカ嬢の間で会話が繰り広げられ、私はお二人にお茶をお出ししてその様子を見守っていた。
フレデリカ嬢はお嬢様の読んでいた書物に興味を持ち、その内容を嬉しそうに説明するお嬢様の話に興味深そうに耳を傾けていた。
「じゃあ、地の果てには湖よりも巨大な『海』というものがあって、その先には新たな大陸があるのね!」
「えぇ、本にはそう書いてあります。それだけでなく、『海』の水は塩辛いのだとか……」
「まぁ! それは是非とも見てみたいわ!」
「私も、いつかこの目で『海』を見てみたいものです」
「その時は是非とも私も連れていってくださらないかしら? いいでしょうセシリア?」
「はい、もちろんです……と言いたいところですが、果たしていつになることやら……」
セシリアお嬢様はオージェ伯爵領に山積する問題の数々を思ってか、顔を曇らせた。
「例えおばあちゃんになったとしても、あたしはセシリアと海を見に行くわ。だって、こんな夢のある話、お父様はしてくれなかったもの」
そう言うと、フレデリカ嬢は無邪気に笑った。私はどうしてあのような乱暴なランベールからフレデリカ嬢のような純粋で無邪気な娘が生まれたのか不思議でならなかった。
「フレデリカ様、あなたのお父上は……」
お嬢様がそう口にすると、フレデリカは目を伏せた。
「お母様が亡くなってから、お父様はおかしくなってしまったわ。娘のあたしに乱暴することも度々あって……きっとお父様は寂しいのよ」
フレデリカ嬢は、そう言葉を漏らすと泣きそうな顔をした。
「ごめんなさい、暗い話をしてしまったわね」
フレデリカ嬢は慌てて涙を拭うと明るく振る舞ったが、その様子は無理をしているように見えた。
「いえ……」
「でもね。セシリアが来てからお父様が乱暴する相手はセシリアになってしまった。あたしの受けていた仕打ちを代わりにセシリアに受けさせることになってしまって……あたし、責任を感じてるの」
フレデリカ嬢はそう言って肩を落とした。確かにお嬢様がランベールから受ける暴力は酷かった。それと同じものがフレデリカ嬢にも振るわれていたのだとしたら、彼女が受けていた苦痛も計り知れないだろう。
しかし、お嬢様はそんなフレデリカ嬢の頬に手を当てると、落ち着かせるような優しい声色で声をかけた。
「気に病まないでください。ランベール様を慰めるのが私の務め。あの方が寂しい思いをしておられるのなら、私が寄り添って差し上げなければ」
「でも、このままではセシリアが大怪我をしてしまうわ! 身体だって不自由で逃げることもできないのに!」
「大丈夫、大丈夫です。私の予想では、ランベール様のあのような仕打ちはそう長くは続かないでしょう」
「どういう意味?」
首を傾げるフレデリカ嬢にお嬢様は優しく笑いかけるとこう言った。
「フレデリカ様も『その時』が来ればお分かりになるはずです。今は……そうですね『女の勘』とだけ申し上げておきましょうか」
そう言ってくすくすと愉快そうに笑った。フレデリカ嬢と同じくお嬢様の言葉の意味を理解していない私は、ただ困惑するばかりだった。
☆
程なくして、セシリアお嬢様が恐れていた事態が現実のものとなってしまった。
重税に耐えかねた領民たちが至るところでオージェ伯爵家に反旗を翻したのだ。
ランベールは兵士を率いて領地を飛び回り反乱の鎮圧にあたったが、それがかえって領民たちの反感を買い、ついには伯爵家の臣下の中にもランベールを見限る者が出始める始末だった。
「クソッ! 一体どうすればよいのだ!」
城の執務室で頭を抱えるランベールにセシリアお嬢様は何か言いたげな視線を送る。しかし、「口を出すな」という言いつけを守って無言を貫いていた。その様子が気に入らないのか、ランベールはますます顔を赤くして怒声を上げた。
「役立ずが! 貴様のせいだぞ! セシリア! お前が不甲斐ないばかりに領民どもが反乱を起こしたではないか!」
そう言ってお嬢様の胸倉を掴み上げると、力任せに投げ飛ばした。床に倒れ込んだお嬢様にランベールは追い打ちをかけるように何度も蹴りを入れる。
私はその様子をただ呆然と眺めることしかできなかった。お嬢様になんの責任もない。お嬢様の提案を聞き入れなかったばかりに反乱を起こされたのは他でもないランベールのせいではないのだろうか?
お嬢様は苦しそうにうずくまっている。そんな様子も目に入らず、ランベールは尚も蹴るのを止めようとしない。私はいても立ってもいられなくなって、二人の間に割って入った。
「ランベール様、もうお止めください!」
「なんだ? メイド風情が邪魔立てするでないわ!」
「セシリアお嬢様はなにも悪いことはしていません! それなのに、何故このような仕打ちを……」
「こいつはワシの妻でありながら、伯爵であるこのワシに楯突いたのだ! これは当然の報いだ!」
「ですが……」
私がなんとか言葉を絞り出そうとしている間に、お嬢様はゆっくりと身体を起こした。そして、動かない足に代わって腕の力だけでランベールの元に這っていくと、彼を見上げながら口を開く。
「……お困りなのは重々承知しております。もし、私の知恵が必要なのであれば、喜んでお貸ししましょう」
「今更何を申すか」
苦虫を噛み潰したような表情になったランベールだったが、彼ももはやセシリアお嬢様の知恵にすがるしかないというのは薄々感じているようだった。
その様子を見てお嬢様は優しく微笑む。
「なにも心配はいりません。ランベール様の評判を下げることなく反乱を鎮める方法があります。──それに上手くいけばランベール様は英雄として評価されるでしょう」
オージェ伯爵ことランベールには、前の妻との間にできた一人の娘がいた。名前をフレデリカという。ランベールとは似つかないほど美しい銀髪と、端麗な容姿で、きっと母親に似たのだろう。
彼女が、さほど年齢が変わらないセシリアお嬢様の元を初めて訪れたのは、ランベールが所用で城を空けた時だった。
トントントンと扉を叩く音がして、銀髪の少女が顔を覗かせた時、お嬢様はいつものように、男爵家から持ってきたお気に入りの書物を読まれているところだった。
「どちら様でしょうか?」
私がそう尋ねると銀髪の少女──フレデリカ嬢はいたずらっぽい笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「新しいお義母さまに会いに来たの。入ってもいいかしら?」
そう言って、まるで自分の部屋に入るかのような気安さで部屋に入ってきた彼女は、興味深げに部屋の中を見回していた。
突然の来訪者に驚いて何も言えずにいるとセシリアお嬢様の方から口を開いた。
「あなたが、ランベール様のご息女のフレデリカ様ですね? 私はランベール様の妻ということになっていますから……なるほど、それでお義母さまですか」
そう呟いたお嬢様はとても複雑そうな表情をしていた。
「ええ」
「でも、私とフレデリカ様は確か年齢は一つ違いだったはずですが……そんなフレデリカ様に『お義母さま』と呼ばれるのは少し変な感じがしますね」
「では何とお呼びすれば?」
「セシリアで構いませんよ」
そう言って、微笑まれた瞬間、何故か彼女の顔を見たフレデリカ嬢の顔が赤く染まったような気がした。
その後すぐにお嬢様とフレデリカ嬢の間で会話が繰り広げられ、私はお二人にお茶をお出ししてその様子を見守っていた。
フレデリカ嬢はお嬢様の読んでいた書物に興味を持ち、その内容を嬉しそうに説明するお嬢様の話に興味深そうに耳を傾けていた。
「じゃあ、地の果てには湖よりも巨大な『海』というものがあって、その先には新たな大陸があるのね!」
「えぇ、本にはそう書いてあります。それだけでなく、『海』の水は塩辛いのだとか……」
「まぁ! それは是非とも見てみたいわ!」
「私も、いつかこの目で『海』を見てみたいものです」
「その時は是非とも私も連れていってくださらないかしら? いいでしょうセシリア?」
「はい、もちろんです……と言いたいところですが、果たしていつになることやら……」
セシリアお嬢様はオージェ伯爵領に山積する問題の数々を思ってか、顔を曇らせた。
「例えおばあちゃんになったとしても、あたしはセシリアと海を見に行くわ。だって、こんな夢のある話、お父様はしてくれなかったもの」
そう言うと、フレデリカ嬢は無邪気に笑った。私はどうしてあのような乱暴なランベールからフレデリカ嬢のような純粋で無邪気な娘が生まれたのか不思議でならなかった。
「フレデリカ様、あなたのお父上は……」
お嬢様がそう口にすると、フレデリカは目を伏せた。
「お母様が亡くなってから、お父様はおかしくなってしまったわ。娘のあたしに乱暴することも度々あって……きっとお父様は寂しいのよ」
フレデリカ嬢は、そう言葉を漏らすと泣きそうな顔をした。
「ごめんなさい、暗い話をしてしまったわね」
フレデリカ嬢は慌てて涙を拭うと明るく振る舞ったが、その様子は無理をしているように見えた。
「いえ……」
「でもね。セシリアが来てからお父様が乱暴する相手はセシリアになってしまった。あたしの受けていた仕打ちを代わりにセシリアに受けさせることになってしまって……あたし、責任を感じてるの」
フレデリカ嬢はそう言って肩を落とした。確かにお嬢様がランベールから受ける暴力は酷かった。それと同じものがフレデリカ嬢にも振るわれていたのだとしたら、彼女が受けていた苦痛も計り知れないだろう。
しかし、お嬢様はそんなフレデリカ嬢の頬に手を当てると、落ち着かせるような優しい声色で声をかけた。
「気に病まないでください。ランベール様を慰めるのが私の務め。あの方が寂しい思いをしておられるのなら、私が寄り添って差し上げなければ」
「でも、このままではセシリアが大怪我をしてしまうわ! 身体だって不自由で逃げることもできないのに!」
「大丈夫、大丈夫です。私の予想では、ランベール様のあのような仕打ちはそう長くは続かないでしょう」
「どういう意味?」
首を傾げるフレデリカ嬢にお嬢様は優しく笑いかけるとこう言った。
「フレデリカ様も『その時』が来ればお分かりになるはずです。今は……そうですね『女の勘』とだけ申し上げておきましょうか」
そう言ってくすくすと愉快そうに笑った。フレデリカ嬢と同じくお嬢様の言葉の意味を理解していない私は、ただ困惑するばかりだった。
☆
程なくして、セシリアお嬢様が恐れていた事態が現実のものとなってしまった。
重税に耐えかねた領民たちが至るところでオージェ伯爵家に反旗を翻したのだ。
ランベールは兵士を率いて領地を飛び回り反乱の鎮圧にあたったが、それがかえって領民たちの反感を買い、ついには伯爵家の臣下の中にもランベールを見限る者が出始める始末だった。
「クソッ! 一体どうすればよいのだ!」
城の執務室で頭を抱えるランベールにセシリアお嬢様は何か言いたげな視線を送る。しかし、「口を出すな」という言いつけを守って無言を貫いていた。その様子が気に入らないのか、ランベールはますます顔を赤くして怒声を上げた。
「役立ずが! 貴様のせいだぞ! セシリア! お前が不甲斐ないばかりに領民どもが反乱を起こしたではないか!」
そう言ってお嬢様の胸倉を掴み上げると、力任せに投げ飛ばした。床に倒れ込んだお嬢様にランベールは追い打ちをかけるように何度も蹴りを入れる。
私はその様子をただ呆然と眺めることしかできなかった。お嬢様になんの責任もない。お嬢様の提案を聞き入れなかったばかりに反乱を起こされたのは他でもないランベールのせいではないのだろうか?
お嬢様は苦しそうにうずくまっている。そんな様子も目に入らず、ランベールは尚も蹴るのを止めようとしない。私はいても立ってもいられなくなって、二人の間に割って入った。
「ランベール様、もうお止めください!」
「なんだ? メイド風情が邪魔立てするでないわ!」
「セシリアお嬢様はなにも悪いことはしていません! それなのに、何故このような仕打ちを……」
「こいつはワシの妻でありながら、伯爵であるこのワシに楯突いたのだ! これは当然の報いだ!」
「ですが……」
私がなんとか言葉を絞り出そうとしている間に、お嬢様はゆっくりと身体を起こした。そして、動かない足に代わって腕の力だけでランベールの元に這っていくと、彼を見上げながら口を開く。
「……お困りなのは重々承知しております。もし、私の知恵が必要なのであれば、喜んでお貸ししましょう」
「今更何を申すか」
苦虫を噛み潰したような表情になったランベールだったが、彼ももはやセシリアお嬢様の知恵にすがるしかないというのは薄々感じているようだった。
その様子を見てお嬢様は優しく微笑む。
「なにも心配はいりません。ランベール様の評判を下げることなく反乱を鎮める方法があります。──それに上手くいけばランベール様は英雄として評価されるでしょう」
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