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第11話 屋上ランチ

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 ☆ ☆


 昼休みになった。
 結は御幣島に作ってもらった弁当を自分の席で広げようとしていると、何やら教室が騒がしくなる。
 ふと入口に目をやると、そこには当然のように乃慧流がいた。彼女の溢れんばかりの美貌が純粋な中学1年生をザワつかせているのだ。そして、その乃慧流が真っ直ぐに結の元へ行くものだから、盛り上がりは最高潮に達した。

「あの先輩、めちゃくちゃ綺麗……」
「天王寺さんのお知り合いなのかしら?」
「もしかして天王寺さんの舎弟なのかしら?」

 そんな風にクラスの皆から注目を浴びて、結が益々顔を赤らめながら弁当箱を鞄に詰め直していると──彼女は自分の席の前に来た乃慧流に思わず声をかけた。その声がどこか刺を含むものになったのは仕方あるまい。

「どういうつもりですのあなた……」
「……? 友達である結さんと一緒にお弁当を食べるだけですわよ?」
「あなたのせいで要らぬ注目を浴びているのですが? 変な噂でも立ったらどうしてくれるつもりですの?」
「まぁ! そしたら責任を取ってわたくしが結さんのお嫁さんになるしかありませんわね!」
「……ちょっと黙ってくださる?」
「はいですわ!」

 短いやりとりを交わした後、結はちらりと周囲を見渡し、自分たちへの注目が薄れていないことを確認すると、鞄を持って黙って席を立った。

「どこへ行かれるんですの結さん?」
「……ついてこないでください。全く、あなたのせいでゆっくり弁当も食べられませんわ」

 それだけ言うと、結は足早に教室を出た。

「屋上にでも行きましょうか。あそこならあまり人はいませんわ」
「だからついてくるなと言ったはずですが……」
「だって寂しくて……」
「シャラップですわ」
「ぴえんですわ」

 そんな会話を交わしながら、しかし星花を知り尽くしていない結には他に適当な場所も思い浮かばず、仕方なく屋上へと続く階段を登る。だが、屋上へと通じる立つけの悪い扉を開けると、意外なことにそこには先客がいた。それも、一人や二人ではない。

 お互いに寄り添い合いながら弁当を食べている2人組が5組ほど……それを見た結は思わず言葉を失い、呟いた。

「……どういうことですの?」
「屋上は星花のカップルの秘密の花園ですからね。ここでお弁当を食べるということは、つまりそういうことですわ」
「ハメましたわね?」
「でも、他にあまり人目につかない場所はありませんわよ?」
「ぐっ……」
「大丈夫! わたくしと一緒に食べれば別に怪しまれることはありませんわよ。ちゃんとカップルに見えますわ! ……実際そうですし」

 乃慧流は最後にボソリと付け加える。

「私とあなたがカップルになることなど、万に一つもありえませんわよ」
「あらあら、やけに頑なに否定するんですのね? それはフラグというやつですわよ」

 乃慧流が揚げ足をとってそう返すと、結はキッとした眼差しを向けた。

「こういう事をされると迷惑なのです」
「……迷惑?」

 そのワードを聞いた乃慧流は、表情を一気に曇らせて結へと尋ねる。

「それは……わたくしとお弁当を一緒に食べるのは迷惑と言うことですの? 結さん……」
「まあ……有り体に言えばそういうことですかしら」

 少しバツが悪そうに答える結に、乃慧流は声を上げた。

「な、なぜ!? わたくしはこんなにも結さんのことを愛しているのに!」
「ですから、それが迷惑なのです。別に小さな子が好きなら私以外にもたくさんいるでしょう……」
「そんな! 私は結さんじゃなきゃダメなんですのよ!? もう結さん無しでは生きられない身体にされちゃってますのに!」
「誤解されるようなことを大声で叫ぶんじゃありませんことよ!」

 頰を膨らませた結がそれに反論すると、それを待っていましたとばかりに乃慧流は手近な場所に腰を下ろしながら自分の弁当箱を開ける。
 そして卵焼きに箸を差しながら、困惑する結の目の前に突き出した。

「はい、あ~ん♡」
「その鋼メンタル、尊敬に値しますわ」
「褒められちゃいましたわ♪」
「ちなみに全く褒めてませんわ」

 ため息をつきつつも、箸先に差し向けられた卵焼きを口にしようか悩む結。そんな彼女を見て取ったのか、乃慧流は懇願するように言う。

「どうぞ食べてくださいまし。たっぷり愛情を込めて作りましたのよ?」
「あなたの愛情だなんて……少し変なものが入っているんじゃありませんの? 料理に劇物を混ぜ込みそうな人ですわよね、あなたって」
「風評被害ですわ」

 乃慧流が心外そうな表情で言うと、結はもう一度ため息をついてから大人しく口を開けた。
 するとすぐに卵焼きが入れられる。結は黙ってそれを咀嚼した。

「はぁぁぁん♡ わたくしが作った卵焼きを結さんが食べている......! なんという幸せ! そしてその仕草、表情、全てが可愛すぎますわ! 世界ロリ遺産に登録すべき! ノーベルロリ賞を100回受賞できますわね!」
「騒がしいですわね……食事の時間に騒ぐものではありませんわ」

 恍惚の表情を浮かべる乃慧流を半目で見つめつつ、結は口元に手を当てながら上品に卵焼きを味わった。

「味付けが甘すぎますわね」
「そこがいいんですよ。“小さな子=甘い”で作るべし、ですわ」

 乃慧流が名言めいた言葉を口にするのを聞きながらも、結は首を振る。

「意味がわかりませんわ」
「おっと、そんなことよりそろそろお返しをする場面ではありませんか結さん?」

 乃慧流がずいっと身を乗り出して言った。それを見た結は一瞬顔を顰めるが、自分のこだわりの卵焼きがなんたるかを教えてやるためだと自分に言い聞かせ──黙って自分の弁当箱を開けると卵焼きの一つを箸で挟み、無言でそれを乃慧流の弁当箱の蓋の上に置いた。

「違いますわよ結さん。……こういう時は“あ~ん”ですわ!」
「は?」
「えっ、その顔……そんな蔑んだようにされると気持ちがいいのでもっとやっていただきたいですわね……」

 一人で恍惚の表情を浮かべる乃慧流をまたもや無視し、結は自分の弁当を黙々と食べ始めた。

「ツレないですわねぇ」

 乃慧流は結が置いた卵焼きを箸で愛おしそうにつまみ上げると、一度味見するようにペロリと舐めてから口の中に放り込む。そして、とても美味しそうに堪能している乃慧流を見つめながら、結は小さく呟く。

「関西では、卵焼きは砂糖ではなく出汁で甘さを出すのがルールですのよ。京都四条伊藤屋の出汁醤油が一番美味しいですので私のは伊藤屋の出汁醤油で作ってもらってますの。それ以外は認めませんわ」
「確かに......旨みとほのかな甘みがあってすごく美味しいですわ! 何よりも結さんの味がしてこれだけでご飯1000杯はいけますわね!」
「その卵焼きは御幣島が作ったものなので、私は一切触れてませんわよ」
「でもさっき箸で摘んで......ってことは間接キス!?」
「例えそうだったとしてもそれがどうかしたのですか?」

 照れ隠しなのか単純に乃慧流との間接キスがイヤだったのか、結はぶっきら棒に言いながら次の卵焼きをヒョイっと摘み上げるとそれを口の中に放り込む。それから箸を置いて小さくため息をつくと、うっとりと結を見つめたまま未だに全く箸を進める様子のない乃慧流を見やった。

「育ちの良さが感じられて、やっぱり結さんが食べるところを眺めると最高ですわね! 動画で撮影して全世界に頒布すべきですわよ」
「……」

 もはや反論をする気力もないようで、結は再び食事に戻る。
 そんな結の態度を見て、乃慧流はふと思いついたように言った。

「結さんは何故友達ができないのか、わたくし分かった気がしますわ」
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