レイラ王女は結婚したい

伊川有子

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一話・幼馴染で騎士

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「婚約破棄したいんだ」

 ・・・・はい?

「ちょ、ちょっと待ってよ。私たち普通にうまくいってたよね」

 私は震える声を絞り出すようにして婚約者に詰め寄る。ブルーブロンドの彼は無表情のまま淡々と言葉を続けた。

「すまない、レイラ」

 唖然として口を開けたまま固まる。夢にまで見たパトリック王子との結婚が―――婚約破棄!?

 花びらが舞い散る街道でたくさんの国民に祝福される私の幸せな姿がガラガラと音を立てて崩れ去った。薬指に光る婚約指輪がなんとも言えぬ哀愁を漂わせる。

「なんで?延期じゃなくて破棄?」
「マリア姫との縁談が急きょ決まったんだ」
「えええええ・・・・」

 なんかもう脱力して情けない声しか出てこない。マリア姫ってあんた、そりゃあパトリックにとっては格上の政治的には美味しいお話だけども。それを今決めちゃう?私と婚約してたこのタイミングで決めちゃったの?

 パトリックは深々と頭を下げて続ける。

「レイラには申し訳ないことをしていると重々承知している。だが我が国にとってグレスデン王国との縁談は願ってもない話。断ることはできなかった」
「断れないって、私にプロポーズしてくれた時に誓ってくれた“永遠の愛”とやらはどこ行ったのよ」
「レイラのことはもちろん今でも愛している。その気持ちは今も変わりない」

 つまり、愛してるけど結婚は条件がいいマリア姫としますよーってことでしょ。なにそれ、私の立場が超惨めなんですけど。イケメンな上に真面目で身分のいい男捕まえてラッキー!だなんて喜び勇んでいたさっきまでの私の幸せを返して欲しい。

「あっそう」

 だんだん腹が立ってきた。語気強く言っても彼の気持ちは揺らがないらしい、パトリックは特に顔色を変えることもなく普段通りだ。そんな余裕そうな態度が余計癪に障る。

「マリア姫との縁談を進めるにあたって婚約は破棄とするが、レイラさえよければ後宮に部屋を用意する。もちろんマリア姫との婚姻が落ち着いてからになるが」

 愛人になれと!?冗談じゃない。

「結構です。間に合ってます。永遠にさよなら」

 あれほど深く愛を誓い合ったのに、パトリックに対する愛情はあっさりと氷点下へ達した。もういい、こんな男こっちから願い下げだ。

 バアアアン!!と扉を勢いよく閉めると、パトリックの部屋から、そして城から、そして国から私は去った。











「うおおおおおおぉ!なんでよおお″!!」

 ダァン!と乱暴にテーブルへ叩きつけたグラスの中に入っている酒は激しく波を打った。勢い余って少しだけ零れてしまう。

「なんでえええ!なんで私だけ上手くいかないのよー!」

 憤る気持ちを余すことなく叫んだ。いいの、ここは私の部屋なんだから騒ごうが暴れようが私の自由よ。

「はいはい、まずは拭こうな」
「ねえゼン!今回は何が悪かったの!?私なにかしくじった!?」

 私の専属騎士であり幼馴染でもあるゼンに縋り付いて尋ねた。赤毛の彼は苦笑しながら答える。

「あー、そうだな。まあ運が悪かったんじゃないか?あのタイミングでグレスデンとの縁談が来るとはなあ」
「運とか!もう私にはどうしようもない・・・」

 ガックリと脱力して酒を一気に煽った。恨むべきはパトリックか、グレスデンか、それとも神様か。

「ハア、パトリックはクソ真面目だったもんなあ。顔も身分も人柄もいい感じだったんだけど。なんだかんだ惜しい事した気分」
「じゃあ言えば良かっただろ、自分が“ドローシアの王女”だって」

 そしたらパトリックは確実にレイラを選んだだろうに、だなんてゼンは言う。確かに私の身分を明かせば彼はマリア姫との縁談をあっさり蹴るだろう。なんと言ってもグレスデンよりも我がドローシアの方が比べ物にならないほど大国なのだ。パトリックのみならず国中が万歳して私を嫁に迎えたいと願うのはわかっている。

「わかってるけど、ムカついたんだもん」

 愛は一度冷めると元には戻せない。パトリックに政略的な結婚をチラつかせて心変わりさせたところで、彼が一度私ではなくマリア姫を選んだという事実は一生忘れられない。そんな深い悔恨を抱えたままパトリックの元へ嫁ぐ気もなかったし、もう以前のように彼にときめくことができるとも思えない。

「でも結婚はしたかったあああああ!」

 うわあぁん、とゼンに泣きつく私はかなり酔っぱらっている。非常に面倒な絡み酒タイプだ。けれども大丈夫。彼は酔った私の扱いは慣れている。

「残念だったな。三度目の婚約破棄」
「うわああああ!」

 ―――そう、慣れている。

 両手で顔を覆って天を仰いだ。やめて、掘り起こさないで私の黒歴史。

「ここまで来るともう呪われてるとしか・・・」
「やめて!私は結婚したいの!」
「じゃあドローシアの王女として見合いすればいいだろ」
「それは嫌。王女じゃなくても私がいいって言ってくれる人と恋愛結婚したいの」
「そりゃまた理想の高い」
「仕方ないでしょ。私の周りはみーんな幸せな結婚してるんだもの」

 両親である国王夫婦はいつも処構わずベタベタいちゃいちゃしているし、長男の兄夫婦も二人で仲良く世界中を旅行しまくっている。大して美人でない姉様ですら好きな人の元へ嫁いで大事に大事にされているし、凡庸な双子の弟までもが他国の姫に一目惚れしてあっさりと婿養子に行ってしまった。

 そう、私以外の家族は皆幸せな結婚生活を満喫しているのだ。

「ハア、身分も才能も顔も完璧なのになんで私だけ結婚できないの?」
「性格だろ」

 オブラートは!?

「ゼン酷い!慰めてよお!」

 おいおい泣きながら胸倉を掴むと、よしよしと頭を撫でられる。

「次はもっといい人が見つかるといいな」
「・・・うん。ぐすん。もういっそのことゼンみたいに同性に走りたいかも」

 可愛い女の子に癒されたい。癒し系の子が毎日慰めてくれるなら私が養ってあげちゃう。

 さすがにそれは、とゼンは青い顔になって眉間に皺を寄せた。

「レイラにそんな趣味が・・・」
「ないけども。なんでもいいから癒されたい」
「どんだけ飢えてんだ」
「だってえ」

 ゼンだって人のこと言えないくせに。城の皆は噂話が大好きだからゼンがどこで誰と会っていたか私も大体把握している。今は確か部下の男と付き合ってるとかなんとか。

 どいつもこいつも私の周りでいちゃいちゃしやがって。

「はあ、皆幸せそうで羨ましい。私だって愛されたい・・・」
「お前なら心から愛してくれる男なんていくらでも見つかるだろ。ただレイラの見る目がないだけで」
「それ言っちゃう?」

 ぐいーっと一気飲みすると空になったグラスにお酒を注ぐ。度数の低めなものを選んだからいくら飲んでも酔い足りない。本当は世界がグルングルンに回るほど酔いたいのになあ。

「見る目かあ。そんなもんどこで養えばいいの」
「さあな」

 ゼンは真面目に考える素振りもなく適当にはぐらかした。

「他人事だと思って!もうちょっと真剣に考えてよ!」
「え~、そうだなあ。レイラに見る目は期待できそうにないから陛下に紹介してもらうのが一番手っ取り早いな。地位、身分、人柄、全てにおいて完璧な人を陛下なら見繕ってくださるに間違いない。俺、ガチでオススメ」
「だからさっき言ったでしょ!お見合いは嫌なのー!」

 身分で男釣るなんて絶対嫌だ。いくら結婚したくてもそれだけは私のプライドが許さない最後の一線。

 ゼンは呆れたようなため息を吐いた。

「そんなん拘るから変なの選んでしまうんだろ?」

 ぐうの音も出ない。

「でもでも、両親も兄弟たちも皆幸せな結婚してるんだもの」
「そりゃ幸せなこった」
「その所為で理想が高くなっちゃって・・・」
「不幸なこった」

 何度考え直してもお見合いだけは絶対に嫌。皆は恋愛結婚で私だけお見合い婚だなんてプライドがズタボロになること間違いなし。それに私の身分目当てで結婚を申し込む男なんて端から断りだ。だから今まで自分の力で恋をして、自分の力で婚約まで漕ぎつけてきた。・・・3回も失敗したけれど。

 あーあ、今回こそは上手くいくと思ったんだけどなあ。パトリック・・・惜しかったなあ。

「結婚したいーーー!!」

 全力で叫んで天を仰ぐと、また始まったと言わんばかりに「はいはい」とゼンが適当な返事を寄越した。











 微睡む中で私は意識が夢と現実を行ったり来たりしていた。起きているのかもしれないし眠っているのかもしれないけれど目を開けて確かめる労力は残っていなかった。瞼が鉛になったかのように重く感じ、早々に諦めて心地の良い眠気に浸る。

 原因は言うまでもなく飲みすぎだ。まあいい、吐き出したいことは吐き出してスッキリしたし。

 さあ寝よう。このまま寝よう。と意識が深い底へゆっくりと沈んでいくのを感じ始めた頃、何の前触れもなく身体がふわりと宙に浮いた。ゆっくりと下ろされた場所は慣れ親しんだ私の寝具。ゆったり背中を包み込む感触が心地いい。

 今夜はいい夢が見られそうだ。

 そんな呑気なことを考えながら意識が再び沈んでいくのに身を任せた時。―――唇に当たった暖かく柔らかな感触にガバリと飛び起きた。

「―――!?―――っ!?」

 え?何?何が起こった!?

 ベットの傍にはゼンが驚いた様子で立っているのみ。彼は目を丸くして突然起き上がった私を凝視していた。

「今キスした!?」
「はあ?」

 呆れたような声を出すゼン。

「なんだよ、変な夢でも見たか?」
「夢・・・?いやいや、起きてたもの!」

 たぶん夢じゃない、はっきりと感触があった。・・・と思う。
 でももしそれが本当ならば犯人はゼンということになるけれどそれは考え辛い。だってゼンが好きなのは男の人だし、付き合ってる人も男の人なんだから。

 なんだかよくわからなくなってきた。

「アホか。もういいからさっさと寝ろ」
「あ、はい。おやすみ」

 私はしぶしぶ布団に入り直して部屋から去って行くゼンを見送った。

 しんと静まり返る部屋に私はさっきの出来事を反芻する。本当に夢だったの?いやいや、そんな馬鹿な。でも犯人がゼンだなんてあり得るのか。夢であって欲しいけれど考えても考えてもやっぱり夢だとは思えない。

 だとしたらゼンが私に・・・?



 ―――んな馬鹿な!



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