レイラ王女は結婚したい

伊川有子

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六話・レイラの脅迫

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 あなたがいなければ、もう幸せな夢は見れない。


 微睡みながら目を開けると部屋は暗闇に包まれていて、私は静かに起き上がり窓の外を見た。今何時だろう。陽が昇る気配はまだない。

 そういえば頼まれていた水門関連の書類がまだ出来てなかった。急かされていたし早く片付けないと。どうせ目が覚めてしまったから今からでもやってしまおう。

 自身から布団を引き剥がしベッドから降りて、適当な上着を羽織ると部屋から出る。

「ゼ・・・」

 ゼンの部屋の前まで来て声をかけようとして口を閉ざした。

 そうだ、ゼンはもういないんだった。

 ユラユラと松明の明りのみの薄暗い廊下で私は立ち尽くした。
 完全に騎士としての勤務時間外にも関わらず、休日だろうが夜中だろうがいつでもゼンは呼んだら来てくれた。ゼンだって普通に休みたかっただろうに、眠りたかっただろうに。私の我儘や気まぐれでどれだけゼンを振り回し負担をかけ続けていたことか。

 ゼンはもういない。今から仕事をするというのに今夜の私は一人だ。それは自分でも驚くことに生まれて初めての経験だった。

 私はなんて幼稚だったんだろう。どうしてもっとゼンを大切にできなかったんだろう。そんな当たり前のことに何故ずっと気づけなかったの。

 ゼンに愛想を尽かされるのも当然だ。私はあまりにも自分勝手だった。ゼンが笑顔の下で何を考えているのか知ろうともしないで、文句を言わない彼に甘えてばかりいたんだから。
 あれだけ酷い扱いをしておいてそれでも私の側にいたのは、やっぱり私を好きだったからなのだろう。

 夜間警備の兵を連れていく訳にもいかず、後ろに誰もついて来ない寂しさと不安を抱えながら一人で執務室へと向かった。

 執務室に入って明りを灯しても人の気配はない。

 テーブルの上に崩れそうなくらい山積みになった書類を見て驚いた。私はどれくらい仕事を休んでたんだっけ。そういえば帰ってきた時のこと覚えてない。

 胃の不快感と鳴った音に、最後に食べたのはいつだったか思い出そうとしたけどやっぱり思い出せなかった。

「・・・・」

 無言で下腹部を見た後、まあいいか、と思い直す。食事は朝食まで待てばいい。それよりこの山積みの書類を片付ける方が先だ。これ以上先送りすると後が辛くなるのは目に見えている。

 椅子に座り自然にゼンの名前を呼ぼうとしてまた焦った。そう、いつもゼンにペンとインクを出してもらうから。

 立ち上がりペンとインクを棚から取り出してテーブルに置くと、改めて椅子に座り直す。

「ゼ・・・ああああああ″!」

 私はもう本当にどうしようもない奴だ。ゼンお茶!と言いそうになった口に、私は恥ずかしさと悔しさから思いきりテーブルに頭突きした。・・・・痛い。そして頭突きの衝撃で何枚か書類が床に落ちてしまった。くそ。

 ゼン、まだあの家に住んでいるんだろうか。顔も見たくないって言われてしまった。幻滅とまで言われたらもう自分から会いになんて行けないわ。
 けれど頭の中はずっとゼンの記憶と気配を探していて、彼が居なくなった事実を受け入れられない。

「・・・好きになっちゃった」

 これはもう一生に一度しかない恋。ゼンの代わりなんて二度と現れない。

 ごめんね、とゼンを想いながら呟く。想ってくれていた貴方をいいように使ってきたのに、愛想を尽かされた途端に好きだから帰ってきてほしいだなんて自分勝手が過ぎる。

 それでも私は願わずにはいられないの。例え私の夢が一生叶わなくなったとしても。


















 ギシッと古い木の音を立てて開く扉に目を凝らした。手にしていた剣に込めた力も、姿を現した人物の正体が分かると共に脱力する。

「お邪魔します」
「それは扉を開ける前に言ってくれないか」

 せめてノックしろよ、と同僚だったフィズに向かって小言を言う。無言でいきなりドアを開けるものだから物盗りか何かかと思ったじゃないか。

 フィズは仕事着のまま俺の家の中へ堂々と入って来た。そんなにカッチリとした格好ではここに来るまで相当目立っただろう。この辺りに住む人はそのような華美な服装とは無縁だ。

「まさかまたレイラか?」
「いいえ。さすがにあれだけ言われては来られないでしょう」
「・・・だろうな」

 もう来ないようにあれだけ強く言ったのだから。レイラはきっと傷ついて悲しんだだろうが、立ち直りの早い彼女ならすぐに元気になるはず。

「で?何しに来たんだ?」
「元上司に一応現状報告に参りました。主にレイラ王女のことで」
「そりゃどうも」

 わざわざこんな所まで来なくても、と苦笑しつつレイラのことが気になるのは事実なので有難く礼を言う。

「それで、レイラは?」
「二日ほど放心状態でしたがその後は元気にバリバリ働いてらっしゃいますよ」
「二日か・・・」

 立ち直りが早すぎやしないか、と若干ショックを受ける。が、まあ今までの婚約破棄も大体それくらいで通常運転に戻っていたから二日がレイラの心の整理に必要な時間なんだろう。
 本当はもう少し落ち込んで欲しかっただなんて、ただの俺の我儘。

「忘れて前へ進めるのは喜ぶべきだよな・・・」
「いえ、それがちょっと我々も困ったことになってしまいまして」
「何が?」

 訊ねるとフィズに差し出されたのは一枚の何の変哲もない紙。不思議に思いながら受け取って上から文字を読み始める。

「剣技大会の告知?出るわけないだろこんなの」

 剣技大会は城で毎年行う恒例行事だ。俺は参加することに興味がないので出場しなかったし、城を出た今になって勧められても。
 剣技大会は毎年陛下が優勝されていてその雄姿を見るのが一年に一度の楽しみだった。今年からはもうその素晴らしい剣の腕前を拝見できないのは残念だ。

「下、その下」

 フィズに促されて続きを読み進めれば、俺は衝撃のあまり手がわなわなと震え始めた。

 ―――優勝者にはレイラ王女を妻とする権利を与える

「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 何かの間違いじゃないかと思って何度もその部分を読み返した。しかし一字も逃さず穴が空くほど見つめても間違いはない。

「な、なに・・・なん、なんでこんな・・・あり得ない!!」 
「それでも決まってしまったもので」
「レイラが勝利品扱いされるなんて一体なんでこんな・・・!陛下がお許しになるはずがないだろ!」

 レイラの理想を一番破るやり方で、優勝したどこの馬の骨ともわからない男と結婚させられるなんて何故。 
 レイラは物じゃないんだぞ。好きでもない人と結婚させられてどれだけ彼女が傷つくことか。

 想像しただけで背筋が凍り付いた。 

「陛下たちも猛反対しましたよ。最終的には王妃様も泣いて反対しましたが、本人の意志が固くどうしようもなかったので」
「レイラが?」

 見合いの類も一切受け付けなかったレイラが自ら望んで自分を勝利品に差し出すなんて考えられない。何故だ、何故だ、と思考を巡らせているとフィズが顎で俺が手にしている紙を示す。

「それの続き読んでください」

 視線を再び下に落として読み進めれば、目に留まったのは参加条件の要項。身分問わず・罪歴問わず・軍事関係の職務経験者は予選免除・未婚者限定。

 その意味を理解して俺の顔にだんだん熱が籠るのが分かった。

「・・・・俺か」
「ですね」

 参加条件で思いっきり俺のことを名指ししている気がした。というか多分俺だ。でなければ罪歴問わずなんて文言はつかないし、このタイミングでレイラが勝利品に名乗り出る理由がない。
 要は、お前が参加しないとどうなるかわかってるんだろうな、ということだ。どこの馬の骨ともわからない男と結婚しても知らないぞ、だからお前が参加して自分を勝ち取りに来いと。

 うわぁ、と自分の口から震える声が漏れた。

「もしかしてレイラ・・・ブチギレ?」
「自暴自棄とも言えます。貴方に振られたのがよっぽどショックだったんでしょう」

 そうか、レイラはそんなにショックだったのか。
 これはよろこ・・・喜んでいいのか?いや、全くよくない。レイラが好きでもない他所の男と結婚しなくてはならないかもしれないことに変わりはない。毎年陛下が優勝しているから大丈夫だとは思うが、万が一のことを考えると・・・。

「だからってコレはないだろ!」
「私もそう思います」

 もはや、脅迫。たまーに恐ろしいことやるんだよなあの姫様は!

「こんなんダメだ!阻止しないと・・・っ!」
「もう公示されました。だから今日それ持ってきたんです」
「手遅れか。じゃあどうにかして中止に・・・」
「貴方にそんなことできないでしょう。もう騎士でも何でもない、罪歴のある下流貴族の一般人ではね」

 そうだ。騎士じゃない俺は何の権力もない。

 真っ青になって狼狽えた。どうしよう、どうにかしないと。

「レイラ王女を不幸にしたくなければ貴方が参加して勝つしかないですよ」
「冗談だろ」
「冗談ではなく」

 あれだけレイラを欺きながら重い罪を犯し続けた俺が、どの面下げて彼女を乞えと?

「今回は貴族に限らず一般からも広く参加者を募っています。国外からも」

 目を見開いて固まった。世界中からレイラを求めて猛者がやって来る。彼女の地位や、権力や、財産や、身体が目当ての男たちが。

 陛下は今年も勝てるだろうか。万が一負けたらレイラが知らない男からいいようにされてしまうことに。
 全身の毛穴から嫌な汗が吹き出る。

「個人的な願望ですが、私は貴方が参加して優勝してほしいと心から思ってますよ。それがレイラ王女の望みでしょうから」

 それでは、とフィズは小さく礼をして家から出て行った。

「・・・嘘だろ」

 当然ながら、呟いた言葉に返事をする者は誰もいなかった。


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