レイラ王女は結婚したい

伊川有子

文字の大きさ
18 / 31
八話・今はただ

(1)

しおりを挟む


 柔らかい身体に押しつぶされそうなくらいギューッと抱きしめられ、これでもかと頭を撫で繰り回された。

「よくやったわ、イイコちゃん。さあお姉さんにゼン様とのアレコレを聞かせてごらん」

 ギラッギラした目でニヤつきながら言うシージーは今にも高笑いが始まりそうなほどご機嫌な様子。私はボサボサにされた頭を直しながらムッと口をへの字にした。

「なにするのよ、もう」
「ねえ、どこまでいったの?さすがにキスくらいしたのよね」
「・・・なんでゼンと私がキスするのよ」

 話を逸らしたくてもシージーが許すはずもなく、私は観念して話題を合わせてあげた。

「なんでって逆になんで!?」
「ゼンは騎士に復帰しただけよ?別に結婚が決まったわけでもなし」

 残念ながら剣技大会でゼンは負けた。父様が優勝したということは私は誰の元にも嫁がなくてよくなったということだ。
 ちなみにゼンはほぼ回復し騎士として仕事を始めたが、今は各所の連絡や書類に追われていてここには居らず、今は代わりにフィズが護衛を行っている。

 本人(ゼン)がいないのをいいことにシージーは大声で言いたい放題状態。

「は?え?・・・・え?」

 シージーは目を白黒させながら口をパクパクさせる。

「普通さ、普通さ、ここまでドラマチックな展開しておいてその後何もなしなんてあり得ないでしょ!もっとちゅっちゅちゅっちゅしてると思ってたのに!こっちが恥ずかしくなるくらいベッタベタだと思ったのに!」
「えー・・・」

 そう言われてもなあ、とここ最近のゼンの態度を思い返す。彼は至って普通で特に何かが変わったという気はしない。

「ようやく私の妄想が日の目を見る日が来たと思ったのに!」
「妄想は日の目を見なくていいと思うんだけど」
「せっかく!せっかく・・・!」

 シージーはくぅっと歯を食いしばって悔しそうな声を上げた。

「レイラとゼン様のラブラブな記録をこっそり製本にして永久保存しようと思ったのに」
「おい」

 人をネタになんてことしようとしてくれてんの。

 ちぇーっと彼女は拗ねて恨めしそうに言う。

「だってさあ、楽しみにしてたの」
「・・・そう」

 もう勝手にしておくれ。呆れた私はお手上げ状態。落ち込む彼女は無視して用意された紅茶の缶に手を伸ばした。

「アッサム、ダージリン、セイロン、ウバ、アールグレイ。どれにする?」
「この期に及んで呑気に紅茶選びかよ。レイラはそれでいいの?」

 ん?と顔を上げてシージーの方を見る。

「どういうこと?」
「せっかくここまで熱烈なゼン様のアプローチを受けておいて、何の進展もなくていいのかってこと」
「アプローチ!?」

 確かにゼンには告白もされたし剣技大会にも参加してくれたけど、何かを迫られたわけでも望まれたわけでもない。アプローチというのは言い過ぎじゃないかしら。

「こ、恋人とかは、あんまり考えてなかったかな・・・。だってゼンが戻って来てくれただけでもう私からは言うことないっていうか、もう願いが叶っちゃったっていうか」
「は!?口を開けば結婚したい結婚したいってうるさかったレイラが!?他人のフリしたくなるくらい恋人とイチャイチャベタベタしまくってたあのレイラが!?ゼン様が騎士に復帰しただけで満足ですって!?
やっぱり大会で倒れた時頭打ったんじゃないの!?」
「打ってないわよ~。ゼンが受け止めてくれたんだもの」

 ゼンに抱き留めて助けてもらったなんてなんだか嬉しいやら恥ずかしいやら。記憶がないのがもったいないな、意識があったらよかったのに。

 赤くなった顔を誤魔化すように両手で頬に触れると、ひんやりとした手の温度で多少は顔の熱も冷めるような気がする。

「・・・なるほど。馬鹿の次はアホになったのね」
「アホ!?」
「まあまあそんなに頭に花咲かせて、ずいぶん幸せそうじゃないの」
「う、うん」

 ゼンが騎士として城に戻ってきてくれたから、今はこれ以上ないってくらいに幸せなの。

 そう言うとシージーは生暖かい目で私を見てきた。

「ふーん、へえー、ほー。まあいいんじゃない?私が想像してた感じとは違うけど」
「ダメかしら」
「まさか、ダメってことはないと思うわよ。ただあんたは昔っから恋愛脳っていうか、結婚しか頭に無かったから意外な感じ」
「そうよね・・・」

 あれだけ夢に見ていた結婚も今は特に興味もなく。毎日ゼンが隣にいるだけで十分というか、満たされているからこれを変えたいとは思わない。

「でもまあそれも今のうちだけでしょうけどね」
「え?どうして?」
「そのうち足りなくなるよ」

 シージーは頬杖をつきながらしみじみと何度も頷いて続ける。

「今は良くてもきっと物足りなくなる時が来るから。好きな人の全てが欲しくて欲しくて堪らないってなるから」
「・・・そうなったら、どうすればいいの?」

 彼女は舌を出して親指をぐっと立てた。

「心と股を大きく開きな!」
「母様みたいなこと言わないで!」

 全く参考にならないから!

 シージーはこれだからお子様はと鼻で嗤う。

「とまあそれは冗談として、いいんじゃない?自分たちのペースでさ。
あ!でも進展があったら逐一詳しーく報告しなさいよ!約束だからね!」

 強制的に指切りさせられ私は一応、仕方なく、嫌々ながら、頷いた。シージーにはいろいろとお世話になったし私の恋愛事で騒がれてもしょうがないかな。なんだかんだ私を応援してくれているのだし、シージー以上に明け透けな話をできる相手もいない。

 私は苦笑してもう一度シージーと指切りをした。

「わかったわ」

 よし!と彼女は満足げ。

「んじゃせっかくだし、今から心と股の開き方を教えてあげるわ!」
「自分たちのペースでいいんじゃなかったの!?」
「それとこれとは別よ!」

 それから始まったシージーの講義は私にはとても参考にできそうになかった。
















「フィズ、待たせたな」

 レイラの部屋の外に居たフィズに声をかけると、こちらを振り向いて「ああ」と俺の姿に気が付いた。

「お疲れ様です。終わりましたか」
「まあ粗方は」

 部屋の扉が閉まってフィズが外に居るということは来客中か。

「誰が来てるんだ?」
「アグレンシー嬢が遊びにいらしてます」
「シージーか」

 レイラは本当にシージーと仲がいいんだよな。たまに妬ける。

「書類業務が終わったならもう私は下がっていいですよね」
「ああ。フィズも悪かったな、振り回して」

 正式な騎士に出世したのに俺が戻って来たことで再び補佐に降格になったフィズ。彼は優秀で職務経験が長いのに俺の部下に戻るなんて申し訳ないことをしてしまった。

 フィズはひらひらと顔の前で手を横に振る。

「いえ、戻ってきてくださってひじょーーーーに助かりました。私このままだと転職考えるところでしたよ」

 そんなに大変だったのか・・・。確かにレイラの酒癖の悪さや突拍子もない行動は騎士として彼女を宥めるのに苦労しただろう。俺はもう慣れているからなんとも思わないけれど。

「正直補佐に戻れて泣きたいくらいに嬉しいです。ルイス様の騎士がいかに楽だったか再確認させられました」

 そんなに楽だったのか・・・。確かにルイス殿下は素行の良い絵に描いたような優等生だった。護衛だけでなくお目付け役としての責も負っている騎士としては有り難い。

「しかし貴方には災難ですね」
「え?そうか?」

 陛下はレイラを助けたことを深々と頭を下げて感謝してくださった。陛下直々にお礼を言っていただるだけでも夢のように喜ばしいのに、再びレイラの騎士に戻れるなんて夢にも思ってなかった幸運だ。災難ではないと思うが。

「だって主人には立場的に手を出し辛いでしょう?騎士に復帰せず一般人として交際を申し込んだ方がレイラ王女と一緒になりやすいんじゃないでしょうか」
「交際?それは・・・あんまり考えてなかったなあ」
「もしかしてかなり浮かれてます?」
「まあね」

 浮かれるのも仕方ない。先日まではレイラと二度と会えない覚悟をもしていたのだから、今はただ彼女の側に居られるだけで感無量。

「そりゃあいつかはと思ってるけど、でもなあ、レイラがなあ・・・まだまだそんな感じじゃなくて」

 嫌われてはいないし少しは好かれていると思う。けどレイラは俺が近づくだけでビクビクしているし、手を握っただけでリンゴみたいに顔が真っ赤なるし、もし仲が進展するとしてもまだ先のことなんだろう。

「でもかーわいいんだよなぁ」

 いちいち反応が可愛い。レイラは何もしなくてもすごく可愛いけど、俺が近くに居る時の動揺している様子とか困っている様子とかは更に可愛い。俺の鉄の理性も彼女の可愛さのあまり多少融解するほどに。
 そのうち我慢が限界を超える時が来るかもしれない。レイラの気持ちや自分の置かれている立場も考えず、ただ彼女への気持ちをぶつけたいと思う時が。

 俺の独り言にフィズは目を半分にしてため息を吐く。

「はあ、まあ、とりあえずおめでとうございます」
「ありがとう、フィズ」
「お幸せに」
「ん?うん。・・・?」

 なんなんだ、その結婚祝いのような文言は。

 フィズはそれだけ言い残すとスタスタと早足で去って行った。まあいいかと思考を切り替えて、帰って来た報告だけでもとノックをしてから扉を開けて中へ入る。

「レイラ―――」
「「きゃああああああ!!」」

 俺が現れるなり、レイラとシージーは手を握り合い身を寄せて悲鳴を上げた。二人とも顔が赤い。なにかまずかったか?と思わず一歩後退する。

「あ、いや、帰って来たから報告を・・・しようかと」
「そ、そう。わかったわ」
「邪魔して悪かった」
「あー!大丈夫ですから!ゼン様こちらへどうぞ!」

 さささ、と上司へ席を進める部下のようにシージーが促すのはレイラの隣。なんだ?と思いつつ急かされてソファに座ると、レイラは真っ赤な顔のまま助けを求めるかのようにシージーの服を鷲掴み、ブンブンと激しく顔を横に振ってシージーに何かを訴える。

 本当になんなんだ。

「んじゃ、がんばー!」

 そしてシージーはすがり付いてくるレイラを無理矢理引き剥がすと、ピューッと効果音がつきそうなほど素早く部屋から走って出て行った。

 たぶん、シージーなりに気を遣ってくれたんだろう。
 思いがけず二人きりになった部屋はしんと静まり返り、レイラはシージーが消えていった方を見つめて呆然としている。

「シージーとなに話してたんだ?」

 何気ない会話をと話しかければレイラはビクゥッと飛び上がるほど震えた。・・・話題を間違えたかな。

「ごめん、もう聞かないから」

 苦笑しつつ謝るとテーブルに用意された空のままのティーカップが目につく。

「一緒にお茶でもしようか」

 また前みたいに、同じテーブルでお茶を。王女と騎士でありながら一緒に飲食を共にするのはレイラと俺くらいなものだろう。それは幼馴染という特権があるからこそ。

 レイラは伏し目がちにこちらを見ると、小さな声で「うん」と答えてくれた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

処理中です...