28 / 31
完結後小話
(4)新婚旅行その1
しおりを挟む≪ついで≫
ゼンの机の上に積み上げられた手紙に気づいたレイラは近寄ってその内の1つをつまみ上げた。
「何事?この量。何かあったの?」
「結婚祝いだよ、同僚たちから」
へえ、とレイラは呟く。ゼンは昔からレイラに付きっきりだったため人付き合いは少ないが何故か友人は多い。
ゼンはレイラの手の中にあった便箋の封を切って中の紙を取り出した。
「これは・・・結婚祝いというか、サンザーの砦に赴任した人からのお誘いだな」
サンザーの砦は西側にある軍事の要。関所や警備に人員を派遣したり兵士の訓練所としても機能している。
「なんの誘い?」
「新兵の指導に来てくれって」
新婚の人間を誘うなんてな、とゼンは苦笑しながら手紙を仕舞う。
サンザーまで遠征すれば1ヶ月近く帰れない。ゼンの言う通り新婚家庭にその誘いは非常識かもしれないが、レイラは前々から国中の各地から声をかけられていたことを知っていた。王女の騎士として城を離れられないのを知っていながらだ。
「じゃあ新婚旅行がてら行きましょうか」
「え?いいのか?」
ゼンは驚いて彼女を振り返る。もっと南の方にある観光地にしようかと話を進めていたところだったのに、と。
サンザーは新婚旅行にはあまり相応しくない、ただ軍事的な要として砦があるだけの田舎だ。大して面白いものはない。
「今までずっと私に付きっきりだったもの。たまには私がゼンの行くところに付いて行ってもいいでしょう?」
「何もないぞ?」
長らく顔を合わせていない友人に会えるのは嬉しいが、なにも新婚旅行の行き先として選ばなくても。
レイラはカラッと曇りのない笑顔。
「いいじゃない、新婚旅行くらいの名目じゃなければ長期休暇は取り辛いもの。仕事ついでに行きましょ」
それにゆっくり過ごせればどこでもいいと笑うレイラにゼンは彼女の手を握って微笑んだ。
「ありがとう、行こうか」
≪到着≫
砦に着くなり待ち構えていた兵士達がワッと馬車を取り囲む。
「ゼン!久しぶりだな!」
「お姫様と結婚したんだって!?」
「白っ!細っ!」
扉から窓から顔を突っ込み声をかけてくる男たちに驚いたレイラはゼンへしがみついた。
「お前ら、止めろ。不敬だろ」
普通兵士達はレイラを見つめるようなことはあっても近寄ったり声をかけてくる者はいない。ただ今回は彼らがゼンの友人だからかプライベートとして訪れたからか遠慮なく接してくる。
王女にしては気さくなレイラもこういうことには慣れていなかった。ゼンにしがみついて一言も発しないレイラに皆は慌てて距離をとる。
「ごめん、レイラ。後で言っておくから」
「大丈夫よ、びっくりしただけだから」
申し訳なさそうに謝るゼンに慌てて取り繕うレイラ。本当は少し怖いと思ったが彼らはゼンの友人たち、変に気を遣わせたくはなかった。
「ラブラブだなあ・・・」
誰かの呟きにレイラは真っ赤になると慌ててしがみついていたゼンから離れた。
≪ゼンのお仕事≫
ゼンは戦っているというよりも行列になって順番を待っている兵士たちを一人一人捌いている。的確に短くアドバイスを入れながら。
彼曰く“指導”と呼ぶらしい。
結婚してからゼンはレイラの護衛兼補佐、および兵士の指導を主な仕事としている。しかし王城ではレイラも仕事を抱えて忙しいため、静かに誰にも邪魔されず仕事をしているゼンを眺める機会はめったにない。
「持ち手がおかしい」
「歩幅が小さい」
「踏み込みが遅い」
「打ち込みが甘い」
剣の上手い下手はよくわからなかったけれどゼンの雄姿が見られるので満足だ。用意された椅子にゆったり座りながらお茶を片手に指導の様子を見守った。
「王女様ー!」
近くを通りかかった兵士の一団がレイラに向かって大きく手を振っていて、どう反応したらよいか困ったレイラはペコリとお辞儀をして俯く。
「照れてる!」
「可愛い~」
なんなんだろう、このノリは。
やたら笑いながら囃し立ててくる独特の雰囲気。気まずさや居心地の悪さを感じたレイラは身体を小さくして表情を強張らせた。
「そうか、お前らも指導に参加するのか」
ニッコリ笑ったゼンは身体の向きを変えて剣を構える。キラリと光った剣先に男たちは不穏な気配を察知して後退った。
「えっ、いや、そんな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「やべえぞ!逃げろ!」
レイラを囃し立てた彼らは怒ったゼンに指導という呈で本気で追い回された。
≪男の飲み会≫
兵士の屈強な野郎共に囲まれて酒を煽るゼンの眉間には皺ができていた。なぜ新婚旅行の初日、しかも夜に男に囲まれて酒を飲むことになったのか。
始まりは飲み会に誘われたゼンにレイラが笑顔で「行ってらっしゃい」と手を振りながら言ったこと。そして何度か断ったのだが全く諦める気配がなく誘われ続け、結局は参加することになってしまった。
本来なら今頃レイラと部屋でゆっくり過ごしていただろうに。
「ゼン、飲めよー」
「結婚祝いだ、結婚祝い」
飲めども飲めども次を進めてくる友人たちに苦笑するゼン。
「にしてもお姫様と結婚するとはねえ」
「ゼンが顔いいの忘れてたわ」
「いい男ぶらないからかねえ。ま、近くにあの美人がいたら謙虚にもなるわな」
酒の肴に話は進む。
ゼンは昼間のことを思い出し牽制した。
「お前ら、あんまりレイラを困らせるなよ」
「わかってるよ。お姫様だもんなあ」
「やっとゼンが結婚したかと思うとついテンションが高くなってしまってな」
だな、と頷き合う男たちにゼンはため息を吐く。
友人に会えるのは嬉しいがこのような場所を新婚旅行の地に選んで本当に良かったのだろうか。ここに着いてからレイラは戸惑った様子でずっと腰が引けっぱなしだし二人で過ごす時間もまだ取れていない。
「羨ましいぞ、この幸せ者め」
「お前も結婚してんだろうが」
「あはは、うちの母ちゃんは怒るとすげえ怖えもん。お姫様みたいな優雅さなんてこれっぽっちもねえよ」
「うちも」
手紙では聞いていたが彼らもそれぞれ家庭を持ち既に子を授かっている者もいる。こうして面と向かって話を聞くと時の流れを感じた。
「そうだな、幸せ者だ」
こんな日が来るなんてな、と懐かしい顔を見ながらゼンは笑った。
≪甘えん坊は5割増し≫
レイラがお風呂に入って身体の熱を冷ましている時にゼンが帰って来た。
「ただいま」
はあ、と疲れた様子で上着を脱ぐ。
「おかえりなさい。だいぶ飲んだでしょ」
「うん。主役だからって飲まされた」
ノリのいい軍人の連中は最初から最後まで酒を勧めてくるからいくら飲んでもキリがない。このような無茶な飲み方は学生の時以来だとゼンは頭を抱えながら言った。
「お水いる?」
「先にシャワー浴びたい・・・」
足取りはしっかりしていたがゴン!と時折何かにぶつかる物音を立てながら風呂場へ消えていくゼン。レイラは心配になりすぐに水が飲めるよう別室に待機している侍女の元へ向かった。
レイラはゴクゴクと音を立てながら水を飲み干すゼンの喉を見ながらソワソワした。ゼンが酔ってる。なんて貴重な姿なんだろう、と。
頬はうっすら赤く染まりいつもより目つきが優しいものになっている。思考が働かないのかぼーっとしていて、騎士服を着ていた頃に比べるとビックリするほどの緊張感の無さ。さすが酔っているだけはある。
「いつもと逆ね」
レイラはクスクスと笑った。こうやって自分の知らないゼンの姿を見られるのがとても嬉しい。新婚の特権だろうか、友人に接するゼンも酔っている姿も新鮮だった。
「ごめんな、一人で待たせて」
「大丈夫よ。ここの使用人たちは皆親切だから」
城から連れて来たのは少数。使用人のほとんどは砦の従業員で、レイラは彼らに会うなり「細い」と何故か心配されてしまった。
「ここの料理人が『もっと太ってください』って肉ばっかり出すのよ。私、別に細くないのに」
レイラは自分の二の腕の肉を摘みながらため息を吐く。
レイラはそこそこ肉付きが良く他の令嬢と比べて特段細くはない。今までも美しいと褒められることはあっても細いと言われることはなかったのに。
「ここの連中からしたら折れそうなくらい細いんだよ」
ゼンはレイラの二の腕を掴んでちゅっとキスをした。
いきなり口づけられたレイラは顔を赤くして身体を硬直させる。
レイラは恋人になってからも身体を重ねてからもスキンシップに慣れる様子はなく常にこの調子。そんな彼女が可愛くて仕方ないゼンは笑ってレイラの腰に手を添える。
「ほら、腰もこんなに細い」
「や、やだ。ちょっと・・・」
新婚旅行だからか酔っているからか、今日のゼンはその表情に下心を隠そうともしない。腰辺りを弄られているレイラはますます真っ赤になって視線をさ迷わせた。
「嫌なんだ?」
「そういうわけじゃ・・・ないけど」
いつにも増して意地悪な物言い。
「ゼン、酔ってるでしょ」
口に直接キスされればお酒の香りと味がした。どんだけ飲んだの、とレイラは呆れて肩を上下させる。
「うん。酔ってる」
へら、と笑うゼンの笑顔のまあ緊張感のないこと。からかってやりたかったのにレイラはキュンとしてしまい唇を噛んだ。
ゼンは下からレイラの顔を覗き込んで首を捻る。
「どうした?」
「ゼンが可愛い」
ゼンはまたクスクス笑ってレイラの首筋に顔を突っ込み頬擦りを始めた。
「じゃあ可愛がって?」
いつの間にかスカートの中に手を突っ込まれていて、レイラはぎゅっと目を閉じるとゼンに両腕を回してしがみ付いた。
「好き、レイラ、好き、大好き」
心臓持つかな、と一抹の不安を抱えながら。
≪そういう時もあるよね≫
目が覚めてすぐにレイラと目が合ったゼン。2人はしばらく無言で見つめ合うとお互いに苦笑しながら上半身を起こす。
「おはよう」
「おはよう、ゼン。昨日のこと覚えてる?」
「あー・・・、覚えて、ない、かなあ」
実は覚えているが誤魔化した。酔ったレイラほどの豹変っぷりではなかったとしても、いい歳してあれだけ甘えるのは素面だと恥ずかしい。
男はいくつになっても格好つけたいものだ。
「すごく酔ってたものね」
引き攣るゼンの笑顔に察したレイラも素知らぬ振りをして話を合わせた。
ゼンだって普通の人間、そんなことだってあるわよね、と。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる