編在する世界より

静電気妖怪

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神国『勇者誕生祭』

駆けて、取って、引っ張って

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 ドアをノックすると、「はい、どうぞ」と先ほどの神官の声が返ってきた。
 ギルディアとハクはお互い目を合わせるとコクリと頷き合う。


「(余計な真似はするなよ)」
「(⋯⋯あ! 私に仕掛けろって意味ですね! 分かりました、任せてください!)」


 ギルディアの鋭い眼差しに対して、自信ありげに胸を張るハク。やはり人の考えていることは分からないものだ。
 ハクの心中を知ってか知らずか⋯⋯知らないままにギルディアは目の前のドアを開けた。


「失礼する」
「銀色様、お待ちしておりました。どうぞ、そちらへお掛けになってください」


 部屋の中は初老の神官の書斎のような場所だった。
 左右に立ち並ぶ本棚と奥には簡素ながら椅子と机があった。そして、手前には客人を迎えるように長椅子と机が備え付けられていた。

 ギルディアとハクは神官に勧められた椅子に腰掛け、神官も対面に座ることで——話し合い心理戦が始まった。


「それで、私に聞きたいことというのは?」
「勇者についてだ」
「⋯⋯勇者様、ですか。勇者様は現在、覇王国との戦争で最前線で戦っておられるはずですが?」
「そうか、ではには居ないということか?」
「⋯⋯私には存じ上げないこと、ですね」


 ギルディアの含みのある物言いに神官は表情を変えずに答えた。
 思った以上に腹の底を見せない神官にギルディアは次の話題に移そうとした時——、


「そうか、なら——」
「勇者が呪われているという噂については何か知りませんか?」


 遠回しに進めていた流れに逆らうようにハクが豪速球を投げた。


「(バッ——!)」


 さしものギルディアもこれは予想できず勢いよくハクへ振り返ってしまう。当の本人はしてやったり、と憎たらしい笑みを浮かべているが——、


「勇者様が⋯⋯呪われている?」


 ——神官は笑ってなどいない。
 多少の無礼も笑って受け流すほどに余裕を持っていた初老の神官が、一瞬にしてその表情を凍らせた。

 まるで時が止まってしまったような沈黙。
 そして、それを破るように初老の神官は眼を見開いた——神をも殺してしまいそうな眼を。


「ぴゃっ?!」
「勇者様が呪われてなんてことは絶対にございません。絶対です」


 とても神官という職業が放つような眼光ではないそれに、さしものハクも声を上げ、震える手をギルディアの服へと伸ばしてしまった。
 特に動じることもないギルディアは「はぁ⋯⋯」とため息を一つ入れながら謝罪をした。


「すまない神官よ。この娘はまだ信仰していない身。この国における勇者の有り難みを知らないのだ。許してやってくれないか?」
「あぁ、そうでしたね。銀色様、どうか顔を上げてください。私もついカッとなってしまいました。こちらこそ、ご無礼をお許し下さい」


 ギルディアの謝罪に頭を冷やした初老の神官は深々と頭を下げた。
 そして、「大人気おとなげがありませんでしたね」と自重しながら漏らしながらも一つ疑問を覚えた——この男は何者だ? と。
 そして、そこに一つの可能性を反射的に思い描いてしまった。


「⋯⋯あ、そうでした。せっかくですので、もう時期開催される勇者様の感謝祭にご参加されてはいかがでしょうか? お嬢さんにも勇者様をお伝えする良い機会になると思いますよ」
「ほう、感謝祭か。門兵にも祭りの参加者か? と聞かれたが、ずいぶん血の気が盛んな参加者が多い様だな」
「そうですね、感謝祭で最も注目されているのは決闘ですからね」
「決闘? それはまた、随分と血生臭いことが行われるんだな」


 ギルディアは心底退屈そうにそう言った⋯⋯ように初老の神官には見えた。
 神官はそんなギルディアに——圧倒的に上位の存在に——弁明するように続けた。


「人は誰しも、心の奥底で求めています。争いを、暴力を、破壊を⋯⋯神は我々の愚かな原罪を救うべくこの様な催しを開いてくださっている、と愚行している次第です」
「なるほど、神は我々を見捨てなかった、といったところか」
「左様、でございます」


 神官の言葉遣いが一層へりくだる。
 徐々に肌で感じる違和感に神官の背中に冷たいものが走り、それは表情にも出ていたのかハクが心配そうな声で質問を投げた。
 まるで、逃げ道を作るように、そして初老の神官はその命綱に手を伸ばした。


「⋯⋯神官さまにも、あるのですか?」
「⋯⋯何が、でございましょうか? お嬢さん」
「何がって言いますか、その⋯⋯原罪です。争いとか暴力とか⋯⋯破壊とかを求める気持ちは神官さまにもあるんですか?」
「そうですね⋯⋯きっと私にもあるのでしょう。いえ、あったのでしょう。そして、まだ残っているのでしょう」
「そう、ですか⋯⋯急に変なことを聞いてしまって、ごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらずに」


 先ほどの無礼を本当に申し訳ないと思うほどに神官はハクに感謝した。
 仮に、あのままギルディアと会話を続けていたら得も言わぬ違和感に押しつぶされそうだと感じたからだ。
 そして、ようやく調子を戻した神官はギルディアに向き直った。


「他に何かお聞きになりたいことはありますか?」
「いや、十分だ。これ以上アンタに迷惑をかけるのは俺も本意ではない」
「分かりました。銀色様のお役に立てたようで私も嬉しい限りでございます」


 席を立つギルディア達に深く一礼する神官。
 伏せる顔は悩ましげで、眉間に険しい皺が刻まれている。


「⋯⋯あの、銀色様」
「ん? なんだ?」
「最後に⋯⋯最後に一つだけ、お伝えしたいことがあります」


 自分の判断が正しいのか、理性では警鐘を鳴らしながらも直感が、心の底から願う切望が、神官の言葉を紡がせた。


「⋯⋯もし、勇者様のことを追っていらっしゃるのでしたら感謝祭——決闘に参加してください」
「それはどういうことだ?」
「私の口からお伝えできることはここまでです。どうか⋯⋯どうかご武運を」


 その言葉を最後に神官は扉を閉めた⋯⋯鍵をかけ、誰も中に入れないように、しっかりと。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 初老の神官は信仰する女神の前で膝を突いていた。
 深く、深く自らの罪を省み、赦しを請うていた。

 ——どうして余計な事を口にしてしまったのか


「自分の命と引き換えにすとは⋯⋯とても正気の沙汰とは思えませんね」


 自嘲的な言葉が漏れ出た。
 自らの罪への諦観。しかし、同じくらいに希望も感じられていた。


「それだけ私があの人に期待している、ということ⋯⋯か」


 しみじみと呟く神官。
 誰かに受け応えしてもらえるとは思っていない。思いたくもないのだが——、


「期待することはあくじゃぁねぇよ」


 ——野蛮で、ドスの効いた声が神官の背後から聞こえてきた。


「⋯⋯どちら様、ですか?」


 ゆっくり振り返る神官。
 鍵は閉めた、用心はしていた——しかし、その現実を打ち壊すように一人の男が立っていた。

 ボロボロの布を羽織った野盗の様な風貌。
 ボサボサの髪に所々に包帯が巻かれており、隙間からは縫い痕が覗き込んでくる。

 そんな男は律儀にも神官の問いかけに快く応じた。


「オレの名前はテイカーだ。見た目通りしがない葬儀屋をやっている」
「葬儀、屋⋯⋯? 残念ですが、あなたの様な方をお招きした覚えはございませんが⋯⋯どう言ったご用件ですか?」
「葬儀屋の用件と言ったらアレだろ、商品の回収だ」


 テイカーは指を立てながら陽気に答えた。
 その朗らかさが一層に神官を警戒させる。細心の注意を払い、一挙手一投足を見逃すまいとするが——、


「商品? 一体なんのことを——」


 ——突然、世界が一変した。
 目の前が傾き、落ちて行く。そして、次の瞬間には耳元で大きくて重い何かが落ちた音が響いた、響いて、響いて、ひびい、て⋯⋯


「くははっ、葬儀屋の商品死体それは——」


 テイカーは大きく口を歪ませた。


「——アンタだよ、神官さん」


 時間差で崩れ落ちる神官の体。血の飛沫を勢いよく放ちながら長椅子を、床を、女神を、そして——背後に立つ修道女を赤塗りにした。


「にしても、まさかまさか裏切り者がシスターに混じってるとは思いもよらなかっただろうなぁ。なぁ、シスター?」


 テイカーは嬉しそうにシスターに話しかけた。

 額から頬にかけて伸びる縫い痕は痛々しく、癖のついた金髪は赤色と混じり清廉さを失っていた。そして、虚空を映す瞳は気怠そうにテイカーを睨みつけていた。


「ふぅ、めんど。だりぃことは嫌いなんだよ。はぁ、しんど」
「まぁまぁ、そう言いなさんな。コレも仕事、アレも仕事、ドレも仕事なんだ。コイツも無抵抗に——ん?」


 テイカーは動かなくなった死体へ寄った。
 もう動かなくなってしまった神官、右手が腰に据えてある短刀に手を伸ばして、固まっていた。


「⋯⋯少しくらいは自分の危機を感じてたんかね。無駄なことをしなければお客さんとして迎えたのに」


 テイカーは「あーあ、残念残念」と楽しそうに汚れた麻袋に死体を雑に詰めた。


「はぁ、もういいか? こっから先はソッチの仕事だ。クタクタのアタシは帰りてぇんだ、ふぅ」
「ああ、とーぜんだ。こっから先はオレの仕事だ。シスターは引き上げていいさ」
「ふうぅ、ようやく終わった。だるかった、くぁあ」


 テイカーが労いの言葉を伝えると、シスターは見るからに気怠そうな態度をとりながら奥へ消えていった。
 この先はテイカーも知らない、知ろうともしない。


「さてさて、今回はもいるようだし繁盛繁盛っかな」


 テイカーは赤黒い液体が滲み出る麻袋を引き摺りながら教会のドアを開けた——ドアノブが綺麗にくり抜かれたドアを開けて。
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