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一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜
18話「三億 × イラッ = 死 < 1」
しおりを挟むダンジョンの最下層。
テーブルの上にはコーラが入ったカップ、ティッシュやポップコーンが広げられ完全にお茶の間と化していた。
「⋯⋯何だろうなこの感じ⋯⋯侵入してきた敵なのに何でこう⋯⋯同情しちゃうんだろう」
隊長が女に殺されるシーンまで見終えたレイジは微妙な顔で画面から目を逸らした。
近くからチーンッ! と盛大に鼻をかむ音が聞こえる。
「ながなが⋯⋯良い人間、ぐっす⋯⋯だっだんだね⋯⋯うぅっ」
鼻声、涙目でうんうん、と感想を口にするゼーレ。周囲には先程聞こえた音の成れの果てであるティッシュの屑が大量生産されていた。
「確かに素晴らしい最期ですわね。大役を果たし切った、そう言う最期を私も遂げたいですわ」
「ですわぁ。それに、あの人間は命乞いもしませんでしたわねぇ。ああ言う戦いの中で誇りを持っているのも共感できますわぁ」
「⋯⋯ん! ⋯⋯せんしの⋯⋯くんしょう⋯⋯」
ゼーレ程ではないがティッシュの屑を創り出しながら隊長の生き様に共感を覚える少女達。因みに、一番のちり紙山を気づいたのはパンドラであり、麓レベルを創ったのはエイナだ。ミサキに関しては一つも創っていない。
「チーンッ! ぐすっ、それでどうするのお兄ちゃん?」
「ん? どうするって何をだ?」
「逃げた冒険者。このまま逃しちゃうの?」
「あ~、坂巻のことか」
隊長の映画の感動シーンさながらの演出にレイジも半ば自分の立場を忘れていた。人間だった頃、映画館に行ったことがないことが大きな要因だったのかもしれないが引き込まれていたのだ。
そして、それとはまた別の要因もあった。
「た、隊長様⋯⋯」
「ここで殺しに行ったら完全に無駄死にですのぉ⋯⋯」
「ん⋯⋯まよう⋯⋯どうするべき⋯⋯!?」
坂巻を殺しに行くことに若干の抵抗を覚える少女達は連合会議のように真剣な表情でテーブルを囲んでいた。
「ゴホン⋯⋯では、お一人づつ意見を言っていきましょう。そしてその結果を踏まえて貴方様に決めて貰う、これでどうでしょうか?」
「異議なしですわぁ」
「⋯⋯ん⋯⋯おっけ⋯⋯」
突如始まった大論争会。
話されている内容は物騒であること極まりないが、即滅殺を信条とする魔物たちとしては話し合いで解決するのは珍しい傾向とも言えるだろう。
「では、私から述べさせていただきますね。私は隊長の戦士っぷりに免じて逃しても良いと考えています。あの隊長の心意気と言葉には少々共感する部分もありました。それに、もし同じ立場になったら見逃してほしいと言う私情も挟んであります」
「ほうほう、成る程ですわぁ。確かに同じように考える部分もありますわぁ。しかしぃ、それとこれとで話が別なものもありますわぁ。それはお兄様です! ここで逃してしまったらお兄様に危険が及ぶ可能性がありますわぁ。なので、私はやはり殺す方を選びますわぁ」
三人が出席した連合会議。その二人の意見が綺麗に割れてしまった。お陰でミサキの肩へかかる重圧が大きくなった。
趣旨通りなら最終的にレイジが決めるためプレッシャーを感じる必要はないのだがそれでもミサキは己の決断が全てを左右する気持ちで挑んでいた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
珍しく長い間。その沈黙が一層場の雰囲気を盛り上げ、緊張感を与える。
「⋯⋯⋯⋯」
「ど、どちらにしますの⋯⋯?」
「⋯⋯ごくり⋯⋯ですわぁ⋯⋯」
「⋯⋯きめた」
ミサキのその一言に貼られた意図が限界にまで引っ張られる。自然と身を乗り出してしまうパンドラとエイナ。その動きにつられるようにゼーレやレイジも顔を向ける。
もはや、最初の趣旨とは変わっているのかもしれない。最終決定はレイジではなくミサキになっているのかもしれない。隊長の死を決めるのは——ミサキの一言になっているのかもしれない!
「⋯⋯ん⋯⋯えらぶのは⋯⋯」
そして今、運命の決断が——
「⋯⋯ころ——」
「マイマスターッ! 只今参上致しましたデスヨ!」
——打ち消された。
女の入場開口一番の大声によってミサキの声は綺麗に打ち消された。静寂という冬に包まれていた最下層は女の登場によって春一番に早変わりし、重苦しかった空気は軽やかなものになってしまった。
「はいマイマスター! これお土産デスヨ? お土産デス! 喜んで下さいデス!」
女は鎖で引きずってきた一人の人間——冒険者クリスを縛った鎖の先端をレイジに手渡してきた。
「あ、うん⋯⋯」
「あれ!? マイマスターの反応が薄いデス!? なんでデス? ミーが何か間違いをしたのデスカ!? ど、どどどどこを間違えたのデスカ!? お土産を御土産と言わなかったことデスカ? そこなんデスカ? 丁寧さが足りなかったんデスネ! 嗚呼、何という失態デス! 何という失礼デス! 平に、平にゆるして下さい⋯⋯デス⋯⋯」
己の過ちに気づかないことに気づいた女はすぐさま地に這い蹲り、正座をし、頭を垂らした——いわゆる、土下座ポーズだ。
金髪の薄い青色の瞳。レイジの病的な白さではない柔肌を感じさせる白の見た目完全に北米系の人間がジャパニーズ土下座をかますことに何とも言えない違和感を感じる。
だが、この場でそれを共感してくれるのはレイジだけであり、他はそもそも土下座の意味を知らない。そう、知らないのだ! だって魔界に土下座の概念がないんだから。
そのため——
「どうかどうか平に許して——」
「⋯⋯ねえ」
「あぐあ!?」
必死に頭を下げている女の髪を思いっきりミサキが引っ張った。お陰で、筋肉が一気に逆方向へ向けさせられグキリッと音と共に女の喉から苦悶の声が漏れる。
「⋯⋯」
「な、何デスカ⋯⋯?」
「⋯⋯」
「あ、あの⋯⋯ずっと見られると照れるのデス⋯⋯」
「⋯⋯」
「あ、すいませんデス。調子乗りましたデス。お願いデスから何か喋って下さいデス。ほんと怖いんデスヨ⋯⋯」
「⋯⋯」
髪を掴んでから一向に口を開かず目だけで語るミサキ。
女も本能的にミサキに勝てないことをわかっているだけに様々な趣向でこの場を逃げ切ろうとする。なぜなら、ミサキの目が語っているのだから。
——死にたいのか? と。
「⋯⋯ことば⋯⋯ほしい⋯⋯?」
長い口防の末ようやく声を出したミサキ。
その声に張っていた緊張の糸が少し和らぐ女は、髪が固定されているため顔に下半分を勢いよく上下させる。しかし、ミサキはそんなに甘くなかった。
「⋯⋯かいすう⋯⋯えらんで⋯⋯」
「へ? か、回数デスカ⋯⋯ ?」
「⋯⋯ん」
「な、何のデスカ⋯⋯?」
「⋯⋯死ぬかいすう」
「——ッ!!??」
「⋯⋯えらんで」
「えっ? ちょっと待ってくださいデス⋯⋯今なんて言ったんデスカ?⋯⋯死ぬ回数って聞こえたのデスヨ⋯⋯?」
「⋯⋯そういった⋯⋯えらんで⋯⋯死ぬかいすう」
「⋯⋯え!?」
「⋯⋯かずは⋯⋯三億以上から⋯⋯」
「は!?」
ミサキの発言もそうだが、その後に続く最低限の回数に言葉にならない女。
人間が一秒で一歩を歩く時それは凡そ一メートルだ。
それを考慮して考えると、ミサキの最速は亜光速に達し、亜光速は約三十万キロメートルでありメートル換算で三億メートル。それは丁度、ミサキが一秒間に繰り出せるククリナイフの数なのだろう。
因みに、本来は二本あるので倍なのだがミサキは片手で女の髪を固定しているので今回は一本だ。
「ちょっ!? そ、そんな⋯⋯こんな話聞いてないデスヨ!? どういう事デスカ!? シスター達はみんな優しいのではないのデスカ!? マイシスターッ!」
「⋯⋯いまのはつげん⋯⋯イラっときたの⋯⋯さんかい⋯⋯」
「ファッ!? ど、どういう——」
「⋯⋯よって⋯⋯九億回⋯⋯死ね⋯⋯」
「きゃあ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッッッッッ!!??」
「⋯⋯ざいじょうは⋯⋯イラっとした⋯⋯から⋯⋯」
視界に映る赤色と残像。
飛んだはずの首がなぜか戻り、飛び出たはずの血がなぜか空中で逆再生のように舞う。
短くも一瞬で終わった死刑九億回。たった三秒の時間は不思議と見る者感じさせる者を永遠の時間の旅へ連れて行った。
◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾
一分後、女の姿は同情を誘うほどに凄惨なものになっていた。
九億回の死刑の後、改めてミサキの決断を伺ったがその時すでに遅く、画面には坂巻が映っていなかった。入ってきた時間と比例しないため何らかの方法でダンジョンから脱出したと考えられるがその方法を知る術はなかった。
お陰でミサキが五回分イラッとしたため追加で十五億回の死刑が発動。その後、女は以前見た光景⋯⋯正座の状態で膝の上に角石を積む拷問、石抱に処されていた。
ちなみに、この瞬間ゼーレは——、
「あ、ゴメン耐えられないからみんなでやってて」
と言い残しお手洗いと言う名の逃走を図っていた。パンドラとエイナが微妙な視線を向けたのは言うまでもない。
「ま、マイ⋯⋯マスター⋯⋯助けて⋯⋯デス」
「⋯⋯よびかた⋯⋯まねするな⋯⋯石ひとつ、ついか⋯⋯」
「嗚呼ッ!?」
積まれた石の重量は凡そ五十キロ。ビクンッと体を跳ねらせるがその動きでさらに痛みが増す。因みに積まれている石の数は六個だ。
悶絶するほどの痛み、そして悶絶することで増す痛み。終わらないどころか増し続ける苦痛に耐えかねて女も汗や涙を流し始めた。流石に、可哀想だと思ったレイジが動き出すが——
「な、なあミサキ⋯⋯」
「⋯⋯なに」
珍しく怒りを露わにしながら答えるミサキにレイジはたじろいでしまった。
「⋯⋯すまん、続けてくれ」
「⋯⋯ん」
「マイマスダッ!?」
「⋯⋯はんせい⋯⋯して」
レイジに見放され、更に積まれる石。神の様に信じていたためだけに女へのダメージは大きく、藁にもすがる思いでエイナやパンドラを見るが、
「⋯⋯」
「⋯⋯」
勢いよく目を逸らされ見なかったことにされた。誰も助けてくれない、何が悪いのかも分からない。唯々続く苦痛に女は⋯⋯心を手放した。しかし、ミサキは優しくなかった。
「⋯⋯ねないで⋯⋯はんせい⋯⋯!」
「えぐうぅ!?」
手放した心を取り戻させるように石を積み上げるミサキ。お陰で、消えていた女の瞳の光が取り戻され苦悶の声が上がる。
「⋯⋯なあパンドラ⋯⋯」
「やめて下さい、無理です。私には荷が重すぎます」
「俺まだ何も言ってないんだけど!?」
「私には今のミサキ様を止めるほどの力はございません⋯⋯本当に無いんです」
後半に行くにつれ弱々しくなっていく口調。それほどまでに今のミサキに標的にされることをパンドラは恐れていた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯なあパンドラ」
「嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌です嫌ですッ!」
「そんな嫌がらなくてもよくない!? まだ内容を言ってないぞ!?」
「ミサキ様を止めることではないのですか?」
「いや、それもやって——」
「申し訳ありません、嫌です」
「拒否が早すぎるっ! ってそうじゃなくてあの女は結局ハクレイの⋯⋯姉妹か何かか?」
レイジの頼みが女をミサキから救出することでは無いと知ったパンドラは分かりやすく安堵するとレイジの質問の解を口にした。
「厳密にいうと姉妹というより親子に近いですわ」
「あ、そうなの?」
「はい。あの方が使った鎖が分かりやすい特徴ですわ」
「ふ~ん、じゃあ、あの女は進化⋯⋯いや、違うな。アレは冒険者の体だし⋯⋯乗っ取ったのか?」
「そうですわね。地縛霊は罠を張って戦う以外に体を乗っ取ることができます。色々な条件があるそうですが、その条件さえクリアしてしまえば乗っ取ることもできます」
「やっぱ乗っ取ったのか。戦闘能力も上がってるし、喋れるみたいだし他の奴らも乗っ取ってくれれば助かるんだがな」
「そうできれば素晴らしいですわね。ですが、見たところあの方はボスクラス程に強くなっています。それなので⋯⋯」
「やっぱそう上手くはいかねえか」
パンドラの話を聞く限りでは地縛霊という種はある程度強くなり、乗っ取る標的が居て乗っ取りができるようだ。
他にも、強くなるついでに知性を手に入れるなど条件が複雑になっており目の前にいる女は偶然的なのかもしれない。
「⋯⋯」
「⋯⋯はんせい⋯⋯した⋯⋯?」
「反省しました⋯⋯申し訳ありませんデス申し訳ありませんデス申し訳ありませんデス申し訳ありませんデス申し訳ありませんデス申し訳ありませんデス申し訳ありませんデス申し訳ありませんデス⋯⋯」
石が十段目に突入し、女が石の壁と口づけをする状態になりながら念仏のように謝罪している。どうやら完全に心に刻まれたようだ。
「⋯⋯それじゃあ⋯⋯ゆるそう⋯⋯」
ようやく怒りが収まったのかミサキの顔が無表情に戻った。そして、女も赦しの言葉を聞き一層の涙を流している。
一段一段撤去される石材。
全てが撤去される頃には女は足の痛みと痺れに意識を手放し気絶してしまった。寝入った表情はとても晴れやかであり、釈放された囚人のようだ。
「⋯⋯で、結局ミサキはなんでそんなに怒ってたんだ?」
先程までのミサキであったならば聞けなかった事を口にするレイジ。ミサキも可愛らしく眉間に小さな皺を作る。
「⋯⋯私⋯⋯あのにんげん⋯⋯殺したほうが⋯⋯いい⋯⋯とおもう⋯⋯」
「ああ、それで逃げられたから怒ってたのか」
「⋯⋯それだけじゃない⋯⋯あのにんげん⋯⋯」
刻まれた眉間の皺をより深くしミサキはレイジに振り返った。本当に怒った理由を伝えるために、本当に感じた不安を伝えるために。
「⋯⋯あのにんげん⋯⋯ますたー、に⋯⋯よくないこと⋯⋯もってくる⋯⋯きがした」
この時、女の罪がどれだけ重いものだったのか、ミサキの直感がどれだけ的を得ていたのか、そして⋯⋯どれだけの危険が迫っていたのかレイジは知らなかった。
応援ありがとうございます!
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