上 下
20 / 66
一章〜盤外から見下ろす者、盤上から見上げる者〜

19話「世界【ダンジョン】攻略会議」

しおりを挟む
 
「では、お時間になりましたので始めましょう」

 日本の首脳、跡部総理の声によって重苦しい雰囲気で始まったのは世界各国の首脳、大統領が集まる異例の会議。
 居ない国もあるがテレビ通話を通しているため結果的に出席していない国は片手で数えられるくらいだ。

 開催国は日本。理由は、最も安全かつ、信頼がある国として抜擢された。世界全ての国でビザが使えるこの国の信頼度は伊達ではなかった。

「では、先立って同時に行った各国の【ダンジョン】攻略の結果を報告していただきます」

 この会議の目的は数日前に行われた各ダンジョン周辺国主導によって行われたダンジョン攻略の情報共有だ。
 そして、進行手順通り最初に結果を述べたのはアメリカだった。

「⋯⋯では、我々のところを話させてもらおうか。まず、我々が攻略対象にしたのはユーラシア大陸と北アメリカ大陸の橋渡しの様に出現した【ダンジョン】とアフリカ大陸南部に出現した【ダンジョン】の二つだ」

 アメリカの大統領は手元の資料に目を落としながら前置きの説明をする。その声には苛立ちがあり、あまり言いたくなさそうだ。

「それぞれの【ダンジョン】の特徴から、大陸間に出現した【ダンジョン】を【霊物のダンジョン】、アフリカ大陸に出現した方を【植物のダンジョン】と呼ぶ。そして、作戦内容は【霊物のダンジョン】には米軍と露軍、そして冒険者を数名派遣した。【植物のダンジョン】には我々の軍だけを派遣した」

 アメリカの作戦内容を聞き各国の首脳等は意外そうな表情をした。それは、アメリカ国内での軍とギルドが目立って対立してたからだ。恐らく、比較的仲が良かったロシアが介入したのだろうと考えるものも多いが、素直に受け入れたことの方が重視された。

「先に【植物のダンジョン】から述べさせてもらう。呼んでいる通り現れる魔物は植物系が多いがこちらは比較的難しくはなかった。投入した軍も魔物の討伐経験がある者を多く投入したのも成果の一因だっただろう。結果として、一階層の攻略が完了した」

 初のダンジョン攻略にして大きな成果を見せた米国の発表に各国の首脳等が騒めく。チラホラと賞賛の声が聞こえるが大統領の表情は明るくなかった。

「そして、【霊物のダンジョン】だが⋯⋯こちらには比較的救助で活躍していた部隊とギルドから派遣された冒険者五名が入ったが⋯⋯結果は入らなかった部隊を除いて生存者は冒険者一人だ」

 大統領の発言に一層に出席者が騒めく。聞こえる話は様々だが一番はやはり【ダンジョン】の恐ろしさだった。

「詳しい事は手元の資料で確認してくれ。結果的の我々の見解を述べさせてもらうと、【ダンジョン】内では階層を挟まない限り通話機器が使用可能であり、各階層には何らかのコンセプトが存在している。そして、【ダンジョン】によってだが⋯⋯知性を持つ魔物も存在しており、【霊物のダンジョン】ではその魔物が確認されたことを踏まえて危険度は最上級にまで上げるべきだ」

 結果をまとめた報告と自らの見解を述べた大統領は終始表情を明るくすることないう腰を下ろした。

 大統領に言われ手元にある分厚い資料を今読み始める者もいれば、予め目を通していた者もいる。前者は終わってから読もうと思っていたのだろう。後者は大統領の話を聞き、その危険性を再確認していた。

「⋯⋯では、次の方お願いします」

「⋯⋯」

 跡部総理に促され無言で立ち上がったのはロシアの大統領だった。しかし、その様子は米国同様に明るくなかった。

「我々が対象としたのは二つ。【霊物のダンジョン】に関しては省きますが、もう一つの方は【無機物のダンジョン】と呼んでいます。出てくる魔物は⋯⋯ゴーレムと言うのが分かりやすいでしょう。発見されたのは土や岩が意思を持って襲ってくる【ダンジョン】です」

 無機物と言われピンとこなかったがゴーレムや土と岩が意思を持っていると言われ各々が想像を膨らませる。

「皆さんがどの様に想像しているか分かりませんが簡単に言い表すなら『人間に模した材質が土や岩の巨大な人形』と言ったところでしょう」

 ロシアの大統領の補足説明に出席者が理解を示すように頷く。しかし、一部の者達は巨大と言う単語を各々で解釈していた。

「そのゴーレムが大量に現れる中、一階層の出口を見つけることはできましたがその直前に守る様に居た全長十メートルに及ぶ鉄製のゴーレムのお陰で踏破はできませんでした」

 巨大、巨大と言われていたがそこまで大きいとは考えていなかった気にしていた一部の出席者を含め全員が動揺した。
 実際、ダンジョンの外ではそれほどに大きな魔物は現在発見されていないのも動揺の要因の一つだろう。

「電子機器は先に説明されたものと同様であり、この攻略に向かった者で生存したのは、出口まで到達した数部隊のみ⋯⋯以上です」

 ロシアの大統領は沈痛な顔で腰を下ろした。世界大国で名を馳せるロシアだ。多くの舞台を派遣したのにも関わらず、結果として生き残ったのは数部隊の数十人ほど。

 その様に頭を回した出席者達は大統領の暗い雰囲気に理解し、同情すらしていた。
 こうして各国が行った作戦が次々に説明されて行った。

 インド洋に出現したダンジョン、呼称【異物のダンジョン】はインドが主導となった。
 しかし、結果としては全滅状態に近かいもにとなった。全滅にならなかったのは同時に入った冒険者がダンジョンの異様な雰囲気に気づき撤退を考えたからだ。

 壊滅した部隊は原因不明の症状を起こし、死亡もしくは様々な病的症状を発症したことからウィルスや細菌が魔物となっていることが考えられた。

 アフリカ大陸北東部に出現したダンジョン、呼称【虫物のダンジョン】はフランスが主導となった。

 ダンジョン内部は密林と化しており、蚊やハエなどの小さいものから一メートル程のカブト虫などが出現した。入った直後に気づいたフランス軍は火器を使い密林を燃やしてしまおうと考えたがその結果出口が発見できず途中で撤退となった。

 中国よりの日本海上に出現したダンジョン、呼称【妖物のダンジョン】は中国と韓国が共同で行った。

 内部で現れるのは二メートル程の鬼や骸骨。投入された共同軍と冒険者数百名。しかし、予想以上にダンジョン内の魔物が強く一階層の突破時点で軍は半壊。冒険者は八割死亡、他は逃亡してしまった。

 日本よりの太平洋海上に出現したダンジョン、呼称【水生物のダンジョン】は日本が対応した。

 ダンジョン内は水で満たされておりほぼ水中戦となったため入ることができたのは日本が保有し、使える潜水艦十隻となった。
 そして、現れたのはサメの様な肉食系から鯨の様な哺乳類系など数種類が発見されたがどの個体も潜水艦を発見次第攻撃して来た。結果、残ったのは後方支援に徹していた二隻のみであった。

「⋯⋯では次の国、お願いします」

 報告が進むにつれ雰囲気が重くなる会議。いくら危険が想定されていたとはいえ、ここまで成果が上がってこないとなると技術の発達を疑いたくなる。

「⋯⋯私達イギリスは再生部付近に出現した【ダンジョン】を【機物のダンジョン】と呼んでいます。この際ですからハッキリと言いましょう。今回の攻略で⋯⋯軍及び、冒険者数百名が全滅しました」

 イギリスのバッサリとした物言いに出席者達は苛立っていると感じざるを得ない。だが、次に発したイギリスの言葉が苛立ちではなく恐怖だった事を知る。

「⋯⋯反撃されたのです。【ダンジョン】から出てきた一体の魔物⋯⋯黒髪女型の機械人形マシンドールによってっ!」

 イギリスの言葉を正確に理解した者はどよめいた。理解できなかった者も近くに座る者に聞きその真意を理解した。
 そう、【ダンジョン】の中で全滅したのではなく【ダンジョン】の外で全滅したのだ。これが意味することはすなわち——、

「報告ではその女型の機械人形マシンドールが突然【ダンジョン】から現れ、様々な武装で攻撃。こちらが壊滅した事を確認した後に南アメリカ大陸方面に飛び立った。ハッキリ言いましょう⋯⋯これだけの能力差がある現状、【ダンジョン】から魔物が放たれたら世界は終わる!」

 そう、【ダンジョン】の中にいる魔物は【ダンジョン】の外に出ることができるのだ。
 そして、イギリス首相が言った通り、本気で全面戦争をするなら確実に人類が先に滅びるだろう。

 この発言に会議全体が揺れる。この瞬間、一分一秒でも無駄にできないことに各国トップは気づいたのだから。

「静粛に! 静かにして下さい!」

 議長国となり議長を務めていた跡部総理も内心焦りながらも場を沈めに入った。

「皆さん、危険が迫っているのは理解できますが、この会議が不要になるわけではありません。正確な情報、より具体的な案を考えるに至ってもこの会議は無駄にはなりません。なので、席に戻り会議を続けましょう」

 跡部総理の演説のお陰えもあり、席を立ち上がりそうになった者も一応はその腰を下ろした。

「では、この流れですと南アメリカ大陸の方の報告を先にして下さい」

 イギリスの話を聞き重要度が増した南アメリカ大陸に出現したダンジョン。立ち上がったのはブラジルだ。

「⋯⋯先にイギリスの首相が言った通りこちらに黒髪の女型機械人形マシンドールが来ました」

 ブラジルの大統領の発言にどよめきを通り過ぎ全員が嫌な汗を感じ取る。大統領もまた眉間のシワを深く刻み静まり返った会議で言葉を続ける。

「⋯⋯女型機械人形マシンドールは我々の軍、冒険者を皆殺しにした後に【ダンジョン】——呼称は【動物のダンジョン】に侵入し⋯⋯それからおよそ十分後に【動物のダンジョン】が消失しました」

「「「「な!?」」」」

 開いた口が塞がらない者、ペンを落としてしまう者様々で室内が驚愕に包まれた。

「だ、【ダンジョン】が消滅しただと!? どういうことだ!?」

「それは本当なのか!?」

 驚愕から我に返った者達が次々に叫び上がる。
中には話すの続きを聞くために落ち着かせようとする者もいるが全体的に荒れてきている。

 跡部総理も表面上は落ち着いているように取り繕っているが内心は驚愕と焦りで支配されていた。

 何故【ダンジョンマスター】が他の【ダンジョン】を襲ったのか。この謎は【ダンジョンマスター】同士は仲間ではない事の確信への裏付けとなると同時に、【である事も示していた。

 そして、この事実がどれだけ危険であるかを概算した。
 概算を終えた跡部総理は荒れ狂う会議を見渡した。同様の見解まで辿り着いた国の代表を探すために。

 目が合うのは数カ国。流石と言うべきか誰も彼もキレ者と謳われる者や主要国の代表者ばかりだ。
 跡部総理は全員の顔と名前、国を覚えると立ち上がり声を張り上げた。

「静粛にッ!」

 この一言で荒れていた会議に静寂の風が吹きわたった。チラホラと声を荒げていた場所はその風に乗り沈黙せざるを得なくなった。

「今の話を聞き言いたい事、聞きたい事が数多くあるのは分かります。ですが、最後の【ダンジョン】の報告を聞いてからでも遅くはありません」

 跡部総理はこの会議でもう一つ確信を得ていた。どの報告も統一がある物ばかり。だが、【ルール説明】ではもう一つの有るのだ。重要な不統一の【ダンジョン】の報告が。

「では最後の報告を」

「⋯⋯ええ、分かりました」

 立ち上がったのはオーストラリア首相。顔色は優れておらず、今にも倒れてしまいそうなほどだ。

「私達の攻略対象の【ダンジョン】は⋯⋯予想ですが⋯⋯」

 オーストラリアの首相が言葉を詰まらせる。言っていい事なのか、言わないほうがいいのか、瞑目した表情はそう悩んでいるようにも見える。
 そして、決断し目を開けた——。













「攻略対象の【ダンジョン】は呼称——【魔王のダンジョン】でした」

 この瞬間、跡部総理の確信は事実へと変わった。
しおりを挟む

処理中です...