ダンジョンマスターは魔王ではありません!!

静電気妖怪

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二章〜世界文明の飛躍〜

32話「第一の遊戯『命の重さを知る』」

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 ——歩くたびに地面を削る音がする。
 ソレは罪のよう絡みつき罰のように重くのしかかる。
 逃がさない、と言わんばかりに複雑に巧妙に嫌らしく身動きを奪うのだ。

 ——歩くたびに荒い呼吸の音がする。
 疲労が思考を鈍らせ、緊張が決断を遅らせる。
 こっちだよ、と言わんばかりに甘美に妖艶に時には大胆に目を奪うのだ。

 それでもまた一歩進み、見えない終わりを求め更に一歩進む——進むしかないのだ。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」


 漆黒の樹海を肩で息をしながら美香は突き進んでいた。
 片方の肩で眠っている幸を担ぎ、悪いとは思っているが足を引きずりながら進んでいる。


「うっ、はぁ⋯⋯ふぅ⋯⋯」


 強く打ち付けてしまった左腕が痛み口からは時折苦悶の声が漏れる。
 どれだけこの苦痛を受けただろうか?
 あとどれだけ苦痛を受けいれるのか?
 そんな自問自答を繰り返しながら進んだ道を振り返る。


「はぁ、はぁ⋯⋯もう、大分⋯⋯見えなくなった⋯⋯かな」


 美香が何を指標にしているかと言うとラウと出会った場所もあるが、そこを出た直後で遭遇した複数のトレントの死体⋯⋯の跡だ。
 樹海に入る瞬間、それは一番警戒していたが心の何処かで一番油断していた瞬間だった。
 そのタイミングで一気に仕掛けられたが驚いた拍子に運良く右手に持っていた魔道具を発砲し目の前にいたトレントを木っ端微塵に砕くことができたのだ。


「本当⋯⋯参っちゃう⋯⋯よね」


 そう言って美香は前に振り返りまた一歩ずつ前進していくのだった。

 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾

 暫く進むと美香は眠っている幸に言葉をかけるようになった。


「あ、あと、どれくらい、あるかな⋯⋯?」
「⋯⋯」


 当然だが返ってくる言葉がない。


「もう、半分は、歩いた、かな⋯⋯?」
「⋯⋯」


 投げかける言葉の数が増えるにつれて返ってくる言葉への期待が薄らいでいく。
 それでも、美香は言葉を投げ続けた。この寂しくも怖い時間に耐えられないと自覚しないために。


「そう言えば、だけど、結構、重い⋯⋯ね」
「⋯⋯」
「あ、いや、幸が、重い、って訳じゃ、ないよ?」
「⋯⋯」
「人間って、結構、重いんだな、って、思っただけ、だよ⋯⋯?」
「⋯⋯」


 頭の中で寝ている時の自分を想像し、安眠を支えてくれているベットに注目する。
 これだけ重く感じる一人の人間を壊れることもなく、文句を言うこともなく支えてくれていることに感服してしまう。
 そんなどうでもいい事に思考を使い美香は必死に気を紛らわせようとするが——、


「現代の、技術って、すご——ッ!」


 ボコリ、と僅かにだが足元に異変を感じ咄嗟に身を翻す。
 そして一瞬遅れて美香が居た場所に一本の黒い木が勢いよく伸びたのだ。


「⋯⋯やっぱり」


 そして休む暇なく足の裏に次の異変を感じる。
 美香は歯を強く咬み足に力を入れ全力で飛び退く。避けた先にまた、また、また、と足の裏の感覚に集中し更に身を引き、捻り、転がる。


「一体、どれだけ、出てくるのよ!」


 美香の口から出た悲鳴に近い叫びが届いたか、ようやくのことで地中からの攻撃が止んだ。


「お、終わった⋯⋯! なら、これでもくらえ!」


 立ち並んだ黒いトレントは唐変木の様に緩慢な動きで美香を探す。
 その隙を美香は逃さずに魔導具で木っ端微塵にしようと引き金を引いた。


「ゴホッ、ゴホッ⋯⋯ど、どう?」


 大きな爆発と共に立ち上がる土煙。美香の顔面にも容赦なく襲い、咳き込んでしまうがそんなことはどうでもよかった。
 期待する未来は先ほど見た光景。僅かに焦げて、窪んだ地面とその周囲に散らばる木片。しかし、


「⋯⋯うそ」

「ゴアァ⋯⋯」
「ウゴゴォォ⋯⋯」
「ガアァ⋯⋯」


 煙が晴れた先にはその期待は叶っていなかった。
 傷は付いている個体、焦げた個体がいるものの砕け散ったトレントはいない。先ほどまで戦っていたトレントとは一線を画す別の魔物であるかのようだ。


「なんで⋯⋯ど、どうしてよ!」


 焦りが加速し、不安が芽吹く。
 美香は引き金を引き続け連射するが——、


「——ッ! こ、こんな時に弾切れ!?」


 魔道具から弾の発射音の代わりに空を切る音が響く。
 美香の脳裏に浮かび上がるのは花畑で乱射した幸の姿。


「何で⋯⋯ああ、もう!」


 ガシャッ、と勢い良く魔道具を投げつけ美香は身を翻し出口へと走る。


「何で⋯⋯どうして⋯⋯!」


 何でこんな時に限って弾が切れるのか。
 どうして急に倒せなくなっているのか。
 何で、どうしての疑問が回らない頭の中で錯綜する。


「はぁ、はぁ⋯⋯いっ⋯⋯!」


 そしてこんな時に、こんな時だからこそ全身の筋肉が悲鳴をあげる。
 無理な動きと限界を迎えた体力がこれ以上の抵抗を妨げようとする。


「ゴアァ⋯⋯」
「ウゴゴアァ⋯⋯」
「アアァ⋯⋯」


 首だけを動かし後ろを見ればゆっくりだが確実に美香達との距離を詰めてくる大量のトレントの姿があった。


「——ッ! 早く⋯⋯早く逃げないと!」


 筋肉の悲鳴なんて聞いてられない。
 疑問の答えなんて探してられない。
 逃げなければ、逃げなければそれで終わってしまうのだから。


「早く、早く⋯⋯動いて、動いてよっ!」


 魔道具を投げつけたことで空いた右手で太腿を殴りながら走る美香。
 鈍い痛みが足を鞭打つ様に刺激し、トレントの大群に遅れない速度で進む。そして——、


「はぁ、はぁ⋯⋯あっ⋯⋯」


 美香の視界の端に光が映った。
 終わりを知らせる光が、出口を見せる光が、苦痛を解放する光が、美香の瞳に映ったのだ。


「もう少し⋯⋯あともう少し⋯⋯!」


 だが——、


「ゴゴゴボボボアァ⋯⋯!」


 一体のトレントが行く手を阻んでいた。
 それが後ろから追いかけてきているトレントとは見た目も雰囲気も全く異なっていた。
 赤く塗りつぶされた様な木皮、嗤う様に三日月の目と口の模様を彩った黒。全長も高く、今までの個体の倍ほどの高さと太さを有している。
 そんな真っ赤なトレントは嘲笑うかの様に声をあげ、枝を広げ美香達の正面に立った。


「なに⋯⋯こいつ⋯⋯」

「ゴゴゴボボボアァ」


 立っているその姿だけで美香は立ち竦んでしまう。限界を超えて使われた膝もここまできたら笑うしかできない。


「こんなの⋯⋯どうすればいいのよ⋯⋯」


 自然と後ずさりしてしまう。しかし、後ろから迫り来る黒いトレント達の唸り声がそれを許さない。
 進んでも死、戻っても死。
 どうしようもないな、と思えてしまった美香は諦めてしまおうかと思ったその時——、


「ゴアァッ!?」
「ウゴゴアァッ!?」
「アアァァッ!」

「⋯⋯え?」


 黒いトレント達の断末魔と大量の爆撃音が響き渡った。
 呆けた表情で振り返った美香が目にしたのは、


「ようやく⋯⋯見つけた」
「ま、まり⋯⋯あ⋯⋯?」


 どこか覚悟めいた物を背負った真里亞が執念の炎を燃やし美香の隣に立った。


「どうして⋯⋯ここに?」
「ここが出口だから。それ以外に理由がいんの?」
「⋯⋯」


 荒々しい口調で責め立てるように言葉を発する真里亞。その勢いに美香は萎縮してしまい、口を閉ざしてしまう。


「⋯⋯アンタさぁ、何がしたいの?」
「⋯⋯え?」


 荒々しい口調も、責め立てるような勢いも変わっていない真里亞が突然に美香に問うた。
 その言葉には先ほどには無かった棘と苛立ちを垣間見せて。


「それって⋯⋯どういう⋯⋯」
「アタシはここから出たい。それだけ。寧ろそのためならアンタだって殺すし、香だって殺す」
「——ッ」
「アタシ生きたい。生きて生きて生き延びる。例えどんな非道だと知ってても絶対に生き残る。それだけ。でもアンタはさ⋯⋯何なの? 他人の命を背負ってまでして何がしたいの?」
「私が⋯⋯したいこと⋯⋯?」


 真里亞に言われて対面する自身の願い。
 香に謝りたい。
 香に償いをしたい。
 香の気持ちを聞きたい。
 香に——


「⋯⋯香に⋯⋯会いたい」


 自然と溢れた美香の願い。忘れかけ、諦めかけていたその願い。
 別に許されなくたっていい。
 別に罵られたって構わない。
 別に嘘だろうと気にしない。
 ただ忘れてはいけない、諦めてはいけない。最後まで足掻き、もがき続けないとそれは絶対に叶わない。


「⋯⋯アンタ達の友情ってやつ? には嫌気がするけどまぁ⋯⋯良いんじゃね?」


 荒々しさを小さめに、その代わりに呆れを雰囲気で出しながら真里亞は美香から離れ、赤いトレントに向かっていった。


「まり——」


 片手に持つ一丁の魔道具だけが唯一の装備品。
 美香はあまりに無謀、あまりに無駄なその行動を止めようとするが、


「アンタは黙ってな。正直、出てこられると邪魔なんだよ」


 その一言で真里亞は美香を一蹴し、赤いトレントの正面に立った。
 さながら物語の主人公のように、猛然と立ち塞がる強大なトレントを前に真里亞の覚悟は一寸も揺らがなかった。


「さぁて、アタシは生き残りたいんだ。そのために⋯⋯死ねやッ!」


 その場で跳躍した真里亞。その高さは普通の人間をはるかに超え、トレントの頭上を取る。
 トレントも機敏に真里亞の動きに追いつき視線を上に向けるが——、


「遅すぎんだろ」


 真里亞の手にはが握られていた。どちらも同じ機関銃型の魔道具。二つの凶悪な発明がトレントに向けられた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラアァァッッ!」


 雄叫びと共に引き金を一気に引き、雨のように小規模爆発を伴う弾丸が放たれる。


「ウゴゴゴアァッ!?」


 美香の魔道具による爆撃は単発であったために致命傷に至らなかたが、ここまで連続した爆撃は流石の赤いトレントも余裕の声ではなく、何処か焦っている声に変わる。


「ゴアァッ!」


 赤いトレントも負けじと強靭な腕を払い弾丸ごと真里亞を打ち払おうとするが、


「マヌケがっ!」


 狙いを定めた真里亞の銃撃が振るわれるトレントの腕を正確に爆撃しその強腕が直撃する前に爆風で逃れる。


「な、何これ⋯⋯本当に人間なの!?」


 その判断力と大胆さに美香は度肝を抜かれ、驚愕する。
 始めのジャンプ力もだが爆風で攻撃を避けるなんて芸当は思いつきましない。


「アンタとは生きることへの執念が違うんだよっ!」


 ダメ押しとばかりに落下しながら撃ち続ける爆撃。狙いは局所集中の足破壊。


「ウゴゴアッ!」


 一番薄く、重心で重要な役割を担っている根を破壊されトレントのバランスが大きく崩れる。


「今だ! 逃げんぞ!」


 真里亞の呼びかけで止まってしまっていた足を美香は再度無理矢理動かす。
 トレントがバランスを取り戻す前にどうにか通り抜け、遅れて真里亞も横をすり抜ける。


「走しんな! 追いつかれっぞ!」
「う、うん!」 

「ウゴゴアァッッ!」


 赤いトレントが体制を整え、怒り狂った形相と怒声で美香と真里亞の後を追いかける。
 速度は僅かにだがトレントが上回っており、その差は徐々に縮まる。


「チッ! しぶといデカブツめ!」


 振り返りながら引き金を引き脚を止めようとするが、トレントはその速度を緩ませない。そして——、







「⋯⋯ま、間に合った」


 トレントの剛腕が追いつく直前で美香は真紅の花畑に辿り着いた。
 殿を務めていた真里亞もまた同時に入り込み、背中を追っていた赤いトレントは悔しそうに模様を歪め真紅の花畑に入ろうとしない。


「どうやら⋯⋯逃げ切ったみたいだな」


 真里亞の口からも安堵の言葉が漏れる。額を拭っているその姿がどれだけ安心しているかが伺える。


「お、終わった⋯⋯やったよぉ⋯⋯」


 死の危険から間一髪で逃げ切った美香は全身の力を抜きその場で座り込み、喜びと達成感の笑みを浮かべていた——これがまだ遊戯ゲームの始まりでしかないとも忘れて。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 ーーーーー
 名前:枢木 真里亞
 種族:人族
 性別:女
 Lv:33
 HP:E
 MP:E
 技能:人型戦略兵器ワンマン・アーミー<2>、生命の躍動<->、身体強化<2>、
 称号:生への執着する者、
 ーーーーー

 ーーーーー
 人型戦略兵器ワンマン・アーミー<2>
 等級:B

 使用したことがある武器と認識する物全てをを再現することができる。
 再現度や規格、精度は使用者の魔力と情報量、練度に依存する。
 ーーーーー

 ーーーーー
 生命の躍動<->
 等級:C

 使用者に死の危険が迫れば迫るほど潜在的能力の上限を解放する。
 ただし解放できる上限に限界があり、それ以上の解放は死に直結する。
 ーーーーー
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