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四章〜最悪の世代と最後の世代〜

第60話「新しき王が平穏」

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 ——霊物のダンジョン。
 ここでは今日も今日とて平和な時間が流れていた。


「それでは第⋯⋯何回か忘れた『今日のお兄ちゃん添い寝選手権』を始めるよっ!」


 拳を高々と上げる白髪赤眼の少女——ゼーレを中心に「おーっ!」と掛け声が上がる。
 参加しているのは真っ赤な髪に黒い斑点が特徴的なミサキ、黒髪黒ワンピースに片手にはレイジを模した人形を持っているエイナ、紫紺の髪に同色の瞳は出立ち相まってお嬢様感が溢れ出ているパンドラの三名だった。

 そして、その横では一面に拳大の穴が開けられた大きな箱を抱えている金髪の女性。
 名前はなく、その正体は元冒険者であったその体を乗っ取った地縛霊だ。流石に古参組に混じることができず手伝いをさせられていた。魔物社会は縦社会なのだろう。


「ゼーレ様! 言われていたものを作ってきたデス!」
「うむ、ご苦労『女』ちゃん。君の貢献はちゃんとお兄ちゃんに報告しておくよ」
「ハハーっ! ありがたき幸せデス」
「よきよき。ではでは、今回のお題は——」


 そう言いながらゼーレは『女』が持っていた箱に手を入れるとガサガサと中身をかき混ぜながら、その中の一枚を引き出した。
 そんな光景を呆れた表情でレイジは見守っていた。
 膝の上には多色をごちゃ混ぜにした様な幼児服を着た少女——テトラがゆらゆらと体を揺らしていた。ここ最近は常にレイジの膝の上をキープしており上機嫌だ。


「はぁ、アイツ等⋯⋯一体、なにバカなことしてるんだか」
「ねー、バカなことしてるー」
『ワイにもよう分からんが、楽しそうやしええんちゃう?』


 レイジに便乗して呆れるテトラの腕の中で一本の蛇腹刀が反応した。
 斧の刃をいくつも繋げたような蛇腹の刀——妖刀は触れているものにしか自身の声を届けることができない。今回はテトラと触れ合っているレイジにもちゃんと聞こえている。


「まぁ、暇を持て余して暴れられるよりはずっといいか」
「いいかー」


 レイジの真似をしてニコニコと上機嫌なテトラ。
 平穏で平和な時間が訪れるとは少し前の自分では考えもしなかっただろうな、と昔を思い出しながら感傷に浸っていると——突如、背後から腕が回された。


「お兄ちゃーん! ゼーレを慰めてぇ」


 犯人はゼーレだった。
 半ベソの状態でレイジの背中に寄りかかるように抱き着いてきた。
 ゼーレの襲撃にレイジの膝の上でテトラが猫の威嚇のように「フーッ!」と声を上げている。


「どうどう、落ちつけテトラ。ゼーレも早く離れろ」
「え~、だぁってぇ~」


 相変わらず犬猿の中であるゼーレとテトラ。
 最近ではテトラが成長してきたのか泣かなくなったが、見るからに威嚇の態勢をとるようになった。
 ゼーレはそんなテトラを意に解することなく受け流している。今もアヒル口を作りながら駄々をこねつつ離れる様子はない。


「そうですよゼーレ様。今回の勝者はミサキさんなんですから離れてくださいまし」
「⋯⋯ん。お姉ちゃん⋯⋯約束⋯⋯破る、の?」
「ん~、約束は添い寝権であって、今の引っ付きタイムは別だよ~」
「⋯⋯お姉ちゃん?」


 ミサキの凄みには流石のゼーレも身を引いた。
 飄々と受け流していた態度を一変させ、「もお~、冗談だって~」と言いながら両手を上げ数歩下がる。
 ミサキの手がククリナイフから離れたのを確認するとレイジの横に腰を下ろした。


「はぁ、あんまり適当にしてるといつか本当に切られるぞ」
「え~お兄ちゃん、ゼーレのこと心配してくれるの?」
「⋯⋯心配した俺がバカだった」
「あー! ウソウソ! 冗談だって! お兄ちゃん拗ねないで~」


 呆れてそっぽを向くレイジにゼーレが両手を大きく振ってお茶らける。
 しかし、それで場が和まないと感じたのか「はぁ⋯⋯」とため息を吐くと膝を抱え、先ほどまでの陽気な雰囲気はどこかへ隠れてしまった。


「ホント、最近は上手くいってるのに、上手くいかない⋯⋯ね」
「さっきのゲームのことか?」
「あははっ、ゲームはみんなが楽しそうにできたからゼーレ的には大成功だよ」


 そう言ってゼーレは遠くの方を見た。
 いつの間にか二回戦目が始まっており、今はゼーレの代わりに『女』が参加し盛り上がっていた。
 そんな光景を羨ましそうに、しかしどこか寂しそうにゼーレは見守っていた。


「お兄ちゃんがダンジョンマスターになってから、こんなに平和な日々はなかったでしょ?」
「まぁな。ずっと戦ってばかりだったよ」
「ダンジョンマスターは基本的には受け身だからね~。最初のうちはずっと攻められっぱなしなんだよね」


 ゼーレの言葉で思い出される戦いの日々。
 魔王配下の悪魔、冒険者、勇者、軍隊、そして同業であるはずのダンジョンマスターにも攻められた。


「やっぱ、攻めに出れないのが厄介だな」
「みんなが暴走しちゃうからね~」


 ダンジョンマスターは外には出れない——訳ではない。
 事実、レイジは一度だけ情報を収集するために外に出ている。しかし、問題なのはダンジョンマスターではなく、ダンジョンの魔物の方にあった。
 ダンジョンの魔物はダンジョン内でしか生きることができず、一度ダンジョンの外に出ると暴走状態になってしまう。
 そのため、外へ攻め入る場合にはダンジョンマスター単身となり戦力が一気に下がってしまうのだ。


「涼宮たちが攻めてきた時は魔物も連れてきてたけど——」
「完全に捨て駒扱い、だったね」


 過去にレイジのダンジョンに攻めてきたダンジョンマスター涼宮零は、魔物の暴走状態である『突発的魔物発生現象スタンピート』を意図的に起こすことで多大な被害を与えた。
 しかし、それも一度きりの手法であることには間違いない。


「流石にあんなものを見せられると同じ方法は使いたくないな」
「ゼーレも同じ気持ちだよ」
「総力戦ができない、単身じゃあ戦力不足。こんなんじゃあ——」


 ようやく手に入った平穏が思考を柔軟にしたのか、はたまた最近の心地よさのおかげか、レイジはゼーレと話している中であることに気づいた。

 ——どうやったら魔王を倒せるのか?

 戦いばかりの忙しない日々で忘れていた目的。
 イラ立つ気持ちで見失ってしまっていた目標。
 とてつもなく重要なことに気づいたレイジは目を見張り、隣に座っているゼーレに話を持ちかけようとしたが——、


「ゼーレ、今後のことだが——」
「あーあ、もうヤダヤダっ!」


 ゼーレはレイジの言葉を遮るように伸びをした。
 立ち上がり、白いワンピースについた土埃をパンパンと払い取ると「ホント、こっちは上手くいかないよね」と言ってテトラ、レイジと順に一瞥した。


「みんなと騒ぎすぎて疲れちゃったから先に部屋に戻ってるね。あ、そうだ! 安心して、今日はお兄ちゃんの布団には潜り込まないから!」


 片目でウインクをしながらそう言い残すと、ゼーレはパタパタと足音を立てて寝室のある最下層へと降っていった。


「⋯⋯まあ、いっか」
『ええんか? なんや大事そうな感じやったけど」
「どうせ後でまた話すよ。それに俺も考える時間が欲しいからな」


 本当は今すぐにでもゼーレの知識や考えを聞きたいレイジだったが、あそこまで気落ちしている姿を見たことがなかっただけに気持ちが削がれてしまっていた。


「ま、今はこの平和な時間を満喫するよ」


 そう言いながらレイジは上を見上げた。
 目に映るのは見慣れた岩盤の天井、耳に入るのはワイワイと騒ぎ立てる仲魔の声、肌から伝わるのは娘のように可愛がっている少女の温もり、そして——、


「よぉ、テメェが【ダンジョンマスター】か?」


 ——侵入者を知らせる不快感が全身を巡った。
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