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四章〜最悪の世代と最後の世代〜

第61話「古の王が闘争」

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 洞窟の中に生まれた不自然な裂け目。
 力技でこじ開けられたような歪な割れ方をした空間は、その先が光も届かぬ深海のように閉ざされていた。
 そして、その暗闇の中から這い出るように何者かがヌルリと姿を表す。

 尾ひれのように広がる金髪、獲物を狙っているかのような獰猛な瞳、返り血を浴びたかのような真っ赤な特攻服を纏う女性——喰貝翠華が降り立った。


「もう一度聞く。テメェが【ダンジョンマスター】か?」
「妖刀ッ!」
『了解やでっ!』


 レイジは侵入者の質問を無視し、飛び退きながら妖刀を横一文字に振るう。
 鞭のようにしなる妖刀はレイジに抱えられているテトラに巻きつくと、より後方——ゲームを満喫している仲魔達へと投げ飛ばされた。


「パパっ——!」
「エっ? ちょっ、何がどうなってるんデス——ぶへっ!」


 投げ飛ばされたテトラは直線上にいた『女』の鳩尾に頭を埋めながら止まった。
 そして、テトラの襲来で他のメンバー達もようやく侵入者の存在に気がついた。


「あ、貴方様! いったい何が?!」
「侵入者だ! 全員迎撃体制を——」
「——オイ」


 一瞬——パンドラに指示を出すために注意を逸らしてしまった次の瞬間に侵入者の声が耳元で聞こえた。


「——ッ!?」


 ゾッと走る悪寒に従うと、そこには既に拳を振り上げた侵入者が間合いを詰めていた。

 スローモーションに進む世界の中で、自分の体は全く動かないのに迫り来る敵の拳。まるで、走馬灯のように進む世界でそれが持つ危険性をレイジは直感した。

 しかし、理解できたからといって避けられるわけはなく——、


ガキ非戦闘員を逃したのはよかったが、判断がオセェ」
「——ガハッ!」


 その凶悪な拳はレイジの胴体をくの字に曲げると、一直線に壁へと打ち付けた。
 轟音が響き、土煙が舞う。打ち付けられた壁の一部が瓦礫となり、レイジを押し潰し小さな山を作る。


「あっけねぇ。これが新しい【ダンジョンマスター】か? 弱ぇ、弱すぎんぞ」


 瓦礫の山を見ながら侵入者はぼやいた。そこへ——、


「——死ネ」


 ——スキル『神速』により目にも止まらない速度となったミサキが侵入者の背後をとった。
 振り下ろされるククリナイフは獲物を刈り取る爪のように侵入者の首元へ向けられている。そして——、


「スピードは悪くねぇが、技術がねぇな」
「——ッ!」


 ——甲高い金属音とともにその凶刃は、打ち付けられた拳によって受け止められた。
 カタカタと拮抗する刃と拳。ミサキがいくら力を込めようとも刃はピクリとも動かない。


「⋯⋯チッ」


 短く舌打ちをしたミサキは諦め、一旦離脱を図ろうとするが——、


「どこ行こうってんだ!」


 ——まるで未来予知のようにミサキの進行方向を侵入者の蹴りが阻んだ。
 驚愕するミサキ。まるで死神の鎌のように振り下ろされる一撃に避ける余裕もなく、レイジ同様に壁に打ち付けられてしまった。


「ミサキ様っ! よくも! 許しません!」


 ミサキよりワンテンポ遅れてパンドラがようやく戦場へ辿り着いた。
 既に抜いた細剣レイピアには闇の魔力が施されており、陰鬱なオーラが剣心を覆っている。


「ハアアァッ!」


 頭、眼、首、両肩、鳩尾——おおよそ、急所になり得る部位を正確無比に刺突する。
 当たれ、当たれ! と今まで培ってきた技術で目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出し、侵入者の心臓を捕らえるが——、


「技術は悪くねぇ。足りねぇモンスピードがわかってる、が——」
「なっ——!」


 ——剣先が進まない。
 左胸を突き刺す細剣レイピアは皮膚の表面をわずかに削っただけで、それ以上奥へは突き刺さらない。


「まだ気合い攻撃力が足んねぇ!」
「しまっ——!」


 侵入者は刺さる細剣レイピアの力を利用し一回転。同時に足を振り上げ、裏蹴りをパンドラの頭部へと狙いを定める。
 当たった一撃と、予想外の展開にパンドラは足の間合いから逃げることができず、咄嗟に両腕でガードに入る。

 ガツンッと、おおよそ殴り合いでは発しない鈍い音と共にパンドラは軽く吹き飛ばされた。
 吹き飛ばされたパンドラは空中で一回転すると着地し、侵入者——の奥にいる相手へ目を向けた。


「はぁはぁ。た、助かりましたエイナさん」
「あ、危なかったですわぁ。間に合いまして良かったですのよぉ」


 パンドラの視線の先には地面に右手を着けたエイナの姿があった。

 右手からエイナの影が不自然に伸び、侵入者の影を捉えると一体となり侵入者の動きを止めていた。タッチの差で間に合った影魔法がパンドラの命を救っていたのだ。


「影魔法か。珍しいモンがいんじゃねぇか」


 影を縛られて要るにも関わらず、侵入者はゆっくりと上がっている足を下ろした。

 その力技にエイナとパンドラは驚愕するも、先ほどまでの俊敏さはなく、動かし難そうノロノロと足を下ろす。そして、手を握り、開きを何回か行いエイナへと視線を向けると——、


「悪くねぇ、悪くねぇぞ。コレでさっきまでと同じようには動けねぇが——」


 一気に駆け出した。
 先ほどまでの緩慢動きから一変しそれなりの速度でエイナへと近づく。早々に仕留め、デバフを解く腹積りだろう。


「ひっ——!」
「しまったっ!」


 標的にされたエイナはあまりの恐ろしさに可愛らしい悲鳴をあげる。
 一方、パンドラは侵入者の動きの緩急についていけず反応が遅れた。急いでエイナと侵入者の間に入り込もうとするが——間に合わない。


「アタシを止めるんにはもう一手足りなかったな」


 間合いを詰めた侵入者は一撃必殺の拳を振り上げる。
 エイナはそれを防ぐために身を小さくし、一つの影を侵入者との間に作り出す。影はウネウネと厚く小さい形状を作ると、今にも何かを|。


「一点防御か。いいぜ、勝負だッ!」


 エイナの判断に気合を込める侵入者。そして、振りかぶった拳を振り下ろそうとするが——、


「残念ですが、その勝負——お受け致しませんわぁ」
「——なに?」


 ——ガチャン、と金属が突っ張る音に止められた。
 否、正確には振り下ろす腕にが巻き付けられており、強制的に止められたのだ。


「ミーを忘れないで下さいデスッ!」


 鎖を放ったのはハクレイと同じ地縛霊の『女』。
 右手を前に出し決めポーズを取りながらドヤ顔をかましている。

 そして、鎖に気を取られた侵入者は動く影から注意を逸らしてしまった。


「隙あり、ですわぁ!」


 エイナは『女』が近づいて来ているが見えていた。
 そして、侵入者の攻撃が鎖によって阻まれることまでを予測し布石を打っていた。それが、防御に見せかけた影。
 小さく厚くなっていた影の塊は圧縮していた力を解き放ち侵入者に狙いを定め——伸びる。


「よく見てやがる! いい連携だ! だがな!」


 侵入者は咄嗟の判断で影が伸びる位置を当て、握る拳で迎え撃った。
 パンドラの細剣レイピアすら通さなかった皮膚は当然貫くことはできず、侵入者を後方へと大きく吹き飛ばした。


「うお?!」


 驚く侵入者。しかし、一瞬で状況を判断すると空中で体を捻り着地の体制を整える。
 そして、着地地点で待っていたのは——、


「先程の借り、返させていただきますッ!」


 深淵魔法を使い、相貌を一変させたパンドラだった。
 深淵魔法は使用までに時間がかかる上に、使い続ければ死んでしまう禁忌の魔法。しかし、得られる力は絶大でありパンドラは短期決戦でのみ使っている。


「禁忌の魔法かッ! 面白れぇ、面白いぜテメェ等ッ!」


 狂った様に獰猛な笑みを浮かべる侵入者。
 先程とは段違いの深い闇をまとった細剣レイピアに侵入者は変わらぬ拳を突き出し迎撃しようとするが——、


「させ⋯⋯るか、よッ!」
「⋯⋯ん!」


 ——伸ばす腕に蛇腹の剣が巻き付いた。
 拘束された腕は思うように伸ばすことも防御に回すこともできない。そして、ダメ押しとばかりにミサキの一撃が侵入者の胴体を捉え、膝をつかせた。


「いけえぇ! パンドラアァッ!」
「ハアアアァァッ!」


 エイナにより影を縛り付けられ、『女』によって左腕を鎖で繋がれ、レイジによって右腕を拘束され、ミサキによって大きな隙が作られ——






「⋯⋯コレが新世代の【ダンジョンマスター】の力か」






 ——パンドラの一撃が侵入者の胴体を貫いた。
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