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四章〜最悪の世代と最後の世代〜

第63話「古の王が乱心」

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「【ダンジョンマスター】の⋯⋯記憶、ですか?」


 侵入者の理解できない言葉に眉をひそめるパンドラ。
 しかし、侵入者の表情は真剣そのもので、とてもではないが冗談を言っているようには見えなかった。


「⋯⋯生憎ですが、私には魔物として生きてきた記憶しかありません」
「⋯⋯そうか」
「ですが、【ダンジョンマスター】記憶でしたら、私の主と——」


 パンドラの返答に目に見えて落ち込む侵入者。
 先ほどまでの傲慢な態度からは想像できないアップダウンに打たれた訳ではない。決してそんな侵入者に同情したわけではないのだ。


「——【魔王】様との記憶がございます」
「【魔王】⋯⋯だと?」
「交わした言葉はそう多くはありませんが、今ここに私がいるのは【魔王】様のお陰でしょう」


 レイジと会ってからは思い出す回数も減ってしまった魔王の言葉。

 ——いつか報われる、だから殺さない。

 魔王に助けてもらったお陰で今あることにパンドラは感謝していた。

 そんなパンドラの言葉を「はっ、そうかい」と鼻で笑いながら侵入者は背を向けた。
 侵入者がどんな顔をしているかはパンドラには分からない。しかし、その声色からは憎悪や敵意ではなく純粋な喜びが帯びていた気がする。


 ◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾️◆◾


 その後は侵入者から妨げられることなく、レイジを始めとして全員を起こしたパンドラは事情を説明していた。


「——なるほどな。だが、戦う必要はあったのか?」
「私たちとしては力を示すことが一番の信用なのでそこは価値観の違いかと⋯⋯」
「あー、なるほどな。まぁ、なんにしてもこれで先に進めるわけだ」


 話を聞き終えたレイジは立ち上がると侵入者の元へと歩み寄った。


「話し合いは終わったか?」
「ああ、パンドラからはアンタが【ダンジョンマスター】であることを聞いたよ」
「⋯⋯聞いたのはそれで全部か?」
「そうだが?」


 侵入者の質問にレイジが首を傾げた。
 レイジの態度に納得した侵入者はパンドラへと視線を投げると、パンドラは気まずそうに顔を逸らした。


「まぁ、いいか。そんじゃ、まずは自己紹介からいくか新世代の【ダンジョンマスター】——」


 言いながら侵入者は片手を上げた。そして、それが合図のようにフロアが一瞬にして水に浸されてしまった。
 レイジ達を戦闘不能に追い込んだ環境変化。違う点はフロア全体ではなくレイジの膝下まで浸水していることだ。


「アタシの名は喰貝翠華はむかい すいか。【海物のダンジョンマスター】だ」

「かい、ぶつ⋯⋯海の【ダンジョンマスター】だったのか」
「その通りだ」
「⋯⋯すご、い⋯⋯魔力⋯⋯量」
「これだけの規模を一瞬ですかぁ⋯⋯魔法の展開速度も尋常ではないですわぁ」
「もうミーの頭では追いつきませんネ!」


 感動、恐怖、尊敬、逃避——各々思うところがあったようだ。
 ミサキは周囲をキョロキョロと確認しながら何かを探すように、エイナは足元の水を手で掬い上げ、『女』に至っては足をふらつかせるとそのまま水飛沫を上げて倒れてしまった。


「もう気づいているヤツも居るみてぇだし、紹介するか——リヴァイ!」


 喰貝がその名を呼ぶとダンジョン内に地響きと大きな揺れが襲った。
 そして、続くように足元の水に流れができ——海龍が生まれる。


「ほぉ、この者達が次なる世代の支配者と配下達か。よい面構えじゃあないか。ガハハハっ!」


 海流より生まれし海龍。
 目の後方まで裂けた口には鋭い牙が並び、全身にはびっしりと鱗が並んでいる。そして、右眼には縦に大きな古傷が刻まれており歴戦の風格すら感じられる。
 目の前に現れた一部ですら巨石と見間違うほどだが、水中にはフロア全体に広がる黒い影が浮かんでいた。


「魔物⋯⋯だと?!」
「⋯⋯おっきい」
「お、お兄様! 水中にまだ体がありますわぁ!」
「⋯⋯! もしや、海の出現はこの龍の仕業だと言うのですか?!」


 各々が驚愕する中、いち早く状況を把握したパンドラに喰貝は賞賛と言わんばかりに拍手を送る。


「勘がいいな⋯⋯紫の魔物」
「む、紫?! わ、私にはパンドラという名前があります!」
「む、そいつぁ悪かった。改め、勘がいいなパンドラ。そして、気になってんだろ新世代——」


 そして、喰貝は改めてレイジを見た。
 レイジが注目したダンジョンのルール。幾度となく悩まされた難問をぶち壊したその答えにレイジは固唾を飲んだ。


「——どうしてここにアタシの魔物達が居ることを」
「⋯⋯ああ、その通りだ。俺はアドバイザーの魔物ゼーレからダンジョンの外に魔物を連れて行くと暴れると聞いている」
「その話は半分は本当だが、その話には大きな嘘がある。それは——」


 核心に迫る次の言葉。
 しかし、それは少女の声によって遮られた。


「お、お兄ちゃ~ん? なんかすごい音なって静かになったけど⋯⋯大丈夫?」


 何度となく響き渡った轟音に地響き。
 それらが収まり、ダンジョンが崩壊していないならゼーレからすればレイジ達が生きている証拠である。
 しかし、待てど暮らせど帰ってこないレイジ達をゼーレは不思議に思っていた。


「ちょうど良かった。重要な話をしてからお前も——」
「⋯⋯おい、新世代。テメェ、どういうことだ?」


 入り口で覗き込むように見ているゼーレ。
 そんなゼーレを手招きしようとするレイジだったが、ドスの効いた喰貝の声に止まってしまった。


「どういう⋯⋯こと? なんの話だ?」
「なんで⋯⋯なんで——」


 純粋な疑問を浮かべるレイジ。
 しかし、レイジの言葉は喰貝に届いている様子はない。喰貝は肩をプルプルと振るわせ、握る拳からは薄らと血が滲んでいる。そして——、


「——なんでヤツ等アドバイザーの魔物を殺してねぇんだッ!」


 魂からの叫びと言わんばかりの咆哮。
 レイジ達と戦っていた時は手を抜いていたのではないかと勘違いさせるほどの瞬足で喰貝がゼーレの前に立った。


「——死ネ!」
「しまっ⋯⋯!」
「⋯⋯えっ?」


 振り上げられた拳には周囲が歪曲するほどの膨大な魔力が込められていた。
 当たれば非戦闘員であるゼーレはその体を残すかが怪しいほどだろう。しかし——、


「⋯⋯なんで、よりによってテメェが邪魔すんだよ——パンドラァッ!」


 ドス黒い怨念が込められた拳がゼーレに届くことはなかった。
 振り下ろされる間一髪のところで喰貝の手首をパンドラが捕まえた。


「ゼーレ様は⋯⋯私達の仲魔だからですッ!」
「仲魔⋯⋯仲魔、だとぉ? 笑わせんじゃねぇッ!」
「ぴゃっ——!」


 鬼の形相で睨みつける喰貝。
 その気迫は一瞬でゼーレの意識を刈り取るほどで、流石のパンドラも額に汗が滲み出ていた。


「ナイスだパンドラ! 俺も——よ、妖刀はどこだ!?」
「お兄様! 代わりにコチラをお使いください!」
「助かったエイナ!」


 なんとか持ち堪えているパンドラの加勢に向かおうするレイジとエイナ。
 先んじて動いたミサキは既に喰貝の首にククリナイフを添えていた。そして、レイジもエイナの影に仕舞われていた予備の蛇腹刀を受け取ると喰貝を射程内に収めた。


「テメェ等! 自分達が何してんのかわかってんのかッ!」
「認め合って早々に武器を向けるのは俺だって気分は良くねえよ。だがな、仲魔に手を上げられるなら黙っている訳にはいかねえ!」
「バカが! 気づいていねぇのか! コイツ等アドバイザーの魔物を守る価値なんて一つもねぇんだよ!」
「その価値を決めるのは俺達だ」
「⋯⋯チッ。いいか、よく聞け! コイツ等アドバイザーの魔物は——」


 思い通りにいかないことへの苛立ち。
 反骨精神を見せるレイジ達を喰貝は鬼の形相で睨みつけた。そして——、


「——【ダンジョンマスター】を破滅へ導く存在なんだぞ!」


 まるで親の仇へ向ける呪詛のように吐き捨てた。
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