Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第2章

第26話

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「おーい、エル。
 さっさと行こうぜ。
 今日は俺達が初めて8階層に挑むんだからな」

 早朝から大音量の元気で威勢の良いカイの声がエルの頭に響く。少し耳を押さえたくなるのを我慢すると、金の雄羊亭の1階で食事していたエルは手を止め、ゆっくりカイ達に向き直り返事した。

「もちろんわかっているさ。
 すぐ食べるから、もうちょっと待ってよ」
「エルが食べ終わったら出発するからな。」
「ああ、わかったよ」

 エルは急いで大口を開けると、サンドイッチを頬張った。狂猪マッドボアの肉を燻製にしたベーコンと新鮮で瑞々しい葉野菜を柔らかいパンで包んだシェーバお手製の逸品だ。迷宮産の食材はただでさえ美味であるが、そこに一手間加わっているのでさらにおいしく感じる。カリカリに焼いたベーコンに香辛料が効いており、噛むほどに肉そのものの旨味が口内に広がり実に美味い。葉野菜の歯応えも楽しませてくれる。もう少しじっくり味を堪能したい所だが、カイ達を待たせている現状ではそんな余裕はない。忙しなく顎を動かし噛み砕いて嚥下し、コップに注がれている水を飲み干すと席から立ち上がった。

「待たせてごめん。
 それじゃあ、出発しようか」
「よーし、迷宮に出発だ!!」
「ええ、行きましょうか」
「はい、今日も頑張りましょう」
「頑張る」

 全員やる気満々のようだ。エルも軽く頬を叩き気合いを入れ、リリの快活な声に見送られながら宿を出ると、カイ達と一路迷宮へ向って歩き出した。

「しかし、エルはもう16階層かよ。
 全然連絡が取れないからこっちはあせっていたのによ」
「一緒に冒険しようって約束したのに、自分の攻略に夢中になって、ちっとも宿にいやしないんだから。
 どうしても捕まらないから、しょうがなくリリちゃんに連絡をお願いする羽目になったんだからね」
「はい、それは僕が悪いです。
 ごめんなさい」 

 シャーリーからの軽い恨み言に、エルは縮こまって謝罪の言葉を口にした。最近のエルは闘えば闘うほど目に見えて成果が得られるので、自分の成長が嬉しくつい遅くまで迷宮の探索を行っていたのだ。その結果が、わずか10日間で5階層を踏破し16階層に到達したのだから十分に誇れる戦果といえよう。だが、自分のことに囚われ過ぎて、カイ達との約束を忘れていたのはいただけない。非は全面的にエルにある。カイやシャーリーの責めるような口調も当然のことである。ここは甘んじて非難を受け入れるべきだろうと再度反省と謝罪の言葉を口にした。

「本当にごめんなさい。
 自分のことばかりに集中し過ぎて、周りが見えなくなってました」 
「連絡が取れなかったら、やっぱり不安になるじゃないですか。
 エルさんのことだから滅多なことはないと思いますけど、それでも心配なものは心配なんですからね」
「うん、ミミの言う通りだね。
 心配かけてごめん」
「次からは気を付けてくださいね?」
「はい、以後気を付けます」

 心底申し訳なさそうに反省している様子に、カイ達も溜飲を下げたようだ。
 反省を促すのを終わりにして、シャーリーが初挑戦の8階層について話題を切り替えた。

「よし、エルも反省しているようだからこの話はお終い。
 今日初めて挑む8階層についてだけど、皆注意する所はわかってる?」
「8階層に出現する魔物は、6階層からお馴染みの狂猪マッドボア
 そして、新たな敵として岩蛙ロックフロッグ豚鬼オークが現れますね」
「ロックフロッグの酸液は危険」
「ああ、そして最も注意しなくちゃならないのはオークだな」
「そうね。オークは熟練した戦士で、しかも魔鉱製の武器と防具のおかげで攻守とも優れているそうだから要注意ね。
 この豚鬼オークにやられる冒険者も多いそうだから、あたし達もそうならないように気を付けないといけないわね」

 カイ達の会話にエルは感心しながら耳を傾けていた。全員きちんと情報誌や先輩の冒険者から情報を手に入れて、夫々が問題点を把握しているようだ。各々が冒険者としての自覚を持ち、生き抜くための努力を怠っていないようである。皆の成長が嬉しくて微笑んでいると、シャーリーが話を振ってくる。

「大体こんな所かしら。
 エル、あなたから気を付けることはないかしら?」  
「そうだね・・・。
 話は変わるけど、僕はいつもと同じ壁役としての参加でいいかな?」
「おうっ、それでいいんじゃないか」
「そうね。
 エルが前線で攻撃を受け止めてくれるなら心強いわ」
「りょうかい。
 じゃあ、いつも通りの役で参加させてもらうよ」
「はい、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく。
 えーっと、さっきの注意すべき点だけど追加で2つあるかな。
 まず、岩蛙ロックフラッグは酸液だけでなく舌を伸ばしてくる場合もあるんだ。
 舌に捕まえられると、引っ張られてそのまま飲み込まれてしまうこともあるから気を付けてね」

 8階層はエルも大分苦戦を強いられた階層である。つい一月ほど前の話であるが、あの時味わった痛みと激しい闘いの記憶が脳裏を過る。この階層を突破するのはカイ達も大分苦労することだろう。エルは彼等が忠告をしっかりと受け止め心に刻み込んだのを見て満足そうに頷くと、朗らかにもう一つの注意点であり最も警戒すべき点を口にした。

「それと豚鬼オークに注意するという点では正解だけど、最も気を付けなくちゃならないのは槍使いなんだ。
 もし出会ったら僕が相手するし、僕がいない時はもっと良い装備を買うまで、できれば避けた方が無難かな」
「そこまで気を付けなくちゃならないのか。
 エルにそこまで注意されるのは小鬼の王ゴブル以来だな」
「槍使いの突きは本当に早いし、間合いも広く回避が難しい。
 変幻自在の技に翻弄されて致命傷を喰らうこともよくあるんだ。
 冒険者がオークにやられることが多いのは、この槍使いのせいでもあるんだよ」

 エルの言葉に皆一様に押し黙り、顔を蒼くして深刻な表情になった。自分達で対処できるか不安になっているようだ。エルは忠告が効きすぎたかと、安心させるように笑顔を浮かべながらカイ達を励ました。

「でも1対1なら豚鬼オークより小鬼の王ゴブルの方が強いから、そこまで深刻にならなくても大丈夫だよ。
 ただ、オークはきちんと人体の急所を熟知していて狙える腕もあるから、要注意の魔物なんだ。」
「危ない橋を渡る必要はない」
「ええ、シエナの言う通りにね。
 オークの槍使いは今回はエルに任せるし、明日以降は今日の闘いを見て考えましょう」
「俺は豚鬼オークなんかに負けはしないが、みんなが言うんじゃしょうがねえな。
 ここはエルに任せるぜ」
「もうっ、カイ君!!」

 いつもの皆の沈んだ気持ちを払拭しようというカイの軽口だ。エルもカイの軽口に乗ることにした。

「じゃあ、カイにオークを任せようかな?」
「おっ、おう。
 俺にかかれば楽勝だぜ」
「カ~イ、無理しないの。
 エルもカイの冗談に乗らないの」
「ははっ、ごめんごめん。
 でも、槍使い以外の剣や斧使いならカイやみんなに任せても大丈夫だと思うんだ。
 きちんと連携すれば、みんななら必ず倒せるさ」
「よし、俺達がエルと会わない間もちゃんと努力して、成長してるって所を見せてやろうぜ」
「まあ、エルがそう言うなら大丈夫かな。
 じゃあ、あたし達の努力の成果を見せてあげましょうか」
「はい、頑張りましょう」
「頑張る」

 どうやら全員気を取り直してやる気になってくれたようだ。エルはほっと胸を撫で下ろすと、カイ達と談笑しながら迷宮への転移陣に向かうのだった。

 8階層。のどかなといっては語弊があるかもしれないが、セレド大陸のどこでも見られるような平原だ。草木は疎らに生えており、見通しも良い。時折草の香りを運んでくる微風が心地良い。寡黙なシエナも長く癖のない美しい銀糸の髪を揺らし、心地良さそうに目を細めている。
 もうすぐ初夏を迎えるせいか、早朝でも暖かく昼頃には暑く感じるほどになるだろう。エルは大きく息を吸い込み深呼吸をすると、首を振り腕を回した。身体の調子は良好のようだ。連日深夜まで闘いを繰り広げていたが、どこにも疲労の影はない。それどころか身体が新たな闘いを求めて、熱を帯び始めた。迷宮の空気を吸って、脳が命令を発する前に勝手に肉体が戦闘準備を始めたのかもしれない。
 だが、本日のエルの役割はパーティの壁役である。エルが攻撃に回ると8階層の魔物だと虐殺劇になってしまう。それはカイ達の成長の妨げになるだろう。今日は防御技や移動技を中心に磨く日だと、戦闘を欲して急かす肉体に落ち着かせるように言い聞かせ、敵を求めて流離うのだった。
 
 ほどなくして敵と遭遇した。豚鬼オークである。
 顏以外の全身を魔鉱製の鎧で包み手には剣を携帯している。あちらもエル達の存在に気付いたらしく、豚の醜悪な顔に下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりをした。魔物もこちらを獲物と見定めたようで、剣を掲げると突進してくる。
 魔物は1体でオークの剣使いである。カイ達の修行には打って付けの相手であろう。エルは自分も闘いたかったが、ここはカイ達の成長のためにも譲るべきだと判断し任せることにした。

「みんな、僕は手を出さないで見ているよ。
 敵の攻撃は早くて上手いから、防御を重視してね」
「おぅ、わかったぜ。
 みんな、エルに俺達の力を見せてやろうぜ」

 カイの発破に各々が短く了解の返事をし、直ちに戦闘態勢をとる。全員の体勢が整うのを見取ると、迫ってくる豚鬼目掛けてカイも負けじと突撃した。
 駆け出したカイが魔物と剣を交えるより前に、ミミは魔法を唱えた。

大地の護りアースプロテクション

 ミミが新たに覚えた大地母神の護りの加護が、カイの全身を茶色の魔力で包み込んだ。エル自身は体験したことがないのでわからないが、おそらく気と似たような性質を持ち、全身の動きを阻害せずに防御力を上昇させたのではないかと推測した。実際、カイがオークに走り寄る速度も変わっていないので、あながち間違っていないだろう。
 そうこうする間に距離は狭まり、奇しくも両者とも同じ上段からの振り下ろしの剣撃で戦いの火ぶたは切って落とされた。
 二人の剣が勢い良くぶつかり合うと火花を散らし、鍔迫り合いが始まる。だが、腕力では豚鬼オークの方に軍配が上がるらしく、徐々にカイが押されているようだ。不利な体勢に持って行かれそうになる所に、魔物の剥き出しの顔面目掛けて矢が飛来する。シエナの援護射撃だ。オークもその豚面で凶器を受けることは敵わないようで、剣に力を入れカイを突き飛ばすと慌てて矢を回避した。
 矢を飛び退って難を逃れた魔物目掛けて、今度はシャーリーの偃月刀グレイヴが襲い掛かる。しかも、武器は若葉を連想するような新緑の気で覆われているではないか。気を用いた攻撃はほぼ全ての流派で教えるので、シャーリーがどの神の信者かはわかないが、ここ最近の修行の成果なのだろう。シャーリーの鋭い突きをオークは剣で受け止めようと試みるが、完全には受け止めきれない。剣によって少々突きの軌道を変えられたが、無毛で頭皮が剥き出しの魔物の頭を浅く裂いたようだ。
 魔物が濁声の聞くに堪えない声を上げると、シャーリーのグレイヴを強引に打ち払った。頭部から流血した痛みと屈辱のせいで、豚鬼(オーク)は怒りに燃え目が血走った。この怨みを目の前の人間に返すべく、大声を上げながら飛び掛かってくる。
 シャーリーも長物の武器で距離を保ち近づかせまいとするが、力も技量も豚鬼が優っており、数合の打ち合いで偃月刀を大きく弾かれ接近を許してしまう。魔物の剣が、大きく目を見開いて驚愕の表情を浮かべるシャーリーに今にも届こうとする刹那、カイが横合いから割って入った。

「くらえっ、気剣オーラブレード!」

 澄み渡る蒼穹のような青色の気を剣に纏わせ、魔物に横薙ぎの斬撃を浴びせる。
オークもなんとか己が武器で受け止めるも、気の力によってカイの剣撃の威力が数段上昇しており、逆に力負けして数歩ほど後方に弾き飛ばされてしまう。
 勢いに乗ったカイが追撃をかけ、剣を振り被り魔物に迫る。だが、豚鬼オークは醜悪な見た目に反して熟練の戦士である。たたらを踏んだが、直ぐに体勢を立て直し猛然とカイに打ちかかった。カイも剣を握る手をきつく握り締め、眼前の魔物を打ち倒さんと全力で袈裟切りに斬りつけた。
 剣と剣のせめぎ合い。
 力と力のぶつかり合いは、今度はカイが勝利を手にした。
 剣に気を注ぎこんだオーラブレードの力によって、腕力の差を補い豚鬼の剣を大きく横に弾き体勢を崩してしまう。ここが責め時とカイも、そして側面に回り込んだシャーリーも一瀉千里に攻撃に転じた。魔物はなんとか体勢を立て直し挽回しよう試み、腰を捻り斬撃を放とうとすると、後方からシエナの魔法が放たれた。

穏やかなる静寂トランクウィルサイレンス

 森と植物の神ピオの心を鎮静化する魔法だ。シエナはエルフほどではないがその特徴的な耳からハーフエルフと推察されたが、エルはあえて素性は聞かないでいた。エルフは森の民であり、木々や植物の恵みで生活し自身を木に例えたりと、森と共に生きる種族である。エルフのほぼ全てが森と植物の神ピオを信仰するといっていいほどだ。シエナも身体に流れるエルフの血、自分のルーツに根ざされた神を信仰の対象に選んだに違いない。
 この鎮静化の魔法は、本来なら混乱したり恐慌に陥った人間の心を落ち着かせる魔法だ。あえて敵である豚鬼(オーク)にかけたのは何故であろうか。
 その効果は立ち所に現れた。苦痛と怒りで猛り狂いながらも斬撃を放とうとしていた魔物に、いきなり心に静寂が訪れたのだ。突然の安らぎ、穏やかで心地よい感覚に豚鬼は僅かの間であるが闘いの最中であることを忘れ、行動を止めてしまう。
 それはまさに致命的な隙を生み出してしまう。攻撃に転じたカイとシャーリーの斬撃によって、オークの命の花を散らす結果を招いてしまったのだ。陽光を反射して迫る1対の煌きが魔物の頭を捉えると、あっけなく肉を穿ち頭蓋を断ち切ってしまったのだ。
 大量の血を流して崩れ落ち、完全に動かなくなるのを見定めると、カイは大きく息を吐き出した。

「どうだ、エル?
 俺達も中々やるだろ」
「うん、みんなお疲れ様。
 この10日間ぐらいの間に、みんなすごく成長したみたいだね」
「まーな。
 俺達もすぐにエルに追いついてやるさ」
「もうそんなこと言って。
 強がらないでエルに離されたくないから頑張ってるって、正直に言えばいいじゃない」
「おいおい、シャーリー・・・」

 エルが褒めたのでカイは気を良くして胸をそらしたが、シャーリーの身も蓋もない意見にカイが口を開き唖然としてしまう。身体全体を使った豪快でやや滑稽な様に、見ていたミミやエルから笑いが漏れ出す。恨めしそうにするカイに、エルがまだ軽く笑いながら謝った。

「ごめん、ごめん。
 カイの仕草が可笑しくってね。
 でも、みんなが成長したと思ったのは本当のことだよ。
 豚鬼オーク1体なら何の心配もなく任せられるよ」
「まあ、槍使い以外ならだけどな。」
「それに複数体はまだ相手にできないわ」

 シャーリーの的確な指摘に、ミミも頭長の猫科と思しき耳をピクピク動かしながら、こくこく頭を上下させ賛成の意を示す。シエナも静かに頷いている。今の戦闘で自分達と魔物との大まかな戦力分析ができたのだろう。エルの見立てでも、豚鬼(オーク)は槍使い以外の1体のみなら相手できると判じた。他の魔物、マッドボアやロックフロッグなら同時に相手できる可能性はあるが、オークが混じったらかなり危険なことになるだろう。
 まあ、今はエルがいるのである程度の無理ができる。今日の内にできるだけ闘って経験を積んでもらうのがいいだろうと決断すると、小休止している仲間達に声を掛けた。
 
「次から僕も闘いに参加するよ。
 さあ、今日中に豚鬼オーク岩蛙ロックフロッグとできるだけ闘って、力を付けようか」 
「おーし、豚鬼(オーク)の魔鉱製の武器や防具高く売れるらしいからな。
 沢山倒して新装備の購入資金にしようぜ」
「ええ、いっぱい倒せば仕送りも楽になるしね。
 頑張りましょう」
「はいっ、頑張りましょう」
「頑張る」

 シャーリーが豚鬼の落し物ドロップを回収するのを確認すると、エルは全員を促し迷宮の探索を再開するのだった。

 それから、前衛で消耗の激しいカイやシャーリーの様子を見つつ、1戦毎に軽く休憩を挟みながら、ひたすら戦闘を続けた。
 6階層からお馴染みの狂猪の対処には、カイ達も慣れたもので突進も上手く避け、エルも安心して見ていられた。
 ただ、初見の岩蛙には手古摺らされた。感情の読み取れない表情からは攻撃のタイミングが読めなかったのか、シャーリーがロックフロッグの飛び掛かりを避けきれずにもらってしまったのだ。シャーリーも武器を盾に防ごうとしたが、高速でぶつかってくる数倍の体重を持つ物体には抗えず、あっけなくふき飛ばされ地面に蹲ってしまったのだ。その後は逸早く援護に駆けつけたエルが一切攻撃を後ろに通さず、横合いからのカイの斬撃で魔物は迷宮に還ったが、シャーリーはミミに回復魔法をかけてもらってもしばらく立てないほどの損耗ぶりであった。よほど飛び掛かりを受け損なったのに懲りたのか、新たに岩蛙ロックフロッグと遭遇した時はシャーリーは徹底して側面を取るように心掛け、真正面から立ち向かう愚を避けた。その甲斐あってか、以降は大きなダメージを貰うことはなかった。
 また、何戦か闘った後に豚鬼の槍使いとも遭遇した。1体のみで徘徊していたようなので、これ幸いとエルが相手をして、カイ達に魔物との闘いを見学してもらった。槍使いが8階層の強敵と名高くとも、エルにとっては目を瞑れば槍の軌道さえ思い浮かべられるほど闘ってきた相手である。
 オークがどれほど猛烈に槍を突き、技巧を凝らしてフェイントを、あるいは様々な技を仕掛けてもエルを捕らえることは叶わなかった。鋭い突きを半歩体をずらすだけで簡単に避け、軽快な足捌きで全く的を絞らせない。カイ達にも十分に魔物の強さを見せたと判断すると、焦れて雑になった攻撃を横に払い武器が逸れた所に、一瞬で豚鬼に肉薄し鎧ごと猛武掌で叩き潰したのだった。
 しかる後、カイやシャーリーに感想を聞いてみると、やはり自分達では回避が困難だというものであった。落ち込む2人に、あの槍を今の様に回避できるようになるまで幾度も血を流し痣を何十と拵え、身体で覚えてようやくできるようになったと説明し慰めた。現状の装備では、カイ達が訓練したくとも魔鉱製の槍に貫かれる公算が高いので、槍使いとの闘いは防具を買い揃えてからということになった。

 そして複数の魔物との同時戦闘も行った。初めのうちは、エルが複数いても押さえ込んでしまい、1体のみカイ達の方に通して闘える状態を作り上げた。そして倒せたら、また1体通して同様の状況を作り上げることによって、比較的安全に経験を積ませたのだ。もっとも、エルも普段練習してない魔物を押し止める訓練、つまり防御してから転ばせたり、突き飛ばしたり、あるいは押し止めるなどの盾役に必要な技術の修練ができたので、充実した時間を過ごせたといっていいだろう。最終的にはエルとカイ達で一緒に複数の魔物とやり合ったりともした。その際は前衛の負傷は免れず、ミミが防御魔法や回復魔法をかけて回り八面六臂の大活躍であった。冒険者は怪我して学ぶことが多い。辛く苦しい経験を糧に、次に同じ過ちを犯さないように脳と体を総動員して対策するのだ。その生きた経験こそ冒険者にとっての珠玉の財産となると、エルは信じていた。エル自身も身体で覚え実戦で鍛えるがゆえに、痛みからこそ、いや失敗からこそ真に大切なものを得られると知っていたのである。エルは今日の痛みと体験が、カイ達を高みに導いてくれることを願うのであった。

 闘って闘って、体力の及ぶ限り我武者羅に魔物を探して戦闘を続けた。一戦毎に休憩をとりつつ戦闘を行ったが、さすがに夕方になる頃には皆疲労困憊である。疲れが溜まり、これ以上の闘いは覚束ない状態になっている。しかし、全員笑顔であった。豚鬼オークを何十体と倒し魔鉱製の装備を手に入れたので、本日の収入は破格なことも一因として挙げられるだろう。だがそれ以上に今日一日を闘い続け、限界近くまで誰一人音を上げることなくやり遂げた達成感が笑顔の原因であった。

「今日は良く闘ったね。
 流石に疲れたろうから、そろそろアドリウムに帰ろうか」
「そうだな。
 疲れてミスしても危ないしな。
 みんな、帰ろうか」
「ええ、わかったわ。
 それにしても、今日は本当にたくさんの魔物と闘ったわね」
「精神回復薬を飲み過ぎて、お腹がタプタプですよ」
「ミミはいっぱい頑張った」

 口々にお互いを労い今日の努力を讃え合った。肉体は疲れているが、心は喜びで満たされていた。陽が落ちる前に帰ろうと転移陣に向かって歩いていると、どこからか激しい争いの音と悲鳴が聞こえてくる。
 急いで周囲を見渡すと、彼方に魔物と戦闘を繰り広がている集団が目に入った。遠目からでは正確な状況は判断できないが、どうも状況は良くないらしい。

「助けに行こう。
 急がないと危ない」
「ああ、急ごう」

 口早にしゃべり頷き合うと、エルを先頭に怒号と絶叫が響き渡る戦場に向かって、急いで駆け出すのだった。
 
    
 

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