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第2章
第36話
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陽が東の空に顔を出し始めた早朝から、アルドと共にここ最近の日課になっている激しい訓練を行うと、エルは午後からライネル達と共に30階層の探索に赴いた。
装備の修理も終わり数日間安静にしていたので、ライネルもすっかり元気になっている。むしろ体力を持て余していたようで宿に押し止めておくのに一苦労した、とはパーティの参謀役のエミリーの言である。
エルにしても、ここ数日はアルドと修行する以外は9階層や10階層などで、カイ達やオルド達と食材の採取に精を出していただけで、正気を取り戻してから魔物との本格的な戦闘は一切していない。
エルとライネル達のパーティの迷宮の探索深度が、ちょうど30階層だということもあり、復帰戦を共に行うことにしたのだ。
燃える様な日差しがエル達一行に降り注ぐ。30階層の海にぽつんと浮かぶ孤島に転移すると、早速真夏の太陽が歓迎してくれたようだ。もっとも湿気がそれほどないので蒸し暑いというわけではなく、体感としてはほど良い暑さといったところだろう。
ただし、魔鉱製の鎧を着ているライネルやダムにしたら、時間が経つほど熱気が内に篭り、汗も大量にかくことになるはずである。水分補給や木陰での小休止を小まめに取りながら、魔物を探して常夏の島を彷徨うのだった。
「しかし、エルとこうして一緒に冒険できるようになるとわな……。
もう少し経ってからだと思っていたが、案外早いものだな」
「そうですね。
エル君とこんなに早く、一緒に探索できるとは思っていませんでしたわ」
ライネルの言葉に真っ直ぐに降ろした美しい金髪を揺らし、純白の法衣に身を包んだクリスがころころと楽しそうに相槌を打つ。エルにしても、こんなに早く兄貴分や姉貴分たちと共に闘えるとは、思ってもいなかった。暴走のせいとはいえ急成長のお蔭で、随分下層に来たものである。
邪心解放によってエルの中にあった魔物の魂は昇華されたが、身の内に取り込ん魔素は既にエルの心身の成長の糧になっていた。正気に戻っても、この1ヶ月間で成長した肉体や気力などの精神力はそのままであったのだ。
ただし、アルドと修行をしていても、最初は心身の大幅な発達に理解が及ばず難儀した。魔物の魂を吸収してしまったことで自我が薄れ、記憶が曖昧になったことから差異が生じたせいである。もっとも、連日の猛訓練のよって肉体と意識との間の齟齬を失くし、すっかり元通りの、いや、今まで以上に技を研ぎ澄ましているが……。
エルはくすりと笑った。
「そうですね。
僕もライネルさん達と冒険に行けるなんで思っていませんでした」
「こらっ、ライネルさんじゃないだろ。
俺達の関係はなんだ?
ちゃんと義兄さんと呼ばないか」
「すいません、まだ慣れなくて。
ごめんなさい、にっ、義兄さん」
ライネルに窘められて義兄と呼んだが、どうにも気恥ずかしくてエルの顔に朱が差した。義兄弟の契りを交わしたまだ数日である。恥ずかしさというか、照れが出てしまう。
その様子にライエルは嬉しそうに笑顔を浮かべ、エミリー達からも爽やかな笑い声が沸き上がる。
「ふふっ、そうやって照れてる姿を見ると年相応なんだけどね」
「エル君は可愛いですね」
「エミリーさん、クリスさん。
からかわないでくださいよっ」
「まっ、兄や姉なんてものは、可愛い弟がいたら構わずにはいられないものさ」
「ダムさんまでっ」
「ははっ、エルもそうむくれるな。
おっ、ちょうど敵さんがお出ましのようだぞ」
ライネルの言葉に、笑い合ってたパーティに緊張が走る。
視界の隅から魔物の集団が迫ってくる様が見て取れる。
走竜が3体ほどこちらに向かって来ているようだ。
この竜は亜竜に分類され、発達した後足で大地を駆ける2足歩行の魔物である。前腕は獲物を捕らえるために固く長い爪を有し、体に対して不釣り合いなど大きな口は、相手を噛み殺すための鋭い牙が生えている。
また、この魔物の特徴として集団戦を得意とし、複数で連携して冒険者に襲い掛かる様から、孤島の狩人の異名を取る魔物である。16階層から現れる集団戦を得意とする、森林狼の上位存在と言えば分かり易いかもしれない。
ただし、亜竜の全身は固い鱗で覆われ、低階層の魔鉱製の鎧と同等以上の性能を持ち、動きも俊敏だ。竜に分類されるだけあって、攻撃力も防御力も、そして俊敏性でさえも森林狼(フォレストウルフ)を上回っている。
いうなれば存在の格が違うのだ。
ただ、この魔物の欠点としては知能が低く、かつ怒り易く、傷を負わされば我を忘れ最大の武器である咬み付きを行ってくる点が挙げられる。
30階層はこの亜竜より強力で厄介な魔物がひしめいている。
この魔物は、最初の肩慣らしにくらいにちょうどいい程度の存在だろう。
「よーし、復帰戦にはちょうどいい相手だ。
相手は弱いが、念のため防御重視でいくぞ。
エルも俺とダムと一緒に前衛に加われ」
「はい、わかりました」
「さーて、みんな。
いつも通り無理せず堅実にいきましょう」
「「「了解」」」
ライネルとエミリーの言葉に従って素早く戦闘体勢を整える。盾役のダムに斬り込み役のライネル、そしてエルが前衛につく。ライネル達の指示は防御重視であり、久々の実戦であるからエルも無理をする積りはない。
自分からは動かず、まずは様子見するつもりだ。
「守護の光」
クリスが防護の魔法を唱えた。エルの全身が暖かな光に包まれる。気と同じく、この光に包まれている間は相手の攻撃を軽減してくれるだろう。
ダムが相手の突進を受け止めると言わんばかりに、最前列に立つと大盾を構え、クリスの魔法と併用して自身の蒼い気で盾を覆っていく。
そうこうする内に、スプリントリザード達が高速で走り寄ってくる。
そして、走る勢いをそのままにダム目掛けて一斉に襲い掛かったのだ!
ダムの方も黙ってはいない。
蒼き煌きを放つ大盾をもって、こちらも体当たりを敢行した。軍神流の気盾打(シールドバッシュ)である。
ダムの翠熊族の巨体を生かし、かつ、気を籠めた盾での体当たりは凄まじく、亜竜3体の飛び掛かりだろうと、ものともせずに弾き飛ばすのだった。
魔物達は醜い悲鳴と共に空を舞い、地に落ちてもがいている。
「ふっ、エルの体当たりに比べたら造作もないな」
エルが暴走した時にダムがくらった体当たり、実際は肩の側面を用いた発剄であるが、ダムの巨体が逆に吹き飛ばされるほど凄まじい技であった。
しかも、ダムは気を籠めているに対して、エルは一切気を使わずにだ。
肉体や武器に気を纏わせることで威力は数倍に跳ね上がる。もし、あの時エルが本気だったらと想像すると、ダムは肝を冷やしたものだ。
「ダムさん、あの時のことは勘弁してくださいよ」
「こらっ、2人とも遊んでないの。
敵が怯んでいる隙に攻撃を加えて」
エミリーはダムとエルの軽口に注意を与えながら、自身は矢継ぎ早に矢を番え、亜竜目掛けて速射した。
エミリーの矢は固い竜の鱗を難無く貫くと、竜達に苦痛の声を上げさせる。
その間にライネルが距離を詰め、身の丈ほどもある魔鉱製の大剣をもって、破壊を撒き散らした。
「エル、遊んでいると全部片付けちまうぞ!
くらえっ、雷剣!!」
気の属性変化によって大剣は雷を纏っている。
ライネルの剛力をもって放たれた巨剣の横薙ぎは、走竜1体目を死に至らせるだけでは治まらず、そのまま2体目の首を切断し、纏わせた雷の力をもって傷口を焼け焦げさせてしまった!!
魔物の体勢が崩れたことを見逃さず、エミリーとの素早い連携からの強力な斬撃である。エルも見惚れるほどの鮮やかな手並みだ。
もはや残っている魔物も1体だけである。エルの動きが遅いようなら、本当にライネルが狩ってしまいそうな勢いだ。
だが、エルにしてもこのまま何もせずに終わる心算はない。
最後の亜竜の前に徐に立ちはだかった。
走竜はダムの攻撃によって、すっかり頭に血が昇ってしまっている。起き上がると自慢の大口を開け、目の前の小柄な人間、エル目がけて今しも飛び掛かろうとした。
はたして、竜の目にはエルの動きは映ったであろうか。
地から起き上がり飛び掛かろうとした亜竜の動きは、エルからしたら余りにも無防備であった。
高速戦闘を身上にするエルにすれば、いつでも攻撃が加えられるほど隙だらけだったのだ。
一瞬で間合いを無くすと、大口を開け飛び掛かろうとする魔物の胸元目掛けて、自慢の拳を叩き込んだ。
溢れんばかりの純白と漆黒の気を纏わせながら……。
エルの拳が竜の胸に当たり一瞬で胸を陥没させた直後、なんと魔物の上半身は爆発したかのように吹き飛んでしまった!!
ここ数日のアルドとの修行で覚えた新たな技、徹気拳である。武人拳は拳に気を纏わせ突きの威力を格段に高める技であるが、この徹気拳は敵に拳が当たった瞬間に気を流し込み、相手の肉体を内部から破壊する技だ。
その結果が、先程の亜竜の肉体が爆散したかのような現象である。
「おいおい、エル。
なんだその技は?
また、えらく怖い技じゃないか!」
「はい、新しく教わった技、徹気拳といいます。
相手の身体に気を流し込み、内部を破壊する技です」
「それは凄い技を身に付けたな。
それにしても、お前が纏った気は……」
「魔物の魂を取り込んだ名残でしょうね。
気の色は、元の完全な白色には戻りませんでした」
エルは己の拳を見つめながら自嘲気味に独白した。
アルドとの訓練の際に気を発現させた所、今エルが見せた様な白と黒の両方の色が混在した状態で現れたのだ。発現した当初はエルは愕然としてしまった。まるで自分の罪が指摘されているかのようで、己が気だというのに嫌悪感を覚えたほどだ。
だが、アルド神官が沈んだエルを諭してくれた。
その気を戒めとして、武人として正しき行動をすれば良いのだと。
気の色というのは、個人の性格や性質を表しているだけに過ぎない。
通常は1色であるが、エルが2色の色を持つに至ったのは、魔物の魂を取り込んだからに相違ない。
だが、たとえ漆黒の気を持っていたとしても、その気を善行に使えばいいのだと。
力そのものに善悪があるのではない。力を揮う者に善悪があるのだからと。
その教えを聞いたエルは感銘を受け、身が震えた。
デネビアとの遭遇後に武神シルバから神の御業を賜った際に、同時に授かった教えそのものだったからである。あの時のエルは、絶望と憎しみに囚われ視野が狭くなったために理解できなかったが、今のエルならこの教えがすっと胸に入った。
自分が得た力をどう使うかが問題なのだ。暴走から得た力であったとしても、それを教訓として力の揮い所を間違えなければ良いのだ。自分の力はアルドにも、そして武神にも認められている。そう考えればこの黒い気も受け入れられると、己の気と折り合いが付けれたのである。
「この黒い気は自分の失敗の、暴走の戒めとしてちょうどいいと思います。
気を使えばいつでも見れますから」
エルはにこやかな笑顔と共に、今の心境を述懐した。その晴れやかな顔からは、既に漆黒の気について受容できていることが窺える。
ライネルはエルの様子を注視したが、エルにきちんと心構えができていることを悟ると大きく息を吐き出した。
「エル、お前が受け入れられているのなら問題ない。
だが、もしも悩んでいる事があったら、きちんと相談するんだぞ?
お前は俺の義弟なんだから」
「はい、義兄さん。
もし何かあったら、まず義兄さんに相談しますね」
「ライネルじゃなくて、私達に相談してくれてもいいんだからね?」
「そうです。
ライネルに相談し辛いこともあるかもしれませんからね」
「おいおい、エミリー、クリス……」
「いいじゃないの。
ライネルがエル君を独り占めしたら、私達が寂しいじゃない」
エミリーの言に、クリスもそうだとばかりに盛大に相槌を打つ。
さしものライネルも、女性陣には逆らい難いのか思わず苦笑が漏れる。
そんな様を見てどこからともなく笑い声が上がり、気付けば全員が楽しそうに笑い合っていた。
アルド神官だけでなく、この優しい兄貴分や姉貴分のおかげで今の自分があるのである。故郷にいた頃の自分では予想もできなかった幸福な現実(いま)だ。この温もりを手放さないように精進しようと、エルは改めて決意するのだった。
それからは、走竜を皮切りに、日が暮れる近くまで30階層で魔物達と連戦を繰り広げた。
冒険者を混乱させる鱗粉を降らせる赤斑蝶、氷の息を吐き相手を凍らせる一角海馬、岩の様な固い表皮と俊敏な動きで相手をかく乱する岩石豹など、様々な強敵がエル達に襲い掛かった。
けれども、一致団結し慎重に闘いを進めるライネルやエルの敵ではなかった。
魔物の群れを相手にし苦戦をすることもあっても、誰一人として重症を負うこともなく、堅実な闘いを繰り広げていったのだ。
ライネル達は数ヶ月もこの30階層に止まり、守護者に向けて実力を向上させてきたので、魔物達に後れを取ることはない。
一方のエルは、急成長に加え持ち前の勤勉さと戦闘好きによって、様子見から魔物の特徴を的確に把握し、凶悪な武神流の技で反撃を加えていった。初見で手古摺ることがあったとしても、慣れてしまえばどうという事はない。
無茶な攻撃をせずに冷静に対処すれば、この階層の魔物達といえどエル達の敵ではなかったのだ。
その後はカイ達やオルド達との冒険や、アルドとの修行、そしてリリとの憩いの一時を過ごしながら、ライネル達と30階層にて戦闘を繰り広げ、自己の成長に努めた。
・
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そして、それから10日後。
いよいよ守護者に挑む時が来たのだった。
装備の修理も終わり数日間安静にしていたので、ライネルもすっかり元気になっている。むしろ体力を持て余していたようで宿に押し止めておくのに一苦労した、とはパーティの参謀役のエミリーの言である。
エルにしても、ここ数日はアルドと修行する以外は9階層や10階層などで、カイ達やオルド達と食材の採取に精を出していただけで、正気を取り戻してから魔物との本格的な戦闘は一切していない。
エルとライネル達のパーティの迷宮の探索深度が、ちょうど30階層だということもあり、復帰戦を共に行うことにしたのだ。
燃える様な日差しがエル達一行に降り注ぐ。30階層の海にぽつんと浮かぶ孤島に転移すると、早速真夏の太陽が歓迎してくれたようだ。もっとも湿気がそれほどないので蒸し暑いというわけではなく、体感としてはほど良い暑さといったところだろう。
ただし、魔鉱製の鎧を着ているライネルやダムにしたら、時間が経つほど熱気が内に篭り、汗も大量にかくことになるはずである。水分補給や木陰での小休止を小まめに取りながら、魔物を探して常夏の島を彷徨うのだった。
「しかし、エルとこうして一緒に冒険できるようになるとわな……。
もう少し経ってからだと思っていたが、案外早いものだな」
「そうですね。
エル君とこんなに早く、一緒に探索できるとは思っていませんでしたわ」
ライネルの言葉に真っ直ぐに降ろした美しい金髪を揺らし、純白の法衣に身を包んだクリスがころころと楽しそうに相槌を打つ。エルにしても、こんなに早く兄貴分や姉貴分たちと共に闘えるとは、思ってもいなかった。暴走のせいとはいえ急成長のお蔭で、随分下層に来たものである。
邪心解放によってエルの中にあった魔物の魂は昇華されたが、身の内に取り込ん魔素は既にエルの心身の成長の糧になっていた。正気に戻っても、この1ヶ月間で成長した肉体や気力などの精神力はそのままであったのだ。
ただし、アルドと修行をしていても、最初は心身の大幅な発達に理解が及ばず難儀した。魔物の魂を吸収してしまったことで自我が薄れ、記憶が曖昧になったことから差異が生じたせいである。もっとも、連日の猛訓練のよって肉体と意識との間の齟齬を失くし、すっかり元通りの、いや、今まで以上に技を研ぎ澄ましているが……。
エルはくすりと笑った。
「そうですね。
僕もライネルさん達と冒険に行けるなんで思っていませんでした」
「こらっ、ライネルさんじゃないだろ。
俺達の関係はなんだ?
ちゃんと義兄さんと呼ばないか」
「すいません、まだ慣れなくて。
ごめんなさい、にっ、義兄さん」
ライネルに窘められて義兄と呼んだが、どうにも気恥ずかしくてエルの顔に朱が差した。義兄弟の契りを交わしたまだ数日である。恥ずかしさというか、照れが出てしまう。
その様子にライエルは嬉しそうに笑顔を浮かべ、エミリー達からも爽やかな笑い声が沸き上がる。
「ふふっ、そうやって照れてる姿を見ると年相応なんだけどね」
「エル君は可愛いですね」
「エミリーさん、クリスさん。
からかわないでくださいよっ」
「まっ、兄や姉なんてものは、可愛い弟がいたら構わずにはいられないものさ」
「ダムさんまでっ」
「ははっ、エルもそうむくれるな。
おっ、ちょうど敵さんがお出ましのようだぞ」
ライネルの言葉に、笑い合ってたパーティに緊張が走る。
視界の隅から魔物の集団が迫ってくる様が見て取れる。
走竜が3体ほどこちらに向かって来ているようだ。
この竜は亜竜に分類され、発達した後足で大地を駆ける2足歩行の魔物である。前腕は獲物を捕らえるために固く長い爪を有し、体に対して不釣り合いなど大きな口は、相手を噛み殺すための鋭い牙が生えている。
また、この魔物の特徴として集団戦を得意とし、複数で連携して冒険者に襲い掛かる様から、孤島の狩人の異名を取る魔物である。16階層から現れる集団戦を得意とする、森林狼の上位存在と言えば分かり易いかもしれない。
ただし、亜竜の全身は固い鱗で覆われ、低階層の魔鉱製の鎧と同等以上の性能を持ち、動きも俊敏だ。竜に分類されるだけあって、攻撃力も防御力も、そして俊敏性でさえも森林狼(フォレストウルフ)を上回っている。
いうなれば存在の格が違うのだ。
ただ、この魔物の欠点としては知能が低く、かつ怒り易く、傷を負わされば我を忘れ最大の武器である咬み付きを行ってくる点が挙げられる。
30階層はこの亜竜より強力で厄介な魔物がひしめいている。
この魔物は、最初の肩慣らしにくらいにちょうどいい程度の存在だろう。
「よーし、復帰戦にはちょうどいい相手だ。
相手は弱いが、念のため防御重視でいくぞ。
エルも俺とダムと一緒に前衛に加われ」
「はい、わかりました」
「さーて、みんな。
いつも通り無理せず堅実にいきましょう」
「「「了解」」」
ライネルとエミリーの言葉に従って素早く戦闘体勢を整える。盾役のダムに斬り込み役のライネル、そしてエルが前衛につく。ライネル達の指示は防御重視であり、久々の実戦であるからエルも無理をする積りはない。
自分からは動かず、まずは様子見するつもりだ。
「守護の光」
クリスが防護の魔法を唱えた。エルの全身が暖かな光に包まれる。気と同じく、この光に包まれている間は相手の攻撃を軽減してくれるだろう。
ダムが相手の突進を受け止めると言わんばかりに、最前列に立つと大盾を構え、クリスの魔法と併用して自身の蒼い気で盾を覆っていく。
そうこうする内に、スプリントリザード達が高速で走り寄ってくる。
そして、走る勢いをそのままにダム目掛けて一斉に襲い掛かったのだ!
ダムの方も黙ってはいない。
蒼き煌きを放つ大盾をもって、こちらも体当たりを敢行した。軍神流の気盾打(シールドバッシュ)である。
ダムの翠熊族の巨体を生かし、かつ、気を籠めた盾での体当たりは凄まじく、亜竜3体の飛び掛かりだろうと、ものともせずに弾き飛ばすのだった。
魔物達は醜い悲鳴と共に空を舞い、地に落ちてもがいている。
「ふっ、エルの体当たりに比べたら造作もないな」
エルが暴走した時にダムがくらった体当たり、実際は肩の側面を用いた発剄であるが、ダムの巨体が逆に吹き飛ばされるほど凄まじい技であった。
しかも、ダムは気を籠めているに対して、エルは一切気を使わずにだ。
肉体や武器に気を纏わせることで威力は数倍に跳ね上がる。もし、あの時エルが本気だったらと想像すると、ダムは肝を冷やしたものだ。
「ダムさん、あの時のことは勘弁してくださいよ」
「こらっ、2人とも遊んでないの。
敵が怯んでいる隙に攻撃を加えて」
エミリーはダムとエルの軽口に注意を与えながら、自身は矢継ぎ早に矢を番え、亜竜目掛けて速射した。
エミリーの矢は固い竜の鱗を難無く貫くと、竜達に苦痛の声を上げさせる。
その間にライネルが距離を詰め、身の丈ほどもある魔鉱製の大剣をもって、破壊を撒き散らした。
「エル、遊んでいると全部片付けちまうぞ!
くらえっ、雷剣!!」
気の属性変化によって大剣は雷を纏っている。
ライネルの剛力をもって放たれた巨剣の横薙ぎは、走竜1体目を死に至らせるだけでは治まらず、そのまま2体目の首を切断し、纏わせた雷の力をもって傷口を焼け焦げさせてしまった!!
魔物の体勢が崩れたことを見逃さず、エミリーとの素早い連携からの強力な斬撃である。エルも見惚れるほどの鮮やかな手並みだ。
もはや残っている魔物も1体だけである。エルの動きが遅いようなら、本当にライネルが狩ってしまいそうな勢いだ。
だが、エルにしてもこのまま何もせずに終わる心算はない。
最後の亜竜の前に徐に立ちはだかった。
走竜はダムの攻撃によって、すっかり頭に血が昇ってしまっている。起き上がると自慢の大口を開け、目の前の小柄な人間、エル目がけて今しも飛び掛かろうとした。
はたして、竜の目にはエルの動きは映ったであろうか。
地から起き上がり飛び掛かろうとした亜竜の動きは、エルからしたら余りにも無防備であった。
高速戦闘を身上にするエルにすれば、いつでも攻撃が加えられるほど隙だらけだったのだ。
一瞬で間合いを無くすと、大口を開け飛び掛かろうとする魔物の胸元目掛けて、自慢の拳を叩き込んだ。
溢れんばかりの純白と漆黒の気を纏わせながら……。
エルの拳が竜の胸に当たり一瞬で胸を陥没させた直後、なんと魔物の上半身は爆発したかのように吹き飛んでしまった!!
ここ数日のアルドとの修行で覚えた新たな技、徹気拳である。武人拳は拳に気を纏わせ突きの威力を格段に高める技であるが、この徹気拳は敵に拳が当たった瞬間に気を流し込み、相手の肉体を内部から破壊する技だ。
その結果が、先程の亜竜の肉体が爆散したかのような現象である。
「おいおい、エル。
なんだその技は?
また、えらく怖い技じゃないか!」
「はい、新しく教わった技、徹気拳といいます。
相手の身体に気を流し込み、内部を破壊する技です」
「それは凄い技を身に付けたな。
それにしても、お前が纏った気は……」
「魔物の魂を取り込んだ名残でしょうね。
気の色は、元の完全な白色には戻りませんでした」
エルは己の拳を見つめながら自嘲気味に独白した。
アルドとの訓練の際に気を発現させた所、今エルが見せた様な白と黒の両方の色が混在した状態で現れたのだ。発現した当初はエルは愕然としてしまった。まるで自分の罪が指摘されているかのようで、己が気だというのに嫌悪感を覚えたほどだ。
だが、アルド神官が沈んだエルを諭してくれた。
その気を戒めとして、武人として正しき行動をすれば良いのだと。
気の色というのは、個人の性格や性質を表しているだけに過ぎない。
通常は1色であるが、エルが2色の色を持つに至ったのは、魔物の魂を取り込んだからに相違ない。
だが、たとえ漆黒の気を持っていたとしても、その気を善行に使えばいいのだと。
力そのものに善悪があるのではない。力を揮う者に善悪があるのだからと。
その教えを聞いたエルは感銘を受け、身が震えた。
デネビアとの遭遇後に武神シルバから神の御業を賜った際に、同時に授かった教えそのものだったからである。あの時のエルは、絶望と憎しみに囚われ視野が狭くなったために理解できなかったが、今のエルならこの教えがすっと胸に入った。
自分が得た力をどう使うかが問題なのだ。暴走から得た力であったとしても、それを教訓として力の揮い所を間違えなければ良いのだ。自分の力はアルドにも、そして武神にも認められている。そう考えればこの黒い気も受け入れられると、己の気と折り合いが付けれたのである。
「この黒い気は自分の失敗の、暴走の戒めとしてちょうどいいと思います。
気を使えばいつでも見れますから」
エルはにこやかな笑顔と共に、今の心境を述懐した。その晴れやかな顔からは、既に漆黒の気について受容できていることが窺える。
ライネルはエルの様子を注視したが、エルにきちんと心構えができていることを悟ると大きく息を吐き出した。
「エル、お前が受け入れられているのなら問題ない。
だが、もしも悩んでいる事があったら、きちんと相談するんだぞ?
お前は俺の義弟なんだから」
「はい、義兄さん。
もし何かあったら、まず義兄さんに相談しますね」
「ライネルじゃなくて、私達に相談してくれてもいいんだからね?」
「そうです。
ライネルに相談し辛いこともあるかもしれませんからね」
「おいおい、エミリー、クリス……」
「いいじゃないの。
ライネルがエル君を独り占めしたら、私達が寂しいじゃない」
エミリーの言に、クリスもそうだとばかりに盛大に相槌を打つ。
さしものライネルも、女性陣には逆らい難いのか思わず苦笑が漏れる。
そんな様を見てどこからともなく笑い声が上がり、気付けば全員が楽しそうに笑い合っていた。
アルド神官だけでなく、この優しい兄貴分や姉貴分のおかげで今の自分があるのである。故郷にいた頃の自分では予想もできなかった幸福な現実(いま)だ。この温もりを手放さないように精進しようと、エルは改めて決意するのだった。
それからは、走竜を皮切りに、日が暮れる近くまで30階層で魔物達と連戦を繰り広げた。
冒険者を混乱させる鱗粉を降らせる赤斑蝶、氷の息を吐き相手を凍らせる一角海馬、岩の様な固い表皮と俊敏な動きで相手をかく乱する岩石豹など、様々な強敵がエル達に襲い掛かった。
けれども、一致団結し慎重に闘いを進めるライネルやエルの敵ではなかった。
魔物の群れを相手にし苦戦をすることもあっても、誰一人として重症を負うこともなく、堅実な闘いを繰り広げていったのだ。
ライネル達は数ヶ月もこの30階層に止まり、守護者に向けて実力を向上させてきたので、魔物達に後れを取ることはない。
一方のエルは、急成長に加え持ち前の勤勉さと戦闘好きによって、様子見から魔物の特徴を的確に把握し、凶悪な武神流の技で反撃を加えていった。初見で手古摺ることがあったとしても、慣れてしまえばどうという事はない。
無茶な攻撃をせずに冷静に対処すれば、この階層の魔物達といえどエル達の敵ではなかったのだ。
その後はカイ達やオルド達との冒険や、アルドとの修行、そしてリリとの憩いの一時を過ごしながら、ライネル達と30階層にて戦闘を繰り広げ、自己の成長に努めた。
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そして、それから10日後。
いよいよ守護者に挑む時が来たのだった。
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秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。
ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。
彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。
「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」
そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。
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