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第3章
第62話
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ケヴィン達以外にも、多くの冒険者達が守護者を倒すために火口に訪れた。
その度にエルは苦手な交渉を余儀なくされたのである。
エルにとっては幸運な事に大多数が善良な者であったので、窮状を訴え一生懸命願い乞えば、こちらの無理矢理な提案も大体は受け入れてもらえた。
ただしそれはまだ日中の、時間的余裕のある頃の話であった。夕暮れ刻、夜が差し迫った頃では話も変わってくる。
夜間の迷宮、それも剣峰アンガナルバのような深い闇が支配する場所での探索や戦闘は、格段に危険性が上昇するからだ。特にアンガナルバは勾配の激しい、只でさえ面倒な急角度な斜面を持つ高山である。単純に下山するだけでも厳しい。ましてや途中で魔物に襲われたなら、命を脅かされる可能性が高いのだ。
自分や仲間達の安全が掛かってくれば、エルがいくら低姿勢で交渉し報酬を吊り上げても良い顏はしなかった。エルの事情は真に同情すべきであり、できるなら手助けしたいと思えてならなかったが、パーティの生存のためには安易に妥協する事はできなかったのだ。
結局、最終的にはケヴィン達と同様に、一緒に守護者を倒すあたりで話が落ち着いたというわけだ。
エルにしたら協力して倒すと討伐数に数えられないし、交渉時間も含めて無益な時間を使尽するわけだから、正直遣る瀬無さや苛立ちが募った。
しかし、問答無用で排除する行為は武神流の精神に反するので、実行に移せなかったのである。精一杯話し合い、その上で物別れに終わったらまだ分かるが、対話できる相手に一方的に攻撃を仕掛けるのは道理に悖るし、何より畜生のごとき行為である。まだ若く潔癖な所のあるエルには、仲間に顔向けできなくなるような恥ずべき行いはどうしてもできなかったのだ。
もっとも、交渉決裂後に力に訴えるのも決して褒められたものではない。話合いで解決できないからといって、力で無理矢理こちらの意を通すのなら悪漢と何が違うというのだ。もちろん冒険同士の闘いは犯罪であるし、いくら緊急であるとはいえ許されるわけはないのだ。
たが悲しいかな、時間がないのは本当の事であるし、恩顧を受けたマリナが死に瀕しているのも厳然たる事実なのである。守護者との闘いを譲るのは論外だし、金銭や対価で納得してもらえないのであれば、もはやエルに取れる手段は1つしか残されていなかった。交渉が失敗したなら、たとえ犯罪者の汚名を被ろうとも武力にもの言わせて無力化し帰ってもらうのだ。大切なマリナの命は、エルの行動如何にかかっており、期限は明日までしかないのだ。何を置いても時間こそが肝要であり、絶対に無駄にできないのだ。例え自分が嫌悪する行為であろうと今は躊躇するわけにはいかない。折衝が上手くいかなければ、いやでも実力行使するしかなかったのだ。
だからこそ苦手な話し合いであっても精一杯誠意を示し、何度も頭を下げ辛抱強く交渉を続けたのである。高等な会話テクニックなど持ち合わせておらず、むしろ話下手なエルにできることは、誠実であり、かつ正直であること。そして相場以上の報酬を提示し、さらに報酬を上乗せしてでも魅力的な取引だと思ってもらうしかなかったのである。
その結果は高価な対価も支払った事もあり、有り難い事にどの交渉も決裂せずに済んだ。なんとか犯罪に手を染めずに話し合いで終わらせられたわけである。もしかしたら交渉の最終段階でエルの目が座り、一戦も辞さない覚悟が滲み出た事も、交渉がまとまった一助を担ったのかもしれない。
ともあれ、話が終われば戦闘だ。
貯まった鬱憤を晴らすかのようにエルは敵を瞬殺する事に腐心し、少しでも浪費した時間を取り戻そうと敢闘するのであった。
また、冒険者達との交渉以外にも大幅な時間のロスをする場合があった。
40階層最強の守護者、強敵の出現である。
どの階層の守護者でもそうだが、1体だけ飛び抜けて力を持つ魔物が存在する。特に10の倍数の階層の守護者は節目の階層ということもあるのか、あり得ない程強力である。その強さは5階層上、場合によっては10階層上の守護者並の強さを有しており、通常なら出会ったら即時撤退も止む無しとされるほどだ。
エルの前に立ちはだかった魔物も、そんな凶悪な守護者の1体である。
名は城郭熊鷹
まずその大きさ自体が人間と比べるべくもない程、あまりにも大き過ぎる。小さな山のようだと評した、魔宝獣の巨体よりもさらにでかい。例えるなら小島、いやっ、その名の通り巨城並の大きさというべきだろう。足にある鋭く巨大な爪1つとってもエルより大きい。頭までの高さといったら、それこそ小高い山を見上げるようなものだ。
しかも、この守護者はただ巨大だというだけでなく、見惚れるほどの優美さも兼ね備えていた。胸部から腹部にかけて新雪を連想させる純白の羽毛を持ち、長く雄大な漆黒の尾羽とコントラストをなしている。加えて、黒と白が交互に織り成す横縞の翼は、自然が作り上げた芸術とさえいえよう。さらに、猛禽の名に相応しい鋭利で巨大な嘴に、武士(もののふ)を想わせる精悍な顔つきである。
まさに王者の風格を有する敵であった。
そんな王者の攻撃は、苛烈を極めた。
突如天空に舞い上がると、エルの手の届かない上空から極悪な連続攻撃を仕掛けてきたのだ。
雄大な翼をはためかせると、その1枚1枚がエルより大きく破壊の力を内包した羽根を何十何百と飛ばしてきたのである。大地を埋め尽くさんばかりに飛来するその姿は、雲霞の如くである。
しかもに衝突すると爆発を起こようだ。
避けても避けても攻撃が終わらず、躱す度に無数の羽根の爆散によって見る間に地形が変わっていった。
至近距離で回避すれば爆発に巻き込まれるので、意識的に大きな回避を試みたが、それも規格外の羽根の数に圧倒され次第に被弾していく。
気を硬化させて防具となした纏鎧によって全身を護りつつ、被害を最小限に抑えるために、長く苦しい忍耐を強いられた。
ようやく爆弾のごとき羽根の飛来がおさまると、エルの全身は煤汚れ火傷や裂傷など細かい無数の傷をできていた。痛みはあるが重傷というほどでもなく、動きに支障はきたさないだろう。
並の冒険者だったなら今の攻撃で全滅していた可能性すらある。
大空を悠然と舞う熊鷹は、休むことなく追撃を仕掛けてきた。その強大な嘴を開くと、太い熱線を吐き出したのだ!!
速度も申し分ない。距離があったからまだなんとか躱せたが近くで発射されていたら、どうなっていたかわからないほどだ。
熱線によって地面が溶解し大きな穴が開いた。威力も目を見張るものがある。
中れば大怪我は免れないだろう。
その後も何度熱線を発射してきたが、エルは慎重に回避していった。
やがて焦れた守護者は、聞く者を畏怖させる様な甲高い鳴き声を上げた。
その声を聴いた瞬間、突然怖気が走り命の危機を覚えた。
勘に従って即座に後方に飛び、全身をくまなく気で覆うと身体を小さく丸めた。
そして火口に暴風が吹き荒れた。
火口全体が無秩序な風の暴威に晒されたのである。
上下四方八方、あらゆる方位から衝撃波を受け、エルの小さな身体は竜巻に飲み込まれた木の葉のように、あちこちに飛ばされ地面に叩き付けられた。
いつ果てるとも知れない局地的な嵐が、エルの身体を痛め続ける。あっちこっちに吹き飛ばされ方向感覚も狂い、もはや自分が宙にいるのか地面にいるのかさえわからなかった。
地面に落とされ、ようやく感覚を取り戻し始め辺りを見渡すと、その様相は一変していた。美しい景観を誇った火口は見る影もなく、所嫌わず凸凹の穴が空いた粗放な荒野に様変わりしていたのだ。
今の魔法が激乱大嵐であろう。
この広大な火口全域に大嵐を巻き起こす大魔法だ。効果範囲はあまりに広く、回避は不可能だろう。
情報誌には討伐は5つ星以上で行い、それ以下は即時撤退すべしと記載されていたが、その記述に誤りはない。
この大魔法なら容易く防護呪文を破壊してパーティを寸断し、体力の低い後衛には絶大なダメージを与えるに違いない。運が悪ければ叩き付けられ死ぬ事もあるだろう。
全身に強固な気を張り巡らせたお蔭でなんとか大怪我は逃れたが、体のあちこちで鈍痛がし思わず顔を顰めた。それに未だに感覚が覚束かず、直立できず少々ふら付いている。実に厄介な魔法だ。
しかも城郭熊鷹は相変わらず杳々たる天空を、憎らしいほど優雅に飛んでいる。
こちらから気弾や気刃を飛ばしてみたが、ひらりと躱されてしまう。
とてもこちらの攻撃を中てられるとは思えなかった。
だが、それはあちらとて同じはずだ。エルの回避力をもってすれば、あの大魔法以外は早々中るものではない。守護者も自分の攻撃を避けられたのは理解しているはずなのに一向に降りてこず、その気配すらなかった。
また懲りずに、羽根による爆撃を繰り出してきた。魔法なのか、それとも自己再生能力なのかわからないが、翼の羽根はすぐに生えてくるようでいくらでも撃ち出す事が可能らしい。
何百という恐ろしい数の、それも接触即爆発の羽根の大群が高速で押し寄せてくる。まあ、エルにとっては距離も離れているしもう対策もできている攻撃ではあったが……
即座に複数の気弾を作り出すと迎撃として打ち出したのだ!!
高速で射出された気弾と羽根の群れがぶつかり合うと爆発を起こした。後はその爆発に巻き込まれる形で残っている羽根達も連鎖して弾け飛んでいく。
連鎖爆発。
まるで花火のように音と爆発が空を鮮やかに彩った。
敵が避け辛いように羽根を密集して飛ばしているのが、見事に仇になったかたちである。
苛立ったように、巨鳥が再びあの高い鳴き声を発した。また大魔法を使ったのだろう。さすがにこの魔法が範囲が広すぎて、エルをもってしても回避できない
。しかし、前回と同様に不様に宙を飛ばされるというわけではないのだ。
己が体で受け実際に体験した攻撃なら、対抗策も考え付くというものだ。エルは気で強化した右足を、徐に地面に叩き付け足を地中に埋没させた。局地的な暴風は竜巻と違い風に方向性もないし、巻き上げる力も弱い。これで吹き飛ばされずに堪える事ができるだろう。
後は、どこからでも襲い掛かってくる風の暴威を受け止めるだけだ。エルは全身に黒と白の混沌の気を張り巡らせ鎧となした。
風が唸りを上げその身を凶器と化した。周囲から無数の鈍器で殴打されたような感覚だ。まあ纏鎧の上からであり、防御を固めた少年に痛打を与えるには程遠い攻撃であった。といっても、体が持ち上げられそうな感触もあったので、ダメージはさておき宙に舞い上げられないように注意は必要であったが……。
ところが、激乱大嵐の吹き荒ぶ大嵐を一か所に留まりじっと耐えるエルに対し、熊鷹はカッと大口を開き熱線で追撃を仕掛けてきた。いつ終わるともわからぬ嵐のせいで動く事叶わず、とても熱線を避けられない。動かず大嵐を対処しようとしたおかげで、都合の良い動かない的になってしまったというわけだ。苦肉の策として頭上で両腕を交差さえ、気の鎧を纏った猛虎の籠手で受け止めた。
空から降り注いだ太い柱のごとき熱線はエルの全身を一瞬で覆い尽くした。腕や手が焼き尽くされる様な絶大な痛みに呻き、体中が焼かれ熱を帯びた。熱線の一撃だけで全身隈なく火傷を負い、特に両腕はひどい状態だ。すぐに高級回復薬を飲まねばならないだろう。
しかし、敵はそんな猶予など欠片も与える積りはないようで、再び大魔法で動きを止められたエルに向けて熱線を吐き出してきたではないか!!
これはまずい!
先ほどと同じ様に防いだとしても大きな痛手を受け、痛めた腕は使い物にならなくなる可能性さえあり得る。
迫り来る熱線に対し、対抗策が見出せず自問自答を繰り返した。
どうする?
どうする?どうする?
纏鎧だけでは防げない。では迎撃するか?否、暴風のせいであまり体を動かせない。せいぜいできて力を込めて防御するぐらいだ。回避はもちろん不可能だ。
ならばどうする?
防御するしかないが、敵の攻撃の方が強いのはもうわかっている。
このまま受ければ、死にはしないが大火傷は間違いない。
高速で飛来する熱線がもうすぐそこまで迫っていた。
焦りから思考は空回りするが、有効な打開策など思い付けなかった。もはや痛手を覚悟で受けるしかないかと諦めかけたその時、突如恩師の言葉が頭に蘇ってきた。
……エルよ、常識や固定観念に囚われるな。我等が武術に果ては無いのだ。自由な発想が新たな試みを生み、より高みに導いてくれるだろう。技を工夫し自分に合ったものに改良し、独自の技を創始するのだ……
そうだ、今まで習ってきた技はどれも武神流の基礎的なものなのだ。自分に合った技に自由に改良してもいいし、新たに生み出しても構わないのだ。
纏鎧ではダメージを受ける?
ならばダメージを受けないほどに強化すればいいだけじゃないか!!
凝り固まった考えに囚われていた自分が情けなく叱り付けたくなったが、師の助言によって活路が見えた。気は自分の力だ。願えば必ず自分の意思に応えてくれる。
あの熱線に負けないだけの気を顕現させればいいだけなのだ。
硬質化した気の鎧、纏鎧の上にエルの混沌の気が次から次に、汲めど尽きない泉のごとく溢れて出てきた。そして全身を鎧の上から気が覆い尽くした。
熱線との衝突。
先ほどは全身を焼ける痛みに身を捩りそうなほど苦しんだのだが、今度はほんの些細な熱を感じる程度、腕が軽微な火傷を受けた程度ですんでしまった。
気を硬質化させた鎧の上にさらに通常の気を合わせた、2重の防御を形成して防御力を向上させ、守護者の熱線を防ぎ切ったというわけだ。
思い付いて即実行に移せるかは非常に難しい所であるが、師を、己の武を信じたエルの絶大な意志力が不可能を可能に導いたのである。もちろん、実行に移せるだけの心身の力を、厳しい闘いと研鑽の日々で培っていなければ、試みは徒労に終わった公算は高い。日々の弛まぬ努力によって基礎を養っていたからこそ、応用も効いたというわけなのだ。
エルは興奮し昂ぶっていた。実戦の最中での技の改良である。失敗するのが当たり前であるのに、1発で成功できてしまったのが自分でも不思議であり愉快であった。やはり普段の修行とアルド師範の訓戒の賜物だろうと、心の中で恩師に礼を述べた。加えて、自分は多くの人々と関わり、そのお世話になったお蔭で成長できていると思うと、感謝したい気持ちで胸がいっぱいであった。
さて、嵐の魔法も鎮まると焦ったのは魔物の方である。大魔法で動けない状態からの必殺の熱線がこの守護者の切り札であり、幾多の冒険者を屠ってきた恐怖の連携であったからだ。それななのに遥か下、地面で待ち構える小さな挑戦者はあろうことか自分の自慢の攻撃を受けきってみせたのだ。これ以上の攻撃は不可能なのだ。だが、受け切られたからといって完全に防げたとは限らない。地上で笑い声を上げる不遜な冒険者に更なる追撃をしかけんと、翼をはためかせるのだった。
天空から懲りずに大量の羽根が飛翔してくる。エルはもはや避ける積りも、この場所から動く積りもなかった。自分の防御が敗れるか、巨鳥がじれて降りてくるかの根競べをするつもりなのだ。
エルの全身を纏鎧で覆うと、さらにその上を大きく分厚い硬質化した気の鎧が覆う。イメージしたのは重戦士が着る全身鎧。気の鎧であるから重さなどなく、分厚いからといって動きを阻害するわけではない。初めて創造しただけあって所々粗が目立つが、防御には問題ないだろう。先ほどの纏鎧と通常の気を合わせて防御する技を纏鎧・合と命名するとしたら、こちらは鎧を重ねて防御するので纏鎧・重といったところか。黒と白の入り混じった大鎧が、エルの前身を余す所なく覆い尽くした。
「さあっ、僕の鎧とお前の攻撃、どちらか強いか根競べだ!!」
楽しそうに笑いながら大声で宣言したエルは、その場で身を固め、あえて敵の攻撃を全てその身で受け止めた。
爆発する羽根も大嵐も、そして高熱の熱線でさえもだ。
どの攻撃も避ける素振りすらせずに、受け止めてみせたのだ。
お前の技など何も通用しない。空の上で小賢しい攻撃をしていないで、降りてきて勝負をしてみろと言わんばかりの態度である。
一方のキャッスルホークイーグルは少しでも痛撃を与えている事に望みを掛けて執拗に攻撃を繰り返した。
しかし、いくら攻撃を繰り返そうと小さな冒険者は微動だにしなかった。その防御も、顔に張り付いた笑みさえ崩す事はできなかったのである。
それもそのはず、エルは纏鎧・重で熊鷹の攻撃はどれも軽微なダメージしか受けなかったが、鎧を顕現し続ける気力の消耗は激しかったので、攻撃の合間に外気修練法によって心身を回復させていたのである。この神の御業は気などの精神力を回復するだけでなく、再生が必要なほどの大怪我以外の傷なら回復させる事ができるのだ。
つまり、実際にダメージを蓄積する所か回復していたのである。
守護者がいくら攻撃しても、エルの防御が抜けないなら回復されてしまうというわけだ。
そしてついには、巨鳥の方が限界を迎えてしまう。
魔力が尽き空中から攻撃できなくなってしまったのだ。後はその巨大な嘴と爪で勝負を決するしかない。
だがそれは、エルの待ち望んでいた瞬間でもあったのだ。新技ができた喜びもあるが、ひたすら防御させられた鬱憤が溜りに溜まっており、その怒りを解き放つ瞬間を今か今かと待ち望んでいたのである。
熊鷹が翼を折りたたみ滑空するかのように真一文字に突っ込んでくる。近づくにしたがって敵の体がどんどん大きくなり、そのあまりにも巨大過ぎる姿は恐怖に覚えるのに十分なほどであった。
しかし、エルは怯まない。巨城が自身に降って来る、そんなあり得ない状況にあろうと、振り上げた右拳に延々と気を凝集圧縮させ、弓を引き絞るかのように拳に力を貯めていた。
逃げるはもとより避ける事も眼中になしといった、攻撃一辺倒の構えだ。
拳を掲げた腕には無数の血管が浮かび上がり、筋肉が盛り上がっている。集めた気を、そして力を解放するのを待望し肉体が渇望の声を上げた。
早く、早くと急かす身体をどうにか宥めすかしながら、短い間に更に力を貯め続けたのである。
ついに衝突の時来たる。
滑空してきた城郭熊鷹がエルの眼前でその大きな翼を広げ、巨大過ぎる両足でエルを掴み取りにきたのである!
おそらくは獲物を捕らえ身動きの取れない空へ運ぼうとする猛禽としての習性なのだろう。
だが、この場合ではなんと愚かな選択であろうか。突っ込んでくる勢いのまま、その巨大な嘴でエルを突き刺しにきたならまだ勝負はわからなかった。
攻撃するわけでもなくただ捕らえにきた掴み技など、ひたすらこの一撃のために気を集め、力を貯め続けたエルの拳に勝る道理などありはしないのだ!!
眼前に迫る猛禽の両足に向かって、エルは何の衒いも無く真直ぐに拳を突き出したのである。
はたして両者の攻撃は、体重や体積の差など全く関係ないとばかりエルの拳が一瞬で押し切った。エルの拳に中った部分は破壊され吹き飛んだのである。
降下してきた大鷹は痛みと体の欠損で体勢を崩し、地に落ちてしまう。
そうなればもうおしまいだ。
背後から猛追したエルに背中に取り付かれたのだ。
巨大な城の如き体が邪魔して、大きく体を揺さぶって振り落すぐらいしかできない。
だが悲しいかな、左貫手を気で覆い槍と化したエルの穿貫槍、かの屠竜槍トラログを目標として気の武器化の技の中で最も習熟度の高い技は、いとも簡単に守護者の背中を貫き、振り落しなどものともしなかったのである。
右手も同様に突き刺すと、魔物の内部で混沌の気を解放し凶悪な破壊をまき散らした!!
血が弾け肉が飛び、そして骨が砕けた。
内部は外皮や羽などで護られているわけでもないので非常に脆い。エルの両手から気が放たれる度に大量の血が舞い散ったのである。
エルを振り落そうと抵抗を続け、暴れていた巨鳥の動きもやがて緩慢なものになっていく。エルが泳げそうな大きな血と肉の池を作り上げ、背中から内臓を木端微塵に砕かれると、自身の血の海に沈み2度と起き上がらなくなったのである。
倒れる熊鷹の背から飛び降りたエルは荒い息を付きつつも、敵の動向を見守り魔素に還ったのを見届けると、右手を突き上げ勝利の声を上げるのだった。
・・・
・・
・
城郭熊鷹との闘いで大分時間を使ってしまった。ほかの守護者との闘いなら4、5戦できたに違いない。だが、手の届かない天空に飛ばれてはどうにもならない。次回であったなら、出現してから飛ばれるまでが勝負だと己に言い聞かせると、また守護者との連戦に突入するのであった。
幸いにして最強の守護者である、キャッスルホークイーグルの出現率は低く、2、30戦に1回程度であった。初日は運良く出会わなかったが、2日目は戦闘回数が増えるにしたがって、おのずと闘う機会も増えてきた。
ただ、初戦は飛ばれたせいで時間が掛かったが、2戦目以降はなりふり構わず接近し飛びついたので、エルごと空に飛ばれても触れてさえいれば攻撃できたので、そこまで苦戦せずに倒せたといった所だ。
2日目も夜になると、完全に他の冒険者の存在はいなくなった。
エルの独壇場だ。
照明用の魔道具、爛炭を火口の周囲に配置しその薄明りを頼りにした戦闘である。暗闇の闘いを昨日から経験しているとはいえ、まだ慣れたとは言い辛く。どうしても攻撃を避けられずもらってしまう事もあったし、上手く急所に中てられず戦闘時間が昼間に比べて大幅に延びてしまった。
暗中で自分の想像通りに動けないもどかしさ、そして日中なら圧倒できたであろう敵に手間どう不甲斐無さ。時間も残り少ないというのに上手くできない、己の未熟からくる苛立ちを抱えて闘う羽目になったのである。
それでも歩みを止めるわけにはいかなかった。傷付き血を吐きながらも自分を鼓舞し、深夜を越えてもなお闘い続けた。
まだ若いエルにとっては、1日くらい徹夜したからといってそこまで疲労は溜りはしないだろう。
ただ、自分より各上の敵、レアモンスターと闘う事を考えれば、少しでも状態は良いに越したことはない。少しでも仮眠し疲れを取るのがいいだろう。
この判断が正しいかはわからない。
自分の選択で本当に良かったかは不安は尽きなかったが、勝って帰る事を念頭に明け方近くまで壮絶な闘いを繰り広げ、空もようよう明るみ始めた頃に少しばかり仮眠を取った。
そうして陽が昇り、最後の朝を迎えた。
3日目、本日が武神シルバが指定した試練の最終日である。今日薬の材料を手に入れられねば、マリナは助からない。
短時間の浅い眠りにも拘らず不思議と疲れはなく、エルの全身にやる気が漲っていた。
自分のすべき事は、どんな敵でも闘い倒すことだ。
必ず薬の材料を持ち帰ると誓い、この山の頂で闘い続けてきたのである。
リリに誓った言葉を真実にする時がきたのである。
吸い込まれる様な黒い瞳に決意の炎を燃やすと、少年はしっかりとした足取りで歩き出すのだった。
その度にエルは苦手な交渉を余儀なくされたのである。
エルにとっては幸運な事に大多数が善良な者であったので、窮状を訴え一生懸命願い乞えば、こちらの無理矢理な提案も大体は受け入れてもらえた。
ただしそれはまだ日中の、時間的余裕のある頃の話であった。夕暮れ刻、夜が差し迫った頃では話も変わってくる。
夜間の迷宮、それも剣峰アンガナルバのような深い闇が支配する場所での探索や戦闘は、格段に危険性が上昇するからだ。特にアンガナルバは勾配の激しい、只でさえ面倒な急角度な斜面を持つ高山である。単純に下山するだけでも厳しい。ましてや途中で魔物に襲われたなら、命を脅かされる可能性が高いのだ。
自分や仲間達の安全が掛かってくれば、エルがいくら低姿勢で交渉し報酬を吊り上げても良い顏はしなかった。エルの事情は真に同情すべきであり、できるなら手助けしたいと思えてならなかったが、パーティの生存のためには安易に妥協する事はできなかったのだ。
結局、最終的にはケヴィン達と同様に、一緒に守護者を倒すあたりで話が落ち着いたというわけだ。
エルにしたら協力して倒すと討伐数に数えられないし、交渉時間も含めて無益な時間を使尽するわけだから、正直遣る瀬無さや苛立ちが募った。
しかし、問答無用で排除する行為は武神流の精神に反するので、実行に移せなかったのである。精一杯話し合い、その上で物別れに終わったらまだ分かるが、対話できる相手に一方的に攻撃を仕掛けるのは道理に悖るし、何より畜生のごとき行為である。まだ若く潔癖な所のあるエルには、仲間に顔向けできなくなるような恥ずべき行いはどうしてもできなかったのだ。
もっとも、交渉決裂後に力に訴えるのも決して褒められたものではない。話合いで解決できないからといって、力で無理矢理こちらの意を通すのなら悪漢と何が違うというのだ。もちろん冒険同士の闘いは犯罪であるし、いくら緊急であるとはいえ許されるわけはないのだ。
たが悲しいかな、時間がないのは本当の事であるし、恩顧を受けたマリナが死に瀕しているのも厳然たる事実なのである。守護者との闘いを譲るのは論外だし、金銭や対価で納得してもらえないのであれば、もはやエルに取れる手段は1つしか残されていなかった。交渉が失敗したなら、たとえ犯罪者の汚名を被ろうとも武力にもの言わせて無力化し帰ってもらうのだ。大切なマリナの命は、エルの行動如何にかかっており、期限は明日までしかないのだ。何を置いても時間こそが肝要であり、絶対に無駄にできないのだ。例え自分が嫌悪する行為であろうと今は躊躇するわけにはいかない。折衝が上手くいかなければ、いやでも実力行使するしかなかったのだ。
だからこそ苦手な話し合いであっても精一杯誠意を示し、何度も頭を下げ辛抱強く交渉を続けたのである。高等な会話テクニックなど持ち合わせておらず、むしろ話下手なエルにできることは、誠実であり、かつ正直であること。そして相場以上の報酬を提示し、さらに報酬を上乗せしてでも魅力的な取引だと思ってもらうしかなかったのである。
その結果は高価な対価も支払った事もあり、有り難い事にどの交渉も決裂せずに済んだ。なんとか犯罪に手を染めずに話し合いで終わらせられたわけである。もしかしたら交渉の最終段階でエルの目が座り、一戦も辞さない覚悟が滲み出た事も、交渉がまとまった一助を担ったのかもしれない。
ともあれ、話が終われば戦闘だ。
貯まった鬱憤を晴らすかのようにエルは敵を瞬殺する事に腐心し、少しでも浪費した時間を取り戻そうと敢闘するのであった。
また、冒険者達との交渉以外にも大幅な時間のロスをする場合があった。
40階層最強の守護者、強敵の出現である。
どの階層の守護者でもそうだが、1体だけ飛び抜けて力を持つ魔物が存在する。特に10の倍数の階層の守護者は節目の階層ということもあるのか、あり得ない程強力である。その強さは5階層上、場合によっては10階層上の守護者並の強さを有しており、通常なら出会ったら即時撤退も止む無しとされるほどだ。
エルの前に立ちはだかった魔物も、そんな凶悪な守護者の1体である。
名は城郭熊鷹
まずその大きさ自体が人間と比べるべくもない程、あまりにも大き過ぎる。小さな山のようだと評した、魔宝獣の巨体よりもさらにでかい。例えるなら小島、いやっ、その名の通り巨城並の大きさというべきだろう。足にある鋭く巨大な爪1つとってもエルより大きい。頭までの高さといったら、それこそ小高い山を見上げるようなものだ。
しかも、この守護者はただ巨大だというだけでなく、見惚れるほどの優美さも兼ね備えていた。胸部から腹部にかけて新雪を連想させる純白の羽毛を持ち、長く雄大な漆黒の尾羽とコントラストをなしている。加えて、黒と白が交互に織り成す横縞の翼は、自然が作り上げた芸術とさえいえよう。さらに、猛禽の名に相応しい鋭利で巨大な嘴に、武士(もののふ)を想わせる精悍な顔つきである。
まさに王者の風格を有する敵であった。
そんな王者の攻撃は、苛烈を極めた。
突如天空に舞い上がると、エルの手の届かない上空から極悪な連続攻撃を仕掛けてきたのだ。
雄大な翼をはためかせると、その1枚1枚がエルより大きく破壊の力を内包した羽根を何十何百と飛ばしてきたのである。大地を埋め尽くさんばかりに飛来するその姿は、雲霞の如くである。
しかもに衝突すると爆発を起こようだ。
避けても避けても攻撃が終わらず、躱す度に無数の羽根の爆散によって見る間に地形が変わっていった。
至近距離で回避すれば爆発に巻き込まれるので、意識的に大きな回避を試みたが、それも規格外の羽根の数に圧倒され次第に被弾していく。
気を硬化させて防具となした纏鎧によって全身を護りつつ、被害を最小限に抑えるために、長く苦しい忍耐を強いられた。
ようやく爆弾のごとき羽根の飛来がおさまると、エルの全身は煤汚れ火傷や裂傷など細かい無数の傷をできていた。痛みはあるが重傷というほどでもなく、動きに支障はきたさないだろう。
並の冒険者だったなら今の攻撃で全滅していた可能性すらある。
大空を悠然と舞う熊鷹は、休むことなく追撃を仕掛けてきた。その強大な嘴を開くと、太い熱線を吐き出したのだ!!
速度も申し分ない。距離があったからまだなんとか躱せたが近くで発射されていたら、どうなっていたかわからないほどだ。
熱線によって地面が溶解し大きな穴が開いた。威力も目を見張るものがある。
中れば大怪我は免れないだろう。
その後も何度熱線を発射してきたが、エルは慎重に回避していった。
やがて焦れた守護者は、聞く者を畏怖させる様な甲高い鳴き声を上げた。
その声を聴いた瞬間、突然怖気が走り命の危機を覚えた。
勘に従って即座に後方に飛び、全身をくまなく気で覆うと身体を小さく丸めた。
そして火口に暴風が吹き荒れた。
火口全体が無秩序な風の暴威に晒されたのである。
上下四方八方、あらゆる方位から衝撃波を受け、エルの小さな身体は竜巻に飲み込まれた木の葉のように、あちこちに飛ばされ地面に叩き付けられた。
いつ果てるとも知れない局地的な嵐が、エルの身体を痛め続ける。あっちこっちに吹き飛ばされ方向感覚も狂い、もはや自分が宙にいるのか地面にいるのかさえわからなかった。
地面に落とされ、ようやく感覚を取り戻し始め辺りを見渡すと、その様相は一変していた。美しい景観を誇った火口は見る影もなく、所嫌わず凸凹の穴が空いた粗放な荒野に様変わりしていたのだ。
今の魔法が激乱大嵐であろう。
この広大な火口全域に大嵐を巻き起こす大魔法だ。効果範囲はあまりに広く、回避は不可能だろう。
情報誌には討伐は5つ星以上で行い、それ以下は即時撤退すべしと記載されていたが、その記述に誤りはない。
この大魔法なら容易く防護呪文を破壊してパーティを寸断し、体力の低い後衛には絶大なダメージを与えるに違いない。運が悪ければ叩き付けられ死ぬ事もあるだろう。
全身に強固な気を張り巡らせたお蔭でなんとか大怪我は逃れたが、体のあちこちで鈍痛がし思わず顔を顰めた。それに未だに感覚が覚束かず、直立できず少々ふら付いている。実に厄介な魔法だ。
しかも城郭熊鷹は相変わらず杳々たる天空を、憎らしいほど優雅に飛んでいる。
こちらから気弾や気刃を飛ばしてみたが、ひらりと躱されてしまう。
とてもこちらの攻撃を中てられるとは思えなかった。
だが、それはあちらとて同じはずだ。エルの回避力をもってすれば、あの大魔法以外は早々中るものではない。守護者も自分の攻撃を避けられたのは理解しているはずなのに一向に降りてこず、その気配すらなかった。
また懲りずに、羽根による爆撃を繰り出してきた。魔法なのか、それとも自己再生能力なのかわからないが、翼の羽根はすぐに生えてくるようでいくらでも撃ち出す事が可能らしい。
何百という恐ろしい数の、それも接触即爆発の羽根の大群が高速で押し寄せてくる。まあ、エルにとっては距離も離れているしもう対策もできている攻撃ではあったが……
即座に複数の気弾を作り出すと迎撃として打ち出したのだ!!
高速で射出された気弾と羽根の群れがぶつかり合うと爆発を起こした。後はその爆発に巻き込まれる形で残っている羽根達も連鎖して弾け飛んでいく。
連鎖爆発。
まるで花火のように音と爆発が空を鮮やかに彩った。
敵が避け辛いように羽根を密集して飛ばしているのが、見事に仇になったかたちである。
苛立ったように、巨鳥が再びあの高い鳴き声を発した。また大魔法を使ったのだろう。さすがにこの魔法が範囲が広すぎて、エルをもってしても回避できない
。しかし、前回と同様に不様に宙を飛ばされるというわけではないのだ。
己が体で受け実際に体験した攻撃なら、対抗策も考え付くというものだ。エルは気で強化した右足を、徐に地面に叩き付け足を地中に埋没させた。局地的な暴風は竜巻と違い風に方向性もないし、巻き上げる力も弱い。これで吹き飛ばされずに堪える事ができるだろう。
後は、どこからでも襲い掛かってくる風の暴威を受け止めるだけだ。エルは全身に黒と白の混沌の気を張り巡らせ鎧となした。
風が唸りを上げその身を凶器と化した。周囲から無数の鈍器で殴打されたような感覚だ。まあ纏鎧の上からであり、防御を固めた少年に痛打を与えるには程遠い攻撃であった。といっても、体が持ち上げられそうな感触もあったので、ダメージはさておき宙に舞い上げられないように注意は必要であったが……。
ところが、激乱大嵐の吹き荒ぶ大嵐を一か所に留まりじっと耐えるエルに対し、熊鷹はカッと大口を開き熱線で追撃を仕掛けてきた。いつ終わるともわからぬ嵐のせいで動く事叶わず、とても熱線を避けられない。動かず大嵐を対処しようとしたおかげで、都合の良い動かない的になってしまったというわけだ。苦肉の策として頭上で両腕を交差さえ、気の鎧を纏った猛虎の籠手で受け止めた。
空から降り注いだ太い柱のごとき熱線はエルの全身を一瞬で覆い尽くした。腕や手が焼き尽くされる様な絶大な痛みに呻き、体中が焼かれ熱を帯びた。熱線の一撃だけで全身隈なく火傷を負い、特に両腕はひどい状態だ。すぐに高級回復薬を飲まねばならないだろう。
しかし、敵はそんな猶予など欠片も与える積りはないようで、再び大魔法で動きを止められたエルに向けて熱線を吐き出してきたではないか!!
これはまずい!
先ほどと同じ様に防いだとしても大きな痛手を受け、痛めた腕は使い物にならなくなる可能性さえあり得る。
迫り来る熱線に対し、対抗策が見出せず自問自答を繰り返した。
どうする?
どうする?どうする?
纏鎧だけでは防げない。では迎撃するか?否、暴風のせいであまり体を動かせない。せいぜいできて力を込めて防御するぐらいだ。回避はもちろん不可能だ。
ならばどうする?
防御するしかないが、敵の攻撃の方が強いのはもうわかっている。
このまま受ければ、死にはしないが大火傷は間違いない。
高速で飛来する熱線がもうすぐそこまで迫っていた。
焦りから思考は空回りするが、有効な打開策など思い付けなかった。もはや痛手を覚悟で受けるしかないかと諦めかけたその時、突如恩師の言葉が頭に蘇ってきた。
……エルよ、常識や固定観念に囚われるな。我等が武術に果ては無いのだ。自由な発想が新たな試みを生み、より高みに導いてくれるだろう。技を工夫し自分に合ったものに改良し、独自の技を創始するのだ……
そうだ、今まで習ってきた技はどれも武神流の基礎的なものなのだ。自分に合った技に自由に改良してもいいし、新たに生み出しても構わないのだ。
纏鎧ではダメージを受ける?
ならばダメージを受けないほどに強化すればいいだけじゃないか!!
凝り固まった考えに囚われていた自分が情けなく叱り付けたくなったが、師の助言によって活路が見えた。気は自分の力だ。願えば必ず自分の意思に応えてくれる。
あの熱線に負けないだけの気を顕現させればいいだけなのだ。
硬質化した気の鎧、纏鎧の上にエルの混沌の気が次から次に、汲めど尽きない泉のごとく溢れて出てきた。そして全身を鎧の上から気が覆い尽くした。
熱線との衝突。
先ほどは全身を焼ける痛みに身を捩りそうなほど苦しんだのだが、今度はほんの些細な熱を感じる程度、腕が軽微な火傷を受けた程度ですんでしまった。
気を硬質化させた鎧の上にさらに通常の気を合わせた、2重の防御を形成して防御力を向上させ、守護者の熱線を防ぎ切ったというわけだ。
思い付いて即実行に移せるかは非常に難しい所であるが、師を、己の武を信じたエルの絶大な意志力が不可能を可能に導いたのである。もちろん、実行に移せるだけの心身の力を、厳しい闘いと研鑽の日々で培っていなければ、試みは徒労に終わった公算は高い。日々の弛まぬ努力によって基礎を養っていたからこそ、応用も効いたというわけなのだ。
エルは興奮し昂ぶっていた。実戦の最中での技の改良である。失敗するのが当たり前であるのに、1発で成功できてしまったのが自分でも不思議であり愉快であった。やはり普段の修行とアルド師範の訓戒の賜物だろうと、心の中で恩師に礼を述べた。加えて、自分は多くの人々と関わり、そのお世話になったお蔭で成長できていると思うと、感謝したい気持ちで胸がいっぱいであった。
さて、嵐の魔法も鎮まると焦ったのは魔物の方である。大魔法で動けない状態からの必殺の熱線がこの守護者の切り札であり、幾多の冒険者を屠ってきた恐怖の連携であったからだ。それななのに遥か下、地面で待ち構える小さな挑戦者はあろうことか自分の自慢の攻撃を受けきってみせたのだ。これ以上の攻撃は不可能なのだ。だが、受け切られたからといって完全に防げたとは限らない。地上で笑い声を上げる不遜な冒険者に更なる追撃をしかけんと、翼をはためかせるのだった。
天空から懲りずに大量の羽根が飛翔してくる。エルはもはや避ける積りも、この場所から動く積りもなかった。自分の防御が敗れるか、巨鳥がじれて降りてくるかの根競べをするつもりなのだ。
エルの全身を纏鎧で覆うと、さらにその上を大きく分厚い硬質化した気の鎧が覆う。イメージしたのは重戦士が着る全身鎧。気の鎧であるから重さなどなく、分厚いからといって動きを阻害するわけではない。初めて創造しただけあって所々粗が目立つが、防御には問題ないだろう。先ほどの纏鎧と通常の気を合わせて防御する技を纏鎧・合と命名するとしたら、こちらは鎧を重ねて防御するので纏鎧・重といったところか。黒と白の入り混じった大鎧が、エルの前身を余す所なく覆い尽くした。
「さあっ、僕の鎧とお前の攻撃、どちらか強いか根競べだ!!」
楽しそうに笑いながら大声で宣言したエルは、その場で身を固め、あえて敵の攻撃を全てその身で受け止めた。
爆発する羽根も大嵐も、そして高熱の熱線でさえもだ。
どの攻撃も避ける素振りすらせずに、受け止めてみせたのだ。
お前の技など何も通用しない。空の上で小賢しい攻撃をしていないで、降りてきて勝負をしてみろと言わんばかりの態度である。
一方のキャッスルホークイーグルは少しでも痛撃を与えている事に望みを掛けて執拗に攻撃を繰り返した。
しかし、いくら攻撃を繰り返そうと小さな冒険者は微動だにしなかった。その防御も、顔に張り付いた笑みさえ崩す事はできなかったのである。
それもそのはず、エルは纏鎧・重で熊鷹の攻撃はどれも軽微なダメージしか受けなかったが、鎧を顕現し続ける気力の消耗は激しかったので、攻撃の合間に外気修練法によって心身を回復させていたのである。この神の御業は気などの精神力を回復するだけでなく、再生が必要なほどの大怪我以外の傷なら回復させる事ができるのだ。
つまり、実際にダメージを蓄積する所か回復していたのである。
守護者がいくら攻撃しても、エルの防御が抜けないなら回復されてしまうというわけだ。
そしてついには、巨鳥の方が限界を迎えてしまう。
魔力が尽き空中から攻撃できなくなってしまったのだ。後はその巨大な嘴と爪で勝負を決するしかない。
だがそれは、エルの待ち望んでいた瞬間でもあったのだ。新技ができた喜びもあるが、ひたすら防御させられた鬱憤が溜りに溜まっており、その怒りを解き放つ瞬間を今か今かと待ち望んでいたのである。
熊鷹が翼を折りたたみ滑空するかのように真一文字に突っ込んでくる。近づくにしたがって敵の体がどんどん大きくなり、そのあまりにも巨大過ぎる姿は恐怖に覚えるのに十分なほどであった。
しかし、エルは怯まない。巨城が自身に降って来る、そんなあり得ない状況にあろうと、振り上げた右拳に延々と気を凝集圧縮させ、弓を引き絞るかのように拳に力を貯めていた。
逃げるはもとより避ける事も眼中になしといった、攻撃一辺倒の構えだ。
拳を掲げた腕には無数の血管が浮かび上がり、筋肉が盛り上がっている。集めた気を、そして力を解放するのを待望し肉体が渇望の声を上げた。
早く、早くと急かす身体をどうにか宥めすかしながら、短い間に更に力を貯め続けたのである。
ついに衝突の時来たる。
滑空してきた城郭熊鷹がエルの眼前でその大きな翼を広げ、巨大過ぎる両足でエルを掴み取りにきたのである!
おそらくは獲物を捕らえ身動きの取れない空へ運ぼうとする猛禽としての習性なのだろう。
だが、この場合ではなんと愚かな選択であろうか。突っ込んでくる勢いのまま、その巨大な嘴でエルを突き刺しにきたならまだ勝負はわからなかった。
攻撃するわけでもなくただ捕らえにきた掴み技など、ひたすらこの一撃のために気を集め、力を貯め続けたエルの拳に勝る道理などありはしないのだ!!
眼前に迫る猛禽の両足に向かって、エルは何の衒いも無く真直ぐに拳を突き出したのである。
はたして両者の攻撃は、体重や体積の差など全く関係ないとばかりエルの拳が一瞬で押し切った。エルの拳に中った部分は破壊され吹き飛んだのである。
降下してきた大鷹は痛みと体の欠損で体勢を崩し、地に落ちてしまう。
そうなればもうおしまいだ。
背後から猛追したエルに背中に取り付かれたのだ。
巨大な城の如き体が邪魔して、大きく体を揺さぶって振り落すぐらいしかできない。
だが悲しいかな、左貫手を気で覆い槍と化したエルの穿貫槍、かの屠竜槍トラログを目標として気の武器化の技の中で最も習熟度の高い技は、いとも簡単に守護者の背中を貫き、振り落しなどものともしなかったのである。
右手も同様に突き刺すと、魔物の内部で混沌の気を解放し凶悪な破壊をまき散らした!!
血が弾け肉が飛び、そして骨が砕けた。
内部は外皮や羽などで護られているわけでもないので非常に脆い。エルの両手から気が放たれる度に大量の血が舞い散ったのである。
エルを振り落そうと抵抗を続け、暴れていた巨鳥の動きもやがて緩慢なものになっていく。エルが泳げそうな大きな血と肉の池を作り上げ、背中から内臓を木端微塵に砕かれると、自身の血の海に沈み2度と起き上がらなくなったのである。
倒れる熊鷹の背から飛び降りたエルは荒い息を付きつつも、敵の動向を見守り魔素に還ったのを見届けると、右手を突き上げ勝利の声を上げるのだった。
・・・
・・
・
城郭熊鷹との闘いで大分時間を使ってしまった。ほかの守護者との闘いなら4、5戦できたに違いない。だが、手の届かない天空に飛ばれてはどうにもならない。次回であったなら、出現してから飛ばれるまでが勝負だと己に言い聞かせると、また守護者との連戦に突入するのであった。
幸いにして最強の守護者である、キャッスルホークイーグルの出現率は低く、2、30戦に1回程度であった。初日は運良く出会わなかったが、2日目は戦闘回数が増えるにしたがって、おのずと闘う機会も増えてきた。
ただ、初戦は飛ばれたせいで時間が掛かったが、2戦目以降はなりふり構わず接近し飛びついたので、エルごと空に飛ばれても触れてさえいれば攻撃できたので、そこまで苦戦せずに倒せたといった所だ。
2日目も夜になると、完全に他の冒険者の存在はいなくなった。
エルの独壇場だ。
照明用の魔道具、爛炭を火口の周囲に配置しその薄明りを頼りにした戦闘である。暗闇の闘いを昨日から経験しているとはいえ、まだ慣れたとは言い辛く。どうしても攻撃を避けられずもらってしまう事もあったし、上手く急所に中てられず戦闘時間が昼間に比べて大幅に延びてしまった。
暗中で自分の想像通りに動けないもどかしさ、そして日中なら圧倒できたであろう敵に手間どう不甲斐無さ。時間も残り少ないというのに上手くできない、己の未熟からくる苛立ちを抱えて闘う羽目になったのである。
それでも歩みを止めるわけにはいかなかった。傷付き血を吐きながらも自分を鼓舞し、深夜を越えてもなお闘い続けた。
まだ若いエルにとっては、1日くらい徹夜したからといってそこまで疲労は溜りはしないだろう。
ただ、自分より各上の敵、レアモンスターと闘う事を考えれば、少しでも状態は良いに越したことはない。少しでも仮眠し疲れを取るのがいいだろう。
この判断が正しいかはわからない。
自分の選択で本当に良かったかは不安は尽きなかったが、勝って帰る事を念頭に明け方近くまで壮絶な闘いを繰り広げ、空もようよう明るみ始めた頃に少しばかり仮眠を取った。
そうして陽が昇り、最後の朝を迎えた。
3日目、本日が武神シルバが指定した試練の最終日である。今日薬の材料を手に入れられねば、マリナは助からない。
短時間の浅い眠りにも拘らず不思議と疲れはなく、エルの全身にやる気が漲っていた。
自分のすべき事は、どんな敵でも闘い倒すことだ。
必ず薬の材料を持ち帰ると誓い、この山の頂で闘い続けてきたのである。
リリに誓った言葉を真実にする時がきたのである。
吸い込まれる様な黒い瞳に決意の炎を燃やすと、少年はしっかりとした足取りで歩き出すのだった。
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