Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第4章

第76話

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 やる気十分、闘志を全身に漲らせた少年の目の前には空を見やげんばかりの巨大な竜が立ちはだかっていた。
 60階層最強の守護者と名高い青竜ブルードラゴンだ。
 この真竜は竜というよりは巨大な大蛇といった方が適切な姿をしているが、まずなにより圧倒されるのがその大きさである。頭1つとっても民家並のサイズだ。青く美しい鱗に覆われた巨体でとぐろを巻き、鎌首をもたげて少年を睥睨するとまるで城砦である。
 対峙し竜の眼を見るために首を上げるだけで疲れてしまう有り様だ。
 しかし、真竜の巨体を前にしても興奮する事はあっても、エルは怖気づく気配は微塵もなかった。それ所か顔を紅潮させ、今から始まるであろう闘いが心底楽しみで仕方ないとわくわくしていたのだ。
 そんな不届きな挑戦者に対する竜の返答は苛烈そのものであった。

 一瞬、まさに一瞬で食人大鬼オーガでさえ簡単に丸呑みにできそうな大口をかっと開くとエルに襲い掛かったのである!!
 予備動作もない一撃を、運良く気を総動員し寸での所で回避に成功できたが、飛び退った少年が元いた場所は地面ごと大きく抉り取られていた。
 しかも竜は一瞬で元の位置に戻っており、山の様な巨体からは予想も付かなかった高速攻撃を行なえるようだ。蛇と同様に全身これ筋肉に加え、真竜の強大な魔力で強化を施す事で先程の砲弾の様な高速攻撃を可能にしているのだろう。
 この攻撃だけでもこの真竜の強大さを感じ取るには十分であり、普通の冒険者なら戦慄に慄かずにはいられないだろう一撃であった。

 だが、エルには逆効果だ。
 それはもう嬉しそうに顔を歪めると、犬歯をむき出しにして大声を上げて嗤ったのである。
 相手にとって不足なし。
 全力を出し命を懸けて闘うに値する強敵だと認める事で、少年の飽くなき闘争心に劫火の炎が燃え盛ったのである!!
 少年は全身を気で包むと、楽しそうに嗤いながら青竜に真一文字に突っ込んでいった。激闘の始まりである。

「おいおいすげーな! なんだありゃ」
「しっ、静かに!! 気付かれたら、こっちが危ないのよ!」
「ああわかってるさ。わかっているけど、俺の気持ちもわかるだろ?」
「目の前であんな戦いをされてわね。ポロが思わず声を出してしまったのも仕方ない」
「そうそう。リック、わかってるじゃねーか!」
「だから大声出さないの! 気持ちは分かるけど静かにしなさいよ!」

 エルとブルードラゴンが壮絶な闘いを繰り広げている最中、先ほど逃げ出したはずの冒険者達が身を潜め、距離を取りながら闘いを観戦していたのである。

 少年に注意しつつ大急ぎで真竜から逃走していた3人が何故戻って来たか?

 それはひとえに少年、エルの事が心配だったからである。
 お節介焼きで姉御肌の射手ケティが、仲間のリックとポロを説得し戻って来たのだ。
 もし少年が破れそうになったら助けに入り、逃げ出すつもりだったのである。彼女達の実力では一歩間違えれば死ぬ可能性も高かいのだが、前途ある少年の事を思い戻って来たというわけなのだ。呆れるぐらいのお人好しの集団であった。
 当初は冷や冷やしながら戦況を見守っていた3人であったが、エルが恐ろしげな嗤い顔になってからというもの逆に驚きっぱなしであった。

「黒と白。2色あるけど、あれは気だよな?」
「あの少年は地水火風、四属性のどの攻撃も用いていない。非常に珍しいが、おそらく気で間違いないだろう」 
「だとすると、軍神流か武神流のどっちかか……。いや、武神流だな」
「ポロ、わかるの?」
「これでも冒険者稼業が長いからな。武神流の冒険者とも組んだ事があるのさ」

 ポロ、リックやケティより一回り年齢が上の壮齢の男は背中の槍を無意識に撫でていた。人に歴史ありとは良く言ったものだが、ポロがリック達とパーティを組むまでにはいくつか別の冒険者達と組んだ事がある。その中に武神流の者がいたというわけだ。

「あの坊主が使っているのは、武神流の気を用いた移動術だ。俺が組んだのは剣士だったが似たような技を使っていたぜ。まあ腕は雲泥の差だったがな」
「正直に言うと、あの少年の動きが速過ぎて見失ってしまうんだ」
「私もよ。初めて会った時は1人で武器も持ってないし、弟みたいに幼かったから何でこんな所に居るのかと思ったけど、見掛けはどうあれ立派な冒険者だったのね」
「おいおい、見た目に騙されるなよ。もう分かっているだろうが、坊主の実力は俺達の遥か上だ。それに、あれは戦闘狂の類いだぞ」

 ごくりと唾を飲み込み、戦々恐々とした様子でポロが忠告してきた。ケティもリックもその言葉を否定せず直ちに頷いた。
 自分達が闘ったのなら、すでにブルードラゴンの腹の中であろう事が容易く想像できたからだ。それほど彼の真竜の連撃は高速かつ回避が困難なものであったのだ。強大な顎門はもちろんのこと、連続で発射され大地を容易く穿つ高圧水流や毒液の嵐を防ぎきるのは到底不可能だと、傍から見ていても嫌でも実感させらほどの凶悪なものであったからだ。
 だが、少年は違う。愉快そうに声を上げつつも、青竜ブルードラゴンの猛撃を一撃たりとも掠らせもしないのだ。真紅の道着に黒と白の混じり合った珍しい気を張り巡らせ目にも止まらない、いや目にも映らない程の高速で地を駆けている。どう考えても自分達の敵う相手ではない。年に反して実に恐ろしき戦闘能力である。
 そして戦闘狂の件であるが、あの大声と嗤い顔を見れば誰でも理解できるだろう。
 というよりむしろ……、

「彼が戦闘狂だと解らない方がどうかしているだろうね」
「そうね。挨拶もきちんとできていたし礼儀正しい子だと思ったけど、人は見かけによらないのね」

 溜息交じりにケティはしみじみと言葉を発した。
 そう、初めて会った時は礼儀正しい弟の様な紅顔の少年だったのだ。
 それが今はどうだ?
 顔を獣の様に歪め大声を出して嗤っている。
 真竜という強大な敵に己独りで立ち向かい、暴虐の嵐の中に身を置いてさえ笑声が止まないのだ。いや、地獄の様な渦中だからこそ嗤っているのだ。
 血肉沸き踊る闘いが好きで好きで仕方ないのだ。
 たしかに冒険者には、少なからずそういった刹那的な喜びを求める所がある。だからケティにも少しは共感し理解できる。
 ただ理解できるにはできるのだが、あの少年ほどの熱意も狂気も持ち合わせてはいない。自分に真似できるかと言われれば、死んでも嫌だと即答するだろう。
 ケティは曲がりなりにも5つ星、栄えある上位冒険者の1人である。羨望の目で見られる事も多いし、一般市民では手も出せない高価な装備や宿、目も飛び出る様な贅沢だってしようと思えばできる身分だ。
 全ては自分と仲間達の努力と実力の成果である。駆け出しの新人からこの身一つで成り上がってきた自負と、それに相応しい力を有している。

 だが、だが、それでもなお目の前の少年を前にすると霞んでしまう。自分達が束になっても絶対に敵わない。
 きっと最上位に到達できるであろう一握りの冒険者は、この少年の様な存在に違いない。ケティにはそう思えてならなかった。
 そんな事を考えていた彼女を置いてけぼりにして事態は動いた。青竜の連撃に晒され防御に専念させられていたと思われた少年が攻撃に転じたのである。否、正確には転じたと思われたのである。
 ケティには大音と共に身が爆ぜ吹き飛ばされたブルードラゴンの姿しか見えなかった。
 少年が何をやったのかさえ、その眼には映らなかったのだ。

「……今の何? 私には真竜の咬み付きを、あの子が躱した所までしか見えなかったわ」
「わからない……。僕もケティと一緒で避けたところまでしか見えなかった」
「わからねえ。わからねえが、あの坊主、ランク詐欺に近いぐれえ実力が上なんじゃねえか! 6つ星、いや、7つ星って言われても驚かねえよ!!」

 ポロの顔は驚愕に染まり、絞り出す様な低い声は僅かな恐怖を含んでいた。
 彼ら3人には解らなかったが、エルが行ったのは武神流の徹気拳という技であった。気を相手の内部に浸透させ、内から破壊を行う荒技である。
 ただし気や魔力は高位の魔物、真竜なら当然備えており、気を内部に送ろうにも相手のものと相殺してしまい内部破壊ができないはずなのだ。
 しかし、それがどうだ。現実はエルの徹気拳によって青竜の首付近が内から爆ぜ、肉や血をまき散らし骨が剥き出しになっている。
 真竜の驚異的な生命力と竜魔法によって再生が行われているが、重傷のせいかすぐには治りきらないようだ。

 これほどの破壊を如何にして為したか?
 答えは単純、ただの力押しであった。全身を覆う竜の魔力を局所的に上回り、高速で一気に内部に送り込んでしまえばいいのだ。そうすれば相殺しきれなかった分の気を浸透させる事ができ、内部破壊を行えるというわけだ。
 赤竜レッドドラゴン餓竜スタービングドラゴンなどの死闘を経、何故徹気拳が破られたのか理解したエルは秘かに改良を加え、真竜に通じる程に強化していたのである。
 これも偽竜形態による気の大量運用の修行の成果であり、この3か月の成果の1つであった。
 まあ、本来ここでお披露目するはずの技は別にあるのだが……。
 ただ、エルの徹気拳によって隙だらけになっている青竜ブルードラゴンを回復するまでわざと見過ごすというのも、武人に悖る行為である。
 倒してしまったのならこの敵は新技を披露するまでもない敵だったのだろうと結論付けると、エルは一瞬で全身に莫大な気を張り巡らせると地を蹴った!!
 その速度は遠くから観戦していたケティ達には追い切れぬ程のものであった。

「消えた!?」
「嘘っ!?」
「おいおい本気で何者だあの坊主……、って何だそりゃ!?」

 少年のあまりの高速移動に驚嘆せしめられ悲鳴じみた声を上げるのも束の間、3人は大口をあんぐり開け言葉を失ってしまった。
 それもそのはず、高速で青竜の至る所を突き少年が駆け抜けると、竜は身の毛も弥立つ様な悲鳴を上げ轟音と共にあちこちが弾け飛んだのである!!

 徹気連破拳

 エルの無数の拳が撃ち込まれる度に気を内部に浸透させられた竜は、爆音が発せられると同時にその身を爆ぜさせ、夥しい血や肉、巨大な骨があちこちに飛び散ったのだ。
 死した後悪人が送られる地獄にあるとされる血の池地獄がこの世に生まれたのならば、この様な凄惨な光景が生まれたのかもしれないと思える程の有り様であった。真っ赤な血でできあがった巨大な池に飛び散った肉やばらばらの骨が浮かび、それはそれは恐ろしい煉獄宛らの情景が創り上げられたのである。
 だが、そんな状態になってもなおブルードラゴンは死んではいなかった。それ所か骨や血肉を再生させながら虎視眈々と反撃の機会を伺っていたのである。
 なんとも、呆れるほどのしぶとさだ。
 下位の真竜の中でもその驚異的な生命力は折り紙付きであり、60階層の最強の守護者と称される所以は、この信じ難き執念と粘り強さにあったのである。
 
「信じらんねえ。あの青竜が何もできずに敗れるなんて」
「無傷で圧勝か……。心配して忠告したけど、余計なお節介だったみたいね」
「そんな事はないさ。あの時点で彼の実力は分からなかったんだ。彼も感謝してくれたし、言わないで後悔するよりは言ってから……!?」
「まずいっ、もっと離れるんだ!!」

 ポロの大声に急かされ、ケティとリックが大慌てで後方に逃げ出すと同時に津波が来た。
 そう、ブルードラゴンを中心に四方に大波が発生したのである。
 竜の傍にいたエルはというと、波を驚異的な脚力による大跳躍で回避すると滑歩の応用で足の裏に気を張り巡らせ、水の上に立っていた。
 辺り一面は真竜の竜魔法によって発生した波によって、エルの全身が浸かってしまうような広く浅い湖になってしまっていたのだ。

 これこそがこの真竜の奥の手であった。
 これだけ大量の水を発生させれば大量の魔力を失うが、挑戦者達の動きを著しく制限できる。翻って竜は逆に動きがよくなるのだ。
 今しも大分再生したその身をくねらせ小さな冒険者に真竜は突撃したのである。水の上を泳ぐ蛇の様にその身をくねらせ、山の様な巨体が高速で接近する。
 エルは再びの大ジャンプで辛くも大口を逃れたが、遠くに避難したリック達は気が気ではなかった。

「まずいぞ! 坊主は水の上に立てるようだが、それでも少しは動きを制限させられる」
「逆に青竜ブルードラゴンの方は、まさに炎の中の火精霊サラマンダーだ」
「ええ。自分に合った環境で全力を発揮できているわ……、危ない!?」
「!? っ、嘘だろ!?」

 驚愕に次ぐ驚愕。
 今日何度目かさえわからない程の大声をポロは上げさせられた。
 なんと飛び上がって竜の大口を躱そうとする少年を予測したように真竜が飛び掛かり、今しも竜の顎門の餌食になろうとしたまさにその時、エルは空中であるのにもかかわらず直角に移動してのけたのだ!!
 そして敵を見失い空打った真竜に対し、烈火の如き猛烈な反撃を開始したのである!
 観戦しているリック達がどこを突っ込めばいいのやら、あまりの展開によく事態を飲み込めていなかった。

「とっ、飛んだ!?」
「いや、良く見ろ。空中に止まっていたり、何か透明な壁の様なものを蹴って急激な方向転換もしている」
「いずれにしろ、あの子が言っていた水浸しでも全く問題ないって言葉、本当だったんだね。空を自由に飛んだり、跳ね回ったりできるなら関係ないものね」

 感嘆とも賞賛とも付かない言葉が、呆けたように闘いに目を向けるケティの口から漏れたが誰も気にしない。リックもポロも同じ様に呆然とエルの活躍を見入っていたからだ。

「……青竜ブルードラゴンが吹っ飛んだぞ」
「蹴っ飛ばされると、竜も空を飛ぶのね」
「常識もあったものじゃないな……」

 もう何が何だかわからない。
 気を後方に排出し飛翔速度を更に加速したエルの気を纏った蹴りが炸裂すると、あの巨大な砦の様な真竜が吹っ飛んだのである。
 更に息付く間もなく追撃である。飛天によって大量の気をまき散らしながら空を駆け、透明な気の壁、透壁を蹴って更に加速する。
 まさに目にも止まらぬ剛速、それに気の力や神の御業、剛体醒覚によって強化した肉体でもって、殴る蹴る膝や肘の雨霰である。竜は為す術もなく一方的に痛め付けられていた。

 あの強大無比な力を誇る真竜がだ!!

 これこそがエルの新闘法、武天闘地である。
 天も地も全てがエルにとっては戦場であり、自由に駆け飛び回り高速で敵に加撃する少年の理想を体現した闘法なのである。
 気を大量に排出し飛翔する飛天、そして気の防壁を作り出す技、透壁を足場や加速台とする事で、どこでもどんな角度でも戦闘を可能にしたのである。
 更には高速移動を攻撃に転嫁し、威力も跳ね上がったエルの剛撃によって青竜は右や左に吹き飛ばされ、いっそ可哀想と思えるぐらいであった。

「地形を変えたのが敗因だね。あの魔法は真竜にとっても消費が激しいから、攻撃が咬み付きや飛び掛かり等の単調なものになってしまった」
「そこをあの子に見切られたってわけね」
「いや、そもそもあの坊やと闘ったのが間違いだろ。立体闘法!? 何だあれ? 空を自由に飛び回り、好きな場所を足場にして高速戦闘できるなんて反則だろ!? 空を飛べる空と風の神ボレロスの信徒だってあんな闘い方できねえぞ!!」
「いやっ、そんな事言っちゃ身も蓋も無いじゃないか……」
「まあ、あの子が強過ぎるのはたしかよね。見て、そろそろ終わりそうよ」

 彼らの喧騒を他所に、エルとブルードラゴンとの闘いは終末を迎えようとしていた。
 もはや真竜の方には少年の攻撃に抗える力も無く、ただ為されるがままであった。
 これ以上無駄に長引かせても、異常な生命力がある青竜を徒に苦しめるだけだと判断すると、少年は新技にて闘いを決する事にした。
 エルは苦痛の声を上げつつ反撃を敢行した竜の咬撃をあっさり回避すると、思いっきり蹴り飛ばし、次いで高速で飛翔し追い掛ける。
 そして、巨大な首のやや斜め上に陣取ると透壁を出現させ、強烈に前足を踏み込んだ!!

 どこか見慣れた様な光景。
 それに音。これほど激しく大地を揺らすかのような大音。
 少年がいつも発勁を放つ時に聞く音だ。
 発生原因は足。
 そう、震脚である。
 透壁を地面に見たて強烈な踏み込みによる畜剄、反発し足に返ってくる力を得たのだ。そして筋肉を締め足腰を高速で捻り、回転力と共に力を伝える。

 忘れてはならないのは飛天だ。
 空中の足場が地面と同じであるように、見掛け上透壁に対し直角に重力が掛かる様に気を排出していたのである。
 これによってどんな角度、例えば地面に垂直な状態でも十全に畜剄でき、全身を駆使して強力な発剄を行う事が可能になるのだ!!

 空中発剄

 今まで誰も為し得なかった虚空からでも強力な剄技を放つ事が、エルの編み出した武天闘地に可能になったのだ!
 全身がしなり蓄え伝えられた力が右掌に集約される。
 猛武掌、掌底から繰り出される発剄、エルが一番初めに覚え最も得手とする剄技が斜め上方から打ち降ろすかのように、竜の無防備な首目掛けて放たれたのである!!

 一瞬の邂逅、肉と肉が衝突すると爆発したかの様に青竜ブルードラゴンが吹き飛ばされ、水面に叩き付けられた!!
 いや、あまりの威力に大量の水を弾き飛ばし半ば巨体を地面に埋没させている。
 しかも、エルの掌の当たった首元は甚大な被害を受けており、首が千切れかけていたのだ。
 げに恐ろしきは発剄の破壊力。
 敵の急所を、どんな巨体であろうと望んだ場所への攻撃を可能とする武天闘地の妙技であった。

「おおっ!!」

 エルが吠えた。
 攻撃はまだ終わっていないのだ。もはや瀕死であり、地に埋まり掛け戻ってきた水にその巨体を浸からせている竜の頭部目掛けて、少年は空を飛翔する。
 そして、頭の上に移動すると更に驚くべき行動に移ったのである。
 少年は天に落ちたのである。
 重力が真逆になる、いやそれ以上の速度でもって空に向かって落下したのである。飛天による気の排出により天地真逆の状態を一瞬作り出したのだ。
 そして着地。
 天上方向に透壁を作り上げ猛烈な勢いで左足で震脚したのである。全ての力を左足に集約し気の壁を蹴る事によって強大な力を畜剄したのだ。
 そして世界が元に戻る。
 重力に引かれるように、加えて足の反動によって、更には飛天による気の排出によって猛烈に地面に向かって加速する。

 それだけではない!
 左足で畜剄した力を右足に伝達させ強烈な回転、螺旋の力を加えていったのだ。
 それは天から落ちる災厄。
 神の怒りの如き荒ぶる力を顕現したかの様な猛威。
 稲妻の如き莫大なエネルギーを秘めた、空から降る破壊をまき散らす技。
 その名は、

「天雷!!」

 幾重にも神鳴りを束ねた様な耳を劈く破壊音が世界を包むと同時、少年の体の内奥から信じ難き破壊が巻き起こったのだ!!

「きゃあ!?」
「うおおおっ!?」

 強烈な振動が起こり、遠くに避難した冒険者達が思わず地に身を投げ出す程の揺れが発生したのである。
 それだけではない。
 発生源であるエルの足元、青竜の竜魔法によって広大な湖と化したはずの場所は残らず水が吹き飛び陥没し、大きなクレータを形成していたのだ!!

 だがこれはエルの攻撃の余波といっていい。
 エルが練り上げた驚異の破壊力を誇る新技、この世界で初めて確認された足で放つ発剄、天雷をその身に受けた真竜はというと、頭部やその近い部分を消失させていたのである。
 山の様な巨体であるから下半身は辛うじて残っているものの、堅牢な竜鱗と強靭な筋肉に守られていたはずの竜の身体は、粉微塵にされ何処かに吹き飛んでしまっていたのだ。
 こうなってしまえばブルードラゴンといえどお終いである。
 下半身も直ぐに魔素に戻ると迷宮に消え、報酬である戦利品が虚空から出現した。後に残るのはエルがもたらした夥しい破壊の爪痕と落し物ドロップだけである。
 少年は己が創り出した窪地の中心で、天高らかに勝利と新技を誇示するかのように大声を上げ続けるのだった。

 しばらく後、戦利品を獲得し喜色満面の少年が61階層に転移していくと、悄然とした様子の冒険者達だけがその場に取り残されていた。
 少年と青竜が激戦を繰り広げていた転移陣付近は見るも無残な状態になっていたが、すでに修復が始まっている。あちこちにできた破壊の痕がまるで元から無かったかの様に、ただの荒野に戻っていったのだ。
 神々の迷宮は地形が破壊されたとしても勝手に元に戻るのだ。神が創りたもうた摩訶不思議な迷宮の機能である。
 本来なら迷宮の修復機能は1日1回日が変わる頃に行われるのだが、よほどエルと真竜の争いによる破損がひどかったという事だろう。
 3人の冒険者はというと、漸く地に身を投げ出した状態からのろのろと起き上がったが、立ち上がる気力さえ起らないのか地面に座りこんだ。

「……あの子、何だっとのかしら?」
「僕は8つ星だって言われても納得できるよ」
「……人間の姿をした魔神っていわれても、あんなもん見せられたら頷いちまいそうだぜ」

 交わる事無き人類の天敵、邪神の配下にして破壊と災厄を振りまく強者が魔神である。そんなものに例えるなど本来ならあり得ない程の侮辱であったが、リックもケティもポロに注意をしなかった。
 あの少年のあまりにも突出し過ぎた強さと好戦的な姿が、彼らに拭い切れない畏れを抱かせたからだ。
 といっても、ポロもエルが本当に魔神だとは思っていない。
 もしそうなら自分達はもう生きていないからだ。
 出会い会話をした時点でいつでもこちらを殺せたからである。

「まあ魔神はおいとくとして、あの坊主は、天才の類だな。一歩間違えれば天災だがな」
「……あの子みたいなのが最上位冒険者になれるんでしょうね」
「僕達冒険者の目標にして、人類の到達点の1つか……。遠いな、遠過ぎるよ」

 自信喪失した様に自嘲気味に呟くリックの掠れ気味の言葉が風に紛れ、きちんと聞き取れない。
 だが、途切れ途切れの言葉でも彼の態度から言わんとしている事が丸分かりである。ポロはニヒルな笑みを浮かべると勢い良く立ち上がり、リックの背中を盛大に叩いた。

「馬鹿野郎! しょげてる場合かよ。俺がいつも言ってるだろう? 冒険者は……」
「冒険者は現実主義者リアリストたれだろ? 痛ててっ、言われなくてもわかってるさ」
「迷宮で夢を見るな、他者と比べるなとも言ってるだろ? 他人と比較しても良い事なんざ何もねえんだよ!」

 しわがれた声には驚く程の実感が籠っていた。
 リックは背中を擦っていた手を止めはっとなった。
 そうだ、ポロは依然のパーティで無謀な挑戦を行い解散する羽目になったのだ。
 その発端になったのはライバルの冒険者達との実力の開きにあった。
 当初は良好な仲であり互いに競い合い切磋する関係であったが、次第に差が開き迷宮の探索階層も離れるにしたがって焦りが生まれたのだ。
 それが愚行を犯す事に繋がった。

 レアモンスター討伐による高額賞金と、それによる装備の充実を画策したが、愚かな行いの付けは仲間の命だった。その教訓からまだ若いリックやケティに事ある事に戒め、自分達の様な失敗をしないように忠告してきたのである。
 以前に大酒を飲み酩酊した時に、一度だけポロが昔の事を話してくれたのを思い出していた。
 どんなに羨み妬んでも、自分の実力が変わるわけではないのだ。
 ぽんと肩に手が置かれた。ケティがいつの間にか近寄ってきて、憂いた瞳でこちらを見詰めていたのだ。どうやら心配を掛けたらしい。
 リックは何度も首を左右に振り雑念を振り払うと、威勢良く頭を下げた。

「ごめん。ポロ、それにケティ。心配掛けたね」
「よかった、いつものリックに戻ってくれたのね」
「ふんっ。あの坊主にはあの坊主の道が、俺達には俺達自身の道があるんだ。他人の道が羨ましいからって、無茶しても碌な事がねえんだよ」
「そうだね。彼があまりにも眩しいかったから目がくらんでしまったよ。そう、今の僕達には青竜ブルードラゴンは倒せはしないんだ」

 自分に言い聞かせる様にリックは声を出した。
 自分の分を越えた冒険者は破滅するしかない。そうやって亡くなった冒険者達は枚挙に暇がない。魔物との実力者を正確に計り徹底して現実を直視しなければ、待っているのは自分の死。そして仲間達の命である。
 リックの瞳に知性的な光が戻った。悄然としていた彼はもう何処にもいない。

「僕達は僕達のできる事をしよう! 一歩ずつ着実に進んでいこう!」
「命を大事に、ってな。差し当たっては守護者への挑戦か」
「私達がまともに相手できるのは、亜竜の猛毒竜ヴェノムドレイクか、巨獣の怪腕獣シュルーハンズビーストね。青竜ブルードラゴンは……」
「ブルードラゴンが出たら、また逃げればいいさ! さあ、僕達の冒険を始めよう!!」
「ええ!!」
「へへっ、今夜は6つ星昇格の祝勝会だな!」

 リック達は再び守護者の待ち構える転移陣に向かって歩き出すのであった。






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三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

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