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第4章
第84話
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「……というわけで、今日は本当に疲れたよ。敵も強かったけど、倒した後がまた一苦労だったんだ」
「エルが今日倒した竜は、この宿よりも大っきいもんね」
運んできた大量の夕食を少年が片っ端からお腹に納めていく様を、リリは頬に手を付きながら頼もしそうに眺めていた。
エルの食欲は実力が上がるにつれて増々向上していき、その食事量は目を見張る程になっている。
今も信じられない速さで、どこにそれだけ入るのかと思える大量の肉を貪る様に食べまくっている。
本日の戦果である大地竜ガイアの肉を……。
リリが注いでくれたクコの実のジュースを音を発てて飲み干すと、エルは相槌をうった。
「そうなんだ。ガイアは死んだら勝手に迷宮に還る魔物じゃなくて、迷宮を住処にして生きている生物だからね。落とし物が無い代わりに身体が丸々全て残るんだ。それであの巨体だろ? 解体がまた重労働でね。本当にくたびれたよ」
「後ろで今も父さんが悪戦苦闘しているからある程度は想像が付くわ。あの肉塊で10分の1くらいなんでしょ?」
厨房の調理台の上にうず高く盛られた巨大な肉を見ながら、少女が感嘆の息を吐いた。
懸命に格闘しているシェーバの背中越しから見ているはずなのに、肉塊が全く隠されていないくらい大きいのだ。今にも1階の天井に着きそうなほど高く、調理台からも横がはみ出している。
これにはリリでなくとも圧倒される事請け合いである。
エルは食べる手を休めると首を横に振った。
「あれだけだと、全体の2,30分の1くらいじゃないかな。居合わせた冒険者の人達に解体を手伝ってもらって、お礼に半分あげたんだけどそれでも大きさが大きさだからね。シェーバさんが氷官庫に入りきれないって言うから、魔法の小袋ごと預けているんだ」
「嘘っ、あのサイズで!? そんな大きな竜だったの!?」
「まあね。小山の様な大きな亜竜だったよ」
「大丈夫? 怪我しなかった?」
リリが心配そうにのぞき込んでくる。
冒険者には危険が付きものなのは重々承知しているが、過去に悲しい別れを経験した事がある少女は心配性な所がある。エルの様子から大怪我などはしていないと解かっていたが、つい聞いてしまったのだ。
そんな少女を安心させる様にエルは真っ向から見つめ返し、白い歯を見せて快活そうに笑った。
「もちろん大丈夫さ。負傷する事はあったけど軽傷で済んだし、闘いの後半はほとんど一方的に攻撃できたんだ。まあ、ガイアは学ぶ事の多い敵だったけど、苦戦はしなかったかな」
「そう、それならよかった。エルも強くなったね。こんな大きな竜を簡単に倒せるようになるなんてね。さすがは上位冒険者様かな?」
「はははっ、煽てても何も出ないよ。一緒に夕食をどうですか、くらいかな?」
「無理無理。こんな量とても食べられないわ」
不安な思いも吹き飛んだ少女は笑顔で首を横に振った。
とても食べ切れるものではないし、それにこうして頬杖を付きながら少年が嬉しそうに食事をするのを見ているのが好きなのだ。
心底美味しそうに食べてくれる姿は、宿屋の娘としてもとても好感が持てる。
それに年相応の笑顔、童顔の少年のまだ幼さを感じられる等身大の姿が見られる貴重な機会でもある。
自分の食事よりも、エルの笑顔を見たり会話を楽しみたかったのだ。
「それで、この大量の戦利品だけど……、エルだけじゃ食べ切れないから他のお客さんにも提供していいかな?」
「いいよー。腐らせたらもったいないしね。それにシェーバさんのスキルアップにつながるでしょ? 好きに使ってよ」
「ありがとう、父さんも喜ぶわ。後で言っておくわね」
金の雄羊亭では今まで下位冒険者を中心に、良心的な値段で泊まれる宿を売りに経営を行ってきた。
本来なら上位冒険者になったら、もっと高級の宿に移るのが常識である。
高級宿では一泊の値段が非常に高額になるが、各種サービスや魔道具を用いた寝具等によって冒険者の回復を早める事ができるのだ。
シェーバの妻マリナの命の恩人であるエルへの恩返しとして、上位冒険者用の寝具を揃えたが、シェーバが上位の食材を扱った事が今まで無かったという問題が発生したのである。
まあ、それも伝手を頼り頭を下げ時間の合間を縫って教えを請いに行く事で解決したのだが、ただ如何せん食材を扱う機会自体が少ないので、エルの成長に対して腕を上げる時間や経験が足りていないという新たな問題が発生したのである。
そこで、エルが大量に迷宮から戦利品である食材を持ち帰る事に目を付け、余った食材を買い取り他の冒険者に提供するサービスを行いだしたのである。
通常なら上位の食材を用いた料理となると高額になるが、シェーバの練習を兼ねてという事で格安で提供する事で下位冒険者でも手の出せる価格に設定したのである。
これによって、シェーバは上位の食材を扱う機会が増えるので料理の腕も上げられ、下位冒険者達も自分達の成長を促進させてくれる高級料理が安価で食べられ、そしてエルはというと日増しに美味しくなる料理が食べられるのである。
誰も損をしない、誰にとっても得な関係が出来上がったというわけである。
もっとも噂を聞き付けた冒険者達が食事を目的に来訪する事が増えたので、シェーバとしては嬉しい悲鳴を上げることもしばしばであったが……。
まあそれも、エルのおかげですっかり元気になった恋女房が傍らで支えてくれるので、日々張り合いのある充実した時を送っており、むしろこの忙しさが最近では好きになっていたのである。
「シェーバさんの腕が上がれば、今まで以上に美味しい料理が食べられるからね。じゃんじゃん使ってよ。あっ、足りなくなったら狩ってくるから言ってね?」
「ふふっ、そうなったらお願いするわね。もっとも今のままでも十分過ぎる程だと思うわよ」
「そうかな?」
「そうよ」
食事の合間合間に他愛無い会話を続けながら、エルはリリの微笑みに癒されていた。
最近は特に笑顔が多くなったと、朴念仁ながらも少女の変化に気づいていた。
それも母親の奇病が治り心配事が解消されたお陰だろうと、安直な答えのみで思考を放棄すると半生の血の滴る厚切り肉に齧り付く。
肉はシェーバの修行の成果によって複雑玄妙な味わいのソースで味付けされており、幾層にも練り上げられた深い味わいに上手い以外の言葉すら思いつかない。
そんな自分の傍で仲良しの少女が頬杖を付き笑顔で話しかけてくれる。
迷宮内での身を焦がし血肉沸き踊る魔物との闘いは欠く事のできない自分の生活の一部であるが、この穏やかで平和な時間も無くてはならない大切な憩いの一時となっていた。
親友のリリが側いて、美味しい料理を食しながら楽しい時間を過ごせる。
なんて幸せなんだろうと、少年は充実し満たされた生活に心底喜び、少女や仲間達と出会えた幸運に感謝した。
そんなエルに慈しむ様な視線を送りながら、リリが笑顔で話し掛けた。
「そういえば、もうすぐ冬慰祭ね。この前の迷宮祭の時は時間が無くて行けなかったけど、どうかな? 忙しい?」
「この所休み無しで修行したり迷宮に潜ってたから、アルド神官からも少しは休めって言われているんだ。うん、ちょうど良い機会だね。リリさえ良ければ一緒に回らない?」
「よかったー」
安心し今まで以上に花咲く様な笑顔になったリリが可愛かった。亜麻色の髪の後ろでプレゼントした薄桃色の蝶をあしらった髪留めが揺れている。やっぱり、リリは笑顔が一番だと自分も嬉しい気持ちで一杯になり笑い合った。
ここ迷宮都市アドリウムでは3大祭りと呼ばれる盛大な祭りが催される。
まず、春に行われる祈願祭である。
初めてこの地に訪れたばかりの時にリリと一緒に回ったお祭りであるが、この地の豊穣と発展を神々に祈願するもので、沢山の露天商を2人で見て回った思い出深い祭りである。
2つ目が、夏から秋に移り変わる季節に行われる迷宮祭である。
この地の要であり、多くの富をもたらしてくれる神々の迷宮への感謝と崇敬の念を込めて行われるこの都市最大の祭りである。この祭りのために遥か遠方の国々から観光に訪れる者も大勢いる程のものであったが、マリナの体調が悪化した時分であったので、祭りに行く所ではなかったのである。
そして最後が冬慰祭である。
この地は四季がはっきりしているが、地形的な要素も相まって冬の寒さは厳しいものがある。1年の中で最も辛く苦しい時間ともいえるだろう。そんな生活に疲れた民の心を慰撫すると共に、春を願うために設けられたのがこの祭なのである。
とはいっても寒さが増してきているので、日中の温かな時間から夕方ぐらいで終わる、3大祭りの中でも最も短いものではあったが……。
それでもエルにしろリリにしろ、たまにの休みに2人で出掛けられるのは嬉しい事であった。
「エル、約束だよ! 忘れたら許さないんだからね!!」
「もちろん忘れないさ!僕もリリとお祭りに行けるのは楽しみだからね」
「よろしい。リリお姉さんが面白い所を一杯案内してあげるから、楽しみにしておきなさい!」
「ははははっ」
「ふふふっ」
背伸びしてお姉さん振るリリが可笑しくてエルが笑い出すと、リリ自身も演技を止め堪え切れずに笑い出した。
その後も祭りを肴にリリが話を振っては、穏やかで愉快な時間を過ごすのだった。
一方その頃、夜も大分過ぎた時間だというのに、迷宮で魔物達を闘争を繰り広げる冒険者の一団があった。
太陽を連想させる超高温の爆炎が敵を焼き尽くし、蒼き気の光を纏った槍が高速で魔物を貫き、巨大な岩塊が敵を圧死させる……。
そう、アリーシャ達赤虎族の戦士達一行である。
普段の陽気で気さくな姿は鳴りを潜め、魔物や迷宮に住まう生き物の血で身を深紅に染めた彼等は、触れれば斬られる様なそんな一触即発な剣呑な気配を身に纏っていた。
先日、エルが自分達よりも強くなっていた事を自覚してから、彼女等は少年に追いつくべく更なる闘いに身を投じていたのである。
今までのアリーシャ達はエルという規格外を除けば、追いつく者もいない程のハイペースで迷宮を攻略する期待の新人グループだったのである。
しかしエルに抜かされる事で自分達はまだまだだと、こんな所で満足しているようではいけないと、久方ぶりに挑戦者の思いを取り戻したのである。
しかも、エルの雄々しき闘いぶりとその強さに恋心を抱いたアリーシャのやる気は桁が違った。
赤虎族は戦士を尊び強さを重んじる一族である。
加えて、末娘とはいえ族長の娘であるアリーシャが恋仲になり、それ以上の関係を望むためには最低でも父と同じ位階、すなわち最上位冒険者になる必要があった。
幾ら愛娘に甘い父とはいっても、目に見える功績が無ければ認めてはもらえないであろう事は容易に想像ができたからである。
自分達の更なる成長のため、そしてエルに相応しい女になるためにも、アリーシャはその身に宿す炎を如く烈火の勢いで獅子奮迅の闘いを演じ続けたのである。
また、仲間達もそんなアリーシャに続けてとばかりに奮戦したのだ。
「エル、待っててね」
肉食獣の様に金色の眼を縦長に細めたアリーシャは、仲間達と共に真夜中過ぎまで死闘を繰り広げるのであった。
その後彼女達は冬慰祭の数日間で、エルが67階層で大地竜やあわよくばレアモンスターの餓竜との遭遇を目指しながら過ごしている内に、70階層、新たなる守護者が待ち受ける階層にまで突き進むのであった。
「エルが今日倒した竜は、この宿よりも大っきいもんね」
運んできた大量の夕食を少年が片っ端からお腹に納めていく様を、リリは頬に手を付きながら頼もしそうに眺めていた。
エルの食欲は実力が上がるにつれて増々向上していき、その食事量は目を見張る程になっている。
今も信じられない速さで、どこにそれだけ入るのかと思える大量の肉を貪る様に食べまくっている。
本日の戦果である大地竜ガイアの肉を……。
リリが注いでくれたクコの実のジュースを音を発てて飲み干すと、エルは相槌をうった。
「そうなんだ。ガイアは死んだら勝手に迷宮に還る魔物じゃなくて、迷宮を住処にして生きている生物だからね。落とし物が無い代わりに身体が丸々全て残るんだ。それであの巨体だろ? 解体がまた重労働でね。本当にくたびれたよ」
「後ろで今も父さんが悪戦苦闘しているからある程度は想像が付くわ。あの肉塊で10分の1くらいなんでしょ?」
厨房の調理台の上にうず高く盛られた巨大な肉を見ながら、少女が感嘆の息を吐いた。
懸命に格闘しているシェーバの背中越しから見ているはずなのに、肉塊が全く隠されていないくらい大きいのだ。今にも1階の天井に着きそうなほど高く、調理台からも横がはみ出している。
これにはリリでなくとも圧倒される事請け合いである。
エルは食べる手を休めると首を横に振った。
「あれだけだと、全体の2,30分の1くらいじゃないかな。居合わせた冒険者の人達に解体を手伝ってもらって、お礼に半分あげたんだけどそれでも大きさが大きさだからね。シェーバさんが氷官庫に入りきれないって言うから、魔法の小袋ごと預けているんだ」
「嘘っ、あのサイズで!? そんな大きな竜だったの!?」
「まあね。小山の様な大きな亜竜だったよ」
「大丈夫? 怪我しなかった?」
リリが心配そうにのぞき込んでくる。
冒険者には危険が付きものなのは重々承知しているが、過去に悲しい別れを経験した事がある少女は心配性な所がある。エルの様子から大怪我などはしていないと解かっていたが、つい聞いてしまったのだ。
そんな少女を安心させる様にエルは真っ向から見つめ返し、白い歯を見せて快活そうに笑った。
「もちろん大丈夫さ。負傷する事はあったけど軽傷で済んだし、闘いの後半はほとんど一方的に攻撃できたんだ。まあ、ガイアは学ぶ事の多い敵だったけど、苦戦はしなかったかな」
「そう、それならよかった。エルも強くなったね。こんな大きな竜を簡単に倒せるようになるなんてね。さすがは上位冒険者様かな?」
「はははっ、煽てても何も出ないよ。一緒に夕食をどうですか、くらいかな?」
「無理無理。こんな量とても食べられないわ」
不安な思いも吹き飛んだ少女は笑顔で首を横に振った。
とても食べ切れるものではないし、それにこうして頬杖を付きながら少年が嬉しそうに食事をするのを見ているのが好きなのだ。
心底美味しそうに食べてくれる姿は、宿屋の娘としてもとても好感が持てる。
それに年相応の笑顔、童顔の少年のまだ幼さを感じられる等身大の姿が見られる貴重な機会でもある。
自分の食事よりも、エルの笑顔を見たり会話を楽しみたかったのだ。
「それで、この大量の戦利品だけど……、エルだけじゃ食べ切れないから他のお客さんにも提供していいかな?」
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そこで、エルが大量に迷宮から戦利品である食材を持ち帰る事に目を付け、余った食材を買い取り他の冒険者に提供するサービスを行いだしたのである。
通常なら上位の食材を用いた料理となると高額になるが、シェーバの練習を兼ねてという事で格安で提供する事で下位冒険者でも手の出せる価格に設定したのである。
これによって、シェーバは上位の食材を扱う機会が増えるので料理の腕も上げられ、下位冒険者達も自分達の成長を促進させてくれる高級料理が安価で食べられ、そしてエルはというと日増しに美味しくなる料理が食べられるのである。
誰も損をしない、誰にとっても得な関係が出来上がったというわけである。
もっとも噂を聞き付けた冒険者達が食事を目的に来訪する事が増えたので、シェーバとしては嬉しい悲鳴を上げることもしばしばであったが……。
まあそれも、エルのおかげですっかり元気になった恋女房が傍らで支えてくれるので、日々張り合いのある充実した時を送っており、むしろこの忙しさが最近では好きになっていたのである。
「シェーバさんの腕が上がれば、今まで以上に美味しい料理が食べられるからね。じゃんじゃん使ってよ。あっ、足りなくなったら狩ってくるから言ってね?」
「ふふっ、そうなったらお願いするわね。もっとも今のままでも十分過ぎる程だと思うわよ」
「そうかな?」
「そうよ」
食事の合間合間に他愛無い会話を続けながら、エルはリリの微笑みに癒されていた。
最近は特に笑顔が多くなったと、朴念仁ながらも少女の変化に気づいていた。
それも母親の奇病が治り心配事が解消されたお陰だろうと、安直な答えのみで思考を放棄すると半生の血の滴る厚切り肉に齧り付く。
肉はシェーバの修行の成果によって複雑玄妙な味わいのソースで味付けされており、幾層にも練り上げられた深い味わいに上手い以外の言葉すら思いつかない。
そんな自分の傍で仲良しの少女が頬杖を付き笑顔で話しかけてくれる。
迷宮内での身を焦がし血肉沸き踊る魔物との闘いは欠く事のできない自分の生活の一部であるが、この穏やかで平和な時間も無くてはならない大切な憩いの一時となっていた。
親友のリリが側いて、美味しい料理を食しながら楽しい時間を過ごせる。
なんて幸せなんだろうと、少年は充実し満たされた生活に心底喜び、少女や仲間達と出会えた幸運に感謝した。
そんなエルに慈しむ様な視線を送りながら、リリが笑顔で話し掛けた。
「そういえば、もうすぐ冬慰祭ね。この前の迷宮祭の時は時間が無くて行けなかったけど、どうかな? 忙しい?」
「この所休み無しで修行したり迷宮に潜ってたから、アルド神官からも少しは休めって言われているんだ。うん、ちょうど良い機会だね。リリさえ良ければ一緒に回らない?」
「よかったー」
安心し今まで以上に花咲く様な笑顔になったリリが可愛かった。亜麻色の髪の後ろでプレゼントした薄桃色の蝶をあしらった髪留めが揺れている。やっぱり、リリは笑顔が一番だと自分も嬉しい気持ちで一杯になり笑い合った。
ここ迷宮都市アドリウムでは3大祭りと呼ばれる盛大な祭りが催される。
まず、春に行われる祈願祭である。
初めてこの地に訪れたばかりの時にリリと一緒に回ったお祭りであるが、この地の豊穣と発展を神々に祈願するもので、沢山の露天商を2人で見て回った思い出深い祭りである。
2つ目が、夏から秋に移り変わる季節に行われる迷宮祭である。
この地の要であり、多くの富をもたらしてくれる神々の迷宮への感謝と崇敬の念を込めて行われるこの都市最大の祭りである。この祭りのために遥か遠方の国々から観光に訪れる者も大勢いる程のものであったが、マリナの体調が悪化した時分であったので、祭りに行く所ではなかったのである。
そして最後が冬慰祭である。
この地は四季がはっきりしているが、地形的な要素も相まって冬の寒さは厳しいものがある。1年の中で最も辛く苦しい時間ともいえるだろう。そんな生活に疲れた民の心を慰撫すると共に、春を願うために設けられたのがこの祭なのである。
とはいっても寒さが増してきているので、日中の温かな時間から夕方ぐらいで終わる、3大祭りの中でも最も短いものではあったが……。
それでもエルにしろリリにしろ、たまにの休みに2人で出掛けられるのは嬉しい事であった。
「エル、約束だよ! 忘れたら許さないんだからね!!」
「もちろん忘れないさ!僕もリリとお祭りに行けるのは楽しみだからね」
「よろしい。リリお姉さんが面白い所を一杯案内してあげるから、楽しみにしておきなさい!」
「ははははっ」
「ふふふっ」
背伸びしてお姉さん振るリリが可笑しくてエルが笑い出すと、リリ自身も演技を止め堪え切れずに笑い出した。
その後も祭りを肴にリリが話を振っては、穏やかで愉快な時間を過ごすのだった。
一方その頃、夜も大分過ぎた時間だというのに、迷宮で魔物達を闘争を繰り広げる冒険者の一団があった。
太陽を連想させる超高温の爆炎が敵を焼き尽くし、蒼き気の光を纏った槍が高速で魔物を貫き、巨大な岩塊が敵を圧死させる……。
そう、アリーシャ達赤虎族の戦士達一行である。
普段の陽気で気さくな姿は鳴りを潜め、魔物や迷宮に住まう生き物の血で身を深紅に染めた彼等は、触れれば斬られる様なそんな一触即発な剣呑な気配を身に纏っていた。
先日、エルが自分達よりも強くなっていた事を自覚してから、彼女等は少年に追いつくべく更なる闘いに身を投じていたのである。
今までのアリーシャ達はエルという規格外を除けば、追いつく者もいない程のハイペースで迷宮を攻略する期待の新人グループだったのである。
しかしエルに抜かされる事で自分達はまだまだだと、こんな所で満足しているようではいけないと、久方ぶりに挑戦者の思いを取り戻したのである。
しかも、エルの雄々しき闘いぶりとその強さに恋心を抱いたアリーシャのやる気は桁が違った。
赤虎族は戦士を尊び強さを重んじる一族である。
加えて、末娘とはいえ族長の娘であるアリーシャが恋仲になり、それ以上の関係を望むためには最低でも父と同じ位階、すなわち最上位冒険者になる必要があった。
幾ら愛娘に甘い父とはいっても、目に見える功績が無ければ認めてはもらえないであろう事は容易に想像ができたからである。
自分達の更なる成長のため、そしてエルに相応しい女になるためにも、アリーシャはその身に宿す炎を如く烈火の勢いで獅子奮迅の闘いを演じ続けたのである。
また、仲間達もそんなアリーシャに続けてとばかりに奮戦したのだ。
「エル、待っててね」
肉食獣の様に金色の眼を縦長に細めたアリーシャは、仲間達と共に真夜中過ぎまで死闘を繰り広げるのであった。
その後彼女達は冬慰祭の数日間で、エルが67階層で大地竜やあわよくばレアモンスターの餓竜との遭遇を目指しながら過ごしている内に、70階層、新たなる守護者が待ち受ける階層にまで突き進むのであった。
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