Labyrinth of the abyss ~神々の迷宮~

天地隆

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第4章

第87話

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 初めて上位冒険者の責務を果たしてから数日後、凍える程の寒さの下黒髪を短く刈り揃えた少年エルは、浮かない顔でうっそうと生い茂る木々の中を蛇行するようにして伸びる林道を歩いていた。
 ここは神々の迷宮の19階層、見渡す限り深い森のエリアである。
 エルがこの階層にいるのも陰気な顔をしているのも訳があった。エルの憂鬱な表情に目敏く気付いた少年が問い詰めてきた。 

「エル、どうした? 辛気臭い顔しやがって。俺達と探索するのが嫌だったのか?」
「そっ、そんな事ないよ!! 僕もカイ達と一緒に迷宮に潜れるのを楽しみにしてたんだ。ただ……、」

 実は久方ぶりにカイ達と一緒に迷宮に挑むために、彼らが今攻略している階層に来ているというわけなのだ。
 カイ達とはエルが この都市アドリウムに来た最初期の頃からの付き合いで、同年代ということもあって、遠慮なく言いたい事を言い合える数少ない貴重な友人である。
 そんな友と迷宮を潜るのが、嫌なはずがない。
 むしろ共に冒険できるのを秘かに楽しみにしていたほどだ。
 童顔の少年の表情を曇らせる原因は別に在ったのだ。

「ただ、何だよ?」
「エルさん、何かあったんですか?」
「……カイ達もアリーシャさん達の事を知ってるだろう?」
「ああ、あの色っぽい姉ちゃんな」
「カイ!」
「カイ君!!」

 ふざけた様な口調でしゃべるカイに、すかさずこのパーティのまとめ役であるシャーリーやミミから叱責が飛んだ。
 逆にエルとしては、あのアリーシャに対してよくそんな感想が抱けるなと感心したほどである。

「カイ、すごいな。アリーシャさんをそんな風に思ってたんだ」
「何だよ、エルなんかあのおっきな胸に毎度抱きしめられてるだろ! 俺と同じ事思った事ないのかよ!」
「いや、まあ、僕も男の子だからね。その、多少は……ごほん! それより僕が憂鬱な理由が先だろ!」

 シャーリーやシエナの生暖かい視線を感じて強引に話題展開を試みた。
 女性の方が心や体の発達が早いし、それにエルよりは人生経験が豊富である。彼女達からしたら、思春期にようやく入った弟を見る様な眼差しになってしまったという感じである。
 まあ、エルをからかい過ぎてへそを曲げられても困るので、カイもエルの話に乗る事にした。

「まあ、エルとは今度男2人で話し合いでもするか。それで、あの姉ちゃん達が何なんだよ?」
「2日前に、70階層の守護者に挑んで7つ星に昇格したんだけどね……」
「なんだ、良い話じゃねえか」
「良くないよ! いや、それ自体は喜ばしい事なんだけど、闘い方が問題なんだ。70階層に到達して数日しかたってないのに守護者に挑んでさ、運が悪い事に現れたのが一番強い奴だったんだ」
「マジかよ!?」
「それは、大変だったようね」
「本来なら退却すべき相手だったんだ。それなのに無茶してディムさんは気絶して神殿に担ぎ込まれるし、アリーシャさんなんか片手を食われながらも無理やり大剣を敵にねじ込んで、相打ち覚悟でギリギリ勝利をもぎ取ったんだ」
「うわあ……」

 アリーシャ達は文字通り命懸けの死闘を演じ、幸運な事に誰も欠ける事無く奇跡的に勝利を手にしたのである。貪欲なまでの勝利への執念といえば聞こえはいいが、何か一歩でも違ったら死人が出たであろう事は想像に難くない。
 カイ達も冒険者ではあり大望を抱えてはいるが、それでもそこまでの狂気は持ち合わせてはいない。
 一様に戦々恐々とした風である。そんなカイ達にエルが不満をぶち撒けた。

「最近無茶し過ぎなんだよ。それなのにあっけらかんとしててさ! 体が欠けても回復薬や魔法で治るからって平気で危険な事するんだ。昨日会った時なんて言ったと思う? エル~、これが私の新しい手だよー。どう、似合う? だよ! 人の気も知らないでさ!」
「エルも大概だけど、ぶっとんでんなあ」
「ええ。真似したくてもできないレベルね」
「痛くないんでしょうか?」

 痛い、痛いに決まってる。
 赤虎族の戦士とはいえ、人間と同じ痛覚を持ち合わせているのだ。
 激痛に泣き叫びたいのを堪えているに過ぎない。
 そんな大きな代償を支払ってでも勝利に固執し、もぎ取ったのである。
 戦闘狂であり自身も真竜との死闘を繰り広げ、腕や足を噛み千切られても勝利を掴み取った身としてはわからないでもない。
 だがそれでも、心配する身としてはこれほど辛い事はなかった。

「そりゃあ僕も無茶するからね、共感できる部分もあるからあまり強くは言えなかったけど、それでも心配なものは心配なんだよ」
「そりゃそうだろ。大切な人なら当たり前だぜ」
「私達冒険者はいつも命懸けだけど、それでもリスクは極力避けるべきだわ」
「無謀の代償は死……」
 
 静かに告げるシエナの言葉は、残酷なまでに正鵠を射ていた。
 無茶な冒険や蛮勇のつけは、己や仲間達の命である。
 弱肉強食が支配する世界では、甘えが入る余地などどこにも存在しないのだ。
 アリーシャ達も歴戦の戦士であるからそんな事は百も承知のはずなのに、最近はどうにも熱が入り過ぎている。
 エルにはそれが不慮の事態を招くのではないかと、不安で仕方なかった。 

「それで結局はどうなったんだ?」
「リリのおかげさ。リリが涙交じりでお説教してくれたから、さすがに反省して今は大人しくしてくれているよ。それに守護者との闘いで鎧が壊れちゃったから、予備しかないんで潜るにも潜れないみたい」
「へぇっ。リリちゃんやるなあ!」
「リリは本当にしっかりしてるからね。僕も見習わなくちゃって、いつも思っているよ」
「そりゃあね、エルは戦闘以外はからっきしだもんね」
「すごいなあリリちゃん。目上の人にもはっきり意見できるなんて感心しちゃいます」

 ミミがチャームポイントの猫科の耳を揺らし、興奮したように頬を上気させながら呟いた。
 本当にリリは物怖じせず言うべき事は言う、しっかり者の少女だ。
 年はエルよりわずかに下のはずだが、世間ずれしてる少年よりは遥かに頼りになる。
 自分もリリの様な強さが欲しい。最近は良くそんな事を思う。

「そういう話ならもう解決してるだろ? 何が問題なんだ?」
「また無茶しないか心配なんだよ。知り合いの不幸なんて見たくもないし、聞きたくないしね」
「リリちゃんが親身になって説得してくれたんだし、大丈夫じゃない?」
「それならいいんだけど……」

 憂いが払拭できずまだ歯切れが悪い。
 未だに暗い表情のままの、少年の心の暗雲を晴らそうとカイは殊更明るく言い放った。

「まあ、こればっかりは本人次第だろ。周りがあれこれ言ってもどうにもならねえよ。それに、あの姉ちゃん達は本当の戦士だ。俺達ごときがあれこれ心配するまでもないって」
「そうよ。アリーシャさん達は、あたし達とは比べ物にならない歴戦の勇士じゃない。生死に関わる事なんて、嫌というほど経験してるはずだわ。だから最後の一線は越えなだろうし、怪我する事はあってもちゃんと帰ってきてくれるわよ」
「そうか、そうだよね!」

 言われてみればその通りである。
 アリーシャ達は力を貴ぶ赤虎族の戦士であり、幼少の頃から生き残る術や心構えなど、闘いに関する様々な事を学んできているのだ。いわば英才教育を受けた戦闘の申し子達である。
 それに加えて、彼女達は多くの闘いを経た本当の戦士達である。
 引き際は心得ているに決まっている。
 最近何度か無茶しているようだがリリの件もあるし、真の戦士であるからこそ己の行状を鑑み、改めてくれるはずである。
 ようやくエルの顔に笑顔が戻ってきた。

「おっ、やっぱりエルは笑ってなくちゃ調子狂うぜ」
「ごめん。心配掛けたね」
「なあに、せっかく一緒に冒険できるんだ。楽しまなくちゃ損だろ?」
「そうですよ。私もエルさんの迷宮に潜るの楽しみにしてたんですからね!」
「私も楽しみにしてた」

 心配して元気付けてくれる友の存在がうれしかった。
 完全に憂いが払拭できたわけではないが、アリーシャには的確に戦況を判断するディムや、楽天的だが物事を冷静な判断をするイーニャが共にいるのだ。自分よりよっぽと頼りになる仲間がついているのだ。
 きっと大丈夫だ。
 そう自分に言い聞かせると、エルは今までの心配にさせた分のお返しとばかりに、目いっぱいの笑顔を浮かべ大声を出した。

「よーし、これからが本当の冒険だ! 張り切っていこう!!」
「まったく世話が焼けるぜ。よし! 気合を入れ直していくか!」
「ふふふっ、安全を第一にね」
「よーし、行きますよ! しゅっぱーつ!」
「「おう!!」」

 心機一転、気持ちも新たに エルはカイ達と森の奥に向かって進んでいくのだった。

 さて、19階層に出現する魔物の関してであるが、 魔猿デビルエイプや 森林狼フォレストウルフ
、そしてレアモンスターの 翠虎エメラルドタイガーに代表されるように、純粋な身体能力を武器とするものばかりである。
 新人から脱却し1つ星に昇格した冒険者の多くは、この付近の階層で自分達を上回る純粋な力や速さに苦戦を強いられ、その試練を乗り越えるためにパーティ間の連携を強めたり、個々の役割やそれに合致した技術を磨きていくのだ。
 まあとはいっても、7つ星間近のエルにとっては既に通った道であり、気を用いない肉体の力だけで比較しても、この階層の魔物では文字通り歯が立たないぐらいの差があったのである。
 今も4つ手猿の異名を取る魔猿の激しい殴打に晒されているが、その場で微動だにしていない。何故か武道着を脱いで上半身裸・・・・・・の状態で魔物の連打を受けているのにも関わらず、涼しい顔を聊かも変じさせていなかった。

 女性陣も自分達の敵の相手も手一杯だという事もあるが、孤児院出身で異性との接触に慣れているので、今更男の裸を見てもどうとも思っていないようである。
 そのカイ達はというと、群れで襲い掛かってきた森林狼相手に大立ち回りを演じている。
 前衛のカイとシャーリーが巧みなけん制を加え、後衛のミミとシエナに近付かせない。
 魔物達が手間取っている間にミミが防護の魔法を唱えると、間髪入れずにシエナが風を纏わせた貫通力のある矢を連続で発射した。
 この階層付近で取れる魔鉱空色の鉱石アズールブルーを鏃に用い、更に風で包み込んだ矢は、鎧の材料にも使われる魔狼の毛をものともせず突き破り、牛並みの巨体の中に消えていったのだ。
 体内に矢を撃ち込まれた魔物達は激痛にのた打ち回り大げさな悲鳴を上げた。

 それが反撃の合図だった。
 カイとシャーリーが各々の獲物を気で強化すると、息の合った連続攻撃を仕掛け堅実に1頭ずつ確実に仕留めていくと、逆襲に燃える生き残った魔物達にはミミとシエナが魔力弾と矢で足止めしたのである。
 ミミも上達したもので、防御や回復の魔法だけではなく、初歩ではあるが自分の魔力を球状にして打ち出し当たると破裂する 魔力弾マジックショットの魔法を会得したようだ。
 カイやシャーリーも攻撃に鋭さが増し、シエナの正確で素早い射撃も更に向上したようだ。
 友が懸命に努力し、成長した姿が見られるのは非常に喜ばしい。
 戦闘中だというのに、思わず優しい笑みを浮かべてしまったくらいだ。
 そうこうしている間、エルが壁役としてデビルエイプを押し止めている間に、カイ達は目覚ましい活躍を見せフォレストウルフの群れを駆逐仕切ったのである。
 残るはこの巨猿だけであるが、自分が倒すよりは彼等に任せた方が為になるだろうと、暴れる魔物の手を無造作に掴み投げ飛ばそうとした所、そのカイが声を掛けてきた。

「エル、そいつは倒してくれていいぜ」
「えっ、いいのかい?」
「ああ。どうせまた嫌でも遭遇するだろうし、エルも防御だけしてても退屈だろ? もうすぐ7つ星の上位冒険者の力を、俺達に見せてくれよ」
「エルさん、お願いします!」

 少年が退屈してるだろうと、カイ達なりに配慮してくれたのだろう。
 この森林の迷宮もまだ道半ばである。奥の転移陣を目指していけば、直ぐにでも別の魔物に遭遇する事請け合いである。
 1頭ぐらいエルが倒しても問題はないだろう。
 それならば、やらせてもらおう。

 ここは基本に立ち返って、気を用いないただの技で仕留めよう!

 即断、即実行である。
 エルは掴んだ魔物を前方に放り投げた。
 魔猿が巨体に反して起用に体を回転させ地面に着地した時には、敵である少年はいつの間にか胸元まで入り込んでおり、撃退しようにももう全てが手遅れだった。
 強烈な踏み込みからエルの全身が美しくしなる。
 何千、何百万回と繰り返し自分の体に覚えこませ最適化された技、童の頃から教えられた事を忠実に守り毎日繰り返した事で、もはや自分のものと言っても過言ではなくなった技、エルお得意の中段突きが放たれたのである!!

 果たして魔物の目にはエルの芸術的さえ評せる素晴らしき技を、その目に収める事ができただろうか?

 ただ厳然たる事実として横たわっているのは、魔物は一切抵抗すらできず、心臓を貫かれ絶命したという現実であった。
 そして何の反撃もできず、ただ力を喪い盛大に血肉をばら撒きながら前のめりに倒れ伏した。
 魔物が消え去るのを見届けると構えを解き、ゆっくりと息を吐き呼吸を整える少年にカイ達が賞賛の言葉を口々に発した。 

「ひゅー、やっぱエルはすげえな! 正直悔しいけど、全く見えなかったぜ」
「本当に見えなかった」
「冒険者ってどこまで強くなれるのかな? さっきのって、気を全く使ってないのよね?」
「うん、そうだよ。今のは肉体の力だけを用いた、ただの突きだよ」
「はぁ、俺達も頑張ってるんだけどなー。エルとの差が開いていく一方だぜ……」

 普段は勝気で陽気なムードメーカーである少年の顔がわずかに陰り、何とも言えない顔で愚痴った。
 エルとしてはは苦笑するしかない。
 カイ達も自分で言っている通り、十分努力している。いや、むしろ頑張り過ぎなくらいだ。
 なにせ冒険者生活1年目にして19階層に到達しているのだ。一般的な下位冒険者が年間10階層攻略すれば上出来だと言われる世界である。
 それを考慮すれば、かなり有望な部類に入るだろう。
 ただ、エルやアリーシャ達といった規格外の連中と比較するのが間違っているのだ。
 4つ手猿の剛腕から繰り出された猛撃を、何十発と受け止めたはずなのに些かも負傷していない少年の裸体を眩しそうに見つめながら、カイは盛大な溜息を吐き出した。

「それに、お前の身体どうなってんだ? デビルエイプにあれだけ殴られりゃ、魔鉱製の鎧だって壊れて使い物にならなくなるってのに。エルの肉体は魔鉱より固いってか?」
「さあどうだろうね。でも、肉体も精神の力も鍛え闘い続ければ続けるほど、どんどん強くなっていくみたいだよ」

 エルが上半身裸で闘ったのは一応理由がある。
 赤竜の武道着では防御力が高過ぎて、この階層の魔物では全く歯が立たないのだ。
 エルが攻撃に参加すれば先ほどの様に一瞬で決着がつくし、カイ達の成長のためにも壁役をやるのが適任なのだが、壁役をやるにしても少しでも自分の糧としたい。
 そういう思いから、武道着を脱いで闘ってみたという事なのだ。
 初めは瞬間的に気の纏い防御していたのだが、試しに気を使わずに攻撃を受けてみても思いのほかエルの肉体は成長して強固になっており、ほとんど傷つかなかったのである。
 冒険者でもない一般人だったなら、原型を無くし殴殺されたであろう連撃を受けたのにだ!
 少年は冒険者の限りない可能性を実感し、密かに高揚していた。

「成長し続ければ、本来なら敵うはずもない竜や魔と真っ向から闘えるようになるんだもんな。俺達って、どこまで強くなれるんだろう?」
「僕は限界なんて無いって信じているよ。僕達はどこまでだって強くなれる。そう思って突き進んでいけば、いつかきっと英雄にまで辿り着けるはずさ!」 

 エルの瞳は一点の曇りも無く、澄んだ輝きを放っていた。
 少年は本気で修行と闘争の果てに英雄への道が開けると信じているのだ。
 子供が御伽話を信じる様なもので、常人なら直ぐに諦め夢は夢と見切りを付ける類の話だろう。
 だが、エルは違う。
 幼き日夢見た思いは今なお一片たりとも欠ける事無く、少年の心の中で激しく燃え盛っているのだ!!
 少年の熱い思いと真っ直ぐな瞳は、仲間達に勇気を与える。

「へへっ、そうだよな。俺自身が自分を信じなくてどうすんだ、って話だよな。エルにしては良い事言うじゃねえか」
「そのエルにしては、っていうのは余計だろ。僕だって偶には良い事ぐらい言えるさ」
「ふふっ、そうね。私達は立ち止まっている暇なんてないし、結局は前に進むしかないものね」
「私達の夢を叶えるためには、冒険者で成功しなくちゃいけないですしね」
「エルを見習って修行を増やす?」
「おいおい、本気かよ? 泣いたり笑ったりできなくなっちまうぞ!」
「カイ! 君が普段僕の事をどう思っているか、本気で話し合う必要があるようだね」
「はははっ。冗談、冗談だよ!」

 調子を取り戻したカイの冗談に、エルも率先して乗っかって怒った振りをする。
 睨み合ったが直ぐに真面目な顔が保てなくなり、どちらともなく笑い出した。
 女性陣も目を細めてクスクスと笑い声をあげる。
 こういう掛け合い、茶化し合いや歯に衣着せぬ言い合える仲にまでなれた喜びや感慨は一入だ。
 初めてできた親友達と和やかな会話を交わしながら一休みすると、エル達は意気揚々と探索を再開するのだった。
 
 その後の迷宮探索は順調極まりなく、特筆すべき点も無いくらい何らトラブルが発生しなかった。
 赤竜の武道着をはだけていてもなお、エルを傷付けられる敵など存在しなかったし、個々の技量の向上に加え、パーティの連携にも目を見張る成長が見られるカイ達の息の合った攻撃は、魔物が反撃する暇を与えず片っ端から倒していったのだ。
 時折馬鹿話をしたり、からかい合ったりして脱線する事はあっても周囲の警戒は怠らなかったし、戦闘中にふざける愚行など犯すはずもなく、終始危なげのない闘いが繰り広げられたのだった。
 そうして少年少女達は迷宮を踏破し、20階層にまで辿り着いたのである。

 問題が起きたのは、その20階層に着いた後であった。
 まだ大分時間は早かったが、エルがいる事もあって戦闘はかなりの数こなしたので疲れもたまっており、迷宮都市に戻ろうという運びになったのである。
 ところがだ、いざ地上への転移陣を起動して戻ろうとしても、全く動かないのである。
 エルがやってもカイがやっても、誰がやっても上手く行かなかったのだ。
 こんな事は初めてである。聞いた事さえない。
 誰もが困惑の色を隠せなかった。

「どうなってんだ?」
「わからない。帰還用の転移陣が起動しないなんて、聞いた事もないよ」
「何らかの異常で、一時的に転移陣が機能しなくなっただけならいいんだけど」
「良くない事が起きてなければいいですけど……」

 不安そげな表情で呟いたミミの言葉がやけに耳に残った。
 理由はわからないが何故だがその時、ガヴィー達純潔同盟の下卑た顔がエルの脳裏にフラッシュバッグしたのである。
 彼等が何か悪事を働いたなんて、普通に考えてあり得ないだろう。
 転移陣の機能なんてほとんど解明されていないし、人がどうこうできる代物ではないのだ。
 この不測の事態に関与していると考える方がおかしいだろう。 

 だが、だが、虫の知らせの様な悪い胸騒ぎがどうしても止まないのだ!

 さっきから、ひっきりになしにエルの本能が警告を発し続けているのだ。
 今まさに本来起こり得ない事を目の当たりにしてしまっているのだ。ガヴィー達は関係なくとも、何か良からぬ事が起きようとしているのかもしれない。
 この胸の予感が外れたならば、それはそれでいいだろう。
 取り越し苦労をしたと、後で笑い話にでもすればいいのだ。
 一刻も早くアドリウムに戻って、皆の安否を確認しよう。
 そして、無駄に心配して急いで帰ってきて汗掻いたよと、愚痴を零すのだ。
 決断すると、これ以上ないほど真剣な声でカイ達に告げた。

「急いで1階まで戻って、階段から地上に帰ろう」
「まあ、いつになったら動くかわからねえからな。それも手といえば手だな……、ってエル! おい、どうした? ひどい顔だぞ!」
「胸騒ぎが治まらないだ。何か悪い事が起きようとしているのかもしれない」 
「エル……」
「エルさん」

 こういう時勘というのも馬鹿にならない。
 何某かの異変を感じ取って報せてくれているのだ。
 安易に否定して後で後悔するより勘に従って動いておけば、例え外れても徒労に終わるだけだ。

「ごめん、先に行ってもいいかな。少しでも早く帰らなくちゃならない。そんな気がするんだ」
「……いいぜ、行けよ」
「「カイ!?」」
「その代わり1つ貸しだぞ? 何もなかったら話のネタにしてやるからな」 
「いいよ。何もないのが一番さ。その時は夕飯でも奢るよ」
「約束だぞ?」
「ああ約束だ!!」

 拳を打ち合わせ互いの瞳を見つめ合う。
 もしかしたらカイも何らかの予感がしているのかもしれない。驚いてはいるが、シャーリー達からも否定の意見が出ないのは、何処か不安に思う所があるのだろう。
 エルが戻って何もなければ、それが一番なのだ。

「ごめん、それじゃあ先に行くよ」
「俺達はゆっくり戻るから、地上で夕食でも頼んで待ってろよ」
「エル、気を付けて行ってね」
「ありがとう。シャリー達こそ気を付けてね」
「私達だって成長してるんですから、こっちは心配しなくても大丈夫ですよ」
「また地上でね」
「ミミ、シエナ。うん、地上で会おう。次は一緒に夕食でも食べよう! じゃあ行くよ!!」

 エルは別れを告げると、元来た19階層への転移陣に飛び込んでいった。

 帰還用の転移陣が使えないとなると、地上に戻るには1層1層律儀に上に昇っていかなければならない。
 しかも広大な迷宮を19階層も踏破しなければならないのだ。
 地上に戻るには、多大な時間を要すると考えるべきだろう。普通ならばだ。
 エルには切り札があった。
 現状を打開し、圧倒的に時間を短縮して 迷宮都市アドリウムに帰る術がだ。
 それは人類を大地に縛り付ける、重力という頸木を脱する技。
 虚空であろうと空の彼方であろうと、己の望む場所を足場とし駆け巡る事を可能にした、少年だけのオリジナルの技。

 そう、少年が編み出した戦闘技法、武天闘地である!!

 迷宮が高い木々に覆われいても、そこに空があるのなら少年を遮るものなど何も無いのも同然である。
 全力で地を蹴り一気に気を放出すると天高く舞い上がると、上層への転移陣に向かって一直線に飛翔し、長々と蛇行した経路を無視してあっさりと上に転移していったのである。
 壁に囲まれたエリアだとて、基本的には攻略法は変わらない。
 天井すれすれを飛行し、魔物を一切無視して転移陣を目指したのだ。
 少年はこの嫌な予感が勘違いだったという確信が欲しくて、ありったけの力を振り絞り全速力で翔け抜けた。
 瞬時に練り上げた膨大な気を後方に排出し、適当な所で透壁を生成して足場にすると蹴って加速する。
 体力や気力が疲弊してもお構いなしだ。 
 無理やり外気修練法で周囲に存在する力を取り込み心身を回復させ、飛び続けたのである。
 激しく動く心臓や肺が悲鳴を訴えても、無理やり黙らせる。
 少年は唯ひたすら地上を目指し飛翔する一個の弾丸と化したのである!

 玉の様な汗を掻き、獣の鳴き声の如き掠れた呼吸音になってもなお飛び続けたおかげで、常識外れの短時間で遂には1階に辿り着き、アドリウムに続く階段に到着する事ができた。
 だが、そこは先に到着した冒険者であふれ返っていた。
 何故地上に戻らない? いや、戻れないのか?
 少年は嫌な予感が膨れ上がるのを感じた。
 まさか、本当に何か起こっているのか。
 居ても立っても居られない。一刻でも早く地上に戻らねば、安心できない。
 エルは強硬手段に出た。迷宮の広間や階段付近で立往生している冒険者の上を飛び越え、入口に向かって飛翔したのである。

「きゃあ!?」
「何だ!? 何が起こった?」
「何かが通り過ぎていったぞ!!」

 後ろから悲鳴や誰何の声が上がるが構っていられない。
 今は安心が欲しいのだ。何も起きていないという安心がだ。
 らせん状に回りくねった長い長い階段を、天井付近を飛び途中にいる冒険者を躱して上を目指した。
 そうしてようやく入口付近まで来ると、何か固いもの同士を打ち付け合っている音が聞こえてきた。

 何だ?
 何が起こっている?

 岩だ!
 巨大な岩が入口が塞いでいるんだ!!

 先程の音は冒険者達が巨岩を砕こうと、武器を打ち付けて奮闘している音だったのだ。
 冒険者達が苦戦しているという事はただの岩ではないだろう。
 おそらくは、魔鉱でできているに違いない。
 これは到底自然に起きた事とは思えない。
 明らかに人為的に行われたのだ。

 冒険者を迷宮に留めておくために!!

 事この岩を目の当たりするに至って、エルも終に確信した。
 何か良からぬ事が起きているのだ。
 それもおそらくはアドリウムで!!
 こんな所でまごついているわけにはいかない!!
 少年は飛翔を止めて降下すると、入口付近で悪戦苦闘している冒険者の間に割って入った。

「どいてくれ! 僕がその岩を壊す!!」
「何だ!? 誰だお前!」
「いきなり入ってくるなよ! あぶねえだろうが!!」
「僕は上位冒険者だ! 下がって! 岩を壊すから危ないぞ!!」

 緊急事態という事もあって、エルにしては珍しく相手の言葉に耳を貸さず、冒険者達に手を回し強引に後ろに遠ざけた。 
 何人かは抗おうとしたようだが、抵抗も意味もなさない圧倒的な力と、少年の身体から溢れ出続けている化け物染みた気の量に彼我の実力差を感じ取り、戦々恐々しながら渋々と階段を下がっていった。
 こんな無理やりな対応で申し訳ないと心の中で謝りつつ、少年はスペースを確保すると、腰だめに拳を構える。
 そして、全身を包む眩いばかりの大量の気を一点に収束させていった。
 気が集まり切ったと思われた刹那、少年の身体が高速で動き拳が閃いた!!
 
「おおっ!!」
 
 少年の気合の声と共に打ち出された拳ははたして、見事眼前を遮る巨岩を砕き割ったのである!!

「すげーー」
「上位冒険者は化け物かよ……」

 後方から賞賛とも畏怖とも取れる声が発せられるが、そんな声を構っていられる余裕などなかった。
 眼前に飛び込んできた驚天動地の光景が、エルの理性も余裕も何もかも奪い去ってしまっていたのだ。

「うそ、だろ!?」

 本来なら雪が降りしきり、白一色に染め上げられた美しい白銀の世界が見られるはずだった。
 それがどうだ、其処彼処から黒煙が立ち昇り、紅蓮の炎が街を赤く彩っているではないか!!
 あちこちから魔法や気が炸裂した破壊音や、悲鳴や怒号が聞こえてくる。
 信じられない。
 信じたくない事だが平和な日常が脆くも崩れ去り、アドリウムは戦火に塗れていたのだ……。
   
 


  

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 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
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高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

レベルアップは異世界がおすすめ!

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レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

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俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

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三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

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