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第4章
第92話
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爆音が鳴り響き、大地が弾け、十重二十重の気や魔法が空を舞う。
協会本部に続く大通りでは、巻き込まれれば死を免れぬであろう巨大な戦禍の渦ができあがっていたのである。
しかも、これはたった2人の人間に手によって作り上げられた地獄だ。
もちろん本部前の防護柵の両側に陣取って、侵略側の騎士達と都市側の兵士や冒険者達との間で、今ものなお激しい攻防が繰り広げられている。
そんなこの都市の存亡を賭けた一戦さえも霞む様な、煉獄のごとき闘いが行われていたのである。
カイン・F・メレクという男と、エルという少年の手によって……。
エルが気による高速移動を行いながら無尽蔵とも思える体力と精神力の力によって、何千何百という気弾を生み出し続けカインや騎士団に攻撃していたのである。
一方のカインも負けてはいない。
威力と速さを高い次元で兼ね備えた聖神エインの神の御業、聖雷で少年の離脱を許さず地に張り付け、陽光を反射して煌く聖剣に蒼き気をまとわせると恐るべき斬撃を繰り出し、エルに傷を負わせ続けたのである!
カインの優れている点はそれだけではない。気による聖神流の優れた武技に加え、魔法による防御や攻撃も平然と行ってきたのだ。エルとの激しい攻防や目まぐるしい移動の最中でさえ、この見目麗しき貴人は余裕の表情を崩さず、冷静に魔法を行使し続けていたたのである!
魔法騎士
気と魔力という両方の力を用いる天から与えられた類稀な才能を持ち、更には戦闘を行いつつも集中を乱す事無く呪文を唱え、あるいは無詠唱にて魔法を行使できるまでの厳しい修行を積んだ存在。
大国シュリアネスにおいても数名しかおらず、この大陸全体を見渡しても数えられる程度しかいない貴重極まりない魔法騎士が、エルの眼前に立ちはだかっていたのである!
そして何より、少年から発射され続ける無限とも思える気弾の全てを防げずとも、その大半を魔法や気で迎撃しつつ攻撃、それもエルの移動先を制限し決して騎士団には向かわせない巧みな技術には素直に称賛の言葉しか浮かばない。
エルよりも優れた技術と経験を有し、闘いそのものを自分の意に添うように操る猛者、それこそが聖騎士カインの真に恐るべき能力であったのだ。
一方の少年はというと、休まず動き続け気弾を連射しながらも、刻一刻と焦燥感が募っていた。
通常なら戦闘狂のエルのことである。自分よりも優れた強者と闘える事に喜びこそすれ、焦り顔色を悪くする事など本来ならあり得ない事態であった。
何故なら今は、強敵との闘いを楽しむ余裕などないからだ。
自分がここでカインに抑え込まれてしまえば騎士達が協会を攻め、遠からず陥め落とすであろう事は分かりきっていたからだ。
何とかしなければならない。
それも早急にだ!
「そこを、どけえええぇえ!!」
「行かせはしない!!」
エルの白と黒の混沌の気とカインの蒼き気が激突した!
しかも、今度は斬られてもいない。
今まで言い様に気によって強化された聖剣に斬り刻まれてきたが、エルとて何も無策で突っ込んだわけではないのだ!
剛堅甲
赤竜の籠手を中心に硬質化させ気で幾重にも覆い強化する事で、聖剣に対抗して見せたのだ。
エルの前腕部に装備してある籠手とカインが両手で握りしめる聖剣とでせめぎ合う。
そんな状態でありながらも聖騎士は驚きを隠せない様子だ。
「私の聖剣を受け止めただとっ!?」
「僕達武神流を、武人を甘く見るなよ!」
「ふっ、武人か……。君達からしたら僕達は悪なのだろうね」
自嘲気味に呟いたカインの言葉がひどく癇に障った。
これほど悲惨な戦を仕掛けておいて、今更何を言っているんだと、気は確かなのかと怒鳴り散らしたくなる。怒りで目がくらみそうだ。
「この街の惨状を見ていないのか!! 何の罪も無い人々が家を焼かれ、殺されているのを! お前達のどこが悪じゃないというんだ? 言ってみろ!!」
「……言い訳はすまい。確かに君達にとっては僕等は悪だ。断罪すべき邪悪でしかないだろう。だが悪の名を冠しようとも、我々はやらなければならなかったのだ! 平和なる未来のために! そして守るべき我が民や家族のために!」
「……」
もしかしたらこの偉大なる聖騎士にとって、今回の謀略や戦は苦渋の決断だったのかもしれない。
時折ほんの僅かに垣間見せる悔恨の念が、エルの推測を肯定している。
開戦派や人間至上主義者達からの突き上げ、加えて昨今の情勢の悪化等からこの騎士をもってしても御しきれる段階を超えてしまったのかもしれない。
その結果偶発的な戦争の勃発ではなく、自国の有利なように進められる様に策を練り意図的に戦を仕掛けた、おそらくはそういう事だろう。
だがそうはいっても、仕掛けられた側としてはとうに許せる段階は通り過ぎている。
この街に住んでいたというだけで戦を仕掛けられ、不当に財を奪われ、友を、家族を失った者は数知れない。
今更和解などできるわけがないのだ。
騎士達も攻め続けているようだし、カインも停戦する心算などないだろう。
心の葛藤を、自分の罪を誰かに吐露したかったのかもしれない。
そんな騎士に対し少年にできるのはたった1つだけだ。
闘う事だけだ。
目の前の敵を打倒し、大切な人を守るために拳を振るうだけである!
決然とした輝きを放つ、強い意志を宿らせた眼で敵を睨み付けると宣言した!
「お前達にも事情があるのかもしれない。だけど武人として、そしてこの都市に生きる1人の人間としてお前達の悪は絶対に許せない! 僕はこの街を守る! 守ってみせる!!」
「元より覚悟の上だ! さあ、存分に闘おう!!」
「おおっ!!」
猛る心のままに神の御業を2つ同時に発動させる!
外気修練法によって心身を回復させつつ、剛体醒覚によって内に眠っていた力を呼び起こさせる。更には外部に顕現させた気と併せて内外強化を行い、時を追うごとに聖騎士を圧する力を強めていったのだ!
そしてついには聖剣を片手だけで受け止められるようにまでなる。
剣が届く間合いという事は、敵の肉体もすぐ近くにあるという事である。半歩でも距離を詰められれば、エルの拳が届くのだ。
守護者や真竜といった強敵を沈めてきたエルの拳がだ!
あと少し、あとほんの少しで貯めに貯めた気を内包した必殺の拳を当てられるはずだったのだ。
自身が圧倒的に不利な状況に置かれてもなお、この偉大なる聖騎士は少年の上をいったのである。
瞬時に自分の危機を察すると切り札をきったのだ!
「我が神の裁きを受けよ! 聖光爆雷!!」
「っ!? 三重壁!!」
カインは瞬時に蒼き雷を顕現させると、全身に纏わせ突進してきたのだ!!
エルもとっさに透壁に加え通常の気による防御、そして気を硬質化させた纏鎧による三重の防御を張り巡らさせたが、聖神の強力な神の御業には敵わなかった。
何十もの雷に全身を撃ち抜かれた様な衝撃を受け、地面と水平に遥か彼方にふっ飛ばされてしまった!
「ぐはっ!!」
地面に衝突すると一瞬呼吸が止まり、何度もバウンドしてようやく息ができるようになった。
突進の力も凄まじいが、あの蒼き雷の破壊力も相当なものだ。エルの渾身の気の防御を易々と貫通し、エルの全身を焼き至る所に熱傷が現れた。特に、顔を覆う様に交差させた両腕の損傷がひどく、一部炭化している箇所もあるほどの重症だ。
それに加えて体に痺れが残っており、痛みや受けた衝撃も相まってうめく事しかできなかった。
そんな中、偉大なる騎士は静かに少年に向かって歩み寄ってくる。
聖剣には蒼き気がまとわり付いたままだ。このまま止めの一撃を加える心算なのだ。
未だに動けないエルの前で立ち止まると剣を振り被り、静かに話し掛けてきた。
「許しは請わない。後で私も行くから先に行って待っていてくれ」
「くっ……」
「爆炎顕現!!」
「何っ!?」
エルの命が今まさに散ろうという絶体絶命の危機に際し、後方から優に人数人分以上ある巨大な火の玉が飛んできて、カインの刃を阻んだのである!
陽神ポロンの神の御業にして、エルの姉貴分である赤虎族の戦士アリーシャの必殺技である。
さしもの聖騎士といへど、当たればただでは済まない爆炎を秘めた破壊の大玉である。エルに振り下ろそうとした刃を止めると、後方に後退するする事で危機を脱したのだった。
少年の窮地に駆け付けてくれたアリーシャ達はというと、ぼろぼろのエルを見て憤怒をその身に宿すと迅速に行動を起こした。
「ディム足留、カーン牽制、イーニャはエルの回復! いいわね?」
「「応っ!!」」
アリーシャの号令に呼応し、戦士達はカインに対し迅速な攻撃を開始したのである!
ディムが大量の土砂を球状にしていくつも飛ばすと、カーンが魔鉱製の槍を振るい巨大な気の刃を放ち、気を貯めいたアリーシャが広範囲を焼き尽くす炎の波を打ち放った!!
土球を聖剣で斬り裂き長大な気の刃は魔法の盾で受け止めたようだが、カインといへどアリーシャの火炎の大波は防げずに飲み込まれたかに見えた。
しかし、直接拳を交えたエルにはわかっていた。
あの聖騎士がこの程度でやられるほどの軟な存在ではないと!
痛む身体を必死に動かし大声で注意を喚起した。
「みんな、気を付けて!! まだ終わってません!」
「わかってるわ!」
「エル君っ、動かないで! 大地母神の抱擁!!」
エルの言葉を受けアリーシャ達が警戒を強める一方、イーニャは自分の仕える神、大地母神エーナの神の御業を行使して、エルの肉体を急速に再生させる奇跡を起こした。
神の名を冠する大いなる回復魔法は、瞬きする間にエルの肉体を元通りに再生させた。
まるで傷付く前に戻ったかの様に錯覚してしまうほど、痛みも何もかも残っていない。死者を甦らせる事はできないが、死んでさえいなければ立ち所に傷を癒してしまう。イーニャが唱えたのは、高位の神官でも使える者の少ない偉大な神の奇跡だったのである。
「おおおっ!!」
「来たぞ!!」
「まずい、聖剣に気を付けて!!」
やはりというか予想通りというか、アリーシャの爆炎をものともせずカインは雄叫びを上げながら突っ切ってきた。しかもあの厄介な聖剣に蒼き壮麗な気を纏わせてだ!
あの名剣の斬れ味を嫌というほど味わったエルは大声を発しながら、治ったばかりの体を叱咤して駆け出した!!
「あっ、エル君!?」
「その剣と打ち合っちゃだめだ!!」
「「!?」」
エルの注意も間に合わず、カインは高速で接近するとアリーシャ達に襲い掛かった。
まずすれ違い様にカーンの槍の一部を斬り飛ばすと、一足飛びにアリーシャとの間合いを詰め聖剣を大上段から振り下ろしたのである。
アリーシャとて歴戦の戦士である。聖騎士の素早く動きに即座に反応すると、豪炎を宿した大剣で真っ向から刃を交えたのだ。
だがすぐにエルの忠告の意味を理解する事になった。
鍔迫り合いの最中、徐々に燃え盛る大剣が斬られていったのだ!!
真に恐ろしきカインの技量、そして聖剣の信じ難き切れである!
意を決し大剣を覆っていた大炎を開放したが、カインはその身を焦がされようとも聖剣に込める力を些かも緩めない。じりじりと大剣が切断されていく。
このまま大剣が切り落とされれば次は自分の番かとアリーシャが緊張を強いられている所に、文字通りエルが飛んで助けに入ったのである!
「カイン! お前の相手は僕だ!!」
宣言と同時に赤竜の籠手を中心に何重も強化、および硬質化した前腕で聖剣を受け止めると、剛体醒覚で押し返していく。そして雄叫びと共に聖騎士を遠くへはじき飛ばしたのである!!
もっとも聖騎士は重く荘厳な鎧を着ていてさえ華麗に宙返りを行い、憎らしい程余裕たっぷりに着地を決めてみせたが……。
「はははっ、本当に信じられない力だね。君は若いのに大した冒険者だ」
「……アリーシャさん、ここは敵と相性の良い僕に任せてください! みなさんは、騎士団の方をお願いします!」
注意深くカインの一挙一動に気を配りながらエルは声を張り上げた。
一方のアリーシャはというと、半ばまで断ち切られた自分の愛刀を見つめながら悔し気に顔を歪めていた。屈辱であったし、今直ぐにこの借りを返したくて仕方なかった。
だが彼の聖騎士の振るう聖剣という脅威には、直ちに対抗策が浮かばなかったのもまた事実である。
アリーシャもそうだが、カーンもまた一刀の下に武器を切られているのだ。打ち合いもできず武器を破壊されてしまえば、数合と立たずに斬り捨てられてしまうだろう。
では、何故エルはその聖剣に対抗できたのだろうか?
アリーシャ達とはそれほどに実力差がついていたのだろうか?
そうではない。両者の間にはそれほど差はないのだ。むしろ同等に近いといっても、差し支えない程度である。
これは単純にアリーシャ達とエルの得意分野の違いに起因しているだけである。
アリーシャの得意な爆炎を見ればわかる様に、彼女達は気を変化させて強力な属性攻撃を行使する。
一方のエル、武神流はというと気そのものの性質を変化させ武器化させたり、硬質化させ鎧として用いたりとしている。
これは己の信仰する神の流派によって得手不得手があるに過ぎず、どちらが優れているというわけではないのだ。先ほどエルが発言した通り、敵に対する相性の違いが表れただけなのである。
今回の場合、エルは唯でさえ堅牢な赤竜の籠手を硬質化させた気で覆い、さらに気で強化するといった幾重もの工夫を凝らす事で聖剣を受け止める事に成功したというわけだ。
「くっ!!」
「アリーシャ、こらえろ。俺達だと厳しい。ここはエルに任せるんだ!」
「わかってる! わかってるけど癪だわ」
「アリーシャ! 聖騎士に構っている場合じゃないわ。早く協会の援護に回らなくちゃやばいわよ!!」
気に入らない、本当に気に入らないが、戦場で自分の我を押し通す程アリーシャは愚かではなかった。
それに、こうしている今も協会と騎士団との戦いは続いてるのだ。
しかも協会側が押されているという危険極まりない状態でだ。時は一刻を争う状況だといっていい。
彼女達が加勢しなければ遠からず防護柵を破られるであろう事は目に見えている。
大きく深呼吸して一度目を閉じると、アリーシャは自分の感情を押し殺し戦士の顔になった。
「エル、ここは任せたよ!!」
「任せてください!!」
「みんな、行くよ!」
「「「おうっ!!」」
彼女達はこの場を少年に託すと、一度も振り返らずに自分の戦場へと駆け出して行った。
一度は敗れそうな状況に追い込まれたが、エルならば同じ過ちを犯さないだろうと信じての事だ。
共に迷宮に潜り幾多の魔物達と闘った経験が、少年への揺るぎなき信頼となったのである。
エルも走り去る戦士達を一顧だにせずただ目の前の敵へと集中していた。
「……今度は立場が逆になったようだね」
「アリーシャさん達を追わせはしない! お前はここで僕と闘い続けるんだ!!」
「そう上手くいくかな?」
「やってみせるさ!!」
蒼き輝きを放つ剣と黒と白の混ざり合った籠手がぶつかり合い、押し合い圧し合いしながら少年は啖呵をきった!
確かにカインは強い、強過ぎるといってもいいくらいだ。
今のエルで勝てるかと言われても、確と断言できない。むしろ負ける可能性の方がはるかに高い。素直にそう思えるほどの上位者である。
だが時間稼ぎならば?
勝てるかわからない強敵であったとしても、エルは簡単にやられる積りなど微塵も無かった。
それ所か少年は戦闘の申し子である。
聖騎士が僅かでも隙を見せれば隠している牙を、磨きに磨いた強力無比な技を放つ機会を虎視眈々と狙っているのである!
カインも自分の方が実力が上だとわかっていても、対峙した少年から発せられる無形の圧力、そして一際光彩を放つ強い意志を秘めた瞳に、奥の手を警戒せざるを得なかった。
それに先程の戦闘から、この少年が尋常ならざる武人である事はすでに認めている所だ。
油断していい相手では決してない!
2人の間で幾つもの気や剣や拳が交錯し合い、激しい闘争が再び幕を開けたのであった。
一方アリーシャ達はというと、協会本部に襲撃を掛ける騎士団の無防備な後方から、獅子が逃げ惑う草食動物に喰らい付くかの様な容赦の欠片も無い攻撃を仕掛けていた。
先手はディムの砂嵐で視界を奪い混乱した所に、アリーシャの炎の波で広範囲の攻撃を仕掛けたのだ!
カインには通じなかったが、アリーシャの深紅の気を属性変化させた強力な炎である。
70階層の魔物さえ焼き尽くす火炎の焔が無慈悲に騎士達を焼き尽くしていったのだ。
そしていち早く立ち直り、反撃を仕掛けてきた騎士達へはカーンの槍が迫る。
荒れ狂う砂のおかげで視界不良の中、準備していたアリーシャ達はともかく不意を突かれた騎士達では個人的に反撃に出れても、秩序だった集団の反撃は不可能であった。
それでは高速戦闘を得手とする熟達の戦士であるカーンにとって、ただの的と変わりなかった。
混乱の際にいる騎士達の間をぬう様に高速で駆け抜け様に貫いていったのである!
「ディム、大技いくよ! カーン!!」
「了解」
「おおっ! 軍神の威光!!」
奇襲から立ち直れていない今こそ最大の好機と、アリーシャ達は攻め立てる!
神から授かった消耗の激しい神の御業もこの時ばかりはと大盤振る舞いである。
敵陣を駆け抜けアリーシャ達の下に戻ったカーンが雄叫びと共に発した神の御業は、軍神アナスの威を借りし技である。カーンの全身から発せられた無形の力が仲間達を鼓舞し士気を高めると共に、敵を威圧し畏怖の心を抱かせるのだ。
視界が悪い中多数の者が恐慌状態に陥り、より一層混乱をきたしたのである!
そんな中、イーニャの防御魔法に守られたディムとアリーシャの2人は祈りを捧げる様に目を閉じ集中していた。
彼女達が行おうとしているのは更なる追撃、それも騎士団に甚大な被害を与えるであろう凶悪な合体技であった。
それも広範囲を対象とした、神の御業同士を掛け合わせた新技である!
「爆裂恒星(バーストスター)!!」
「岩山群落(クラッグズストライク)!!」
まずアリーシャが発動した神の御業は、遥か上空に超高温の巨大な火の玉を顕現させ大いなる破壊を齎す、陽神流の中でも限られた者にしか授けられた事のない大技である。
そしてディムが行ったのは、無数の巨岩の群れを上空から敵目掛けて落下させる大地母神の恐るべき御業であった。
本来なら両者とも発動と同時に落下を開始する技であるが、ディムとアリーシャは強靭な精神力をもって上空に留めていた。エルから神の御業でも努力すれば改良できると聞き、苦難の末に成功させたというわけだ。
目も眩む様な巨大な爆炎の中に巨岩を押し留めたのである!
そして、放たれる脅威の新技。
「いくわよ!!」
「おうっ」
「「溶岩流星(ラーヴァミーティア)!!」」
アリーシャの発現させたあまりにも高温な炎が巨岩を溶かし、溶岩となって地上に降り注いだのである!!
「何か来るぞ! 防御陣、急げ!!」
「うっ、上だ! 上から来るぞ!!」
「聖盾!!」
「うわああっ!?」
「きゃああああ!!」
砂嵐とカーンの神の御業のせいで、この恐るべき攻撃に対処できた者は半数もいなかっただろう。
気や魔法によって防御できたものは僥倖であったが、反応できなかった者達は空から落ちてきた大量のマグマに飲みこまれていったのである。
2人の脅威の新技によって多数の死者や重傷者が出たに違いない。
それほどアリーシャ達の奇襲に乗じた攻撃は完璧であり、慌てふためいていた騎士団では防げる状況ではなかったのだ。
そう、騎士団では防げなかったはずなのだ。
だが、砂嵐が収まり視界が晴れた先では多数の負傷者はいるものの、予想以上に健在な騎士達の姿が見受けられたのだ!!
あの状況では被害甚大だったはずなのにである。
ではどうして?
その原因はというと、またしても偉大なる聖騎士にあった。
カインはというと壁に叩き付けられ、口を切り血を流していた。
エルに殴り飛ばされ、この戦いが始まってから初めて傷付いていたのである。
カインほどの熟達の騎士を守りをついに少年が打ち破ったということだろうか?
いや、そうではない。そうではないのだ。
エルとの戦闘を行いながらも仲間の危機を逸早く察知した聖騎士が、攻撃を受けるのも構わずに騎士団に向けて防御用の神の御業を発したというのが真相である。
一撃与えた少年はというと敵の様子を注意深く観察しつつも、どこかカインへの畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
自分が傷付くのを厭わずに仲間を助けたのだ。
騎士としても称賛されるべき行動であり、さすがは聖王国でもその人ありと謳われた人物であると素直に感心したほどである。
騎士道精神を貴ぶ優れた聖騎士が、何故こんな戦いに身を投じたのが疑問でならなかった。
正直疑念は尽きないが、既に戦が起こってしまったのもまた事実である。
この聖騎士の心情はどうあれ、迷宮都市が襲われ罪無き人々が災禍に巻き込まれたのは現実なのだ!
敵は倒さなければならない。
しかし、エルがカインに追撃を加えんとしたまさにその時、あろうことか防護柵の一部が内側から破られたのだ!
そして、聞きたくもなかった太々しく下卑た声が戦場に轟いた。
「そこまでだ!!」
エルとも因縁浅からぬ純血同盟団長にしてこの戦の発端を担った男が、人質と思しき人物に刃を突き付けながら仲間と共に防護柵の内から現れたのである!!
「ガヴィー!!」
エルの大声が響く中、戦場は更なる混迷を極めていったのだった。
協会本部に続く大通りでは、巻き込まれれば死を免れぬであろう巨大な戦禍の渦ができあがっていたのである。
しかも、これはたった2人の人間に手によって作り上げられた地獄だ。
もちろん本部前の防護柵の両側に陣取って、侵略側の騎士達と都市側の兵士や冒険者達との間で、今ものなお激しい攻防が繰り広げられている。
そんなこの都市の存亡を賭けた一戦さえも霞む様な、煉獄のごとき闘いが行われていたのである。
カイン・F・メレクという男と、エルという少年の手によって……。
エルが気による高速移動を行いながら無尽蔵とも思える体力と精神力の力によって、何千何百という気弾を生み出し続けカインや騎士団に攻撃していたのである。
一方のカインも負けてはいない。
威力と速さを高い次元で兼ね備えた聖神エインの神の御業、聖雷で少年の離脱を許さず地に張り付け、陽光を反射して煌く聖剣に蒼き気をまとわせると恐るべき斬撃を繰り出し、エルに傷を負わせ続けたのである!
カインの優れている点はそれだけではない。気による聖神流の優れた武技に加え、魔法による防御や攻撃も平然と行ってきたのだ。エルとの激しい攻防や目まぐるしい移動の最中でさえ、この見目麗しき貴人は余裕の表情を崩さず、冷静に魔法を行使し続けていたたのである!
魔法騎士
気と魔力という両方の力を用いる天から与えられた類稀な才能を持ち、更には戦闘を行いつつも集中を乱す事無く呪文を唱え、あるいは無詠唱にて魔法を行使できるまでの厳しい修行を積んだ存在。
大国シュリアネスにおいても数名しかおらず、この大陸全体を見渡しても数えられる程度しかいない貴重極まりない魔法騎士が、エルの眼前に立ちはだかっていたのである!
そして何より、少年から発射され続ける無限とも思える気弾の全てを防げずとも、その大半を魔法や気で迎撃しつつ攻撃、それもエルの移動先を制限し決して騎士団には向かわせない巧みな技術には素直に称賛の言葉しか浮かばない。
エルよりも優れた技術と経験を有し、闘いそのものを自分の意に添うように操る猛者、それこそが聖騎士カインの真に恐るべき能力であったのだ。
一方の少年はというと、休まず動き続け気弾を連射しながらも、刻一刻と焦燥感が募っていた。
通常なら戦闘狂のエルのことである。自分よりも優れた強者と闘える事に喜びこそすれ、焦り顔色を悪くする事など本来ならあり得ない事態であった。
何故なら今は、強敵との闘いを楽しむ余裕などないからだ。
自分がここでカインに抑え込まれてしまえば騎士達が協会を攻め、遠からず陥め落とすであろう事は分かりきっていたからだ。
何とかしなければならない。
それも早急にだ!
「そこを、どけえええぇえ!!」
「行かせはしない!!」
エルの白と黒の混沌の気とカインの蒼き気が激突した!
しかも、今度は斬られてもいない。
今まで言い様に気によって強化された聖剣に斬り刻まれてきたが、エルとて何も無策で突っ込んだわけではないのだ!
剛堅甲
赤竜の籠手を中心に硬質化させ気で幾重にも覆い強化する事で、聖剣に対抗して見せたのだ。
エルの前腕部に装備してある籠手とカインが両手で握りしめる聖剣とでせめぎ合う。
そんな状態でありながらも聖騎士は驚きを隠せない様子だ。
「私の聖剣を受け止めただとっ!?」
「僕達武神流を、武人を甘く見るなよ!」
「ふっ、武人か……。君達からしたら僕達は悪なのだろうね」
自嘲気味に呟いたカインの言葉がひどく癇に障った。
これほど悲惨な戦を仕掛けておいて、今更何を言っているんだと、気は確かなのかと怒鳴り散らしたくなる。怒りで目がくらみそうだ。
「この街の惨状を見ていないのか!! 何の罪も無い人々が家を焼かれ、殺されているのを! お前達のどこが悪じゃないというんだ? 言ってみろ!!」
「……言い訳はすまい。確かに君達にとっては僕等は悪だ。断罪すべき邪悪でしかないだろう。だが悪の名を冠しようとも、我々はやらなければならなかったのだ! 平和なる未来のために! そして守るべき我が民や家族のために!」
「……」
もしかしたらこの偉大なる聖騎士にとって、今回の謀略や戦は苦渋の決断だったのかもしれない。
時折ほんの僅かに垣間見せる悔恨の念が、エルの推測を肯定している。
開戦派や人間至上主義者達からの突き上げ、加えて昨今の情勢の悪化等からこの騎士をもってしても御しきれる段階を超えてしまったのかもしれない。
その結果偶発的な戦争の勃発ではなく、自国の有利なように進められる様に策を練り意図的に戦を仕掛けた、おそらくはそういう事だろう。
だがそうはいっても、仕掛けられた側としてはとうに許せる段階は通り過ぎている。
この街に住んでいたというだけで戦を仕掛けられ、不当に財を奪われ、友を、家族を失った者は数知れない。
今更和解などできるわけがないのだ。
騎士達も攻め続けているようだし、カインも停戦する心算などないだろう。
心の葛藤を、自分の罪を誰かに吐露したかったのかもしれない。
そんな騎士に対し少年にできるのはたった1つだけだ。
闘う事だけだ。
目の前の敵を打倒し、大切な人を守るために拳を振るうだけである!
決然とした輝きを放つ、強い意志を宿らせた眼で敵を睨み付けると宣言した!
「お前達にも事情があるのかもしれない。だけど武人として、そしてこの都市に生きる1人の人間としてお前達の悪は絶対に許せない! 僕はこの街を守る! 守ってみせる!!」
「元より覚悟の上だ! さあ、存分に闘おう!!」
「おおっ!!」
猛る心のままに神の御業を2つ同時に発動させる!
外気修練法によって心身を回復させつつ、剛体醒覚によって内に眠っていた力を呼び起こさせる。更には外部に顕現させた気と併せて内外強化を行い、時を追うごとに聖騎士を圧する力を強めていったのだ!
そしてついには聖剣を片手だけで受け止められるようにまでなる。
剣が届く間合いという事は、敵の肉体もすぐ近くにあるという事である。半歩でも距離を詰められれば、エルの拳が届くのだ。
守護者や真竜といった強敵を沈めてきたエルの拳がだ!
あと少し、あとほんの少しで貯めに貯めた気を内包した必殺の拳を当てられるはずだったのだ。
自身が圧倒的に不利な状況に置かれてもなお、この偉大なる聖騎士は少年の上をいったのである。
瞬時に自分の危機を察すると切り札をきったのだ!
「我が神の裁きを受けよ! 聖光爆雷!!」
「っ!? 三重壁!!」
カインは瞬時に蒼き雷を顕現させると、全身に纏わせ突進してきたのだ!!
エルもとっさに透壁に加え通常の気による防御、そして気を硬質化させた纏鎧による三重の防御を張り巡らさせたが、聖神の強力な神の御業には敵わなかった。
何十もの雷に全身を撃ち抜かれた様な衝撃を受け、地面と水平に遥か彼方にふっ飛ばされてしまった!
「ぐはっ!!」
地面に衝突すると一瞬呼吸が止まり、何度もバウンドしてようやく息ができるようになった。
突進の力も凄まじいが、あの蒼き雷の破壊力も相当なものだ。エルの渾身の気の防御を易々と貫通し、エルの全身を焼き至る所に熱傷が現れた。特に、顔を覆う様に交差させた両腕の損傷がひどく、一部炭化している箇所もあるほどの重症だ。
それに加えて体に痺れが残っており、痛みや受けた衝撃も相まってうめく事しかできなかった。
そんな中、偉大なる騎士は静かに少年に向かって歩み寄ってくる。
聖剣には蒼き気がまとわり付いたままだ。このまま止めの一撃を加える心算なのだ。
未だに動けないエルの前で立ち止まると剣を振り被り、静かに話し掛けてきた。
「許しは請わない。後で私も行くから先に行って待っていてくれ」
「くっ……」
「爆炎顕現!!」
「何っ!?」
エルの命が今まさに散ろうという絶体絶命の危機に際し、後方から優に人数人分以上ある巨大な火の玉が飛んできて、カインの刃を阻んだのである!
陽神ポロンの神の御業にして、エルの姉貴分である赤虎族の戦士アリーシャの必殺技である。
さしもの聖騎士といへど、当たればただでは済まない爆炎を秘めた破壊の大玉である。エルに振り下ろそうとした刃を止めると、後方に後退するする事で危機を脱したのだった。
少年の窮地に駆け付けてくれたアリーシャ達はというと、ぼろぼろのエルを見て憤怒をその身に宿すと迅速に行動を起こした。
「ディム足留、カーン牽制、イーニャはエルの回復! いいわね?」
「「応っ!!」」
アリーシャの号令に呼応し、戦士達はカインに対し迅速な攻撃を開始したのである!
ディムが大量の土砂を球状にしていくつも飛ばすと、カーンが魔鉱製の槍を振るい巨大な気の刃を放ち、気を貯めいたアリーシャが広範囲を焼き尽くす炎の波を打ち放った!!
土球を聖剣で斬り裂き長大な気の刃は魔法の盾で受け止めたようだが、カインといへどアリーシャの火炎の大波は防げずに飲み込まれたかに見えた。
しかし、直接拳を交えたエルにはわかっていた。
あの聖騎士がこの程度でやられるほどの軟な存在ではないと!
痛む身体を必死に動かし大声で注意を喚起した。
「みんな、気を付けて!! まだ終わってません!」
「わかってるわ!」
「エル君っ、動かないで! 大地母神の抱擁!!」
エルの言葉を受けアリーシャ達が警戒を強める一方、イーニャは自分の仕える神、大地母神エーナの神の御業を行使して、エルの肉体を急速に再生させる奇跡を起こした。
神の名を冠する大いなる回復魔法は、瞬きする間にエルの肉体を元通りに再生させた。
まるで傷付く前に戻ったかの様に錯覚してしまうほど、痛みも何もかも残っていない。死者を甦らせる事はできないが、死んでさえいなければ立ち所に傷を癒してしまう。イーニャが唱えたのは、高位の神官でも使える者の少ない偉大な神の奇跡だったのである。
「おおおっ!!」
「来たぞ!!」
「まずい、聖剣に気を付けて!!」
やはりというか予想通りというか、アリーシャの爆炎をものともせずカインは雄叫びを上げながら突っ切ってきた。しかもあの厄介な聖剣に蒼き壮麗な気を纏わせてだ!
あの名剣の斬れ味を嫌というほど味わったエルは大声を発しながら、治ったばかりの体を叱咤して駆け出した!!
「あっ、エル君!?」
「その剣と打ち合っちゃだめだ!!」
「「!?」」
エルの注意も間に合わず、カインは高速で接近するとアリーシャ達に襲い掛かった。
まずすれ違い様にカーンの槍の一部を斬り飛ばすと、一足飛びにアリーシャとの間合いを詰め聖剣を大上段から振り下ろしたのである。
アリーシャとて歴戦の戦士である。聖騎士の素早く動きに即座に反応すると、豪炎を宿した大剣で真っ向から刃を交えたのだ。
だがすぐにエルの忠告の意味を理解する事になった。
鍔迫り合いの最中、徐々に燃え盛る大剣が斬られていったのだ!!
真に恐ろしきカインの技量、そして聖剣の信じ難き切れである!
意を決し大剣を覆っていた大炎を開放したが、カインはその身を焦がされようとも聖剣に込める力を些かも緩めない。じりじりと大剣が切断されていく。
このまま大剣が切り落とされれば次は自分の番かとアリーシャが緊張を強いられている所に、文字通りエルが飛んで助けに入ったのである!
「カイン! お前の相手は僕だ!!」
宣言と同時に赤竜の籠手を中心に何重も強化、および硬質化した前腕で聖剣を受け止めると、剛体醒覚で押し返していく。そして雄叫びと共に聖騎士を遠くへはじき飛ばしたのである!!
もっとも聖騎士は重く荘厳な鎧を着ていてさえ華麗に宙返りを行い、憎らしい程余裕たっぷりに着地を決めてみせたが……。
「はははっ、本当に信じられない力だね。君は若いのに大した冒険者だ」
「……アリーシャさん、ここは敵と相性の良い僕に任せてください! みなさんは、騎士団の方をお願いします!」
注意深くカインの一挙一動に気を配りながらエルは声を張り上げた。
一方のアリーシャはというと、半ばまで断ち切られた自分の愛刀を見つめながら悔し気に顔を歪めていた。屈辱であったし、今直ぐにこの借りを返したくて仕方なかった。
だが彼の聖騎士の振るう聖剣という脅威には、直ちに対抗策が浮かばなかったのもまた事実である。
アリーシャもそうだが、カーンもまた一刀の下に武器を切られているのだ。打ち合いもできず武器を破壊されてしまえば、数合と立たずに斬り捨てられてしまうだろう。
では、何故エルはその聖剣に対抗できたのだろうか?
アリーシャ達とはそれほどに実力差がついていたのだろうか?
そうではない。両者の間にはそれほど差はないのだ。むしろ同等に近いといっても、差し支えない程度である。
これは単純にアリーシャ達とエルの得意分野の違いに起因しているだけである。
アリーシャの得意な爆炎を見ればわかる様に、彼女達は気を変化させて強力な属性攻撃を行使する。
一方のエル、武神流はというと気そのものの性質を変化させ武器化させたり、硬質化させ鎧として用いたりとしている。
これは己の信仰する神の流派によって得手不得手があるに過ぎず、どちらが優れているというわけではないのだ。先ほどエルが発言した通り、敵に対する相性の違いが表れただけなのである。
今回の場合、エルは唯でさえ堅牢な赤竜の籠手を硬質化させた気で覆い、さらに気で強化するといった幾重もの工夫を凝らす事で聖剣を受け止める事に成功したというわけだ。
「くっ!!」
「アリーシャ、こらえろ。俺達だと厳しい。ここはエルに任せるんだ!」
「わかってる! わかってるけど癪だわ」
「アリーシャ! 聖騎士に構っている場合じゃないわ。早く協会の援護に回らなくちゃやばいわよ!!」
気に入らない、本当に気に入らないが、戦場で自分の我を押し通す程アリーシャは愚かではなかった。
それに、こうしている今も協会と騎士団との戦いは続いてるのだ。
しかも協会側が押されているという危険極まりない状態でだ。時は一刻を争う状況だといっていい。
彼女達が加勢しなければ遠からず防護柵を破られるであろう事は目に見えている。
大きく深呼吸して一度目を閉じると、アリーシャは自分の感情を押し殺し戦士の顔になった。
「エル、ここは任せたよ!!」
「任せてください!!」
「みんな、行くよ!」
「「「おうっ!!」」
彼女達はこの場を少年に託すと、一度も振り返らずに自分の戦場へと駆け出して行った。
一度は敗れそうな状況に追い込まれたが、エルならば同じ過ちを犯さないだろうと信じての事だ。
共に迷宮に潜り幾多の魔物達と闘った経験が、少年への揺るぎなき信頼となったのである。
エルも走り去る戦士達を一顧だにせずただ目の前の敵へと集中していた。
「……今度は立場が逆になったようだね」
「アリーシャさん達を追わせはしない! お前はここで僕と闘い続けるんだ!!」
「そう上手くいくかな?」
「やってみせるさ!!」
蒼き輝きを放つ剣と黒と白の混ざり合った籠手がぶつかり合い、押し合い圧し合いしながら少年は啖呵をきった!
確かにカインは強い、強過ぎるといってもいいくらいだ。
今のエルで勝てるかと言われても、確と断言できない。むしろ負ける可能性の方がはるかに高い。素直にそう思えるほどの上位者である。
だが時間稼ぎならば?
勝てるかわからない強敵であったとしても、エルは簡単にやられる積りなど微塵も無かった。
それ所か少年は戦闘の申し子である。
聖騎士が僅かでも隙を見せれば隠している牙を、磨きに磨いた強力無比な技を放つ機会を虎視眈々と狙っているのである!
カインも自分の方が実力が上だとわかっていても、対峙した少年から発せられる無形の圧力、そして一際光彩を放つ強い意志を秘めた瞳に、奥の手を警戒せざるを得なかった。
それに先程の戦闘から、この少年が尋常ならざる武人である事はすでに認めている所だ。
油断していい相手では決してない!
2人の間で幾つもの気や剣や拳が交錯し合い、激しい闘争が再び幕を開けたのであった。
一方アリーシャ達はというと、協会本部に襲撃を掛ける騎士団の無防備な後方から、獅子が逃げ惑う草食動物に喰らい付くかの様な容赦の欠片も無い攻撃を仕掛けていた。
先手はディムの砂嵐で視界を奪い混乱した所に、アリーシャの炎の波で広範囲の攻撃を仕掛けたのだ!
カインには通じなかったが、アリーシャの深紅の気を属性変化させた強力な炎である。
70階層の魔物さえ焼き尽くす火炎の焔が無慈悲に騎士達を焼き尽くしていったのだ。
そしていち早く立ち直り、反撃を仕掛けてきた騎士達へはカーンの槍が迫る。
荒れ狂う砂のおかげで視界不良の中、準備していたアリーシャ達はともかく不意を突かれた騎士達では個人的に反撃に出れても、秩序だった集団の反撃は不可能であった。
それでは高速戦闘を得手とする熟達の戦士であるカーンにとって、ただの的と変わりなかった。
混乱の際にいる騎士達の間をぬう様に高速で駆け抜け様に貫いていったのである!
「ディム、大技いくよ! カーン!!」
「了解」
「おおっ! 軍神の威光!!」
奇襲から立ち直れていない今こそ最大の好機と、アリーシャ達は攻め立てる!
神から授かった消耗の激しい神の御業もこの時ばかりはと大盤振る舞いである。
敵陣を駆け抜けアリーシャ達の下に戻ったカーンが雄叫びと共に発した神の御業は、軍神アナスの威を借りし技である。カーンの全身から発せられた無形の力が仲間達を鼓舞し士気を高めると共に、敵を威圧し畏怖の心を抱かせるのだ。
視界が悪い中多数の者が恐慌状態に陥り、より一層混乱をきたしたのである!
そんな中、イーニャの防御魔法に守られたディムとアリーシャの2人は祈りを捧げる様に目を閉じ集中していた。
彼女達が行おうとしているのは更なる追撃、それも騎士団に甚大な被害を与えるであろう凶悪な合体技であった。
それも広範囲を対象とした、神の御業同士を掛け合わせた新技である!
「爆裂恒星(バーストスター)!!」
「岩山群落(クラッグズストライク)!!」
まずアリーシャが発動した神の御業は、遥か上空に超高温の巨大な火の玉を顕現させ大いなる破壊を齎す、陽神流の中でも限られた者にしか授けられた事のない大技である。
そしてディムが行ったのは、無数の巨岩の群れを上空から敵目掛けて落下させる大地母神の恐るべき御業であった。
本来なら両者とも発動と同時に落下を開始する技であるが、ディムとアリーシャは強靭な精神力をもって上空に留めていた。エルから神の御業でも努力すれば改良できると聞き、苦難の末に成功させたというわけだ。
目も眩む様な巨大な爆炎の中に巨岩を押し留めたのである!
そして、放たれる脅威の新技。
「いくわよ!!」
「おうっ」
「「溶岩流星(ラーヴァミーティア)!!」」
アリーシャの発現させたあまりにも高温な炎が巨岩を溶かし、溶岩となって地上に降り注いだのである!!
「何か来るぞ! 防御陣、急げ!!」
「うっ、上だ! 上から来るぞ!!」
「聖盾!!」
「うわああっ!?」
「きゃああああ!!」
砂嵐とカーンの神の御業のせいで、この恐るべき攻撃に対処できた者は半数もいなかっただろう。
気や魔法によって防御できたものは僥倖であったが、反応できなかった者達は空から落ちてきた大量のマグマに飲みこまれていったのである。
2人の脅威の新技によって多数の死者や重傷者が出たに違いない。
それほどアリーシャ達の奇襲に乗じた攻撃は完璧であり、慌てふためいていた騎士団では防げる状況ではなかったのだ。
そう、騎士団では防げなかったはずなのだ。
だが、砂嵐が収まり視界が晴れた先では多数の負傷者はいるものの、予想以上に健在な騎士達の姿が見受けられたのだ!!
あの状況では被害甚大だったはずなのにである。
ではどうして?
その原因はというと、またしても偉大なる聖騎士にあった。
カインはというと壁に叩き付けられ、口を切り血を流していた。
エルに殴り飛ばされ、この戦いが始まってから初めて傷付いていたのである。
カインほどの熟達の騎士を守りをついに少年が打ち破ったということだろうか?
いや、そうではない。そうではないのだ。
エルとの戦闘を行いながらも仲間の危機を逸早く察知した聖騎士が、攻撃を受けるのも構わずに騎士団に向けて防御用の神の御業を発したというのが真相である。
一撃与えた少年はというと敵の様子を注意深く観察しつつも、どこかカインへの畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
自分が傷付くのを厭わずに仲間を助けたのだ。
騎士としても称賛されるべき行動であり、さすがは聖王国でもその人ありと謳われた人物であると素直に感心したほどである。
騎士道精神を貴ぶ優れた聖騎士が、何故こんな戦いに身を投じたのが疑問でならなかった。
正直疑念は尽きないが、既に戦が起こってしまったのもまた事実である。
この聖騎士の心情はどうあれ、迷宮都市が襲われ罪無き人々が災禍に巻き込まれたのは現実なのだ!
敵は倒さなければならない。
しかし、エルがカインに追撃を加えんとしたまさにその時、あろうことか防護柵の一部が内側から破られたのだ!
そして、聞きたくもなかった太々しく下卑た声が戦場に轟いた。
「そこまでだ!!」
エルとも因縁浅からぬ純血同盟団長にしてこの戦の発端を担った男が、人質と思しき人物に刃を突き付けながら仲間と共に防護柵の内から現れたのである!!
「ガヴィー!!」
エルの大声が響く中、戦場は更なる混迷を極めていったのだった。
応援ありがとうございます!
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