5 / 10
フィンレイ大佐の帰還
しおりを挟むポメ化した俺を助手席に乗せ、久我は夜の町を走り出した。シートベルトもちゃんと装着してくれた。
さよなら我が家よ。切なくて鼻がスピスピと鳴る。
「くぅんくぅーん……(庭の枇杷、喰いたかったぜ……)」
ポメになっちゃうと手足が短くて、窓から顔を出すこともできない。おとなしくシートにぺたんと座る。
久我の家に連れていかれる途中、ドラッグストアに寄った。
「わんちゃん用のトイレも買っておこうな」
「ぐるる、ぐるるる(おしっこもうんちも人間のトイレでできるもん)」
「おもちゃも、欲しいだろ?」
「……(無視)」
久我は爽やかに微笑んで、犬用のゴム製ボール(キラキラしててイボイボがついてる)を手に取った。
おもちゃを選ぶ久我の横顔を、俺はこっそり観察する。
凛々しい直線眉、切れ長の目、すらっとした鼻筋と形のいい唇。どのパーツも整っててイラっとする。小憎たらしいイケメンだ。
ていうか、俺がわんちゃん用おもちゃに夢中になるとでも本気で思ってんのか? こちとら人間ぞ? くたびれた会社員ぞ? そこんとこ本当に分かってんのかね。
はあ、と舌を出してため息を吐くと、「なあ、さっきからなんで笑ってるんだ?」と訊かれた。
「ばうわう!(ポメの仕様だよっ)」
ぱかっと口を開くと勝手に口角が上がるし、舌もぺろっと出さずにはいられない。理解しろ、わんこは霊長類とはつくりが違うんだ。
「ぐるるる…」
「唸ってばっかだな」
「わっふん!(うるせえ)」
わんこのなかでも天上天下唯我独尊のポメ様だぞ、てめえ分かってんのか、という気持ちでいっぱいになる。
ポメ化した人間は多少、思考がポメラニアン側に引っ張られる。
たとえば……お肉の匂いがすると、ついついお尻を振ってしまうとか。
「わるい。これは俺用の……つまり、人間用の肉だから……」
久我がものすごく申し訳なさそうな顔をして、チキンソテー弁当を召し上がっている。ドラッグストアに寄ったあと、お弁当屋さんで買った、できたてほやほやのチキンソテー弁当だ。
うらやましい。よだれが泉のごとく湧いてくる。
悔しかったから食べ終わるまで生温い目で見つめてやった。どうだ、罪悪感がすごいだろう。
部屋の棚の上にさっきドラッグストアで買ったキラキラのボールが載っている。ポメの感性に引っ張られるように、俺は急にそのボールが欲しくなった。ぴょんぴょんと部屋の中を跳ね回る。
「こらっ、やめろ、危ないって!」
「きゃんきゃんっ!(俺を止めるなーっ)」
どすん、と鈍い音を立てて俺は棚に激突し、プラスチックのお道具箱が棚から落ちた。
「あぶねっ」
「きゃんっ!」
久我が俺の上に覆い被さり、庇ってくれた。抱きしめられたぬくもりと、かすかに香るやさしい香りにどきっとする。
「けが、してないか?」
平気だと首を縦に振った。抱き上げたまま、背中をぽんぽんとしてくれる。あ、やばい。これとても安心しちゃう……。
いっときのポメラニアンの性に引きずられて、人様のおうちでとんでもない失態を犯してしまった。
心から申し訳なく思う。……しゃべれないのを今ほど悲しく思ったことはない。
「くーん(ごめんなさい)」
しゅんと肩を落としてこうべを垂れる。
棚から落ちた箱は蓋が開いてしまって、中に入っていたものが床に散乱していた。
すると俺はそこにあるはずのない、懐かしいものを見つけてしまった。
バーニー・フィンレイ大佐! あなたがなぜここに!?
久我に「キモい」発言をされたあと、俺はフィンレイ大佐のキーホルダーをどこかに落としてしまって、結局そのまま見つけられなかったのだ。
「ごめん、あのときの、キーホルダー……」
「わ、わふうっ?(なんでお前が持ってんの?)」
「──高校の渡り廊下で、拾ったんだ。俺、お前に嫌われてたろ。避けてるみたいだったし、受け取ってもらえないかもって。お前と俺の共通の友達とかいなかったし……」
当時の久我はスクールカースト上位のサッカー部主将だった。かたや俺は、文化部にも所属しない存在感ゼロの暗くて地味な最下層男子。
共通点なんて生まれるはずもない。俺たちは光と影。久我が光で俺が影だ。それほどまでに対照的なクラスメイトだった。
(あの久我が、俺のフィンレイ大佐を──ずっと、保護してくれてた……? こんな、こんなことって、あるのか……?)
黒目がちの瞳を見開いてじっと久我を見つめた。
「ごめんな。あのときも、その……傷付けるつもりはなかった。俺はただ三原と話してみたかったんだ」
「わふー……」
十年近い時をかけて、フィンレイ大佐は俺の元に帰還を果たした。
9
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
腹を隠さず舌も出す
梅したら
BL
「後悔はしてるんだよ。これでもね」
幼馴染の佐田はいつも同じことを言う。
ポメガバースという体質の俺は、疲れてポメラニアンに変化したところ、この男に飼われてしまった。
=====
ヤンデレ×ポメガバース
悲壮感はあんまりないです
他サイトにも掲載
君に二度、恋をした。
春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。
あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。
――もう二度と会うこともないと思っていたのに。
大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。
変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。
「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」
初恋、すれ違い、再会、そして執着。
“好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか――
すれ違い×再会×俺様攻め
十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。
ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!
ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!?
「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??
さよなら、永遠の友達
万里
BL
高校時代、バスケットボール部のキャプテン・基樹と、副部長として彼を支える冷静な舜一。対照的な二人は親友であり、マネージャーの結子を含めた三人は分かちがたい絆で結ばれていた。しかし舜一は、基樹への決して報われない恋心を隠し続けていた。
卒業を控え、基樹との「ずっと一緒にバスケをする」という約束を破り、舜一は逃げるように東京の大学へ進学する。基樹を突き放したのは、彼が結子と結ばれる幸せを近くで見届ける自信がなかったからだ。
10年後。孤独に生きる舜一のもとに、基樹から「結子が事故で亡くなった」という絶望の電話が入る。ボロボロになった親友の悲痛な叫びを聞いた瞬間、舜一の中にあった想いが目を覚ます。仕事もキャリアも投げ出し、舜一は深夜の高速をひた走る。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる