怪力貴公子にハートを脅かされています

温風

文字の大きさ
14 / 27
第一章 家庭教師と怪力貴公子

媚薬の運び屋

しおりを挟む


 僕とアラン兄は、娼館を出て約束した場所へ向かった。そこには、紳士然とした格好のフォルテさまとルネ兄が待っていた。

 ルネ兄は落ち着いた雰囲気の老紳士に扮している。
 髪はロマンスグレーに染め、オールバックに流す。太い縁の眼鏡をかけてステッキをつき、鼻の下には付け髭まで添えていた。
 黙っていればルネ兄とは分からない。見事な変わりようだ。
 ルネ兄は女装済みのアラン兄に腕を差し出し、アラン兄さまはレースの手袋に包んだ手をそっと絡めた。
 二人とも変装することに躊躇がないし、意外と演技力がある。

 一方のフォルテさまは、モノトーンでまとめたシックな装いだ。
 上質な生地のジャケットは襟が高く、腰を細く絞った流行の形をしている。実年齢よりもぐんと大人っぽく見え、元々の凛々しいお顔立ちと合わせて、若くて男前な貴族にしか見えない。
 普段の野生児っぽさも、うまく包み隠されている。
 赤い髪には少しアイロンを当てたのか、ゆるやかに波打っており、それがまた貴公子らしくて華やかだ。

 思わず見惚れていたら、フォルテさまが口を開けた。僕を見て、おどけるように左右の眉毛を持ち上げる。

「なにも言わないでください。フォルテさまのおっしゃりたいことは、だいたい見当がつきます」
「サフィ、すごく似合ってる……」
「嬉しくないんですよ!」

 ただでさえ頬紅をはたかれているのに、さらに頬が熱くなる。
 私服で持ち場についた騎士団のメンバー数人も、僕とアラン兄の女装姿に反応して、ちらちらと視線を寄越してくる。
「うわぁ…」みたいな好奇のまなざしを向けられて、ちょっと泣きたくなってきた。

「こんなのおかしくないですか? 根本的に間違ってませんかっ?」
「怒るなって。似合ってるんだし、いいじゃん」
「似合う似合わないの問題ではありません!」
「はいはい。それより、今夜は絶対、俺の傍から離れるんじゃねえぞ」

 フォルテさまが思いのほか神妙な顔で言う。
 野性の勘で何事かを察知したのだろうか。僕もこくりと頷きを返し、そっと手を添えた。

 これから僕たちは、アブない媚薬売り場に潜入するのだ。




 売り場はいかにも怪しげな仮設テントだった。
 ここは一夜のロマンスを楽しむ人々が集う公園。【あなたも至上の愛を体験してみませんか?】と書かれた幟が夜風に揺れている。
 こんな場所に夜な夜なやってくる人たちは、はじめからアブノーマルな刺激を求めているような気がする。会計は先払い方式らしいと聞いて、胡散臭さがさらに増した。

「……四人分だ」
「旦那ぁ、今夜は大盤振る舞いですねえ」

 受付の男はこちらを舐めるように一瞥すると、やに下がったように目を細めた。
 僕たちは二組の夫婦。今夜は四人で楽しみたいと思っている。そういう設定だ。

「愛の形は人それぞれ。さあ、どうぞ。めくるめく、愛の旅への切符でございます……」

 クスリを受け取るには、別途指示された場所へ移動しなくてはならない。テントを見張る人員をそこへ残し、僕とフォルテさま、ルネ兄とアラン兄は、受付で渡された地図を頼りに公園を出た。


 指定されたのは、等間隔に並木が植えられた大通り。王都の中でも高級店が立ち並ぶ区画だが、夜は人気がなくなり静かだ。馬車すら滅多に通らない。
 この区画は王都でも土地代が高く、普通の住宅が少ないのだ。それゆえクスリの受け渡し場所として選ばれたのだろう。
 まばらに立つガス灯の明かりが、ひそやかに周囲を照らしている。

 フォルテさまがクシュンと小さなくしゃみをして、鼻に皺を寄せた。収穫祭を終えた今の時期、王都にも冬の気配が日増しに濃くなっている。

「冷えてきましたね」
「なんか……獣くせえな」
「そうですか? そんな変な匂いしませんけど」
「いいや。おまえを狙う臭いがプンプンしてる」
「なに言ってんです。クスリをもらうだけじゃないですか」

 そのとき、並木の梢が不自然に揺れた。

「来たぞ!」

 こつん、と肩になにかが当たった。毛むくじゃらの、むくむくとした腕が並木の上からぶら下がり、僕になにかを突き出した。
 かなり大柄な獣だ。尖った白い爪に、小さな包みの紐を引っかけている。

「ひっ……!」

 全貌の窺えない獣の手が、媚薬入りの包みを僕の足元にぽとりと落とした。これでお役御免とばかりに手が引っ込み、また梢が揺れる。
 謎の獣は、並木から並木へ飛び移って移動しているようだった。

「──あれを追いかけろ! アジトまで行き着くはずだ!」

 兄さまやフォルテさまが騒ぎ立てると、それは最初、動きを止めて地上を見下ろした。
 夜風に揺れる黒褐色の豊かな体毛に、ふさふさとした尻尾。獣の輪郭が月の光を浴びて発光する。

 …………ぶるるるる!

 僕らに向かって歯を剥き出し、唸った。追いかけようとする僕らを威嚇しているのだ。

「あれって子熊じゃねえか!?」

 フォルテさまが嬉しそうに叫んだ。ちょっと前まで、熊と喧嘩がしたいと言っていたことを思い出す。
 たしかにその獣は小型の熊に見えなくもなかったが──。

「いえ、あれは……クズリです」

 クズリ。別名ウルヴァリン。
 巨大な体躯を持つイタチの仲間だ。性質も獰猛で、自分より大型の生物にも容赦なく襲いかかる。

「でも変だ……あれは王都近郊にいるような動物じゃない。もっと北、雪深い地方の生き物ですよ」
「ていうか完全に見た目は熊だな。こいつも蛇が嫌いだったりする?」
「わ、分からないです」

 王都の気候は、立派な毛皮を持つクズリが住むには暑すぎる。

「……王都のある平原まで、連れてこられたのかも」
「なーるほど。珍獣なら、貴族がペットにしそうだな」
「ありえますね。ですが、あの獣は野性が強い。到底、人に懐くとは思えません」
「ふーん。じゃあ、操られている……とか?」
「その可能性は高いと思います。たとえば……薬物を投与されているとか」
「……許せねえ」

 まだ可能性の話でしかないが、フォルテさまが怒りに燃える。
 けれど、当のクズリは僕たちに関心をなくしたのか、ふたたび移動を開始した。

「あれを追うぞ!」
「サフィたちは騎士団へ戻れ!」

 ルネ兄とアラン兄二人で追跡するつもりらしい。

「おいおい、冗談だろ? 最後までみっちり付き合うぜっ!」

 フォルテさまに腕を引かれるようにして、僕も走り出した。慣れない女物の靴で、爪先や踵が剥けそうだ。
 しかしすぐに並木道は終わり、クズリの姿も見えなくなってしまった。嗅覚の強い犬でも連れてこない限り、追跡は不可能に思えた。

「どこだ、どこへ行った!?」

 そのとき、誰かの悲鳴が鼓膜を切り裂くように響いた。

「──あっちだ!」

 悲鳴の聞こえた方へ向かえば、路地に女性が倒れていた。
 食堂で働いている人のようで、年季の入ったエプロンを身につけている。どうやら転んで足を挫いたらしい。
 フォルテさまが駆け寄り、女性を抱き起こした。

「平気か?」
「だ、大丈夫です……」

 助け起こされた女性は、フォルテさまを見て一瞬目を見開き、頬を上気させた。
 彼女が胸の前で組んだ手は、フォルテさまを拝んでいるように見える。「お嬢さん、あなたのその気持ち分かる~」と首が勝手に頷いてしまった。

「でかい獣が走っていっただろ? どっち行った?」
「あ、屋根に登って、あっちのほうへ……」

 女性は屋根を指差した。

「上だな。……あんた、今夜は早く店じまいしたほうがいいぜ。俺からの忠告だ」

 精悍な顔に笑みを浮かべ、ぱちりと片目を瞑る。
 フォルテさまに支えられながら、女性は夜目にも分かるほど顔を真っ赤にして、ふにゃふにゃと頷いた。

「今夜は気分がいいな! 思いっきり暴れられそうだ……!」

 肩を回しながら、フォルテさまがつぶやいた。そのお顔は常になく活き活きと輝いておられる。
 フォルテさま本来のお力を活かせる場所は、やはり騎士団なのかもしれない。

「──急いで止めないと、あの獣は十キロは平気で走り続けます」

 持久力のある獣をコントロールして使っているくらいだ。そこから推察するならば、おそらく媚薬密売組織のアジトは、この付近にはない。

「アジトも、ここから十キロは雛れた場所にあるんじゃないでしょうか?」
「聞いたか! 今から十キロ走だ! 俺たちなら走れるよなぁっ!」
「ちくしょーっ! やってやる!」

 アラン兄がカツラとハイヒール脱ぎ捨てた。びりっとスカートを引き裂く。

「上から探したほうが早いぜ!」

 フォルテさまが、家屋のそばの積み上がった木箱に足をかけた。

「サフィ、一緒に来い!」

 けれど、フォルテさまの手を取ることはできなかった。小さく、かぶりを振る。

「僕は行きません」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら

音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。 しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい…… ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが…… だって第三王子には前世の記憶があったから! といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。 濡れ場回にはタイトルに※をいれています おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。 この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

人気作家は売り専男子を抱き枕として独占したい

白妙スイ@1/9新刊発売
BL
八架 深都は好奇心から売り専のバイトをしている大学生。 ある日、不眠症の小説家・秋木 晴士から指名が入る。 秋木の家で深都はもこもこの部屋着を着せられて、抱きもせず添い寝させられる。 戸惑った深都だったが、秋木は気に入ったと何度も指名してくるようになって……。 ●八架 深都(はちか みと) 20歳、大学2年生 好奇心旺盛な性格 ●秋木 晴士(あきぎ せいじ) 26歳、小説家 重度の不眠症らしいが……? ※性的描写が含まれます 完結いたしました!

処理中です...