4 / 7
4
しおりを挟むジークの家は村のはずれの小さな民家だった。ボロくはないが、見るからに寂しげな一軒家だ。
すきま風が吹き込みそうな扉を開けると、ほどよく手入れされた家具類が目に入った。小さいけど、きちんと磨かれたテーブルが部屋の真ん中にある。飾りも肘掛もない、古びた椅子を勧められて腰をおろした。
「カミーユはどうして僕に会いに来たんだい? 歴史研究家って言ってたけど、下手な嘘だよね。なにか他に理由があるんでしょう?」
「えっ、それは……あー、えーと、うーんと」
「僕に言えないようなこと?」
生意気にもいきなり核心を突いてきやがった。っていうか、ここから先のこと考えてなかった~。しゃきっと背筋を伸ばしたら、ぎしりと椅子が軋んだ。
「先祖の復讐だ! 一発殴られろ!」と正直に打ち明けてみる?
いや、物事には好機があるというじゃないか(父ちゃんの口癖だ)。油断させておいたほうが好都合……なにしろ同じ屋根の下にいるんだからな。俺の腕力も今は隠しておこう。こいつの寝首を掻くくらい、いつでもできる。
「おっ、俺はー、……王族とちょっとぉ……因縁があるっていうか?」
「そうか。カミーユも王族を恨んでるんだね。愚痴くらいなら僕でも聞けるよ。さあ、夕飯にしよう」
ジークの整った横顔がやや暗くなる。テーブルにおかれたコップに、こぽこぽと赤い液体が注がれた。どうやら地酒らしい。人間に変化してから、水しか飲んでいなかった。
「これ何の酒?」
「うちで採れた葡萄でできたワインだよ」
「へ~、これがワインかぁ!」
俺はグラスを覗き込んだ。手にとって、部屋の明かりに透かして眺めた。やや濁った暗赤色の水が、たぷんと音をたてる。葡萄酒って書物でしか見たことがないから、純粋に物珍しい。ぺろぺろと舐めてみる。
「もしかしてお酒、苦手だった?」
「酒くらい飲めるよ! で、でも、ワインは……本でしか見たことないんだ」
ジークは何も言わず、目を見開いた。濃い緑色の目ん玉がぽろっと落っこちそうだ。すごく驚いているらしい。俺の経歴とか突っ込んで訊かれたら、異国から来たってことにしようかな。
うむむと考えを巡らせているうち、食事の用意をしたジークが、スープを盛った皿をごとりとテーブルにおいた。
「うちで育てた葡萄は、隣町の醸造所に納めるんだ。王室御用達、元ロイヤルブランドってやつ。なんだかんだ今でも人気があってね。『王室の残り香』と呼ばれて、飛ぶように売れるんだよ。笑えるでしょ」
ジークは自嘲するように言った。横顔には鬱々とした影がある。
「王族憎しって叫んで広場で公開処刑までしたくせに、一方ではブランド化して愛でるなんて。何やってんのかなって思うよね。でも僕はそのおかげでなんの不自由もなく暮らせてる」
上っ面こそ穏やかに見せているが、胸の内では複雑な感情が渦を巻いているんだろう。怒って泣いて恨んで諦めて、いろんな激しい感情の綱渡りの末に、今のこいつがいるんだろう。
世渡り経験にとぼしい俺には、かける言葉が見つからない。
「……初めて飲んだけど、うまいな。ワインも、スープも」
「ああ、それはうさぎ肉のシチューだよ。スープなんてお上品なものじゃなくて、ただの田舎煮込みだ」
「田舎煮込み上等だよ! すげーうまいもん! 俺、この国のもの、あんまり食べたことないし」
褒めるのは癪だけど、料理も酒も美味しかった。さじで掬った小さな丸っこい芋と玉ねぎは、口へ運ぶとほろほろと蕩ける。優しいハーブの香りがふわりと口の中に広がった。
少し硬くなったパンをちぎりながら、ジークは眩しそうな顔で俺を眺めていた。俺だけ腹ぺこみたいじゃねーか。腹ぺこですけど。食欲丸出しで、ちょっと恥ずかしくなったが食べるのは止められない。
よそわれたシチューを平らげて、質素な木さじを握りしめたままスープ皿から目を上げる。と、正面に座すジークと目があった。ジークの顔がほんわかと上気している。シチューを食べて温まったのか、ほっぺに赤みが差していた。深い緑色の瞳が、森の木漏れ日をかき集めたみたいに、きらきらと輝いている。間近で瞳が合うと、吸い込まれそうだ。
「……誰かと一緒にご飯を食べるのは、久しぶりなんだ。カミーユが訪ねて来てくれて嬉しい。ありがとう」
頬杖をついて、しみじみと礼を言う。俺の気も知らないで。そんなジークを見ていると、胸がちくちくと痛くなってきた。
ジークの顔面をまともに見れない代わりに、俺はシチューをおかわりして、もくもくと食べ続けた。
3
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる