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しおりを挟む食事が済んだあと、俺たちは新しいワインの瓶を開けた。
一発殴って帰るつもりだったのに、飽きもせず、だらだらと話し続けている。余りものだというチーズを出してくれたので、酒のつまみにぱくぱく食べた。
核心の部分をうまく交わしながら、俺とジークは問わず語りを始めた。
「俺、人間が嫌いなんだよね。あんま良い思い出がなくて」
「ふーん。なにがあったの? って訊いてもいいのかな?」
「大したことじゃない。ガキの時にちょっとな……」
小さい頃の俺は、無垢で愛くるしい稚魚だった。そして人間の国に憧れていた。人間の友達が欲しいと思っていた。
何年も前の夏。こっそり海の城を抜け出した俺は、岸辺の岩陰で遊ぶ子供に興味を持った。
勇気を出して海から顔を出し、その子に話しかけた。人の子は人魚の俺をまじまじと見て、すごく驚いたみたいだけど、すぐ仲良くなった。
その子はひとりで磯遊びをしていた。海辺の別荘に父親と訪れているらしい。普段は会えない父親が、夏休みの間は甘やかしてくれるといって、照れくさそうに笑っていた。
その子もジークと同じような、きれいな金髪と緑眼の持ち主だった。名前も聞いた気がするけど覚えていない。人の子は太陽の光を浴びた獅子のように眩しくて、元気で──幼い子供特有の残酷さを持ち合わせていた。
夕暮れになり、そろそろ父親の待つ別荘に帰ると言う。別れ際、俺はとっておきの場所を教えてあげた。海の生き物がたくさん潜んでいる磯だまりだ。枕くらいの大きさの岩に窪みがあって、その中では小さなエビやカニ、ハゼが悠々と泳いでいた。
その子は磯だまりを見つめると、ふいにしゃがみこみ、手を突っ込んだ。そしてエビをむんずと掴みとると、そのエビを俺に投げつけた。急に態度が変わった子供に、俺はびっくりした。その子は口の端を震わせて、怒っていた。
どうしたの、と訊いたのだったか。
やめて、と言ったのだったか。
記憶はあいまいだ。急にてのひらを返すように態度を変えられて、混乱したし、悲しかった。怖くもあった。
その子は両手いっぱいにエビを捕まえると、無造作にポケットに突っ込んだ。俺には小さなエビたちの悲鳴が聞こえていた。
「エビをどうするの?」と訊けば「サンドイッチにするんだよ!」と怒鳴り返された。ポケットいっぱいのエビが、みんなあの子の腹に入るのかと思ったら、うっと気持ち悪くなってしまい、すぐさま海に飛び込んで海の城まで逃げ帰った。
それ以来、俺は人間嫌い、人間不信になったのだ。
そこまで話すと、ちょっと息苦しくなった。できれば思い出したくなかったな。
「それって…………」
ジークが何か言いかけて止まった。口に手を当てたまま、視線をさまよわせている。
なんだよ、と俺は口を尖らせた。
「言いかけてやめんなよ。そういうの気持ち悪いだろ」
「あ、ごめん。ただの可能性なんだけど、その子には何か理由があったんじゃないかなって……」
「ガキにそんな大層な理由があるか? エビを独り占めしようとした、いじめっ子だったんだよ」
コップの底を天井に向けるようにして、ぐびぐびと酒を飲み干した。「あっ、うちのワイン、もうちょっと味わって飲んでよ~」という視線を感じたが、無視する。
ジークは腕を組んでうーんと唸ったあと、少し遠くを見つめながら話し出した。
「……僕の国には、〈エビサンドの上に座ってる〉っていうことわざがあるんだけど」
「ププッ、変なことわざ」
「特権階級の人たちを皮肉って言うんだ。エビサンドを作ったこともないくせに、王宮でふんぞり返って庶民の食べ物をバカにしている。つまり、苦労知らずで役立たずの『王族』を指す言葉だよ」
「……ジークも言われたことある?」
「そりゃもう、耳が腐るほど。だから僕は、エビが好きじゃない」
「そっか……」
「その子も、エビが地雷だったのかもしれないね」
視線がぱちりと合った。ジークは困ったように微笑んだ。
「とりとめのない話だけど……胸にためてたことを話せる相手がいるって、いいものだね」
ああ、イライラする。
ジークは王族の血を引いているのだから、もっとふんぞり返って威張ってればよかったんだ。俺は、ひいひいばあちゃんを泣かした王子の末裔を見つけて、拳で力いっぱいぶん殴るつもりだったのに。自分がどうしたらいいか、わかんなくなったじゃないか。全部ジークのせいだ。ジークのせいで、モヤモヤするしイライラする。
「ふんっ!」
つんと顎をあげて、コップのワインを煽った。
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