6 / 7
6
しおりを挟む「ううーん……ふわふわするぅ……あたま痛え~」
喉が渇いて体もだるい。ぐったりとベッドに横たわる。
飲みすぎてやらかした俺を、ジークは嫌な顔もせず丁寧に介抱してくれた。具合が落ち着いたのは深夜だ。朝から畑に出てしまうジークの世話になるのは気が引けたが、酒を嗜むのも悪酔いするのも初めてだった。
結局ジークの好意にずるずると甘えている。これも末っ子の才能か──俺って天性のヒモなのかも。
「ごめん……ジーク……じぶんが情けないわ……」
「僕に気を遣わないで。かわいそうだけど、二日酔い確定だね」
「だって、飲んでたらなんか、良い気分になっちゃったんらもん」
「お酒だからね。しかも王室ブランドだよ?」
「ちがうし」
「え?」
「ブランドだから飲んだんじゃねーしっ」
「カミーユ……」
「ジークの酒や料理は、おまえが王族だからうまいんじゃねーよ。ブランドとか王家とか関係ねーんだ。ジークがジークだからうまいんだよ。あーっ、うまく言えん! うう~あたま痛ぁ~死にたくねぇ~」
水を陶器のデキャンタに汲んできてくれたので、行儀が悪いのは承知で遠慮なく飲んだ。はー、水うまー、しみわたるー。水の旨さを確認するために人は酒に酔うんだろうな。なんか一周回って、今ならジークと腹を割って話せる気がした。
「ジーク、訊いてたよな? 俺がやってきた目的……俺な、復讐したかったんだよ。ひいひいばあちゃんを振ったクソ王子に。そしたら子孫どころか王族みんな死んじゃってて。どうしようか悩んで王家の末裔を探したんだ。クソ王子の代わりに、おまえのこと一発ぶん殴って、とっとと海に帰るつもりだった」
「ひいひいばあちゃん? カミーユの? 長生きだね」
「もう死んでる」
「あ、そ、そうか、そうだよね、ひいひいおばあちゃんだもんね、ごめんね」
焦ったジークはいつもの余裕がなくて面白い。取り澄ました顔より、慌ててる顔のほうがずっといい。
「ひいひいばあちゃんは死んじゃったけど、おとぎ話になって残ってるんだ。『人魚姫』って話」
俺はひとつ深く息を吐き、新しい空気を吸った。
「ジーク。耳穴かっぽじってよく聞けよ。おまえのご先祖様を助けたのは、俺のひいひいばあちゃんだったんだからな! だけど王子様は命の恩人を勘違いして、よその王女と結婚しやがった。ばあちゃんは人間になるために自分の声を犠牲にしていて、口をきけなかった。助けたのはあたしだよって言えなかったんだ。俺は、ばあちゃんを泣かせた王子が許せねえ。……王族なんて滅んで正解だよ」
俺が実は人魚だってことと、ひいひいばあちゃんの話。だーっと一気に話し終えると、静かすぎるほどの沈黙が流れた。ジークは立ちすくんだまま、うつむいて黙り込んでいる。
「ほ、滅んで正解とまでは……言うべきじゃなかった。すまん」
俺はがばっと起き上がって、ベッドの上でかしこまった。ジークの表情は固い。にこやかさのかけらもない。だけど少しして、穏やかな声で話し始めた。
「そういえば……何代か前にいたっけ」
ジークは眉を寄せ、指を顎に当てた。
「運命の人だと思って結婚したけど、しばらくして、相手を間違えた~って大騒ぎして離婚した王太子の話。その人が騒ぎ立てるまで、王族は離婚が許されなかった。王家って世間と隔絶してるし、変人や変態が多いから、今まで気にしたことなかったな」
王家には変人&変態が多いってくだりに多少興味を惹かれるが、それより気になるのはクソ王子の行く末だ。
「その人は結局、王様にはなれなかった。離婚して運命の人を探す旅に出て、旅先で亡くなったそうだよ」
すぐには言葉が継げなかった。事実なんだろうか。庶民の噂話とかじゃなくて?
目顔で問いかけた俺に、ジークはこくり、と一つ頷いた。
「……っはは、いい気味。つまんねえ勘違いで、俺のひいひいばあちゃんを泣かせた……報いを受けたんだ。ざまあみろだ」
ひいひいばあちゃんは海のプリンセス。故郷の海に帰って傷心を癒すと、幸せな結婚をして、子沢山の女王様になった。ひいひいじいちゃんと添い遂げて、数世代あとに俺が生まれた。王子様より、ずっとずっと幸せな人生を送ったのだ。
だけど、すごく虚しい。なにも解決してないじゃないか。
思慮の浅い王子の行動には腹の底から反吐が出る。「運命じゃないから」といわれて離縁された相手も可哀想だし、旅先で人生の最期を迎えたのも、王子に問題があったんじゃないかと疑ってしまう。
ひいひいばあちゃんは王子とは結ばれなかった。つらい気持ちを胸に収めて、王子様の恋を応援した。好きな人に幸せになってもらいたい一心で。
人魚姫はいつだって、王子様の幸せを祈ってた。
「……ひいひいばあちゃんを選ばなかった王子には、幸せになる義務があったんだ。人魚姫の祈りに応えて、誰よりも幸せにならなきゃいけなかった」
ばあちゃんを泣かせてまで選んだ相手と結ばれたのだから。嘘か誠か定かではない運命なんてほっといて、ちゃんとした王様になるべきだった。
「溺れた王子を助けたとき、王子に少しでも意識があったなら……とか。そういうほんの些細なさじ加減の積み重ねだったんだろうな。二人が添い遂げる未来だって、あったかもしれないんだ。あれ、もしそうなってたら、俺は生まれてなかったのか? やっぱ王子クソだなー」
うんうんと俺はひとりで納得する。
「運命の相手、か……」
ぽつりとジークがつぶやいた。
「ご先祖様の気持ちを本当に想うなら、僕たちにできることって、一つしかないんじゃないかな……?」
なんか小難しいこと言い出した。「あ?」と間抜けな顔をする俺の前に向き直ると、ジークは、すうぅ~っと深く息を吸った。なんか、気合い入れてる?
「カミーユ。僕たち、付き合おうじゃないか!!」
ジークがベッドの前で片膝をつき、俺に向かって手を差し伸べる。
「ちょ、え……?」
戸惑う俺に対し、ジークは眉尻と目尻をいっぺんに下げ、「……告白しちゃった」といって頬をかく。照れてるように見えるんだが、ジークから飛び出した言葉と表情に、頭が追いつかない。
「あの、ジーク今……なんて??」
「すれ違って結ばれなかった人魚姫と王子の末裔がこうして巡り会えたんだ! 運命としか言えないよ!」
俺はぴしりと固まった。頭を使いすぎたせいか、ジークがおかしくなったようだ。
「運命、いや、奇跡と言ったって過言じゃない!」
「……うんめい、しんじない……まったく、かんじない、ですね」
柄にもなく、俺の口から敬語がこぼれた。いきなり運命とか言われてみろよ。動揺しないほうが無理だって。
そんな俺に、ジークはさらにたたみかけた。
「僕ときみが仲良くすれば、ひいひいおばあさまへのいい供養になると思わないかい?」
「ぁー……供養という概念、海の生き物には、存在しない、ですね……」
じりじりとジークから身を離すが、ジークも両手を広げて俺ににじりよってくる。心なしか、目がらんらんと輝いている。なんでだよ、夜なのに。暗めの室内なのに。こわいだろうが!
「あっ、そんな距離とらないで! ゆっくり考えていいんだよ。……絶対逃さないけどね」
人の気配に怯えた猫を「大丈夫だよ~こわくないよ~ササミいるかにゃ~?」となだめておいて、えげつない罠にかけるみたいな雰囲気だ。いや待て。言葉尻がすげえ不穏じゃねーか。
距離を詰めようとするジークを俺は手で制した。なんだか猛獣使いになった気分だ。猛獣っていうか、相手は運命論者だけど。
「ちょ、ちょっと待てって。ジークの先祖のクソ王子は、やっぱり運命じゃなかった~とかいって奥さんと離婚したんだろ? そーゆークソクソしい血筋なんだろ? おまえだってクソに決まってるじゃん。運命とかほざいても、そんなのおまえの思い込みじゃん、おまえ絶対俺のこと捨てるじゃん、おまえもクソみてーなクソなんだろうがっ!」
「人をクソまみれみたいに言わないでくれないか……だけど、カミーユは口が悪いところも可憐だね。魅力的だよ。僕、なんだかゾクゾクするんだ」
「は……はあああ~⁉︎ おっ、おまえ、脳みそ腐ってんじゃねーの!」
「きみを捨てるなんて愚かなことはしない。ひと目見た時から、運命の人だって確信してたんだ」
さっきからジークなに言ってんだ?
ぷつぷつぷつ。皮膚が粟立ち、背筋にぞわわわ~っと冷たい汗が流れた。
「王子じゃなくなった僕を利用しようとする人はいた。しつこく擦り寄ってくる人もいた。だけど、きみは僕をそういう目で見なかった。金をせびったりもしないし、僕を利用しようともしない。ただ一緒に夕飯を食べて、飲んで、愚痴って……僕はカミーユみたいなひとに側にいてほしい」
「う、うるせぇよ!」
「運命なんて僕の思い込みだろってカミーユは言ったよね? だけど僕たちはもっと昔に出会ってる。僕も覚えてるんだ。海辺で出会った可愛い男の子に、エビを投げつけたこと」
「…………は?」
一瞬、目の前が真っ暗になった。
海辺で出会った男の子に、エビを投げた?
空気が薄くなった気がして、はくはくと浅い呼吸を繰り返した。
「お、おまえ、あのときの、ガキ……?」
じり、と尻を動かして壁際に後退する。口の中がからからだ。
俺にエビを投げた男の子は──たしかにジークと同じ、金髪に緑眼だった。だった、けど、まさか。
「一度だけ、お忍びで父に海辺の避暑地へ連れて行ってもらった。そのとき、海岸ですっごく可愛い男の子に話しかけられた。遊ぼうって誘ってもらえて嬉しかった。綺麗なピンク色の髪に、瞳は穏やかな海の色。カミーユの目と同じ、淡いアクアマリン色だった。くりくりした瞳が飴玉みたいで可愛くて、ああ舐めてみたいなって思った」
「ひっ!?」
ベッドの壁際に背中をくっつけて、俺は小さく悲鳴を上げた。間違いない。こいつにも立派な王家の……変態の血が流れてる!
「避暑はほんの数日だけ。王太子様と入れ替わりに帰らなきゃいけなかった。きみと離れるのがさびしかった。きみに僕の記憶を刻みつけたくて、いじわるしてエビを投げたんだ。そしたらその子、綺麗な目をうるうるさせて海の中に消えちゃった……」
「そ、そんなの嘘だ!」
「おへその下までは人間の姿だったのに、足がなかったよね。お尻から下は、青い宝石みたいな鱗だった。ひょっとしたら僕、海辺でうたた寝して夢でも見たのかもと思って、誰にも言えなかった。だけど今日わかった。あれは夢じゃなかった」
ジークは目もとをゆるめて、幸せそうな笑みを浮かべた。みずみずしい薔薇が、ぱっと音を立てて花開いたかのような笑顔だ。
「あの子は名前を教えてくれたんだ。僕の名前はカミーユだよ、って。あのときもきみは、『女の子みたいだねって言ったら、きらいになるよ』って言ってた。あの人魚はきみだったんだねカミーユ! ああっ、僕たちやっぱり運命だよ!!」
「ふえっ……」
「あっ、あのときのエビはちゃんと美味しくいただいたよ! 別荘の厨房で父と料理して、美味しいサンドイッチにしたんだ。僕はね、王族だってエビサンドくらい作れるんだぞ、って証明したかったんだよ!」
あうあうと口を開いては閉じ、また開いては閉じた。なんか開けちゃいけない蓋を開けてしまった気がする。ジークはヤバい。
俺は転がるようにしてジークの家を飛び出した。
3
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる