20 / 48
第二章 神崎透
第19話 人格1-①
しおりを挟む
「神崎」
「はい」
後ろから話しかけてきた松坂先生に、咄嗟に返事をする。振り返ると、松坂先生はなんだか浮かない顔をしていた。
「すまないな、いつも学級委員のお前に仕事を頼んで……。嫌なら、いつでも言っていいんだぞ?」
「何言ってんですか、先生。僕はこんな仕事量じゃ音を上げませんよ。それに、僕はやりがいを持ってやれているんで、先生が気にすることじゃありません」
「そうか……じゃあ、道具のことは任せる。ただ、それでも一人じゃ大変だって思ったら、いつでも俺や他の子を頼っていいからな?」
「分かりました。ありがとうございます」
松坂先生はお気に入りの黒いポーチを持って教室を出る。その後ろ姿を見送って、また僕は黙々と黒板を消す仕事に移った。
文化祭。もうすぐこの川田海(かわたみ)高校で行われる一大イベント。僕達は三年生で、高校生活の中での文化祭は最後だ。学校行事も、これから僕達は本格的に大学受験に向かっていくので、楽しく余裕を持って参加出来るものもこれが最後かもしれない。
最後なだけあって、僕達のクラスは結構張り切っている。この高校ではクラスとしての出店の他に、クラスとしての出し物を体育館で披露することも選択出来る。一年生の頃は出店だけに精一杯で、とても出し物なんかをする余地が無かったが、今年はクラスの中で前々からやりたい出店と出し物を、連絡を取りながら決めていたおかげで、約一ヶ月前に迫った文化祭についての準備は順調に進んでいた。
先程まで、クラスで出し物についての話し合いをしていた。僕達は劇をする。そこで、準備する物、大まかな役決め等を中心に議論した。その結果、少し意見の摩擦はあったものの、なんとか一時間で話は一悶着した。まさか、脇役を決めるのに気の強い男子が三人も立候補して、時間を食わされるとは思いもしなかった。
松坂先生はというと、教室の壁の方に寄り、僕達の議論の行く末を黙って見守っていた。小道具の話になった時、大量の古びた書物やらレプリカの剣などの中世のモノが必要となり、その話になった瞬間松坂先生は、それなら探せば家にあるかもしれない、と言ってきた。松坂先生は僕達の担任で、歴史の先生でもある。確かに、洋物の書物などが家の押し入れに詰められてそうだと思った。もしかしたら、剣などの小道具も普通に部屋に飾られてあるかもしれない。
だが、それは僕も一緒だった。自分の家にもたくさんの小道具があることを自負していたため、そこで僕は、「先生。何だったら、僕が準備しますよ」と言ったのだ。自分の家も探せばあると説明すると、「そうか」と、松坂先生は少し残念そうな顔をしながら言って、前傾になっていた体勢を元に戻した。どうしても、教え子達に自分のコレクションを見て欲しかったらしい。あくまで僕達は、自分たちが出来る範囲なら自分達でやるというモットーで動いていたため、それを勿論把握していた僕は、今回は松坂先生にはお休みしてもらおうと思ったのだ。
「なあ、透」
「ん?」
同じクラスの杉谷俊介が、僕が黒板を拭き終わったタイミングに話しかけてくる。
「お前、ほんとに知らないのか? 〝トライ・グレース〟」
〝トライ・グレース〟。今回僕達がやる劇のタイトルだ。
「ああ、以前から皆それがいい、それがいいって言ってたけど、俺だけなんか置いてけぼりされてる感じがしたな」
「はあーっ。童話だぜ? 小学校の図書館とかでチラッとでも目にしなかったの?」
「しなかった……と思う。どんな話なの?」
「うーん、簡単に説明すると、大事な恋人を魔道士に盗られた主人公が、復讐してその恋人を取り戻す物語かな」
「へえ」
「まあ童話だからありきたりな設定だけど、そこに出てくるキャラクターが個性的でなぁ。未来からやってくる奴らが主人公の味方をして一緒に闘ってくれるんだけど、俺はその中でもラエルが好きだなあ」
「ふーん……」
何処かの図書館から絵本でも借りてくればいいだろうか。いや、もういっそネットでその〝トライ・グレース〟について調べるか? まあとにかくネタバレは食らったことだし、知識としては十分なのかな……いや、キャラの名前を全員覚えるくらいはしておこうかな。
そんなことを考えながら、僕は下校の準備を終わらせた。
「はい」
後ろから話しかけてきた松坂先生に、咄嗟に返事をする。振り返ると、松坂先生はなんだか浮かない顔をしていた。
「すまないな、いつも学級委員のお前に仕事を頼んで……。嫌なら、いつでも言っていいんだぞ?」
「何言ってんですか、先生。僕はこんな仕事量じゃ音を上げませんよ。それに、僕はやりがいを持ってやれているんで、先生が気にすることじゃありません」
「そうか……じゃあ、道具のことは任せる。ただ、それでも一人じゃ大変だって思ったら、いつでも俺や他の子を頼っていいからな?」
「分かりました。ありがとうございます」
松坂先生はお気に入りの黒いポーチを持って教室を出る。その後ろ姿を見送って、また僕は黙々と黒板を消す仕事に移った。
文化祭。もうすぐこの川田海(かわたみ)高校で行われる一大イベント。僕達は三年生で、高校生活の中での文化祭は最後だ。学校行事も、これから僕達は本格的に大学受験に向かっていくので、楽しく余裕を持って参加出来るものもこれが最後かもしれない。
最後なだけあって、僕達のクラスは結構張り切っている。この高校ではクラスとしての出店の他に、クラスとしての出し物を体育館で披露することも選択出来る。一年生の頃は出店だけに精一杯で、とても出し物なんかをする余地が無かったが、今年はクラスの中で前々からやりたい出店と出し物を、連絡を取りながら決めていたおかげで、約一ヶ月前に迫った文化祭についての準備は順調に進んでいた。
先程まで、クラスで出し物についての話し合いをしていた。僕達は劇をする。そこで、準備する物、大まかな役決め等を中心に議論した。その結果、少し意見の摩擦はあったものの、なんとか一時間で話は一悶着した。まさか、脇役を決めるのに気の強い男子が三人も立候補して、時間を食わされるとは思いもしなかった。
松坂先生はというと、教室の壁の方に寄り、僕達の議論の行く末を黙って見守っていた。小道具の話になった時、大量の古びた書物やらレプリカの剣などの中世のモノが必要となり、その話になった瞬間松坂先生は、それなら探せば家にあるかもしれない、と言ってきた。松坂先生は僕達の担任で、歴史の先生でもある。確かに、洋物の書物などが家の押し入れに詰められてそうだと思った。もしかしたら、剣などの小道具も普通に部屋に飾られてあるかもしれない。
だが、それは僕も一緒だった。自分の家にもたくさんの小道具があることを自負していたため、そこで僕は、「先生。何だったら、僕が準備しますよ」と言ったのだ。自分の家も探せばあると説明すると、「そうか」と、松坂先生は少し残念そうな顔をしながら言って、前傾になっていた体勢を元に戻した。どうしても、教え子達に自分のコレクションを見て欲しかったらしい。あくまで僕達は、自分たちが出来る範囲なら自分達でやるというモットーで動いていたため、それを勿論把握していた僕は、今回は松坂先生にはお休みしてもらおうと思ったのだ。
「なあ、透」
「ん?」
同じクラスの杉谷俊介が、僕が黒板を拭き終わったタイミングに話しかけてくる。
「お前、ほんとに知らないのか? 〝トライ・グレース〟」
〝トライ・グレース〟。今回僕達がやる劇のタイトルだ。
「ああ、以前から皆それがいい、それがいいって言ってたけど、俺だけなんか置いてけぼりされてる感じがしたな」
「はあーっ。童話だぜ? 小学校の図書館とかでチラッとでも目にしなかったの?」
「しなかった……と思う。どんな話なの?」
「うーん、簡単に説明すると、大事な恋人を魔道士に盗られた主人公が、復讐してその恋人を取り戻す物語かな」
「へえ」
「まあ童話だからありきたりな設定だけど、そこに出てくるキャラクターが個性的でなぁ。未来からやってくる奴らが主人公の味方をして一緒に闘ってくれるんだけど、俺はその中でもラエルが好きだなあ」
「ふーん……」
何処かの図書館から絵本でも借りてくればいいだろうか。いや、もういっそネットでその〝トライ・グレース〟について調べるか? まあとにかくネタバレは食らったことだし、知識としては十分なのかな……いや、キャラの名前を全員覚えるくらいはしておこうかな。
そんなことを考えながら、僕は下校の準備を終わらせた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる