28 / 48
第二章 神崎透
第27話 捜査①
しおりを挟む
放課後、俺は生徒玄関前で将雅と待ち合わせた。
「じゃ、行くか」
将雅は手帳を片手に前を歩いて行く。俺は後ろから付いて行きながら、疑問を投げ掛けた。
「まず、何を調べるんだ?」
将雅が足を止め、こちらに振り向く。
「お前、まだ治ってないんだな」
「……」
「また人格、変わってるぞ。もう一回医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」
数ヶ月前に初めて、鮫島兄弟らは俺が多重人格であることを知った。それ以来、彼らの俺への対応はより気を遣うものとなっていた。同情はして欲しくない、という思いは受け取っているみたいで、変な優しさは振らない。当時は打ち明けるのを迷っていた俺だったが、今は別に後悔をしていない。
だが俺は今、将雅の言葉に少々苛ついた。それは決して、将雅が悪いことじゃない。俺の中の、〝全てを知る人格〟のせいで、病院に再訪するのは無理なのだ。
奴の言動と存在が今の俺を縛っている。それを知る由もない将雅に、病院に行けと言われるのは腹立たしくもあり、仕方ないことだとも思えた。
「はは……そうだな」
俺は下手な愛想笑いをして返事する。だがその時にはもう、将雅は前を向いて歩いていた。
川田海高校を上から見ると、左から普通棟、特別棟と並んでいる。その間を三本の渡り廊下が繋いでおり、「日」という字を作っている。それぞれの棟は4階建てだ。そして、校舎の右横にグラウンドがあり、そのまた右には川が流れている。川田海高校の周辺は、そんな感じだ。
俺と将雅は、普通棟から特別棟方面に向かい、特別棟校舎の角を左に曲がった。右のグラウンドで、野球部がノックをしている。それを何となく眺めていると、将雅が口を開いた。
「見ろ。まずこれだ」
将雅の指が示す先に、特別棟の崩れた壁があった。横に備え付けられた、非常用のガラス張りの引き戸と、窓から見える中の様子から、その壁はちょうど理科実験室の壁だと分かった。外壁と内壁の間は分厚いようで、穴が開いたというところまでは崩れていない。黒く変色して落ちた大きな瓦礫が地面に転がっている。
朝、写真を見た時の予想と随分違った。てっきり、これはただの経年劣化だと片付けられるものだと思っていた。それでも俺の目に映るのは、その壁の下から伸びるツタのような黒ずみ。サビとは全く違う鼻を覆いたくなる激臭。禍々しくてただならぬオーラがそこから噴き出ていて、とても経年劣化と考えられるものじゃなかった。
「おい、行くぞ」
将雅はこの壁は後回しにするのか、踵を返して先に進む。俺は顔をしかめながら後を追った。
……正直朝から考えていたが、俺はこの事件についての重要性が全く見えていない。今見た壁の件も、写真で見た花の件も、別に事件だと騒ぎ立てる程じゃない気がしていた。だから俺は今、仕方なく将雅の後を付いて行っている。
グラウンドは普通棟、特別棟と同様に縦に伸びている。俺達は特別棟とグラウンドの間の道を黙々と進んだ。
「こんにちは」
「あら……こんにちは」
将雅が挨拶したのは、事務員の一人のおばさんだった。おばさんはなんだか元気の無い顔をしている。その理由を探すのにそう時間は掛からなかった。
おばさんはジョウロを持ちながら、特別棟の壁に沿って並ぶ花壇たちの前に立っていた。あの三枚の写真にもあった、枯れた花しかない花壇の前だ。
おばさんは、憂いを含んだ目で、枯れた花々を見下ろす。横目で将雅の方を見ると、彼は唇を噛み締めていた。
「犯人は……ズルい奴だ」
将雅の口からボソッと洩れる。そして、息を吸って将雅は話を切り出した。
「郁恵さん」
郁恵さん。おばさんの名前か。将雅は事前に調べて、手帳にメモしていたらしい。
「この状態になった花壇を、初めて発見した時のことを教えて下さい」
郁恵さんは、伏し目がちになりながら、重い口を動かす。
「四日前のことでした。朝、いつも通りにこの花たちに水やりをしようとした時……その時にはもう、全てが枯れていて」
「前日は?」
「元気いっぱいに咲いていました」
「朝?」
「……そうですね。それからは確認していなかったんですが」
「なるほど……ここの花は、プランターに入れずに、土に直に埋めているんですね」
将雅は腰を屈め、その枯れた花たちをまじまじと見る。
「そうですね」
そこで将雅は質問を止めて、うーんと唸ったり、首を傾げて花を様々な角度からのぞき込む。それから勢いよく立ち上がり、
「分かりました。話してくれてありがとうございます。また何か起きたら、遠慮せずに言ってください。きっと、力になります」
「ほんと、ありがとうねぇ……」
俺達は一旦その場から離れた。そして人気の少ない場所で将雅と二人きりになると、将雅は険しい顔に変わる。
「よく考えれば、小さいことなんだよ」
将雅のその言葉に、思わず「えっ」と声が出る。だが将雅は俺の口から出る何かを、押さえるように話を続けた。
「この学校で、様々な事件が起きてきた。殺人などというものに比べれば、今回のは単なる嫌がらせかもしれない。それでも、罪は罪だ。傷ついている人がいるのは確かなんだ。……学校の生徒の中に、道徳心が麻痺しているたわけ者がいる。それらを看過する生徒も同じだ。これくらい良いだろう、と思っているのだ。……俺らはそいつらを正さなければならない。俺らは、いつでも正しくなければいけない。……透、どんな些細なことでも、事件は事件なんだ」
将雅が、俺の前に手を出す。
「いつも通り、協力してくれるよな?」
俺は胸が痛んだ。さっきまで、俺は将雅の言うたわけ者の仲間だったからだ。久し振りに、心が大きく動かされる。
……そうだ。
今回の事件が人為だろうが、自然現象だろうが関係無い。そこに傷付いている人がいる限り、その事件を解決するのが当然だ。俺は、そう考えが変わった。
「ああ、やるよ、将雅」
俺は彼の手を固く握った。
「じゃ、行くか」
将雅は手帳を片手に前を歩いて行く。俺は後ろから付いて行きながら、疑問を投げ掛けた。
「まず、何を調べるんだ?」
将雅が足を止め、こちらに振り向く。
「お前、まだ治ってないんだな」
「……」
「また人格、変わってるぞ。もう一回医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」
数ヶ月前に初めて、鮫島兄弟らは俺が多重人格であることを知った。それ以来、彼らの俺への対応はより気を遣うものとなっていた。同情はして欲しくない、という思いは受け取っているみたいで、変な優しさは振らない。当時は打ち明けるのを迷っていた俺だったが、今は別に後悔をしていない。
だが俺は今、将雅の言葉に少々苛ついた。それは決して、将雅が悪いことじゃない。俺の中の、〝全てを知る人格〟のせいで、病院に再訪するのは無理なのだ。
奴の言動と存在が今の俺を縛っている。それを知る由もない将雅に、病院に行けと言われるのは腹立たしくもあり、仕方ないことだとも思えた。
「はは……そうだな」
俺は下手な愛想笑いをして返事する。だがその時にはもう、将雅は前を向いて歩いていた。
川田海高校を上から見ると、左から普通棟、特別棟と並んでいる。その間を三本の渡り廊下が繋いでおり、「日」という字を作っている。それぞれの棟は4階建てだ。そして、校舎の右横にグラウンドがあり、そのまた右には川が流れている。川田海高校の周辺は、そんな感じだ。
俺と将雅は、普通棟から特別棟方面に向かい、特別棟校舎の角を左に曲がった。右のグラウンドで、野球部がノックをしている。それを何となく眺めていると、将雅が口を開いた。
「見ろ。まずこれだ」
将雅の指が示す先に、特別棟の崩れた壁があった。横に備え付けられた、非常用のガラス張りの引き戸と、窓から見える中の様子から、その壁はちょうど理科実験室の壁だと分かった。外壁と内壁の間は分厚いようで、穴が開いたというところまでは崩れていない。黒く変色して落ちた大きな瓦礫が地面に転がっている。
朝、写真を見た時の予想と随分違った。てっきり、これはただの経年劣化だと片付けられるものだと思っていた。それでも俺の目に映るのは、その壁の下から伸びるツタのような黒ずみ。サビとは全く違う鼻を覆いたくなる激臭。禍々しくてただならぬオーラがそこから噴き出ていて、とても経年劣化と考えられるものじゃなかった。
「おい、行くぞ」
将雅はこの壁は後回しにするのか、踵を返して先に進む。俺は顔をしかめながら後を追った。
……正直朝から考えていたが、俺はこの事件についての重要性が全く見えていない。今見た壁の件も、写真で見た花の件も、別に事件だと騒ぎ立てる程じゃない気がしていた。だから俺は今、仕方なく将雅の後を付いて行っている。
グラウンドは普通棟、特別棟と同様に縦に伸びている。俺達は特別棟とグラウンドの間の道を黙々と進んだ。
「こんにちは」
「あら……こんにちは」
将雅が挨拶したのは、事務員の一人のおばさんだった。おばさんはなんだか元気の無い顔をしている。その理由を探すのにそう時間は掛からなかった。
おばさんはジョウロを持ちながら、特別棟の壁に沿って並ぶ花壇たちの前に立っていた。あの三枚の写真にもあった、枯れた花しかない花壇の前だ。
おばさんは、憂いを含んだ目で、枯れた花々を見下ろす。横目で将雅の方を見ると、彼は唇を噛み締めていた。
「犯人は……ズルい奴だ」
将雅の口からボソッと洩れる。そして、息を吸って将雅は話を切り出した。
「郁恵さん」
郁恵さん。おばさんの名前か。将雅は事前に調べて、手帳にメモしていたらしい。
「この状態になった花壇を、初めて発見した時のことを教えて下さい」
郁恵さんは、伏し目がちになりながら、重い口を動かす。
「四日前のことでした。朝、いつも通りにこの花たちに水やりをしようとした時……その時にはもう、全てが枯れていて」
「前日は?」
「元気いっぱいに咲いていました」
「朝?」
「……そうですね。それからは確認していなかったんですが」
「なるほど……ここの花は、プランターに入れずに、土に直に埋めているんですね」
将雅は腰を屈め、その枯れた花たちをまじまじと見る。
「そうですね」
そこで将雅は質問を止めて、うーんと唸ったり、首を傾げて花を様々な角度からのぞき込む。それから勢いよく立ち上がり、
「分かりました。話してくれてありがとうございます。また何か起きたら、遠慮せずに言ってください。きっと、力になります」
「ほんと、ありがとうねぇ……」
俺達は一旦その場から離れた。そして人気の少ない場所で将雅と二人きりになると、将雅は険しい顔に変わる。
「よく考えれば、小さいことなんだよ」
将雅のその言葉に、思わず「えっ」と声が出る。だが将雅は俺の口から出る何かを、押さえるように話を続けた。
「この学校で、様々な事件が起きてきた。殺人などというものに比べれば、今回のは単なる嫌がらせかもしれない。それでも、罪は罪だ。傷ついている人がいるのは確かなんだ。……学校の生徒の中に、道徳心が麻痺しているたわけ者がいる。それらを看過する生徒も同じだ。これくらい良いだろう、と思っているのだ。……俺らはそいつらを正さなければならない。俺らは、いつでも正しくなければいけない。……透、どんな些細なことでも、事件は事件なんだ」
将雅が、俺の前に手を出す。
「いつも通り、協力してくれるよな?」
俺は胸が痛んだ。さっきまで、俺は将雅の言うたわけ者の仲間だったからだ。久し振りに、心が大きく動かされる。
……そうだ。
今回の事件が人為だろうが、自然現象だろうが関係無い。そこに傷付いている人がいる限り、その事件を解決するのが当然だ。俺は、そう考えが変わった。
「ああ、やるよ、将雅」
俺は彼の手を固く握った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる